第40話 アイドル大作戦!
「てっきり、俺が裏切った事を怒っていると思っていたんですけど、そんな事ないみたいですね。流石はなつき先生、器がデカい!」
アダーの出方を窺う真太郎が、ビビりながらお世辞で誤魔化す。
「顔には出さないけれど、はらわたが煮えくり返りそうなぐらい怒っているよ」
物騒な事を言うアダーだったが、その顔には爽やかな王子様スマイルを浮かべていた。
ただし、明らかに裏切られた事に対して怒り心頭な事が透けて見える殺気が、全身から立ち上ってはいるが……。
「なに怒ってんですか? 自分の迂闊さのせいで、あんな目に遭っただけでしょ? 勝負事の世界で裏切った、裏切られたは当たり前の事なんだ、文句言うのはアホだけです。エリーゼさん、この男気のない王子様になんとか言ってやってくださいよ」
アダーに復讐されるのを恐れた真太郎が、エリーゼを巻き込む。
「この話はボクとキミの話だ。他人を巻き込むなよ」
真太郎のあからさますぎる話題逸らしに、アダーが呆れ顔をする。
だが意外にも、エリーゼは、『仕方ない』といったような顔で付き合ってくれた。
「なつきさん、さっきはいい気味でしたわね」
「はぁ? 何がだい?」
「信頼する教え子に裏切られていたじゃありませんか」
エリーゼは皮肉気に笑うと、言いつけを守らなかった子供を相手にするみたいな態度でアダーを見つめた。
「だから言ったでしょう? 男なんてものは、『用心しても用心しても、それでも用心したりない危険な存在』だって。何もかもが、わたくしの言った通りじゃないの。なつきさんは警戒心が無さすぎですわよ」
それ見た事か、と言わんばかりの態度のエリーゼが、迂闊なアダーを腐す。
「確かにそうかもね。キミのように人を見る目が無い人間には、どんな存在でも危険なんだろうね」
エリーゼに腐されるなり、負けず嫌いなアダーがすぐさま挑発を繰り出した。
「なんですってっ!?」
それにすぐさまエリーゼが噛みつく。
出会ってすぐ口喧嘩を始めた二人を見た途端、真太郎がニヤリと笑う。
(やった! エリーゼさんを焚き付けたことで、まんまと喧嘩を始めたぞ。この隙に逃げよう)
悪だくみをまんまと成功させた真太郎が、こっそりと逃げ出そうとする。
すると、アダーが妙な事を言い出した。
「キミはボクが真太郎に裏切られた事をなじるが、真太郎はなんだかんだ言っても、結果的にボクに報いてくれたよ」
「? 何の話かしら?」
「さっきの話を聞かせてもらったよ」
アダーはそう言うと、こっそり逃げようとしていた真太郎の襟首を掴んだ。
「ボクを見殺しにする寸前、『素敵なプレゼントをあげる』とか何とか言っていたけれど、これはさっき恵璃華に聞かせていた話の事だろう?」
真太郎に裏切られたアダーだったが、彼女の言動には怒りや不満が感じられなかった。
「そうです。賢いなつき先生は、皆まで話さずとも分かってくれるんですね」
真太郎が、アダーを刺激しないように精一杯の愛想笑いをする。
「お世辞はいらないよ。っていうか、だいたいキミは、ボクが今何に怒っているか分かっているのかい?」
急に出されたアダーの問いかけに、真太郎がすぐさま答えを返す。
「愛しの教え子であるこの俺が裏切った事ですよね?」
「『愛しの』の部分は違うが、それ以外は正解だ。そして、それよりも許せない事が分かるかい? それはね……このボクに隠し事をしていた事だよ……!」
アダーが罪を咎める厳しい顔つきで、真太郎にずいっと迫る。
「当初の俺達の計画は、うちのギルドの総力を上げてなつき先生を優勝させる事でした。だが、その計画だと、優勝者に向けられる敗者の『ヘイト』を回避する事が出来ない。だから、俺がその役目を引き受ける事にした。そうすれば、先生は自由になれる。ヘイトを集めた俺を退治してヒーローにもなれるし、汚れ役の俺の後ろで安全に采配を振るう事も出来る」
真太郎がかなり自分の事を気にかけていた事を知ったアダーが、より一層厳しい顔をする。
「余計な事をするなよ。敗者のヘイトも優勝者としての責任も、ボクが一人で背負うつもりだったんだ」
「ほら、すぐそういう事を言う。王子様らしい男気に溢れた潔い姿勢は好きだけど、それじゃあ困るんだよ。なつき先生……いや、『魔王討伐軍指揮官のアダー』には、誰もが認める形で表舞台に立ってもらわなければならないのだからね」
真太郎が珍しく真面目な顔でそう言って、アダーを見つめる。
「……ボクを守ったのかい?」
すると、勘のいいアダーが何かを察した顔で、真太郎の顔を覗き込んだ。
「なんだかんだ言っても、か弱い女の子ですからね。守ってあげられるのならば、守ってあげたい。今まで世話になりっぱなしだった俺なりの恩返しですよ」
真太郎がそう言うなり、アダーが突然破顔して大きな声で笑い出した。
「あははは! 言うようになったじゃあないか! キミは、本当にボク好みのいい子だよっ!」
割とストレートな台詞に弱いアダーが、損ねていた機嫌を急に良くする。
「真太郎さん。貴方ってば、随分となつきさんに気に入られてるようですわね」
すっかり機嫌を直したアダーを見たエリーゼが、どこか呆れ顔で言う。
「だといいですけど」
上機嫌のアダーに子犬のように頭をわしわしと撫でられている真太郎が、複雑な表情をする。
「で? 真太郎の計画が、さくにゃんの暴走と刹那の優勝によって頓挫した今、これからどうするつもりだい?」
すっかり怒りを忘れていつもの調子に戻ったアダーが、真太郎に新しい話を振る。
「そうですねぇ~。人間は……特にお上に従順な日本人は、自分より下の人間の事は徹底して信用しない。だがその反面、上だと思った人間に対しては徹底的に服従する特徴があります。これはGHQが占領当時、非常に驚いていた日本人の特徴です。そして、その形質は戦後、教育とメディアの影響で年々強化されています――」
「前置きは抜きで本題に入ってくれて構わないよ?」
真太郎が雑談から話す癖を知っているアダーが、面倒臭がって先を促した。
「この街の人間に、俺達が『上』だと思わせます。なつき先生がいる限り、死んでもゾンビになって、死ぬ事が無くなる。そして俺がいれば、死んでも生き返る事が出来る。ある意味で俺達は、この街の人間の命を『死から守る事が出来る』。相当の馬鹿でなければ、気付いたはずです――『こいつら抜きでは、この世界を生き延びる事は出来ない』――と」
「ゲームのシステムを利用した人工的な不死の提供、か。『輪廻の神殿』での復活システムと合わせて保険の三重構え……力で押さえつけるのではなく、安全を担保して人心をコントロールする、と。悪くない考えだね」
真太郎の少々乱暴な考えを、アダーが素直に褒める。
「バトルロイヤルをやったのは、力による序列を作るという目的もありますが、真の目的は、さっき言った事を街の連中に知らしめるためです。暴力を使った支配は長期間に渡って続かないですし、なにより不安定ですからね」
思いつきで暴走しているように見えた真太郎だったが、かなり慎重に考えて動いているようだった。
「確かに、物事をコントロールするにあたって、暴力を行使すれば強力な強制力を得ることができるね。だけど、それは見せかけでしかなく、長続きはしないからね」
黙って話を聞いていたアダーが、真太郎の意見に同意する。
「おっしゃる通り。暴力がもたらす解決は、ある問題が解決しても、すぐにその他の問題が生み出されます。そのため、暴力は根本的な解決策となることが、決してありません。その一方、安全は普遍的欲求であり、それの提供を拒む者はいません。となると、最終的には暴力を押し付ける者よりも、安全を提供した者が勝つ――俺のこの街の支配計画は、暴力を糸口にしてから安全を提供して人心をコントロールする、ショックドクトリンのテンプレートを用いたものでした」
真太郎はそこまで言うと、露骨にうんざりした顔をしてため息をついた。
「おい、バカタロー。そこにいたのか!」
それと同時に、話声を聞きつけた刹那が控室にやって来た。
「そんな感じで上手い事やりたかったのに……チュウが優勝かよ。もうダメだわ。俺達、魔王を退治する前に、人間同士で潰し合って絶滅っスわ」
「はぁ!? いきなりなんだよ、ふざけんな!」
やって来るなり悪口の標的にされた刹那が、シャーっと荒ぶる。
「なんかさぁ~、お前ってば、虐殺しすぎで絶対悪と化したさくにゃんを倒したおかげで、みんなにきゃーきゃー言われてヘイトとか全然溜めてないし、むしろ逆に、激闘を繰り広げたせいで変に人気出ちゃってるし、俺の計画丸潰れなんだよねぇ~」
「計画ってなんの話だよっ!」
真太郎達の話を聞いていなかった刹那には、彼が何にがっかりしているのかが分からない。
「なんかさぁ~、俺の今の気分を言い表すのならば、チュウの運転する車が俺を轢き殺した後、急に空に飛び上がって巨大ロボの首にドッキングして勝手に発進したのを、茫然と見てるみたいな気分だよ」
「訳分からんわ! 一体どんな気分だよっ!」
話に全く付いて行けない刹那は、とりあえずツッコミ続ける事しか出来なかった。
「こらこら。投げやりになるんじゃないよ、真太郎」
完全にやる気を失くした真太郎を見かねたアダーが、やんわり注意する。
「……プランを変える。暴力による抑圧も安全の提供なんかも余裕でぶっちぎって、最も人間を支配するのに適した方法――『宗教による洗脳』でいくッ!」
真太郎はカッと目を見開くと、刹那をビシッと指さした。
「チュウ! 貴様は今日から、この街の『アイドル』だッ!」




