第3話 シンタロー危機一髪! でも、助っ人はキモオタッ!?
「ああ……俺、死んだ……」
真太郎が死を受け入れたその時、武者風の鎧を着た男が真太郎の前に飛び出して来た。
「助太刀するでござるッ!」
ガギンッ! という金属同士がぶつかる衝撃音が、真太郎の鼓膜を激しく震わせる。
「せいッ!」
助っ人は剣を大きく振ってアキトを吹き飛ばすと、振り返って真太郎に声をかけた。
「危ない所でござったな。大丈夫でござるか?」
てっきり、このまま殺されて目が覚めると思っていた所に、急に助っ人が登場した。
「……え? あぁ……」
あまりにも突然すぎる出来事のせいで、真太郎が思わず呆気に取られる。
(ど……どうやら、襲撃者に殺される寸前で、謎の助っ人に一命を救われた様だ)
「……助かりました」
状況は全く呑み込めないが、とりあえず助っ人に礼を言う。
「って、貴方は――」
しかし、助っ人の顔を見た瞬間、真太郎は絶句した。
振り返った助っ人の顔は、まごうことなきキモオタだったからだ!
「ヒィ! キモオタッ!?」
「なっ!? 失敬でござるよっ!」
真太郎が思わず漏らした悲鳴を聞いたキモオタが、前のめりにツッコんでくる。
「そんな事はどうでもいいでござる! 今は『PK』との戦闘に集中するでござるよっ!」
(近いっ! いや、待て……このキモオタ、今『PK』って言ったのか?)
『PK』――プレイヤーキルまたは、プレイヤーキラー。敵モンスターではなく、プレイヤーキャラを攻撃し殺害する行為、または殺害行為そのものを行うプレイヤー自身を差すネトゲ用語。
「おいおい、PKとキモオタってどんな組み合わせだよ。夢にしては、物騒過ぎねーか?」
不意にもたらされたキモオタの言葉に思うところがあった真太郎が、しばし思考を巡らす。
(折角、楽しいゲームの世界の夢を見てるってのに、PKなんて無粋なもんが出て来るなんてムカつくなぁ。つうか、さっきのPKの攻撃、あのリアルさなんだよ……。あのヤバい感じ、ガキの頃車に轢かれそうになった時に感じた『あ、俺死んだ』って感覚とそっくりだったじゃねーか。今の状況って、本当に夢なのか? 異常にリアル過ぎないか?)
「こんな時に何をぼーっとしているのでござるか!」
PKアキトと戦うキモオタが、状況もわきまえず考え事にふける真太郎を注意する。
(今の状況……まさか!? いやいや、ありえん。そんな事はありえない。『ゲームの世界の中に入ってる』なんてふざけた事はありえない! ……だけど、さっきの女神を名乗るイカレタ女……あいつってゲームのナビゲート役の『導きの女神』にそっくりじゃなかったか? しかもあの女、異世界に転送だとか、リアル勇者ゲームだとか言ってたような――)
真太郎は危険な現状の分析に集中するあまり、周りが見えなくなっている。
そんな彼を見かねたように、キモオタが大声で喝を入れた。
「シンタロー殿ッ! しっかりするでござるよっ! これは夢でもゲームでもない、『リアル』なんでござるよ! 油断していたら、本当に殺されてしまうでござるっ!」
妙に長い髪を振り乱して叫ぶキモオタの一喝で、真太郎がハッと我に返る。
「夢でもゲームでもない、『リアル』? 本当に殺される……?」
キモオタの言葉に何か引っかかるものを感じた真太郎が、探る様に彼の顔を見る。
「っていうか、キモオタァ! 貴様は何故、俺の名前を知っているんだーッ!?」
謎のキモオタに名前を知られている事に恐怖した真太郎は、思わず荒ぶってしまった。
「えっ!? なんでこの状況で、拙者にキレるのでござるの? キレる相手を間違っているでござるよ、シンタロー殿っ! 視界に『ステータス画面』が表示されているのが、見えないのでござるかっ!?」
「親しげに話しかけるな! 誰だよ、お前ッ!?」
見知らぬキモオタの親しげな態度を警戒した真太郎が、思わず杖を持って身構える。
「ちょ、やだ! 何で武器構えてるの!? 拙者でござるよ、『イナバ』でござるっ!」
「『イナバ』だと……? 何故、俺の師匠の名を知っているんだ?」
『イナバ』は、真太郎が『勇者ゲーム』の初心者時代から共に戦場を駆け抜けた戦友であると同時に、彼を導き続けた師匠的存在のプレイヤーである。
「お前の様なキモオタが、師匠の訳ないだろッ! どこで知ったか知らねーが、気安く師匠の名を騙るんじゃねー! 口を慎め、このキモオタがァーッ!」
敬愛する師匠の名を騙るキモオタのふざけた態度に、真太郎は思わず怒りが込み上げた。
「色々と急すぎて理解出来ぬとは思うでござるが、拙者が『イナバ』なんでござるよっ!」
何を思ったか、キモオタが真剣な表情で真太郎に訴えかける。
「見え透いた嘘をつくなッ! 師匠は、東大卒の外資系エリートサラリーマンだ。お前みたいにキモオタ的存在であるはずがないッ!」
だが、師匠イナバを敬愛する真太郎は、キモオタの言葉を欠片も信じなかった。
「えっ、拙者が昔話した嘘プロフを本気にしていたのでござるかっ!? ピュア過ぎるでござるよっ! ネットでの話なんて、真に受けちゃダメでござるよっ!」
ネットリテラシーに通じていると思わしきキモオタは、真太郎を叱りつけると、おもむろに話題を変えた。
「そんな事より――」
「うるせー! なんでキモオタは、俺の師匠の名を騙ってんだよっ!? つか、お前は誰なんだよっ!?」
「だーかーらーっ! 拙者はシンタロー殿の『師匠のイナバ』でござるよっ! ああっ、もうもどかしいっ! こんな事になるなら見栄など張らずに、三十五歳無職童貞と素直に自己紹介していればよかったでござる!」
自分を責める様な事を言いだしたキモオタは、真太郎の説得を一旦諦めた。
「シンタロー殿、この話は一旦お預けでござる。PKと戦いながらでは、落ち着いて話も出来ないでござる。まずはPK共を蹴散らすでござるよっ!」
キモオタはそう言うと、おもむろに刀を構えて真太郎の前に立った。
「『魔法』で、援護を頼むでござるっ!」
「『魔法』? 何よ、魔法って? 俺はアンタと違ってまだ十八だし、そんなもん使えないよ」
「いや、その『魔法』ではござらんよっ! 勇者ゲームでの『魔法』でござる!」
「勇者ゲームでの『魔法』?」
「そうでござる。念じるでござるよっ!」
「念じる? 何を?」
「だから、『魔法』をでござるよッ!」
いまいち要領を得れない真太郎が訝しげに尋ねるなり、「人の話聞けよっ!」みたいな感じでキモオタが声を荒げた。
「このキモオタ、こわっ! え~、『魔法』を念じるって言われても、どーすりゃいいんだよ……?」
真太郎は、とりあえずキモオタに言われるがまま、『魔法』を念じてみた。
だが、特に何も起こる事はなかった。
「念じたけど、なんも起きないですよ。キモ……お侍さん」
一瞬、キモオタと言おうと思ったが、キモオタが刀を持っている事を思い出し、侍と言い直す真太郎だった。どうやらキモオタとのトークによって、意図しない形で落ち着きを取り戻す事が出来たらしい。
「ただ念じるだけでは、ダメでござる。『勇者ゲーム』のゲーム画面を思い浮かべるでござるよ!」
「戦いの最中に何話してんだよ、キモオタッ!」
「クッ! 邪魔なPKでござるなッ!」
そんな間にも、キモオタとアキトは一進一退の戦いを続けていた。
「ゲーム画面を思い出したけど、何にもなんないですよっ!」
とりあえずキモオタの言う通りにした真太郎だったが、結果は先程と同じだった。
「目を閉じたり、虚空を見て想像するよりも、額に意識を集中しながらゲーム画面を思い出すのがコツでござるッ!」
親切なキモオタがコツを教えてくれたので、真太郎は言われた通りにゲームの画面を思い出してみる。
「額に集中……」
すると、ゲームの戦闘時に表示される一連のメニュー画面が、視界に重なり合うようにして浮かび上がって来た。
「おおっ! 杖を取った時と似た様なのが出て来たっ! おいおい、これマジでゲームそっくりじゃねーか。なんなんだよ、コレは……?」
目の前で展開される奇妙な現象に驚くあまり、真太郎は思わず息を飲んだ。
(夢にしては異常に現実感があるのに、こういう現実離れした不可解な現象がセットでついて来る今の状況って、なんなの……? 師匠の名を騙るキモオタは、夢でもゲームでもない『リアル』とか言い出すし……)
あまりにも不思議な現象に遭遇した真太郎は、今が非常事態であるという事を忘れ、好奇心に駆られるままメニュー画面の観察を始めた。
そんな迂闊な真太郎に、アキトと睨み合っていたキモオタが声をかける。
「シンタロー殿! メニュー画面は、出たでござるか?」
「一応。でも、変なのが出たはいいけど、コレをどーすりゃいいんですか?」
「魔法アイコンのショートカットスロットに登録されている『魔法スキル』を思い出しながら、使いたい魔法の名前を叫ぶでござるよっ!」
魔法の使い方をキモオタが叫ぶなり、漆黒の剣を振り回すアキトが真太郎に攻撃を仕掛けて来た。
「させるかよ! ルーキー野郎ッ!」
真太郎に狙いを定めたアキトが、人間離れした獣の様な動きで飛びかかる。
「うわッ! こっち来たァー! つか、魔法の名前を叫んでどうなるのさッ!?」
アキトからダッシュで逃げる真太郎が、咄嗟にキモオタの後ろに隠れる。
「魔法の名前を叫べば、音声入力の要領で『魔法スキル』が使えるでござるっ!」
キモオタはそう言うと、真太郎を庇うようにして一歩前に出た。
「そこのPK! お前の相手は、拙者でござるっ!」
キモオタはそう言ってアキトに刀を突きつけると、愚鈍そうな見た目には到底似合わない堂々とした刀さばきで応戦を開始した。
「おい、あのキモオタ強いぞ。なんかヤバくね?」
「援護した方が、いいんじゃないの?」
キモオタが見た目に反して意外に強い所を見せつけるなり、アキトの仲間達が何かよからぬ動きをし始める。
「やべっ、なんか悪だくみしてやがる! 急いで魔法を使わないとっ!」
それを発見した真太郎は、すぐさま『魔法』を使う事に意識を集中させた。
「え~と……使いたい『魔法』を意識しながら、魔法の名前を叫べばいい、だったよな」
真太郎はキモオタに言われた事を思い出しながら、目の前に展開される魔法アイコンのショートカットスロットを眺めた。
「しっかし、ゲームそっくりだな。一体何なんだよ、これは?」
あまりにもゲームに出て来るものにそっくりな『魔法アイコン』に、思わず苦笑いを一回すると、予め登録してある魔法を選択するべく、手を動かした。
(なんだかすごい事になって来たな……。つか、キモオタさんは、俺の味方なのか? まさか、マジで『師匠』なの? 夢にしては悪趣味が過ぎねーか?)
などと冷静に考え事をする真太郎は、キモオタに助けられているという状況によって、随分と心に落ち着きを取り戻しつつあった。
「シンタロー殿、お早くっ! 四人でかかってこられたら、守り切れないでござるよ!」
(守る……ね。あのキモオタ、顔は悪いが、悪い奴ではないみたいだ)
精神が落ち着きを取り戻すなり、真太郎はキモオタの味方的振舞いから、彼の言葉を少し信じてみようと思い始めた。
思うなり、早速行動に移す。
「お侍さん! アナタが俺の『師匠』だと言うのならば、俺の質問に答えてくださいっ!」
真太郎はキモオタに声をかけると、視界に表示される魔法アイコンに並ぶ一つの魔法をじっと見つめた。
「フィーバーするなら、いつするのっ!?」
真太郎が突然妙な質問をするなり、キモオタが何かに気付いて顔をハッとさせる。
「はうあ! そ、その答えは――」
「サタデーナイトでござるよっ!」
キモオタが答えるなり、真太郎がニヤリと笑う。
そして、見つめていた魔法の名前を叫んだ。
「『ブラインドフラッシュ』!」
次の瞬間、真太郎の杖から眩い閃光が迸った。辺り一面が一瞬にして、白い光に包まれる。
「「「うわっ!」」」
予期せぬ閃光の直撃を受けたアキトと仲間達が、目を白黒させて慌てふためく。
「クソ! 目潰しかッ!」
(よし! 『堕天使の指輪』のアイテム効果『魔法必中』は、ここでも健在だ!)
PK達が閃光で目をやられたのを確認すると同時に、真太郎は再び魔法を唱える。
「このまま続けていくぜ! 『クイックネス』! 『ストライクパワー』!」
真太郎が魔法の名前を叫ぶなり、キモオタの体が不思議な光に包まれた。
「おおっ、凄い! 身体から力が溢れて来るでござるっ!」
真太郎が使用した補助魔法によって『速さ』と『力強さ』という身体能力が強化されたのか、キモオタが目にも止まらぬ速さで力強く動き始める。
「ははっ、スゲーな。マジでゲームみたいに魔法が使えたよ!」
キモオタの言った通りにしたら、本当にゲームの様に魔法が使えた事に気を良くした真太郎が、思い付きを試してみる。
「魔法がふつーに使えるつー事は、『スキル』も発動するはず! スキル『コラボレーター』発動っ!」
『コラボレーター』――他プレイヤーを百万回アシストする事で覚えられる特殊スキル。このスキルを使用する事により、使用者の全ての行動が第三者との『連携技』に変化する。これにより、単独で『魔法』や『スキル』を発動した時よりも、遥かに強力な力を発揮出来る様になるチートスキルだ。
尚、『勇者ゲーム』において現在、『コラボレーター』を使用できるプレイヤーは、真太郎しかいない。
「『ホールドエネミー』!」
スキル『コラボレーター』を発動させた真太郎が、PK達に弱体化魔法を仕掛ける。魔法の名前を叫ぶと同時に真太郎の杖が光り、アキト達PK四人の体に光の鎖がまとわりつく。
「なんだコレッ!? 身動きがとれねーぞッ!」
光で出来た鎖に雁字搦めにされたPK達が、一斉に身動きを封じられた。
「やだ、なにコレ! ビクともしない!」
激しく身もだえして鎖の束縛から逃れようとするあまり、PK達は奇妙なダンスを踊ってしまっている。
「行くぜ、協力奥義『ダンシング・斬フィーバー』!」
魔法が上手く決まった瞬間、真太郎がキモオタに合図を出す。
「協力奥義だとッ!?」
アキトが動揺するなり、真太郎の合図を受けたキモオタが彼に襲い掛かる。
「秘剣『つばめ返し』ッ!」
一瞬にしてアキトに肉薄したキモオタが、目にも止まらぬ疾さで刀を一閃する。
次の瞬間、アキトの体が見事に一刀両断され、真っ二つに分かれた。
「嘘だろォ! この『黒剣のアキト』がやられただとッ!?」
腰から上と下を切り離されたアキトが、断末魔の叫び声をあげる。
「なんでヌーブとキモオタが、こんなに強えーんだよォーッ!」
アキトがそう叫ぶ声を聞いたキモオタが、眼鏡をキラリと光らせながら答えた。
「それは拙者が、『剣聖・つばめ返しのイナバ』だからでござるよ」




