第25話 イナバ怒りの鉄拳と、せっちゃんの萌え変化の巻
MMORPGのデスペナルティは多くの場合、所持金の減額と経験値の減少だ。
勇者ゲームはそれに加えて、装備品を含めた所持アイテムのランダムな放出が仕様になっている。
「映画とか小説って、現実からかけ離れ過ぎない様に慎重に話に辻褄合わせをしていたり、ハプニングでさえ伏線がしっかりと張られていて、物語が破綻しない様に色々と工夫がしてある訳じゃん? だからチュウも、せめて殺害予告ぐらいしろよ」
デスペナルティーによって散らばったイナバの所持金とアイテムを一か所に集める真太郎が、ふてぶてしい顔でそれを眺めている刹那に語り掛ける。
「何訳分かんねー事言ってんだ、これは現実だ。現実ってのは、予告なんて無い、予期せぬハプニングの塊みたいなもんなんだよ。現に今、俺達は、こんな因果関係が全く分からない訳の分からん状況に唐突に巻き込まれているだろ?」
「……まぁ、そうなんだろうけど。でも、いきなり仲間を殺すなよなぁ……」
「シンタローさん。さっきから馬鹿話ばっかしてないで、刹那を怒りなよ」
みこはそう言うが、真太郎は『事実は小説より奇なり』的な出来事を目の当たりにした衝撃のあまり、怒る事も忘れてしまっていた。
「そうだった! ビックリし過ぎておかしくなってしまったっ! こら、チュウ! 仲間を殺すなッ!」
みこの一言で正気に戻った真太郎が、刹那を叱りつける。
「うるせー! あんなキモオタ、仲間じゃねーよ! つか、アイツは本当にイナバなのかよ? ID乗っ取った別人なんじゃないのか? なんかアイツは、俺の知ってるイナバと全然違うぞ」
だが、刹那は反省するどころか、話を逸らして来た。
「全然違うって何がさ?」
「見た目」
「見た目って、お前……。そもそも、ゲームのキャラ=プレイヤー本人って訳ないだろ? ゲームでのカッコイイお侍さんが、実はリアルではキモいオタクのオッサンだなんて事は、当然予想出来た事だろ? つか、それが当たり前だよ」
「でも、あんなにメーターが吹っ切れたキモオタだなんて、ふつーは思わねーよ。 ものには限度ってもんがあるんだからさ。しかし、お前、よくあんなのと一緒にいれるなぁ。なんか弱みでも握られてんのか?」
お年頃の女子中学生である刹那は、キモオタのイナバに嫌悪感を抱くあまりいつも以上に毒舌になっている。
「お前ねぇ、ちょっと口が悪すぎじゃないの? 黙ってれば可愛い女の子なんだから、もう少し――」
真太郎が毒舌な刹那を諌めようとした時、遠くからキモオタの雄叫びが聞こえた。
「チュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウーーーーーーッ!」
遠くの方から、イナバがスプリンターばりの全力疾走で駆け寄って来る。
「「あ、戻って来た」」
真太郎とみこが、イナバに気付く。
土煙を上げてながら猛スピードでやって来たイナバが、刹那の前に来るなり急ブレーキをかける。
「意外と早く復活したな。キモオタ・イズ・バックってか」
「チュウ貴様ァー! 拙者を殺す気でござるかーッ!」
割とどんな事をされても怒らない温厚なイナバだったが、流石にいきなり斬り殺されたら激怒するらしい。
「殺す気だったけど、生き返ったみてーだし、いいじゃねーか。そんなキレるなよ?」
斬り殺されたにも関わらず、五体満足で復活したイナバを見た刹那が、悪びれもせずに生意気な事を言う。
「そういう問題じゃないでござるよッ!」
「良かった! 師匠、無事でしたかっ!」
イナバが無事生還した事を知った真太郎が、素直に喜ぶ。
「オウフ! 心配してくれるのはシンタロー殿だけでござるよっ!」
人でなしな刹那と違って、仲間らしい優しい言葉をかけてくれた真太郎の態度にイナバが思わず感極まる。
「仲間だとかなんだかんだいっても、拙者にはシンタロー殿しかいないのでござるなぁ~! 所詮、ま~んなど美少女JCとはいえ、ゴミ屑でござるよっ!」
「俺はいつでも、師匠の味方ですよ。それより、死んでどうでした? 何か変わった所とかありませんでした?」
刹那に斬られた傷が消え、出血もないイナバの体を矯めつ眇めつ確認しながら真太郎が尋ねる。
「え? 特に変わった事はない……でござるかなぁ?」
言われて死んだ事を思い出したイナバが、自分の体をあちこち触って確かめる。
「そんな訳ないでしょう。死んだ時の話を聞かせてもらっていいですか?」
「やだ、なんでそんな食い気味でござるの? 拙者の体の心配は、もう終わりでござるの?」
「勿論してますよ。でも、ピンピンしてるじゃないですか、心配無用ですよ。それよりも、師匠。まずは、瀕死状態の時と死んだ時の話をして下さい」
強かな真太郎は、イナバを心配しているというよりも、この世界での死の仕組みを知りたいという気持ちの方が強かった。
「え? あ~……そうでござるなぁ。『瀕死状態』の時は、チュウにやられた傷の痛みで動けなかったでござる。そしてカウントが終わりに近づくにつれ、視界が暗くなり意識が遠のいて来て、気が付けば何もかもが真っ黒になっていたでござるな。似た感覚で言えば、寝落ちみたいな感じでござるかなぁ?」
上手い具合にインタビュー形式で話を進める真太郎に、思わずツッコみも忘れて質問に答えてしまうイナバだった。
「それが死の感覚……か。では、復活した時は?」
「真っ暗な状態がしばらく続くと、急に目の前に小さな光が現れたでござる。それが徐々に大きくなって眩しいと思って、気が付けば『輪廻の神殿』の祭壇の上に横たわっていたでござる」
「ゲーム通りですね。その際、チュウにやられた傷は治っていたんですか?」
「ゲーム通り、死ぬ前のステータス異常は全て回復していたでござるよ。生傷がステータス異常なのかどうかは、分からないでござるが」
イナバはそう言って、刹那に斬られた腹をさすった。
イナバのお腹は、刹那の必殺技を喰らって抉られていたのにもかかわらず、鎧ごと綺麗に元通りになっていた。
(……こういう所までゲームそっくりなのか。この世界は、一体何なんだ?)
「体も装備も無事復活してはおるのだが、HPだけは全快しておらず、1でござる。あと、所持金、アイテム、経験値が減っているでござるな。これらは、全てデスペナでござろう」
「そこら辺も、ゲームの仕様通りですね。所持金とアイテムは、俺がまとめておきましたし、HPは俺の魔法で回復すれば問題はないでしょう」
「流石、シンタロー殿でござるな。馬鹿チュウとは大違いでござるよ!」
勇ゲーのシステムで動いていると思われるこの世界では、死と復活の仕組みまでがゲームに酷似していた。
(ここまでゲーム通りだと、なんか怖くなって来たな。死んでも死なないっていうのは、最早、生命の理の範疇を超えているよ。ま、常識が通用しないこの世界では、あり得るっちゃーあり得るのかもしれないけど……)
「どうやら、あのPK野郎が言っていた通り、この世界では本当に『死んでも復活』するみたいですね」
イナバの不慮の死によって、真太郎達はこの勇者ゲーム風の世界においても、ゲーム同様に『死からの復活のシステム』が存在する事を知った。
(……この世界で死んでも、『輪廻の神殿』で復活を遂げる。この事実を知れたのはデカいな。死からの復活が存在するって事は、この世界で殺されても死にはしないって事だもんなぁ)
「師匠のおかげで、ある意味で死の恐怖がなくなりましたよ。死なないと分かれば、今の状況もあんまり怖くはないですね。でも、ゲームみたいに無限に復活できるのかなぁ? 回数制限があると嫌だなぁ?)
この世界の不可思議な死の仕組みを考えれば、考える程深みにはまってしまう。
「そこは気になるけど、イナバさんを何回も殺す訳にはいかないもんねぇ」
「ちょ、みこちゃん。さりげない調子で何怖い事言ってんのっ!?」
真太郎はみこにツッコむ事で、思考の罠に陥る事を免れた。
「おい、お前ら俺に感謝しろよ。俺がそこのキモオタを殺さなかったら、『死んでも生き返る』って事を、自分の目で確かめられなかったんだからな」
刹那が自分の手柄の様に得意げに言い放つなり、イナバが思い出したかのように再びキレた。
「拙者を殺しておいて、なんて言い草でござるかっ!」
「おい、キモオタ。侍のロールプレイをしているんだったら、『武士道とは死ぬ事と見つけたり』って言葉を覚えておけよ?」
「な、悪びれもせずっ! シンタロー殿の反対を押し切って、一人ぼっちでいたお主を仲間に加えてやったのは、誰だと思っておるでござるかっ! 拙者が優しい言葉をかけてやらねば、お主は未だにあの廃屋でひとりぼっちだったのでござるよ! そんな恩人に対して――」
「女々しいぞ、終わった事をねちねちとっ!」
怒りのあまり激しく荒ぶるイナバの言葉を、刹那が強い言葉でぶった切る。
「ござっ!?」
「男の癖にグダグダ抜かすなっ! 確かに、俺はお前を殺した。だが、今お前はそうして五体満足で復活できている。それなのに、なんの文句があるんだっ!」
一見、正論っぽい刹那の言い分に、思わずイナバが言葉を詰まらせる。
「ぐぬぬ……! チュ、チュウめ……! 相変わらず憎らしい奴でござるっ!」
不遜な刹那は絶え間ない口撃により、イナバのヘイトを着実に溜めていた。
そんな刹那とイナバが険悪な雰囲気になる。
すると、それを敏感に察知した真太郎が、喧嘩でもされたらたまらないと慌てて間に入る。
「おい、チュウ! 流石に殺したのはマズい。師匠に謝りなさい!」
「はぁ? うっぜぇな。キモオタごときに、なんで謝んなきゃなんねーんだよ」
「キ、キキキ、キモオタぁー!? この拙者が、キモオタッ!?」
キモオタと言われた瞬間、何故かイナバがヒステリックに騒ぎ出した。
「なんで、そこで戦慄してんだよ? オメーはどう見ても、キモオタだろうが! 鏡を見た事がないのか?」
「何を言うかっ! 拙者は侍、それもラストサムライでござるよっ! 断じてキモオタなどではないでござるっ!」
「お前のどこが侍だよ! おこがましいにも程があるだろ! 何がラストサムライだよ。オメーは、ただのキモ侍だよっ!」
「キ、キキキ、キモ侍ぃー!? ごっざムカつくっ!」
刹那の急所を抉る煽りに堪忍袋の緒が切れたイナバが、とうとう刀を抜いた。
「落ち着いて、師匠っ! 今のは、毒蝮さんのババア的な意味でのキモオタだから。愛がある毒舌だからっ!」
「キモオタに愛などあるか、死ねっ!」
真太郎がイナバを宥めるのだが、刹那に即座に否定されてしまった。
「拙者もう我慢できんでござる! この悪徳JCめ、成敗してくれるわっ!」
「はっ! キモオタは、また俺に殺されてーみてーだなっ!」
「こら、せっちゃん! いい加減にしなさいっ!」
折角必死になって間を取り持ってやっているというのに、イナバに対する煽りを止めない聞かん坊の刹那に、とうとう真太郎がキレた。
「止めろ、馬鹿チュウ! 師匠は、レベル99のPKを一撃で葬るぐらい強いんだ、お前じゃ逆立ちしても勝てないぞ! なんでこの人が『剣聖』の二つの名を持ってるのかを忘れるな! 低レベのお前ごとき、一瞬でぶっ殺されるぞッ!」
真太郎が脅す様に言うなり、刹那が何故か不敵に微笑んだ。
「成程、俺はそんな奴を一撃で葬ったのか。つまり、俺最強、と」
自意識過剰な刹那は、自分を最強の殺人鬼だと脳内設定しているので、それを補強できる材料を与えてしまった事は、完全な悪手だった。
「おい、キモオタ。お前のレベル99の力、この俺に見せてみろ」
どうやら、怖がらせれば大人しくなるかもしれない、という真太郎の思惑は最悪の形で裏目に出てしまったようだ。
「良い度胸でござるっ! 悪徳JCには、お仕置きが必要な様でござるなッ!」
口喧嘩を続けていた刹那とイナバが、ここへ来て完全に一触即発の空気になる。
「ああ。ダメだこいつら……」
剣を構えて睨み合う両者を見なり、真太郎は思わず天を仰いだ。
(最悪だ! とうとう仲間割れし出しやがった……! こいつら、どうしようもない馬鹿だ……)
「クソ、シカトしてどっか行きてェ! ……でも、そーいう訳にはいかないよな」
冷たいようでいて割と仲間思いの所がある真太郎が、場を収めるべく頭を捻る。
「ふぇぇ……。大変な事になっちゃったよぉ~」
今にも殺し合いを始めそうになっている刹那とイナバを見たみこが、円らな青い瞳を不安げに揺らしておろおろする。
「どーしよー、シンタローさん! 二人が本気で戦いそうだよぉ! シンタローさん、二人を止めてよぉ!」
眉毛をへの字に下げて縋る様な目つきで袖を握って来るみこを見るなり、真太郎が不意に妙案を閃いた。
「おい、チュウ! ちょっと耳貸せっ!」
真太郎は無理矢理刹那の耳を引っ張ると、ごにょごにょと耳打ちした。
「はぁ! んな馬鹿みてーな事、言えるかよっ!」
真太郎の妙案を聞かされるなり、刹那が目を吊り上げてキーキー騒いだ。
「言わなかったら、ここで師匠とガチバトルだぞ!」
「はんっ! むしろ好都合だ。このパーティーで誰が一番強いか、テメーらに身をもって教えてやるぜっ!」
「なんでお前は、そう無駄に好戦的なんだよ! どうせ、師匠を斬り殺しちゃったはいいけど、事態が思った以上に大ごとになっちゃったから、引っ込みつかなくて訳分かんなくなってるだけだろ。お見通しなんだよっ!」
真太郎がそう言うと、刹那が分かりやすくキョドった。
「は、はぁ~!? んな訳ねーだろっ!」
どうやら真太郎の読みは、図星の様だった。
「べ、別に、ちょっと悪乗りしたら、キモオタがマジで死んじまって、ビビってなんてねーよ!」
刹那はゲーム時代の延長でつい悪戯をしたら、本当にイナバが死んでしまってテンパっていたのだ。
「はぁ~。チュウはホントに、分かりやすいなぁ」
悪ぶる事でしか取り繕えない不器用すぎるコミュ障の刹那の心中を見透かした真太郎が、ワザとらしくため息をつく。
「お前だって、本当は悪いと思ってるんだろ? だったら、俺の言う通り言ってみろ。そうすれば、師匠は速攻で許してくれるから」
「いい加減な事言うんじゃねーよ」
「お前に死なれると困るんだ、いい加減な事など言うか」
真太郎のそんな言葉を聞いた瞬間、刹那が急に意外そうな顔をした。
「お……俺に死なれたら困るって、どういう意味だよ……?」
マフラーで小さな顔を隠す刹那が、上目遣いで真太郎を見つめる。
「どうもこうも、仲間割れで殺人事件なんて起こされたら困るって言ってんだよ! 俺は、仲間が殺されるのも、仲間が仲間を殺すのも見たくない! それより、さっさと言えっ! お前の側にいたら俺まで殺されそうだっ!」
今にも飛びかかって来そうなイナバに目をやる真太郎が、刹那を急かす。
「ふ、ふん。仲間か……確かに、こんな事で仲間割れしてても仕方ねーかもな……」
とか言いつつ、内心どうしたものか困っていた刹那は、真太郎に吹き込まれた『イナバが速攻で許してくれる』とかいう台詞に頼ってみる事にした。
「悪徳JC・煉獄刹那! いざ、尋常に勝負でござるっ!」
怒りで錯乱するイナバが刀を構えるなり、刹那がもじもじしながら上目遣いをした。
そして、たっぷり間を取ってから、蕩ける様な甘い声でイナバに呼びかけた。
「い、イナバお兄ちゃん……!」
次の瞬間、イナバが雷に打たれたかの様にビクッと体を震わせる。
「ござっ!?」
「お、おおお、お兄ちゃんーッ!?」
刹那のロリボイスを正面から喰らったイナバが、混乱のあまりわなわなと体を小刻みに震わせる。すると、刹那が再び甘えた声を出した。
「イナバお兄ちゃん。さっきは、ご、ごめんね。あたし、おにいちゃんに遊んでほしかっただけなの。だけど、悪戯したら、力加減を間違えちゃって……」
いつものこまっしゃくれた姿からは、想像する事すら出来ない超絶ロリボイスで刹那が語りかける。
「こ……これは一体っ!? 目の前にいるのは、本当にチュウなのかっ……!?」
小生意気な地雷少女から、可愛い萌少女に変貌を遂げた刹那に、イナバは動揺が止まらない。
「それでね……イナバお兄ちゃん。あたしね……あのね、あのね……」
今や完全なる妹キャラに変貌を遂げた刹那が、聞くだけで脳が蕩けそうになる極上のロリ萌えボイスでイナバを蹂躙する。
「ごめんなさいっ!」
トドメの一撃を喰らわせた刹那が、小動物的な動きで小首を傾げてイナバの顔を覗き込む。
「許して、くれる……よね……?」
「ぐぬぬぬっ~……! チュ、チュ、チュ、チュウめぇぇぇ~……っ!」
しかし、イナバは歯を食いしばってわなわなと震えるだけで、何も言い返してこない。
そんなイナバの姿を見るなり、刹那が不安になって真太郎の袖を引っ張った。
「お……おい! バカタロー! お前が吹き込んだ、馬鹿みたいな台詞を言ってやったけど、全然意味ねーじゃねーかっ! キモオタは、キレっぱなしだぞっ!」
不安になって来た刹那がそう言った瞬間、イナバが突如スカッと爽やかなキモオタスマイルを浮かべた。
「許すっ!」




