第2話 ここどこ!? 気が付けば、ゲームの世界
身体が光の粒子に変化し始めると同時に、視界が激しくスパークした。
次の瞬間、万華鏡の中に放り込まれたかの様に、キラキラ光る光景の中をグルグルと回る奇妙な感覚に襲われる。
そして目が回ると同時に、真太郎の意識がブツリと途切れて消えた――。
激しい嵐の中にでも放り込まれたかの様な感覚に蝕まれた後、突然全てが暗闇に包まれた。
暗闇に包まれた後に感じたのは、光。
眩い光を感じると同時に、急速に意識が戻ってくる。
「がはッ!」
意識が戻って来るなり、真太郎は思いっきり咽た。
というよりも、呼吸をしようとして失敗したという感じか。
そのまま二、三回咽た後、無意識的な動きで深呼吸をする。
「さっきのなんだったんだよ!? あの変な女に攻撃されたら、急に体が光になって――」
深呼吸をすることで何とか落ち着きを取り戻した真太郎は、急に思い出したかの様に自分の身体に触れた。
「触れた。触れる……死んでない」
つい三秒ほど前、確かに光の粒子に変化した自分の体に触れる事が出来た。
どうやら、異常な出来事には巻き込まれたが、死んだりした訳ではないらしい。
それどころか、ちょっとした怪我もない。手足も体もしっかりと感覚を伴って思い通りに動き、目も見えるし耳も聞こえる。完全な五体満足だ。
「良かった……無事だ! いきなり変な事になるから、死んだかと思ったよ」
真太郎はパニックを起こしそうだったが、自分の体の感覚を確かめる事で、なんとか落ち着きを保つ事が出来た。
「体に異常はないみたいだけど、頭がクラクラするな……」
強引に意識を引き千切られ、そして無理矢理再接続させられた様な感覚を味わったせいか、頭がガンガンと痛む。
「さっきの変な女はなんだったんだ? つか、あいつ最後『勇者ゲーム』がどうこう言ってたような……」
真太郎は、先程遭遇した奇妙な出来事を思い出しながら、手を開いたり閉じたりして体の感覚を確かめる。
一通り体が動く事を確かめ終わると、顔を上げて辺りを見回した。
見回すなり、真太郎は驚いて声を上げた。
「なんじゃこりゃぁぁぁーっ!」
目の前に広がるのは、どこまでも広がる青空と大草原。
「え? うちって、こんなに庭広かったっけ……? ははは……」
呆気に取られるあまり、真太郎の口から思わず乾いた笑いが洩れる。
「って、んな訳あるかい! ここどこだよっ!?」
驚きが収まるなり、ツッコミが自然と口を突いて出た。
そして、ツッコみ終わると、真太郎は妙な違和感に気が付いた。
服が先程まで着ていたはずの部屋着から、着た覚えのない白いローブに変化しているのだ。しかも、裸足だったはずの足には、ブーツまで履いている。
「全く身に覚えのないうちに、着替えを済ませた……? 誰が? 俺が?」
(いやいや、そんな事は絶対にない! じゃあなんで、こんな妙な服着てんだ?)
真太郎は考え事をしようとして一旦冷静になるも、すぐに取り乱してしまう。
「つか、なんだよ、この服はっ!? そして、ここはどこだよっ!? さっきまで自分の部屋にいたじゃん! 何なのコレ、意味わかんないんだけどッ!?」
いつの間にか妙な服を着ていた事と見知らぬ場所にいる事に驚きと恐怖を感じた真太郎が、大声で喚きながら戦慄する。
だが、すぐに自分が今着ている服に、見覚えがある事に気が付いた。
(……あれ? これって俺が『勇者ゲーム』で自キャラに装備させてた『医神の外套』じゃね? んで、ブーツは『韋駄天ブーツ』だよな)
「ゲームにハマり過ぎて、夢でゲームを再現しちゃった的な事なの……?」
先ほどの女神を名乗る変な女に追われた事といい、ゲームでの自キャラのコスプレをしちゃってる今の状況といい、どう考えても現実とは思えない現状を真太郎は夢として片づける事にした。
すると、不思議と先程までの混乱が収まって来た。
理解できない状況に一定の説明をつけられた事で、安心したのだろう。
荒ぶる心をなんとか落ち着かせる事が出来た真太郎は、改めて現状を確認する事にした。
「なんか良く分かんねーけど、とりあえず落ち着こう」
早速、目の前に広がる大草原をまじまじと見てみる。
色鮮やかな新緑の草木で覆われる大草原、天高くどこまでも広がる蒼い空と白い雲――今まで見たどんな光景よりも美しい光景に、思わずため息が漏れる。
「スゲーな俺のイマジネーション。ゲーム画面をこんなリアルに再構成するとか、芸術家になれちゃうんじゃないの……って、あれは」
ふと遠くに目をやると、高い城壁に囲まれた街が見えた。
あちこちから伸びる植物のツタに覆われた頑丈な城壁と、歴史を感じる西洋風の建物の群れには、見覚えがった。
受験に失敗する程やり込んだMMORPG『勇者ゲーム』で、ホームタウンにしていた『オリエンス』の街だ。
今や第二の地元とすら思える程になじみ深いオリエンスの街を発見した真太郎は、なんだか急に嬉しくなって来た。
「マジかよっ! 夢とはいえ、ゲームの世界に入り込めるとか、めっちゃテンション上がるんだけどっ!」
夢とはいえ、大学受験の試験勉強をほっぽり出してまでやり込んだ『勇者ゲーム』の世界に存在しているという事実は、廃人プレイヤーである真太郎のテンションを爆上げさせるに足るものだった。
「よっしゃ、決めたっ! 俺、もうずっと夢の中にいるっ! 受験失敗して親にめっちゃキレられるし、友達は春からの大学の準備とか言って俺のことスルーしやがるし、俺だけ受験失敗して落伍者扱いだし、財布を受験会場に置き忘れて来たし、スマホはトイレに落してぶっ壊れるし、もう現実なんてクソだしっ!」
現実生活が色々とダメ過ぎる真太郎は、自分の不幸を想って思わず泣き崩れた。
「俺はこれから、どーすりゃいいんだよ……! こんなクソゲーにハマらなきゃよかったっ! ちくしょうー! 夢の中にいながらも、現実の事が気になってしょうがねーよっ! 馬鹿になり切れない自分が、憎くてたまらないよっ!」
後悔、怒り、不安、絶望、などの様々な負の感情が、真太郎の精神を蝕む。
「ダメだ、落ち着け、俺。あんまりシャウトすると、目が覚めてしまうぞ」
叫んだショックで夢が覚めてしまう事を恐れた真太郎は、直ぐに口を閉じた。
その時、足に何かがぶつかったので、足元を見る。
すると、草原の上に横たわる一本の杖を発見した。
それと同時に、視界に映る杖に重なる様にして半透明の板状のモノが出現する。
その『半透明の板状のモノ』は、『勇者ゲーム』のステータス画面のメニューバーだった。
「うわっ! なんだコレ!?」
突然、視界に現れた『ステータス画面』の『メニューバー』を振り払おうとするが、『メニューバー』は目の前の空間に存在していないのか、手で触れる事が出来なかった。
「なんだこれ、見えるのに触れないのか……?」
触れないメニューバーに思わず恐怖しそうになる真太郎だった。
だが、すぐにメニューバーが害のないものだと直感すると、怯えるよりも先に好奇心が先行して、無意識的にメニューバーに手を伸ばしてしまう。
「……やっぱ、触れないな。これは、見えているだけで実体が無いモノなのか?」
メニューバーの存在の在り方は、ゲームでのステータス画面が実際に現実世界に存在していたらこんな風に見えるだろうな、という感じのものだった。
(視界を遮って邪魔だけど、死ぬほど邪魔で我慢できないって訳じゃない。むしろ、俺の視るという動作を邪魔しない様に配置されている感じすらする……。これは、ほっといていいのかな?)
などと考える真太郎が、両腕を組んで、ううむと唸る。
「俺の夢は、『勇者ゲーム』の世界だけじゃなくて、操作画面まで再現してるのかよ。スゲー、イマジネーションだな」
自分の夢の再現力の高さに、我ながら思わず感心してしまう真太郎だった。
「どれ、どこまで似てるか、よく見てみるか」
メニューバーのトップには、真太郎が『勇者ゲーム』で使用しているキャラクターの名前『シンタロー』との文字が表示されており、その下にはSDキャラ化された自キャラがいる。
自キャラの外見は、今の真太郎の服装を再現しており、白いローブを羽織って、ブーツを履いていた。
「おおっ、ゲームの画面とそっくりじゃねーか! しかし、このキャラは俺にしてはちょっと可愛い過ぎるかな?」
何気なくSDキャラを触ろうと手を伸ばすと、間違えて『装備』の項目を触ってしまった。
すると、メイン画面のメニューバーが展開され、『装備』の項目のメニューバーが新たに出現した。
『装備』の項目のメニューバーには、今真太郎が着ている『医神の外套』、『韋駄天ブーツ』の他にも、各種装備が綺麗にレイアウトされて並んでいた。
「え~、なになに……頭部装備品『なし』。胴部装備『医神の外套』。腕部装備『紡命の腕輪』。脚部装備『神聖魔導師のズボン』。足装備『韋駄天ブーツ』。アクセサリ1『堕天使の指輪』。アクセサリ2『祝福の残り香』。アクセサリ3『復讐者の首飾り』――。へぇ、ゲームで装備してた奴と同じだ。マジで再現度高いなぁ」
『装備』項目が、ゲームと寸分たがわず同じだった事を知るなり、真太郎は自分の夢ながら思わず感心してしまった。
「っていうか、こういう繊細さをもっと勉強にいかせていればっ……!」
真太郎は自分の才能の良く分からない配分を嘆くと、何かを確かめる様に着ている白いローブの前を開いた。
メニュー画面に表示された胴部装備は『医神の外套』だけだったのだが、その下は裸ではなく、ゆったりとしたシャツとベストの様な物を着ていた。
「……裸だったら、面白かったのに。夢の癖に妙な気を利かせるね」
次いで武器のアイコンを見ると、『主武器』と『サブ武器』の項目が空欄になっているのに気付いた。
「あれ? 武器もしっかり装備してたはずだろ? なんだよ、変な所が抜けてるなぁ。……いや、夢なんてこんなもんか」
などと呟いたそばから、足元に転がっている杖の事を思い出した。
足元に転がる杖の横に視えるメニューバーには、『神器・アスクレピオスの杖』と表示されている。
「と思ったら、こんな所に落ちてたよ」
白い蛇が絡みつく神々しい杖を手に持った瞬間、視界に新しいメニューバーが出現し、『神器・アスクレピオスの杖 取得』との文字が表示された。
「やったぜ! 勇者シンタローは神器・アスクレピオスの杖を手に入れたっ!」
とりあえずはしゃいでみた真太郎は「何やってんだろ、俺」とか思いながら、ステータスメニューの説明文に目を通す。
(『神器・アスクレピオスの杖』――医神アスクレピオスが使用していた聖遺物。使用者の要請に応じて、傷を癒し、病を祓い、そして死者をも蘇えらせる奇蹟の力を宿す癒しの杖。※鈍器としても使用可)
「最後の一文が、前文を台無しにしている所が素敵やん」
真太郎がしょうもない感想を漏らすなり、甲高い声が背後から聞こえた。
「ヒャッハァーッ!」
次の瞬間、何者かが奇声を上げて真太郎に襲い掛かって来た。
真太郎は、咄嗟に杖を前に出して自分を守る。
「うわッ!? 急になんだよっ!」
夢にしてはリアル感のある嫌な衝撃に耐えきれず、真太郎はその場に倒れてしまった。
何が起こったのかは分からないが、何かに襲われたという事だけは、本能で理解できる。
「へぇ。ヘタレみてーな面してる癖に、俺の奇襲をガードするとは、やるじゃねーか」
謎の襲撃者は、黒い剣を手に持ち漆黒の鎧を着こなす若い男だった。
「なんだ、こいつ……!?」
真太郎が謎の襲撃者の嗜虐心に満ちた顔を見ると同時に、視界にステータス画面が表示される。
襲撃者の横に出現したアイコンには、『†アキト† レベル99 暗黒騎士』との文字が表示されている。
「おいおい、ワンヒットワンキルじゃなかったのかよ?」
「仕留められなかった言い訳とかダサいわよ」
「暗黒騎士はホント、地雷野郎ばっかだなぁ」
更に新手が三名。
真太郎はすぐに発言順に、顔とステータスを確認する。
最初の奴が、『XxクラウドンxX レベル76 魔導師』――魔導師に相応しい灰色のローブを頭まで被った若い男。
次が、『DeathJOKER レベル76 魔闘拳士』――両手に鉤爪のついたグローブを嵌めている筋肉質な大男。
最後が、『なつみかん レベル45 召喚士』――身の丈ほどの木の杖を持って、大きな帽子を被った小柄な女だ。
(何だコレ!? こいつらを見たら視界にメニューバーが出て来たぞっ!? つか、†アキト† レベル? 暗黒騎士? おいおい、これって『勇者ゲーム』の簡易ステータス表示のまんまじゃん! なんだよこれっ!?)
突然襲い掛かって来た連中を見ると同時に、視界にゲームと同じステータス画面が表示された事に、真太郎が激しく動揺する。
「つか、最後の奴、名前可愛らしッ!」
動揺のあまり、思わず変な所にツッコミを入れてしまう真太郎だった。
「おいおい、なんだソレ? お前、狩られてるってのに、随分余裕あるな」
ツッコミ体質な所がある真太郎の余計なひと言が、襲撃者アキトに挑発されたという誤解を与えてしまったようだ。
「つか、ヒーラーの癖にソロってよォ。お前、この世界の事なめてんのか?」
そう語るアキトは、一見、大人しい優等生っぽく見える顔を嗜虐的に歪めた。
「ちょ、待ってよ! なんで、いきなり襲い掛かってくんだよッ!?」
真太郎の叫びにも似た問いかけに、アキトが残虐な笑みを張り付けたまま答える。
「なんで、だと? そんなの決まってるだろ? 俺は狩る人、お前は狩られる人だからだよ。ただそれだけの事さ。さぁ、狩りの時間だぜッ!」
刹那、アキトの体から黒いオーラが湧き出した。
「暗黒破斬ッ!」
謎の単語を叫んだアキトが、手に持っていた黒い剣を妙なモーションで振る。
「何カッコつけてんだよッ!」
とツッコんだ後、真太郎はアキトの動きの意味を急に理解して叫んだ。
「マジかよッ! あれって、暗黒騎士の『戦闘スキル』じゃねーかッ!?」
アキトの妙なモーションの正体が、『勇者ゲーム』に出て来る『戦闘スキル』の動きとそっくりな事に気付いた真太郎が、瞬間的に本能で危険を察知する。
「……おいおい、マジかよ。どーなってんだよ、これは……!」
剥き出しの敵意と悪意をぶつけて来るアキトと対峙した真太郎は、人目もはばからずビビってしまう。
「夢だろうがなんだろうが、こいつは紛れもなく『ヤバい状況』だ……ッ!」
剥き出しの殺意をぶつけられた瞬間、真太郎は一瞬にして頭から血の気が失せ、全身から嫌な汗がドッと噴き出した。
「クソクソ! どーなってんだよ、これはァァァーッ!?」
訳も分からないうちに突然襲われ、更には一方的に殺されそうになるという『ヤバい状況』を目の前にしてしまったら、流石に落ち着いてなんていられない。
「まぁ、とりあえずルーキーへの洗礼って事で、一回死んできなッ!」
そう言って、アキトは愉しげに嗤った。
アキトの剥き出しの悪意と殺意に気圧されるなり、真太郎が思わず腰を抜かす。
「ははは、マジかよ……。これは、殺されて目が覚めるパターンか? ったく、悪夢ってやつは寝覚め悪いね」
真太郎は、あまりにも悪夢的すぎる状況に対して苦笑いする事しか出来ない。
次の瞬間、真太郎の頭に漆黒の刃が振り下ろされる。




