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幕間1-1 事件を追う者

 後に『勇者ゲーム事件』、あるいは『ハーメルン事件』の名前で世間に知られる事になった『オンラインゲームユーザー同時多発失踪事件』が発生してから、早一週間が過ぎ去ろうとしていた。


「クソ! 三十三社目もダミー……かッ!」

 十万に近い数の人間が日本各地で同時多発的に失踪すると言う奇妙過ぎる事件の調査に当たっていたのは、警視庁公安部の物部だ。

 

 物部が捜査を開始して、まず初めに分かった事は、失踪者の全てが多国籍IT企業『ハーメルン』の販売したMMORPG『勇者ゲーム』のユーザーだったという事だ。

 そして現在、物部は、事件の鍵を握るとされる疑惑の企業『ハーメルン』の調査をしている。


「運営会社に繋がる三十三の関連会社の全てが、ペーパーカンパニーだとッ!? しかも、三百を超す取引先とスポンサーは、現在一社残らず事業停止中で、書類上にしか存在しないだとッ! そして、事件の鍵を握ってる『ハーメルン』本社は、事件当日に会社を解散させていただとッ! 一体何がどーなっているんだッ!?」

 

 夜逃げでもしたかの様に打ち捨てられた無人の雑居ビルの一室で、物部がパイプ椅子を蹴り飛ばす。

「顔が割れている十三人の『勇者ゲーム』製作者は、早くとも半年前から一人残らず行方不明だし、『ハーメルン』って一体何なんだ……!?」


 総合IT企業『ハーメルン』――軍事企業向けのITコンサルティング業務と、セキュリティソフトの販売を主な業務としている多国籍企業だ。

 十年ほど前に、その後の主力商品となるMMORPG『勇者ゲーム』を全世界でリリースする。

 そして現在、件の『オンラインゲームユーザー同時多発失踪事件』の鍵を握る唯一にして無二の存在だ。


「先輩、落ち着いてください。『ハーメルン』は、軍事企業に関わる性質上、極端な秘密主義で、公にされている情報が極端に少ないんです。たった一週間で、ここまで調べられただけでも、上々ですよ」

 荒れる物部をそう言って慰めるボブカットの女性は、彼の部下の朝比奈だ。


「上々、ね……確かにそうだな。捜査の結果、事件で失踪した人間のPCには、必ず『勇者ゲーム』がインストールされている事を突き止めた。そして『勇者ゲーム』を作ったのは、『ハーメルン』だという事も分かった。どこに行けば謎が解けるかが分かっているのに、そこに全くたどり着けない。うん、実に上々だ」

 疲れた顔で自嘲しながら語る物部は、皺が寄ったペラペラのスーツの胸ポケットから煙草の箱を取り出すと、おもむろに一本抜き出し、火をつけた。


「朝比奈君。君の霊能力で、ちゃちゃっと犯人見つけられないの?」

「霊能力なんてやめてください。私はちょっと勘が鋭いだけで、いたこでもサイコメトラーでも何でもないんですから」

 朝比奈はうんざりした顔でそう言って、物部をあしらった。

「でも、君は得意のれーのーりょくを使って、競馬とかロトとか良く当ててるし、課の皆の落し物とか、友達の彼氏の浮気相手とかを見つけてるじゃないか。それにこの間は、大量殺人事件を起こしたカルト教団の本拠地を見つけ出したしさ」

 物部はやる気のない話し方でそう言うと、タバコの煙をふっーと吐いた。 

 

「あれは、たまたまですよ。私は視える時と、視えない時があるんです!」

「じゃあ、今は見えないんだ。ったく、肝心な時に使えないエスパー少女だなぁ」

「私はエスパー少女じゃありませんっ、エスパー美女ですっ!」

「……エスパーって所は否定しないんだ」

 物部がツッコむなり、朝比奈が頬に手を当てて体をくねっとさせた。


「だってぇ、エスパーは私の売りですもん。私、警察で見栄えのいい手柄を上げたら、それを引っ提げて芸能界デビューするつもりですから――って、そんな事より! 何食わぬ顔でタバコを吸わないでくださいっ!」

 夢見るなんちゃってエスパー女・朝比奈がヒステリックに騒ぐなり、物部が肩をすくめる。

「課長が吸ってても何も言わないのに、私の時はうるさい事を言うんだね」

「そりゃそうですよ。お上には逆らえませんから」

 朝比奈がそんな事を言うなり、物部は窓を開けて夕陽を眺めた。


「……お上には逆らえん、か。まったくだね」

 物部は、直属の上司の溺愛している一人娘が、件の『同時多発失踪事件』に関係すると思わしき不審な失踪をした事をきっかけに、事件の調査に駆り出されていた。

「どーして、こんな厄介な事件の担当になっちゃったんだろ?」

 元々やる気のあまりない男なので、こんな厄介な事件に首を突っ込むのはごめんだったのだ。だが、お上の命令ならば、逆らえない。勤め人の悲しい性である。


「ところで、先輩。課長の娘さんの手がかりは、何か見つかりましたか?」

 朝比奈に尋ねられると、物部は軽く笑って首を横に振った。

「何も。課長の娘さんの身辺を洗ってみたけど、何も失踪の手がかりは見つからなかったよ。幼稚舎から大学までずーっと有名なお嬢様学校で過ごしていたから、失踪を促す様な悪い友人関係は無い。付属の大学に首席で入学し、親は警察のお偉いさん、勿論、家はお金持ち……人生の何もかもが順風満帆で、将来は希望に満ちている、そして健康状態も良好そのものだ。そんな子が、誰にも何も告げずに、ふらっとどこかへ行ってしまうなんて、考えられないよ」

 物部はどこか皮肉げに語ると、不意に夕陽を見て目を細めた。


「だが、彼女を調べた事で、事件についてますます謎が深まったよ」

「え? どういうことですか?」

「課長の娘さんの友達に、彼女の事を聞こうと思ったのだがね……」

 物部はそこまで言うと、不意に黙り込んで、たばこの煙をすぅと吸い込んだ。


「彼女の友達は、一人残らず全員行方不明だったよ」

 物部は気だるげにタバコの煙を吐き出すと、突然とんでもない事を言い出した。

「えっ!?」


「そして驚くべき事に、彼女が家庭教師をしていた先の教え子の男の子までもが、行方不明になっている。まぁ、男の子の方は、大学受験に失敗していたみたいだから、失踪する理由はあるのだけどね。確か、名前は~……暁真太郎くんだったかな?」

 とんでもない事実を物部の口から聞かされた朝比奈が、目を丸くして彼に質問をぶつける。


「それって、どういう事なんですか? 課長の娘さんの関係者が、全員行方不明じゃないですかっ!?」

「さぁね、どういう事なんだろうねぇ、何も分からないよ。でも、この話に出て来る登場人物達には、『一つの共通点』がある事だけは、分かっている」

 物部がそう言うなり、朝比奈が何かに気付いて声を漏らした。


「ま……まさか、それって『勇者ゲーム』じゃ……?」

「朝比奈君、大正解。正解者に、拍手」

 動揺する朝比奈をからかうように、物部がパチパチと拍手をする。


「この『同時多発失踪事件』に関わっていると思わしき人間の数は、調べれば調べる程に増えていき、今では十万人に手が届きそうなくらいだ。なのに、事件の全貌はまったく見えて来ない。今、分かっている事は、この事件に、多国籍IT企業『ハーメルン』と、彼らが作ったMMORPG『勇者ゲーム』が、関わっていると思われるという事だけだ……」

 調べれば調べる程深みにハマっていく迷宮の様な事件に、物部は正直うんざりしていた。


「まったく、泥沼でシンクロナイズドスイミングをしているかのような気分だよ。この事件の真相は、きっと『ハーメルン』って名前だけに、失踪者達は、おとぎ話に出て来る『ハーメルンの笛吹男』にどこかに連れ去れてしまったのかもしれないね」

 物部は冗談めかして笑うと、タバコの火を靴底で揉み消した。

「どこかって、どこですか?」

「さぁ、『勇者ゲーム』の世界とかじゃないの。知らないけどね」

 そして、朝比奈の肩をポンと叩いて部屋を出る。

 

「さて、朝比奈君。次は失踪者の家を回るよ、気合を入れたまえ」

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