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第28話 魔王 

 視界いっぱいに広がっていた眩い閃光が収まると同時に、真太郎達は硬い石の壁にぶつかった。


「「「「痛ッてェェェーッ!」」」」

 思わず叫び声をあげる四人だったが、何故かすぐにピタリと口を閉じた。

 何をされた訳でもないが、『口を閉じなければ危険だ』と本能が判断して勝手に口をきつく結んでいたのだ。


「……ここは、どこだ……?」

 ひんやりとした冷たい空気を肌に感じた次の瞬間、じとりとした嫌な汗が四人の背中を流れる。

 息を殺してゆっくり呼吸をすると、肺の中に息苦しい淀んだ空気が侵食するように広がった。

 その時、一同の頭によぎったのは、『魔王城』という言葉だ。


(……マジかよ。これマジで、『魔王城』に来ちゃった感じ……?) 

 皮膚を刺し貫くような鋭い視線を後頭部に感じた真太郎が、嫌な予感に心臓を鷲掴みにされる。

(これ完全に読み間違った……!)

 自分が悪手を選択してしまった事を瞬時に悟った真太郎が、恐る恐る後ろを振り返る。

「嘘だろ、マジかよ……ッ!」


 目の前にいたのは、ゲーム時代のラスボスの『魔王』だった。


 夜の闇をそのまま織り込んだかの様な漆黒の外套に包まれた魔王の姿は、部屋の暗さのせいでいまいち判然としない。

 だが、かろうじて見える特徴的な長い銀色の髪と悪魔を連想させる二つの角、そして地獄の炎じみた紅い眼を見ただけで、目の前の超然的な存在が魔王だと自然に理解出来てしまう。  

(ゲームで始めて魔王とエンカウントした時と全く同じ演出とは、恐れ入るね……)


 ゲーム時代と寸分たがわぬ出会い方で、魔王との邂逅を果たした真太郎は、動揺を隠しれなかった。

「「ま……魔王……?」」

 それは、イナバと刹那も同じだったようで、二人ともゲームに出て来る魔王そっくりの異形の存在から目が離せない様子だ。

「……魔王」

 一番最後に、みこが絞り出すように呟く。

 すると、王座で頬杖をついてまどろんでいた魔王が、ゆっくりと目を開けた。


「……ほぅ。これは、妙なモノが現れたな……」

 突然の闖入者の出現に気付いた魔王が、まどろんでいた眼を驚いたかの様な仕草で微かに大きくする。

 だが、そうしていたのは、せいぜい二、三秒だった。


「……処置は任せる」

 魔王は興味なさそうに吐き捨てると、玉座に体を預けて、再び気怠そうに瞳を閉じた。


 魔王が紅蓮の瞳を閉じると同時に、奇妙な音楽がどこからか流れて来た。

 変調子で刻まれる太鼓の音、強烈な眠気を誘う笛の音色、聞いていると発狂しそうになる不気味な旋律の歌声――どこかで聞いた事があるこの不気味で奇妙な音楽は、『勇者ゲーム』に出て来る『魔王城』の中で、常に流れていたBGMだ。

 ある意味でとても耳に馴染んだ懐かしい曲だったが、ここでその曲を聞くと訳も分からず恐怖心が腹の底から湧き上がって来た。


「コレはコレは、人間が何故ここにいるのでショウ?」

 魔王に続いて、魔王の取り巻きが突然の闖入者達に気付いた。

 最初に声を上げたのは、宝石がちりばめられた豪奢な王冠を被る骸骨の騎士だ。


(不死王ッ!?)

 人の言葉を話す骸骨の騎士を見た瞬間、真太郎の脳裏にゲーム時代の知識が脊髄反射的に展開された。

 不死王――魔王を取り巻く四天王の一人。ゾンビやゴースト、スケルトンに吸血鬼などのアンデット系のモンスターを率いる屍の王だ。

 戦闘とは無縁そうな貴族風のお洒落な出で立ちながら、神業級の剣技を使う凶悪なボスモンスターである。お供についているメイド共々、プレイヤーを苦しめた強敵だ。


「人間だとッ!? この間、『あの女』の手下どもを皆殺しにしてやったのに、性懲りもなくまた来たのかッ!?」

 地響きの様に恐ろしい怒号を張り上げるのは、三つ首の獣人だ。

 獅子の頭と山羊の頭、そして毒蛇の顔と蠍の尻尾を持つ獣人は、血に飢えし野蛮なる獣どもの王――獣人王。最も人間に対して敵対的かつ、好戦的なボスモンスターだ。


「ふ~ん。我らの居城に乗り込んでくるから、どんな猛者かと思えば……とんだ間抜け面ねェ」

 海水で満ちた巨大な水晶球の中から真太郎達を眺めるのは、海の女王・カリプソだ。一見、見目麗しい人魚だが、その性は、人間を海に引きづり込んで生きたまま貪り食らう様な、凶暴で残忍な魔性の女である。


「間抜け面とはいえ、こやつらは『あの女』が寄越した刺客じゃろう? 気を抜くと寝首をかかれるぞい」

 パイプを吹かしてでもいるかの様に、口から紅蓮の炎をふぅっと吹き上げるのは、龍帝。紅い龍の顔に、人間の老人の体を合わせ持った竜人だ。翼ある者の全てが、かしずくとされる偉大なる龍族の王である。


 こいつらは、どいつもこいつも一人残らず、序盤で決して遭遇してはいけないラスボス級の化け物達だ。


(あ……圧倒的だ。なんだこのヤバい生き物共は……!)

 地球上には決して存在しない異形の存在『モンスター』を見るのは、初めてではなかった。

 だが、今まで遭遇したモンスターのどれもこれもが、ある意味では野生動物の範疇を出ていなかったのも事実。緑色の小鬼ゴブリンですら、ある意味では猿の一種に見えていた事も否定はできない。

 つまり、真太郎はモンスターを舐めていたのだ。


 しかし、今目の前にいる魔王を筆頭としたボスクラスのモンスター達は、完全別次元の存在の異形。魔界に棲む人外の化け物。自分が元いた世界の法則とは、根本的に在り様が違った存在だった。


(ははっ……宇宙人を見ても、ここまで驚かないかもしれないな)

 ゲームの中の登場人物達が実体を持って確かに存在しているという、俄かには信じがたい光景を目の当たりにした真太郎は、軽くパニックを起こしそうになる。


「ヤレヤレ、また害虫駆除デスカ? まだ夏も来ていないというのに、今年は虫が多いデスナ」

 顎の骨をカタカタと鳴らす不死王が、苦労性な声を出して骸骨頭を振る。

 すると、何を思ったか、刹那が喧嘩腰で不死王に向かっていった。


「おい! そこのガイコツ野郎! 調子乗ってんじゃねーぞっ!」

 刹那に続いて、イナバも戦意剥き出しで不死王に喧嘩を吹っ掛ける。

「拙者達は、勇者でござる。害虫は、お前らでござるよっ!」

「「駆除されんのはそっちだッ!」」

 声を合わせた刹那とイナバが揃って剣を抜き、不死王に突き付ける。


「何考えてんだ、こいつらッ!? 頭おかしんじゃねーのかッ!」

 明らかに敵対したら命の保証が出来ない恐ろしげな化け物を前にしながら、嬉々として命知らずな振舞いをする刹那とイナバを見た真太郎が、恐怖で顔を引きつらせる。


「オヤオヤ~。今回の虫は、随分と威勢がいいデスネェ」

 語気を強める刹那達に剣を突き付けられた不死王が、楽しそうに顎の骨を鳴らしてカラカラと嗤う。

「そのふざけた笑顔を、すぐにゲドゲドの恐怖面に変えてやるぜっ!」

「選ばれし勇者である拙者達を敵に回した事を、地獄で後悔するといいでござるッ!」


(こいつらまさか、今の状況をゲームだとでも勘違いしてんじゃねーだろうなっ!?)

 真太郎の予想は、当たらずといえども遠からずと言った感じであった。

 ゲームに出て来るキャラと、そっくりそのままの見た目をした魔王一味に出会った事で、刹那とイナバは悪い意味でハイテンションになってしまっていたのだ。

 そのせいで現実感が薄れ、つい異世界転生モノの無双系主人公にでもなった様な思い違いを起こしているのだ。


「魔王アンヘル! いざ尋常に勝負ッ!」

 眼鏡をキラリと輝かせるイナバが、チャキリと音を立てて刀を構える。


 次の瞬間、イナバの頭が宙を舞った。


「は?」 

 目の前で何が起こったか理解出来ない真太郎の足元に、イナバの生首が転がってくる。

「地獄で後悔するのは、貴方デシタネ」 

 数秒後、不死王の剣によってイナバの首が刎ねられたと、真太郎が理解すると同時に、イナバの首から噴水の様に血が噴き上がった。


「し……師匠……?」

「いやっ!」 

 濃厚な死の臭いを嗅いだ瞬間、刹那は自分の愚かな思い違いを一瞬で悟った。  


 その直後、刹那の小柄な体が八つ裂きにされた。


「本当に人間は脆いデスネェ」

 刹那は悲鳴を上げる間もなく、不死王の凶刃によって斬り殺されてしまった。


「師匠ッ! チュウッ!」

 二人の簡易ステータスのHPバーが、一瞬にしてゼロになる。

 その瞬間、死へのカウントダウンの数字が出る事も無く二人の体が消失した。即死の場合、『瀕死状態』をすっ飛ばしてノーカウントで死んでしまうのだ。

 それが意味する事はつまり、二人は戦闘開始――いや戦闘が始まる前に不死王によって殺されてしまったという事だ。 


 二人の仲間が一瞬にして殺された事実を否応なく突き付けられた真太郎の脳裏に浮かんだ言葉は、ただ一つ――

「死」だった。


(……あ、俺死んだわ)

 不死王による殺人劇は余りにも自然かつ圧倒的で、どこかにまだ残っていた『この状況はゲームだ』という間の抜けた考えが、完膚無きまで消失していくのを感じる。

(ははは……ダメだ。死んだわ……)

 床に広がるイナバと刹那の血から立ち上る生臭い臭い、全身を震わせる不死王の鋭い殺気などの、五感を通して感じられる濃厚な『死の気配』は、脳が痺れる程強烈で、真太郎の生存本能が『逃げろ!』と全力で警報を発する程だ。


「に……逃げ――」

 逃げようと体をよじると同時に、不意にみこと目が合った。

 冷たい死が全てを支配するこの場所に置いて、唯一温かさを感じさせてくれるみこを見るなり、真太郎はステータス画面を素早く開いてアイテム欄を乱暴にタップした。


「シンタローさん……」

 アイテムバッグから、ダンジョンからの即時帰還アイテム『帰還のルーン石』を取り出した真太郎は、そのまま『帰還のルーン石』をみこの足元に乱暴に投げつけた。


「みこちゃん、逃げてッ!」

 真太郎の投げた小石が音を立てて砕け散るなり、みこの体を神秘的な光が包み込んだ。

「シンタローさんっ!」

 みこが真太郎の名を呼ぶと同時に、彼女の体が光と共に消える。


「良かった。あの子だけでも逃がしてやれ――」 

 なんとかみこを逃がす事に成功した真太郎がそう呟いた瞬間、不死王が手に持っていた剣を流麗な仕草で振った。


「?」


 自分が何をされたのか分からない顔の真太郎が、違和感の走ったへその辺りを見る。

 次の瞬間、彼の上半身と下半身がダルマ落しの様に綺麗にズレた。

 一拍の間を置いて、腹部に激痛が走り、体が地面に崩れ落ちる。


「あぐッ!」

 冷たく黴臭い石の床に顔面が叩き付けられると、濃厚な血の臭いが口いっぱいに広がった。

 そして、咽返る様な死の臭いが鼻から入り、肺から体中に侵食していく。


「大きな口を叩くから、どんなものかと思えば……ハァ」

 獲物を全て斬り殺した不死王が、おもむろに剣を鞘に納める。

 そして、あまりにもあっさり死んでしまった真太郎を見下ろして、呆れ顔でため息をついた。


「今までに挑んで来た人間達とはナニか違う感じがしたから、面白い事になるかもと期待したんですがネェ……」

 不死王のため息が再び鼓膜を揺らすと、真太郎の視界から急速に光が失われ始めた。


(……これが『死』か……)

 不死王に殺された事を本能で理解した真太郎が、自分の軽率で愚か過ぎる行いを悔いながら、ゆっくりと瞼を閉じる。


(自動蘇生魔法をかけて……おかなかったのは……完全に迂闊だ……ったな……)

 視界いっぱいに暗闇が広がると、体から感覚と体温が抜けて、急速に氷の様に冷たくなった。

 

 今や感じるのは、真っ二つにされた体から流れ出た赤い血の温かさだけだ。

 やがてすぐに、それも感じなくなり、意識自体が暗闇に飲まれる。


(本当に……本当に俺は死んだのか? ――もしかしたら、これはやっぱり夢で、このまま意識を失ったら、自分の部屋で目が覚めるんじゃないのか? こっちの世界で死ねば、元の世界に帰れるんじゃないのか? そうだよな、こんな事が現実であっていいはずがない……)


 だが、暗闇に包まれた真太郎の意識は、やたらと冷たく冴えわたっていた。


 これが死に際に見ると言う走馬灯なのだろうか……? 


 自分を見下ろす不死王の姿や、彼の周りを取り巻いている異形の魔物達の姿がやたらとハッキリ目に見える。

 視界が復活した事に真太郎が気付いた瞬間、彼の体が強烈な閃光に包まれた。


「ムム! なんですカ、この光ハッ!?」

 突然の閃光に驚いた不死王が、光から目を守る様に腕を顔の前に持ってくる。

 薄暗い魔王城を、陽の光よりも明るい強烈な閃光が真っ白に照らし出す。

 

 やがて光が収まると、上下に切り離されたはずの真太郎の体は、元通りに戻っていた。

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