第39話 戦が終わって、新たなる悪だくみ
激闘を制した刹那の優勝によって幕を閉じた『さんざめけ☆めけ! 勇者だヨ全員集合! 天下一武闘会』の熱狂冷めやらぬコロシアムの選手控室――。
「疲っかれたー! ったく、参加者全員を回復なんてしなきゃよかったぜ!」
「貴方が蒔いた種なのだから、ご自分で責任を取るのは当然でしょう?」
激闘とその後の戦後処理で疲れた真太郎がベンチの上に身を投げ出すと、エリーゼが控室にやって来た。
「今更ですけれど、一つ質問してもよろしいかしら? なにゆえに、街のみんなを集めてのバトルロイヤルなんていう馬鹿な事をしでかしたのかしら?」
すると、控室にやって来たエリーゼが不躾に質問をぶつけ、返答の駄賃とばかりにアイスティーを差し出す。
「状況が不利な場合、一時的にカオスを発生させる事で、それに便乗して動けば不利な状況を五分に持ち込む事が出来る――『ショックドクトリン』という考え方が、人心掌握術に存在します。俺達『名無しのギルド』は、弱小ギルドいや、面子が足りなくてギルドの体すら保てない極小集団だ。そんな俺らが、この街で覇権を取ろうと思ったら……まず無理」
ミントの葉が浮かんだアイスティーを受け取った真太郎が、エリーゼの質問に快く答える。
「だけど、街全体をカオスに陥れ、決められた範囲の中で序列を決める戦いを演出し、俺達が最強という場の空気を作り出せれば、話は別。日本人は空気に染まりやすいからね。実際、バトルロイヤルに参加した連中の多くが、優勝したチュウをこの街で最強のプレイヤーだと認めている」
真太郎はそう言うと、疲れ切った顔でため息をついた。
「しかし、チュウが優勝者とは……正直、予想外。たとえるなら、天下一武道会で、ヤムチャが優勝しっちゃったみたいな感じですよ」
バトルロイヤルが予想外の結果に終わった事に落胆する真太郎が、もう一度ため息をつく。
「『飲茶』? それは紅茶ですわよ」
世事に疎いエリーゼが、そんな事を言って首を傾げる。
「気にしないでください、くだらない冗談です。それより、このアイスティー……睡眠薬とか入ってないですよね?」
「そんなもの入ってる訳ないでしょうっ! このわたくしが、負けた腹いせにそんな人間の屑みたいな仕返しをするような女に見えましてっ!?」
真太郎がろくでもない質問をするなり、エリーゼが金髪縦ロールを逆立てた。
「それは良かったような、残念なような……ま、いずれにせよ。綺麗事を言うのは簡単なんです、本当にビックリするぐらい、それこそ冗談を言うよりもね。でも、それを実行しようとすると、暴力と呼んでいいほどの強力な力が必要になります。改革には痛みが必要――とどこかの国の偉い人も言ってたでしょう?」
エリーゼの主張を腐してみせた真太郎が、彼女の出方を窺う。
「腹立たしいですけれど、貴方の企みの通り、強力な力を見せつける事によって、ある種の秩序が出来たのは事実ですわね。あの刹那とかいう子が優勝した後、暴動はおろか、異議申し立てや反対のコールすら起きず、あの子の優勝を称えていますし」
不満顔のエリーゼが、渋々と言った感じで真太郎の功績を認める。
「バトルロイヤルで、各陣営の戦力図を目の当たりにした街の連中は、もう下手に暴れる事は無いと思いますよ。少なくとも、さくにゃんや刹那、そしてアダーという絶対的に敵わない敵が存在する事に気が付いた訳ですからね」
てっきりうざったい事を言って来ると思ったエリーゼが、自分を認めてくれる発言をした事に、真太郎は内心驚いていた。
「しかし、最後の最後で、なつきさんを裏切るとは思いませんでしたわ。貴方達は二人で組んで動いていたのでしょう?」
エリーゼが話題を変えて、疑問に思っていた事の真相を真太郎に尋ねる。
「清廉潔白でいたいと望んでも、この状況では手を汚したり、嫌われ者にならなければ、事を成せなかった……。俺と貴女を含めたこの街の住人が、この危険でイカレた世界で生き残るには、『賢くて優しいが、いざと言う時はためらわず暴力も使えるカリスマ性を備えた人間』をリーダーとし、みんなが一致団結する必要がある。そして、そのリーダーになるべき人間は、俺じゃあない――」
真太郎はここまで言うと、自嘲気味にふっと笑った。
「そいつは、エリーゼさん。貴女の親友の『化野なつき』だ」
「なつきさん?」
唐突にアダーの名前が出て来たので、エリーゼは小首を傾げた。
「いきなり言っても分からないと思いますから、まずは、『なんで俺がなつき先生を裏切ったのか』から話をしましょう。まず、俺は優勝を狙っていました。ですが、この街のトップになる事は望んでいませんでした」
「? どういう事ですの?」
妙な事を言い出した真太郎に、エリーゼがすかさず質問をぶつける。
「バトルロイヤルを制する事が出来ても、俺のようにカリスマ性のない人間が街のトップに立つことは無理だからです。トップに立つべき器でない人間が、トップに立つとマジで悲惨な事になる――学校や会社で、どうしようもなく指導力のない教師や無能な上司とかが引き起こす悲劇を想像してください。俺は、あんな風にはなりたくない。自分の無能さを誤魔化す為に、強権的に振舞うクズ野郎にはね」
割と説得力のある真太郎の話に、エリーゼが「ふむ」といった風な顔をする。
「だが、なつき先生は別。先生は、ゲームでは有象無象をまとめて魔王討伐軍を率いていたし、この世界では、発狂必至の非常事態の状況下で、『ポム・アンプワゾネ』の女の子達を導いた。なつき先生は、既に人を統率し導いた実績がある。そして、人々を魅了するカリスマ性と強敵と戦える実力がある」
真太郎はここまで言うと、黙って話を聞いているエリーゼを見た。
「そんな稀有な人間に、バトルロイヤルの後の『泥』をかぶせる訳にはいかなかった。泥――つまり、敗者たちの怨み。ゲームで言うところの『ヘイト』を俺に集める為に、なつき先生を裏切りました」
「ん? つまり、どういう事なのかしら?」
真太郎の言いたい事が理解出来ないエリーゼが眉を寄せる。
「多くの人間を叩き潰し、味方を裏切ってまで勝ちを取りに行ったクソ野郎である俺を、なつき先生が『卑怯な手を使って優勝した』とか言って断罪する。さすれば、先生は悪人を断罪したヒーローだ。その事で街を追放されたとしても、俺は100レベ超えだし、戦闘もこなせる回復職だ。街の外でも十分にやっていける。現地民に対して魔法を使った奇跡を起こして回れば、食うに困ることも無いだろう。伝道中のイエスや釈迦のようにね」
全ての計画を打ち明けた真太郎が、俄かに驚いているエリーゼにニッと笑いかける。
「驚きましたわ。ただみんなを引っ掻き回して喜んでいただけだと思っていたのに……まさか、そこまで考えていただなんて、思いもしませんでしたわ」
話を聞き終えたエリーゼが、真太郎がかなり先のことまで考えていた事に驚く。
「血も流さず、泥もかぶらずに何かを手にいられるほど、俺は有能ではないし、そんな事が出来ると考えるほど、思い上がってもいない。矢面に立つ覚悟も無く批判だけは一丁前なクズ共とは、一味違うって事ですよ」
さりげなくエリーゼを皮肉った真太郎は、ニヒリスティックに笑ってみせた。
「そんな俺と違って、なつき先生はとびきり優秀な上、美男にして美女だから、男女ともに支持を得る事が出来るだろう。男には女の子扱いされてちやほやされ、女には王子様扱いされてきゃーきゃー言われる……そんな無茶苦茶な芸当ができるのは、お嬢様界最強の王子様であるなつき先生しかいない」
「それは……一理あるかもしれませんわね」
「でしょう!」
自分の考えにエリーゼが予想外の同調をしてくれるなり、真太郎は少しはしゃいだ。
「それに人間ってやつは、父系社会よりも母系社会の方が人の結びつきが強くなると、何かの本で見た事があります。実際、世界最強の大英帝国や古代の大国は、女性がトップです。この異常な世界を生き抜くためには、愚かでむさい野郎がトップより、賢くて麗しい美少女の方がトップに相応しいとは思いませんか?」
フェミニストっぽい所があるエリーゼをその気にさせる為に、そんな事を言ってみせる真太郎だった。
「……確かに」
しかし、エリーゼの食いつきは、今一つといった感じだ。
(与太話はともかく、実際問題として、アダーがトップになれば、後はどうとでもなる。ここで、エリーゼさんに反対されると面倒だし、丸め込んでおこう)
「エリーゼさんの提案していた『女の子だけの集団』ってやつもいいけれど、今の状況で男を排除する事は損失でしかない。そこで、女に管理された男の集団を作れば、問題がなくなるとは思いませんか? そこのトップをなつき先生と貴女でやればいい。そうすれば、ある意味でエリーゼさんの当初の計画は達成される事になる」
「確かにっ! 真太郎さんの癖に、なかなかいい事をおっしゃるじゃないの! 貴方、意外に賢いのねっ!」
真太郎の提案に、フェミニストのエリーゼが気を良くして食いついた。
「よく言われます」
なんとかエリーゼを丸め込めた真太郎が、安堵してほっと胸をなでおろす。
「しかし、エリーゼさんとなつき先生が、本気で戦うとは思いませんでしたよ」
エリーゼを丸め込むという一仕事を終えて脱力した真太郎が、なんとなくそんな事を言った。
「小学生以来だったかしら……」
すると、エリーゼが思いがけず、話に食いついた。
「確か……初めてなつきさんと喧嘩をしたのは、幼稚舎での運動会の種目決めでしたわ。なつきさんは、クラスメイトの能力別に参加種目を振り分ける事を提案し、わたくしはみんながやりたい事をそれぞれ望むようにと提案した。それで意見が分かれて大喧嘩」
真太郎の何気ない言葉をきっかけにして、エリーゼの昔語りが始る。
「それ以来、わたくし達は、顔を突き合わせれば喧嘩ばかり。でも、そのおかげでお互いの事が良く分かるようにもなりましたわ……今では親友といえるぐらいにね」
エリーゼは懐かしそうに思い出話を語ると、ちょっと嬉しそうに笑った。
それから、少し怒った顔で真太郎の胸を指で突いた。
「だから、なつきさんが親友であるこのわたくしではなく、なんだか良く分からない生意気な小僧の真太郎さんに頼ったのが、気に食わなかったのですわ」
「まさか……そんなしょうもない理由で、アダーのやり方に反発してバトルロイヤルで喧嘩をしたんじゃないでしょうね?」
勘の良い真太郎がそう言うなり、エリーゼが拗ねたような顔をした。
「殿方には分からないでしょうけれど、乙女には道理を無視してでも戦わなければいけない時があるのですわ」
(な……なんか、凄いめんどくさい人たちだ。女の友情? 百合? 怖いなぁ)
男の自分には理解出来ない女の友情に困惑する真太郎だった。
しかし、エリーゼとアダーの関係が少しうらやましくも思えた。
「難しい事は分かりませんが、本気で喧嘩しても仲の良さが変わらない関係はうらやましいですよ。俺なら多分……十三回は殺されるね」
急に何かを察知した真太郎が、怯えた顔で声を震わせる。
「よーく分かっているじゃないか。賢い子は好きだよ」
音もなく真太郎の背後に現れたアダーが、いつもより数十倍爽やかな王子様スマイルを浮かべる。




