第3話 萎えたハートに火を付けろっ!
「はぁ? なんでレベルは『99』でカンストなのに、レベルアップすんだよ?」
勇者ゲームのレベル上限は『99』であり、それ以上はレベルが上がらない。
「お前が何を言おうが、今の俺のレベルは110だ」
真太郎は言って、ステータス画面を表示させた。
そこには、確かに『レベル110』と表示されている。
「なんでだよ? つか、急に不可解な事を言い出すお前の癖は、ふつーに怖いぞ」
常識人な刹那は、常識人故に、常識から外れた状況を理解出来なかった。
だが、ネトゲ廃人のイナバはすぐに事情を察した様だ。
「きっと、この世界には、最新版のアップデートが適用されているのでござろう。だから、レベル上限が解禁されたのでござるよ」
確かにイナバの言葉には一理あった。
真太郎のレベルは、今までのゲームであれば存在しない『百桁台』になっているのである。これは疑り深い刹那も納得せざるを得ない。
「……確かに、それはあるかもな。でもそうなると、バカタローは本当に魔王を道連れに自爆したって事なのかよ?」
「論より証拠でござる。実際、シンタロー殿のレベルは、通常のレベル上限を超えて110レベルになっているでござる。これは、魔王を――」
「いや、魔王は倒してないと思うよ」
イナバの言葉をみこが遮る。
「だって、魔王を倒してたら、何らかのイベントが起きるはずだもん。でも、何も起きてない。って事は、魔王は倒せなかったんだと思うな」
訳知り顔のみこに、刹那がすぐさまツッコミを入れる。
「じゃあ、なんでバカタローのレベルが上がってんだよ?」
「魔王の代わりに、何か別のモンスターを倒したんじゃない? みんなを殺したあの骸骨のお化けとかさ」
「ふ~ん、成程な。これはあれか? レベルが百を超えるって事は、レベルさえ上げれば、あの化け物どもをぶっ倒せる力が手に入るって事か?」
真太郎のレベルが限界を超えたという事実を目にした瞬間、魔王達には絶対に勝てないと諦めきっていた刹那の心に、ちょっとした希望の火が灯り始める。
「レベルアップもそうだけど、全滅したのにも関わらず、『アチーブメント報酬』が貰えたりした事から色々と考えると、ここは本当に『勇者ゲーム』のシステムが適応された世界で、あたし達はゲームと同じように振舞う事を求められているんだと思うよ。となれば、レベルを上げる事で、魔王を倒せる可能性は十分にあるよね」
「つまり、みこの推測が正しければ、俺達の最終的な目的は、ゲーム同様に『魔王の討伐』になる……って事か」
女の子達が話を終えるなり、真太郎が口を開いた。
「どうだ、チュウ。今回の敗戦は、失った物より、得た物の方が多いと思うぞ。情報もアチーブも手に入ったしな。それでも、お前はまだ俺を責めるのか? 今は完全に、負け分を取り返した状況だぞ?」
「ふん。たまたま結果オーライだっただけだ、偉そうにすんな」
確かに、真太郎の言い分を認めざるを得ない状況ではあった。
だが、刹那は素直に認めるのが癪だったので、ぶっきらぼうに振舞う。
「それより、アチーブメント獲得で新しく覚えたスキルは、どんなだ?」
「『勇者の一撃』――仲間の力を集めて敵にぶつける最終友情奥義」
「初めて聞くスキルでござるな。しかし、最終友情奥義でござるか、強そうでござるっ!」
見た事も聞いた事も無い新スキルに、思わずテンションが上がるイナバだった。
「そんなもんは、魔王と戦う前に覚えろよっ!」
ネトゲ廃人なイナバと違って、割と常識人な刹那が冷静にツッコミを入れる。
「んなことを俺に言われても困る。それより、師匠とチュウが即死した時点で勝ちを諦めて、負けて実を拾う事にしたのは正解だったな」
「パニック必至なあの状況で、そんな事を考えていたとは、流石拙者の予想の斜め上を行く男でござるな」
イナバがそう言うなり、真太郎が彼の曇った眼鏡越しの瞳を覗き込んだ。
「師匠。さっきから平静を装っているみたいですけれど、本当ははらわた煮えくり返ってるんじゃないですか?」
突然、真太郎が真顔で妙な事を言い出した。
「え? 急に何を言い出すのでござるか?」
「……師匠。この世界は、あなたがリアル人生を半ば捨ててまで、のめり込んだ『勇者ゲーム』の世界なんですよ? その世界で何も出来ずに一方的に負けるなんて、悔しくはないんですか……?」
「……悔しい、でござるか? 悔しいも何も、訳も分からず死んでござるからなぁ……」
心をかき乱す様な真太郎の問いかけに、イナバが思わず言葉を詰まらせる。
「……さっき自爆して死んだ後、暗闇の中を漂いながら、ふと思った事があります。改めて自分の人生を振り返ると、心の許せる親友もいなければ、恋い焦がれた恋人もいない、かといって青春をかなぐり捨てて打ち込んだ何かがあるかといえば何もない、何も成し遂げていない実に意味の無い虚しく下らない人生だったな、と――」
真太郎は自分で言いながら、自分のしょっぱすぎる青春に心底うんざりした。
「そんな人生で、何か真剣にやった事があるのは何かと探せば、それは『勇者ゲーム』でした。リアルの人生では、ゴミ屑状態の俺ですが、ゲームの中では『勇者』でした。どんな強敵にも怯まず戦いを挑み、何回負けても必ず最後には勝利を掴む、そんな不屈の勇者……それが俺でした。そして、そんな戦い方を教えてくれたのは、師匠、貴方でした」
言い終わると、真太郎は口を閉じて、じっとイナバの顔を見つめた。
真太郎の今の言葉に思う所があったのか、イナバは静かに目を伏せて黙っている。
イナバは、『勇者ゲーム』の世界では、プレイヤーの誰もが知る無敵の勇者『剣聖のイナバ』だった。常にクエストを誰よりも先に攻略し、誰もが諦める高難易度のダンジョンをソロで踏破するのなんて、当たり前の事だった。最後のクエストである魔王討伐では、並み居る凄腕プレイヤー達が死に絶える中、魔王にトドメを刺して世界を救ってすらいた。
そんなイナバだからこそ、負けた悔しさは真太郎よりも強いはずだった。
「訳が分からない訳ないでしょう。新参から廃人、地雷や業界人まで誰もが知っている最強無敵の剣聖イナバが、手も足も出せずに瞬殺されたんですよ?」
それを知っている真太郎が、『敗北』によって萎えた彼の心に火をつけようとする。
(師匠の心が死んじまったら、リベンジなんて果たせない。俺の魔王討伐計画に、この人は決して欠けてはいけない最重要人物。悪いが、アンタには、まだまだ師匠……いや、『剣聖のイナバ』でいて貰わなければならない……!)
「筋金入りのゲーマーなら、無惨な敗北を味わったからこそ、『リベンジしてやろう!』って、燃えるもんなんじゃあないんですか? 理由は不明ですが、この世界は確かに現実ですが、『リアルの世界』ではなく、勝手知ったる『勇者ゲームの世界』なんです。そんなある意味で師匠にとって『本当にリアルな世界』だ。そんな世界で、負けっぱなしなんてのは、悔しくないんですか……?」
静かでいて、それでいて煽る様に、真太郎がゆっくりと問いかける。
しばしの沈黙の後、不意にイナバが口を開いた。
「……悔しいよ、悔しいに決まってるだろッ!」
今までゲームのキャラ『イナバ』を演じていたイナバが、真の姿『稲葉浩侍』を曝け出してキャラの仮面の奥に隠していた本当の気持ちを叫ぶ。
「ゲームで負けた時の悔しさが、世の中のどんな感情より勝ってんだ! 非リアで無職童貞の俺は、辛い現実を忘れる為に、ただひたすらゲームだけをやってきたんだ。ゲームしか俺にはもう無いんだ、それで負けたんだ! 悔しくない訳ないだろッ!」
そんなイナバの姿を見て、彼の心に火が付いたと理解した真太郎がニヤリと笑う。
(着火完了。次は燃え上がって貰おうか!)
「じゃあ、やる事は決まりましたね。今から俺達がやるのは――」
「逆襲だッ!」
イナバの心が燃え上がるなり、真太郎が手を叩いて喜ぶ。
「それでこそ、俺の『師匠』ですッ!」
「当たり前でござるっ! 拙者を誰だと思っているでござるか?」
真太郎に『師匠』と呼ばれるなり、イナバが素の状態から師匠の状態に戻る。
「おや、ござる口調に戻りましたね?」
「……やはり、ござる口調はキモいでござるか?」
一応自覚はあったらしいイナバが、おずおずと真太郎に尋ねる。
「いえ。さっきの素の師匠もイカしていましたが、俺は侍キャラの師匠の方が師匠らしくて好きですよ」
「えっ? それってもしや、シンタロー殿は本当に、拙者の事を『師匠』と思ってるって事なのっ!」
真太郎の言葉に特別な意味はなかったのだが、彼の知らない所でイナバはよからぬ勘違いをしてしまったようだ。
「んもう! ヤダ、なんなのこの子っ!? 拙者の心をかき乱して何する気っ!? こんなもん精一杯、師匠ぶるしかないじゃないっ!」
そんな事は露知らず、真太郎は話題を変える。
「とにもかくにも、ゲームの世界が現実になってしまった以上は、ぼんやりとゲームをやっていて無駄にした『今までのゲーム人生』と決時して、本当の意味でのゲーム人生を歩み出さなければ、いけないのかもしれませんね」
「そうでござるな。これからは『本当の』勇者ゲームを始めなければいけないのでござるからな、気合を入れなければいけないでござるよ!」
惨敗と死によって萎えてしまっていたイナバは、真太郎の魂を揺さぶる話術によってすっかり元通りに――いや、以前よりも心に火が宿った状態になっていた。
それは奇しくも、今の真太郎の心境とまったく同じものだった。
彼らネトゲ廃人二人は、死を超える事で初めて生きる意味を見つけ、無為な人生に決別する事を選んだのだ。
「しかし、あれですね。不謹慎ですが、クリア困難なゲームを前にすると、楽しくなってくるのを禁じえませんね」
「ふっ、確かにそうでござるな。なんかワクワクしてきたでござるよ」
魔王達相手に何も出来ずに無惨に殺さたというのに、委縮したり怯えたりするどころか、むしろ逆にゲーマー魂に火がついてやる気に満ちている真太郎とイナバだった。
そんな彼らを見た刹那が、訝しげな顔をする。
「お前ら、さっきから何やってんだよっ!? なんでそんなやる気いっぱいなんだよ?」
「お前のような、暇つぶしでゲームやってる様なライトゲーマーには、攻略不可能な超高難易度ゲームに胸躍らせる俺達、モノホンゲーマーの気持ちは解らねーよ」
「はぁ?」
「心配しなくてもせっちゃんは、拙者達が無事お家に帰してあげるでござるよ。危険な魔王退治は、拙者達に任せておけばよいでござる」
「おい、何の話だよっ!? 俺抜きで、何二人だけで分かり合ってんだよ! キメェんだよ、キモオタ共がっ!」
話に入っていけない刹那が、仲間外れを嫌がって悪態をついてキーキーと叫ぶ。
「そーいえば、初心者の頃は敵にすぐやられちゃって、毎回の様に『輪廻の神殿』で復活してリトライしてたなぁ」
「最初は誰でも初心者なのでござる、負けて当たり前。そんな当然の事を忘れていたとは、拙者も迂闊でござる」
そんな刹那を放って、話に花を咲かせる真太郎とイナバが、復活の祭壇を後にする。
「ここが勇者ゲームの世界ならば、やる事は同じゲームと同じだ。強敵に挑戦、負ける。輪廻の神殿で復活。お次は、装備整えてレベル上げて、リトライ。そして勝利」
「先程の負け戦は、いわば寝ぼけた目を覚めさせる為の強制負けイベントだったのでござるな。あの負けが無ければ、拙者達は未だにぼーっとしたまま、この状況に翻弄されて何をすればいいかもわからず、ただ闇雲にこの世界を彷徨っていただけでござろうな」
自嘲気味に笑うイナバが、真太郎にぺこりと頭を下げた。
「シンタロー殿が、あの無茶な戦いに引っ張り出してくれなければ、そしてその後、拙者の心に火をつけてくれなければ、拙者は今もただの腐ったネトゲ廃人だったでござるよ。改めて礼を言うでござる」
自分の野望に利用しただけだったイナバに素直に感謝された事で、真太郎は思わず罪悪感に駆られてしまった。
「俺も師匠も、ただのネトゲ廃人ですよ。俺達が勇者になるのは、これからです。それに、俺は師匠がいなければ、ここまでやれなかったはずです、礼を言うのはむしろ俺の方です。ありがとう、本当に感謝していますよ」
真太郎は言ってから、ハッとした。
自分の口から無意識に、イナバに対する感謝の言葉が漏れたからだ。
(……俺は、自分で思っている以上に、この人の事を仲間だと思っていたんだなぁ)
「礼などいらないでござるよ。拙者は、シンタロー殿の師匠でござるからなっ!」
どうやら、イナバにとって真太郎の師匠であることが心の支えである様に、真太郎にとってもイナバの存在は欠く事の出来ない大切な物の様だった。
「さて、じゃあ、次のクエストをクリアしに行きましょうか。レベルを上げて、装備を整え、強い仲間を集めて、魔王に再挑戦ですっ!」
「みこちゃんも行くよ! このままやられっぱなしなんて、絶対嫌だもんねっ!」
心機一転、新しい冒険を始める事にした真太郎とイナバ、そしてみこが、揃って拳を突き上げる。
「何っ!? お前らまだやるつもりなのかっ!」
死の余韻冷めやらぬ状況にもかかわらず、また魔王と戦うとか妄言を抜かす真太郎達に刹那は動揺を隠せない。
「俺達の冒険はこれからだ! って事だよ。よっしゃ、まずは仲間を集めないとな」
真太郎はそう言って、颯爽と輪廻の神殿の外に一歩踏み出した。
春の始まりの様な温かくて爽やかな風が、真太郎の髪を撫でる。風に揺らされた葉や草がさらさらと小気味良い音を立て、頭の上の青空では白い雲が気ままに泳いでいる。
明るく爽やかな小春日和の陽気は、希望に溢れた新しい旅立ちにぴったりだった。
「さて、勇者ゲームを始めようかっ!」




