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幕間1-2 始まった怪異 侵蝕される日常

「捜査は中止だ」


 朝一で警視庁に呼び出された寝ぼけ眼の物部は、上司にかけられた冷や水で目を覚ました。


「課長、今何と?」

「捜査は中止と言ったのだよ、物部君」

 物部がもう一度問いかけると、課長は冷めた調子で吐き捨てるように答えた。


「ちょっと待ってくださいよ。今、失踪者の家を戸別訪問している最中なんです」

「聞こえなかったのかな? 捜査は中止だ」

「どういう事ですか? どこぞから、横槍でも入ったのですか?」

 事件の捜査中に、どこかの組織や有力者から横槍が入るのは、よくある事だった。

 

 しかし今回は、課長の実の娘が事件に関わっているのだから、そう簡単に捜査を中止するなんて事はありえないはずだ。

 少なくとも、各所でタヌキおやじと称される様な性格の人間なのだから、お上から圧力をかけられたぐらいで、実の娘を見捨てて権力に屈するはずはなかった。


「娘さんが事件に関わっているかもしれないのに、それでいいんですか?」

 いまいち釈然としない物部が、相手を試す様な目つきで課長に尋ねる。

「娘? 何の事かな? 娘は今、海外に留学しているよ」

「は?」

 課長の言葉を聞いた瞬間、物部が露骨に訝しげな顔をする。


「ちょっと待ってください。前回とお話が違いますよ。娘さんは、件の『勇者ゲーム』事件に関わって、失踪したんじゃないんですか?」

「そうですよ。一緒に娘さんの部屋に入って、ノートパソコンの画面に『勇者ゲーム』の映像が映っているのを見たじゃないですかっ!」

 物部の脇に控えていた朝比奈がそう言うなり、課長が彼女の顔をじっと見た。

「朝比奈君。捜査は中止だ」


 課長は無表情でそう言って朝比奈を黙らせると、ドアを指し示した。

「さぁ、話は終わりだ」

「課長っ! 私の妹も、この事件に関わって行方不明なんです! 捜査中止の理由を教えてくれなければ、納得ができませんっ!」

 身内が事件に関わっていた朝比奈が、声を荒げて課長に突っかかる。 


「朝比奈君、話は終わりだ。もう出ていきたまえ」

 しかし、課長は人形の様に感情の無い顔で冷たく吐き捨てるだけだった。

 すると物部が、おもむろに無精ひげが生えた顎をさすった。


「流石に、そりゃないんじゃないですか、課長? 俺達は、もう一週間もロクに家にも帰らず事件の捜査を続けているんですよ。捜査が中止になった理由くらい教えてもらってもいいですよね? 特に、身内が事件に巻き込まれている朝比奈君なら尚更です」

 物部がそう語り掛けると、課長は朝比奈に続いて、物部にも同じ台詞を冷たく吐き捨てた。

「物部君。出ていきたまえ」

 

「ええ、出ていきますよ。ご命令通り、すぐに出ていきますとも。ですが、その前に、残業手当として捜査中止の理由を教えてもらいたいものですな」

 物部は寝癖のついた頭をぼりぼり掻くと、人形の様に感情の無い目で自分を睨みつけて来る課長の顔を見つめた。

「誤解のない様に先に言っておきますが、私は権力に楯突いて捜査を続行するなんて青臭い真似しませんよ。でも、誰が自分の仕事を邪魔したかぐらい聞いても、罰は当たりませんよね?」

 物部が飄々とした態度でそう言うなり、課長が急に大声で吠えた。


「帰れッ!」


「「ッ!?」」

 課長が突然大声で叫んだ事に驚いた物部と朝比奈が、体をビクッさせる。

「帰レ! 捜査ハ中止ダ!」


「いや~、申し訳ない。少し調子に乗り過ぎてしまったようですね。今の無礼は忘れてください」

 課長がキレたと思った物部が、笑顔を浮かべて慌てて取り繕う。

 だが、課長は彼の言葉など耳に入らない様子で、大声で叫び続けた。


「物部ェ! 朝比奈ァ! 捜査ハ中止ダ! 捜査ハ中止ナンダヨォーッ!」

 

 突然人間が変わったかの様に、課長が青筋を立て怒鳴り散らし始めた。

 その瞬間、朝比奈が顔を真っ青にして後ずさる。

「先輩。ヤバい感じが、ビンビンします……ッ!」

 朝比奈の恐怖に引きつった青い顔を見た物部は、本能的に嫌なものを覚えた。 

「……零能力者の私でも、今の課長のヤバさは充分に感じるよ」

(霊感持ちのこの子が、こんな青ざめた顔してるのって、某カルト教団がこの前起こした大量殺人の現場検証の時以来じゃないか……)


 朝比奈から目を離した物部は、次に課長を見た。

「「物部ェ! 朝比奈ァ! 捜査ハ中止、捜査ハ中止、捜査ハ中止ナンダヨーッ!」


 課長は、焦点の定まらない目で物部達を睨みつけながら、人間のものとは思えない様な甲高い声で怒鳴り続けている。

(……課長の錯乱具合はただ事じゃないぞ。なんなんだ、あの狂った目つきは!? まるでラリったヤク中じゃないか……! 今の状況は、ハゲ散らかしたおっさんが生意気な部下にぶちキレている、っていう様な状況ではなさそうだな……)


「捜査ハ中止! チュウシ、チュウシ、チュウシ、チュウシィィィィィィーッ!」


 普段の様子とはあまりにも違う、今の課長の錯乱した様子から身の危険を感じた物部は、彼にさっと頭を下げると、怯えている朝比奈の手を乱暴に掴んで足早に部屋を出た。


「なんなんですか、今のはっ!? 課長がおかしくなっちゃってましたよっ!」

「私に言われても困る」

 朝比奈の手を引く物部は、一度も後ろを振り返らずに廊下を歩き続けた。

 振り返ったら、課長が追って来る気がして怖かったからだ。


「さっきの課長は、まるで昨日相手にした失踪者の家族と同じじゃないですかっ! どーなってるんですか、コレはっ!?」

 朝比奈が混乱気味に喚くなり、物部は昨日の事を思い出した。 


## # ##


『ハーメルン』の関連会社回りを収穫無しで終えた物部は、あの後、『勇者ゲーム』絡みで失踪したと思わしき行方不明者の家をいくつか回っていた。

 そして、そこで物部は奇妙な体験をする事になる。


「警察の者ですが、失踪当日の息子さんの様子をうかがってもよろしいですか?」

「失踪? なんのことかしら? うちの真太郎は、今予備校の合宿に行ってて家にいないんですよ」

「え? 家から急にいなくなって、そのままずっと帰ってこないって話じゃないんですか?」 

「真太郎はッ! 今、予備校の合宿でッ! 家にいないんですよッ!」


 失踪者の家族は、どいつもこいつも一人残らず、事件の事を切り出すなり、先程の課長の様に急に大声で喚き出したり、逆にまったく口を利かなくなったりと、突然おかしくなってしまうのだ。


「それで稲葉さん。ご子息の浩侍さんがいなくなってから、既に一週間なんですね?」

「……」

「あの? お母様?」

「…………」

「どこか、具合でも……?」

「………………」


 その我を忘れたかのごとく突如として人間性が豹変する様子はまるで、悪霊に憑りつかれたかの様に不気味なものだった――。


## # ##


「先輩っ! やっぱり、この事件は普通じゃないですよっ! 悪霊とか悪魔とかが関わっているんですっ!」

 朝比奈はパニックでも起こしたのか、突然おかしな事を真顔で言い出した。

「はっ! 悪霊、悪魔? ナンセンスな事を言うのは、よしたまえ」


「じゃあ、なんで昨日まで普通だった課長が、いきなりあんなになっちゃうんですかっ! なんで失踪者の家族の人達が、急に最初に話を聞いた時と全く違う事を言い出したんですかッ!?」

「知らん! そんな事を私に聞くなっ!」

 大声で喚きたてる朝比奈に、物部が思わずイラつきを覚える。


「なんで、ハーメルンの実態が全く掴めないんですかっ!? なんで、『勇者ゲーム』に関わった人間が、関係者・ユーザー問わず、一人残らず失踪してしまっているんですかっ! なんで、事件に関わった人達が、皆おかしくなっちゃうんですかっ!? 私もこのままおかしくなっちゃうんですかっ!?」

 積もり積もったものが爆発して朝比奈が錯乱するなり、物部が足を止める。


「落ち着くんだ、朝比奈君。君は国家防衛の要である公安の人間だろう? もう少し冷静になりたまえ。あんなおっさんに怒鳴られた位で、取り乱すんじゃない」

 物部は、激しく取り乱す朝比奈が落ち着くように、努めて冷静に振舞った。


「君は、温室育ちのエリートだから分からないと思うけど、世の中にはああいう、突然キレる頭のおかしいオヤジや、一見普通の顔して話が全く通じないイカレた人間がいっぱいいるんだ。だから、いちいち気にしていちゃあいけないよ。いいね?」

 物部が肩に手を置いて優しく語り掛けると、朝比奈は胸に手を当てて呼吸を整えた。


「は……はい。すいません、つい取り乱してしまいました……」

 朝比奈が落ち着きを取り戻すのを見た物部は柔らかく微笑むと、彼女の頭を優しく撫でた。

「いい子だ」


 すると、すぐさま朝比奈が頬を赤く染めて、彼の手を乱暴に払う。

「ちょっとー! 子ども扱いは止めてくださいっ!」

 朝比奈がすっかり元気になったのを見るなり、物部はわざとらしくもう一度彼女の頭をわしわしと乱暴に撫でた。


「君は本当に、いい子だ!」

「ちょ、先輩! わわわっ! やめ、止めてくださいっ!」

 朝比奈がそう言って荒ぶるなり、物部が頭を撫でるのを止めて、急に真顔になる。 


「朝比奈君、今日はもう、お家に帰りたまえ。話は私がつけておくから」

 物部は一方的にそう言うと、後ろ手に手を振って朝比奈に別れを告げた。

「それじゃあ、お疲れ様」


「え? 先輩はどうするんですか?」

 朝比奈が背中に問いかけて来るなり、物部は気だるげな眼に挑戦的な光を宿して答えた。


「事件の捜査を続けるよ……!」

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