第34話 裏切り。そして、さようなら
「なんて素晴らしいんだ! マリア様も思わず手に汗握る激闘の結末は、相討ちか! 女の真剣勝負、なかなか良いものだったよ」
静寂を破ってそんな事を言うのは、二人の勝負を陰ながら見ていた真太郎だ。
「女同士に友情は無い、という話をよく聞くけど、アンタたちはいつ見ても不思議な関係だ。望まない戦いに見えたけど、実はお互い合意の上って感じだしさ。生粋のお嬢様達が、少年の喧嘩みたいな事をしていることにいささか驚きを覚えるよ」
乙女たちの戦いの感想を述べる真太郎に、アダーが気付いて声をかける。
「シ、シンタローか……助けてくれ……」
心臓を一突きにされて満身創痍になったアダーが、口から赤い血を流しながら言葉を漏らす。
「ネットの人間関係風情に感情移入するな――それが先生のゲームに対するスタンスだった。だから、今までは感情に左右されず、クレバーに物事を運ぶことが出来た。でも、エリーゼさんはリアルでの親友だったから、つい熱くなって周りが見えなくなってしまった。そのせいで、クール&ビューティーが信条のなつき先生が、ホット&ダーティーな泥仕合に興じる事になった。こいつが、先生の敗因ですね」
真太郎は試合の感想を言いながらアダーとエリーゼに近寄ると、彼女達の間に転がる乙女達の血で赤く染まった白百合の細剣を手に取った。
「実を言うと僕は、綺麗ごとばかり言って世間知らずで、公平世界信念に酔ってるエリーゼさんの事は、あんまり好きじゃなかったんです。だけど、綺麗ごとで騙して油断させ、自らの命を犠牲にして敵を殺すなんていう気合の入った事をされると、思わず好きになっちゃいますよ」
「な、何をしているんだ……早く助けてくれっ!」
なぜか、すぐに助けない真太郎に、アダーがイラついて声を荒げる。
「お断わりです」
また暴走でもしたのか、真太郎がアダーの求めを冷たく一蹴した。
「なにッ!?」
「悪いんですが、なつき先生にはここで死んでもらいます」
この真太郎の言葉を聞いた瞬間、勘のいいアダーは全てを察した
「ボ……ボクを裏切るとは、生意気じゃあないか……!」
キッと睨みつけるアダーに対して、真太郎が嫌味なほど爽やかに微笑む。
「心外ですね、裏切ってなどいませんよ。俺は『最初からこうするつもり』でした。先生が俺の真意を聞かなかったから、言わなかっただけです。裏切っただなんて、人聞きの悪い事を言わないでください」
詐欺師スマイルの真太郎はそう言うと、白百合の細剣を陽の光にかざした。
「ふざけるな! この卑怯者っ!」
「確かに、俺は卑怯者かもしれませんね。ですが、善悪で言えば騙す方が卑怯な悪ですが、勝ち負けで言えば騙された方が迂闊な負け犬です。今は勝負事の真っ最中、ならば騙しアリアリ、謀略マシマシ。となれば、騙しを見抜けない方が悪です」
「なんだとっ!? ふざけたことを言うな!」
教え子である真太郎にしてやられた事にイラついたアダーが声を荒げる。
「小娘みたいにとオタつかないでください、みっともない」
だが、真太郎は何を言われても、眉ひとつ動かさない。
「くっ! 生意気なっ!」
「他人の嘘を見抜けないのは、誰でも『他人を信用したい』という気持ちがまず最初にあるからです。いや、『気持ち』というよりも、人を信じる『性質』が、社会的動物である人間には最初から備わっていると言ってもいい。だが、それは人の良い面である一方で、弱い面でもある」
裏切りに驚くアダーをよそに、真太郎が語り始める。
「『信じるな、疑え。もし、信じたいのならば、まずは徹底的に疑え』――なぜならば、人は常に嘘をつき、人の世界は常に醜いから……あなたが疑うことをせず、見せかけを信じて依存すれば、身を亡ぼす嘘が与えられるだろう」
「その言い草……やはりボクを騙したなッ!」
「正確に言えば、俺が騙したのではなく、貴女が騙された。『信じる前に疑え』――先生には、俺に対する『疑い』が足りなかった」
「なんだとッ!?」
「愛弟子である俺を疑う事が出来ないのならば、いっそのこと『裏切られても構わないぐらい信じるべき』だった。だが、貴女には、疑い続ける信念も、信じ続ける根性も無かった。そんなしょっぱい奴は、裏切られて当然です」
「クソ! なんて奴だッ! このボクを裏切っただとッ!」
裏切られて荒ぶるアダーを、真太郎が冷たくあしらう。
「前から言いたかったのですが、策士と他人に呼ばれるようでは、策士失格。俺のように、イカレタ馬鹿野郎と侮らせて、その裏で着実に策略を巡らす奴こそ、真の策士。なつき先生、貴女はしょせん、その程度の器なんですよ」
教え子である真太郎に裏切られた事を知ったアダーが、切れ長の目で恨みがましく彼を睨みつける。
「『先生』であるボクに、こんな酷い事するなんて……この人でなしめっ!」
「先生と呼んではいますが、死を経験した事が無いなつき先生は、俺にとって師にあらず。死を知らないうちは、俺にとってアンタは『取るに足らないただの女子大生』だ。何を言われても、罪悪感など感じませんよ」
真太郎は冷たくそう言うと、白百合の細剣の先をアダーに向けた。
「それになにより、世の中のイベントは全て、『善人が企画し、馬鹿と欲深者が踊らされ、庶民が迷惑をこうむり、そして最後に悪人が利益を得る』――と相場が決まっています」
「ボクにトドメを刺す気か……?」
教え子に裏切られたショックを決して表に出さないアダーだったが、動揺は瞳の奥に如実に表れていた。
「答えが分かりきっている質問をする意味って、何ですか?」
別に真太郎に裏切られた事に、小娘のように傷ついて動揺している訳ではない。
それは可能性は低いが、充分に想定されていた事態だからだ。
彼女が本当に恐れているもの、それは――死だ。
これから訪れるであろう『死』に対して、アダーは動揺しているのだ。
「ま……まさか、本当にボクを殺す気なのかい……?」
どんなに賢く、胆力があり、冷静だと言っても、彼女はまだ二十歳の女の子なのだ。自分が殺されると思えば、恐怖に身を震わせもする。
「出来ればそんな事はしたくないですね」
「なら……止めてくれよ」
死を目前にして初めて恐怖の感情を表に出したアダーが、目上の者にお願いする小娘のように憐憫を誘う目つきで、真太郎見つめる。
「いいや、ダメです。ここまで来てそういう訳にはいかないですよ」
そんなアダーに対して、真太郎は冷めた顔で、彼女の申し出を断るだけだ。
「さて、もういいかな……」
真太郎は冷たい目つきでそう呟くと、白百合の細剣を握り直した。
「いやっ!」
殺されると直感したアダーが、目をぎゅっと瞑って悲鳴上げる。
「随分と可愛い声を出すんですね。今の声、女の子みたいでしたよ」
だがなぜか、真太郎はアダーを殺すのではなく、細剣をポイッと捨てた。
それどころか、安心したような顔をしてほっとしている。
「良かった。先生を殺さないで済んだみたいだ」
「……?」
妙な事を言い出した真太郎を、アダーが訝しげに見つめる。
「先生ともあろう人が、迂闊ですね」
そんな彼女の視線に気付いた真太郎が、アダーの頭の上を指さした。
そこには、『30』という半透明の数字が浮かんでいる。
この『数字』は、HPがゼロになって『瀕死状態』になった時に、本当の死までの猶予時間を表すカウントダウンの数字だ。
「失血による累積ダメージですよ。俺の思わず耳を傾けたくなる話に気を取られているうちに、俺に頼らず自分でHPを回復する事を忘れたようですね」
「しまった……っ!」
エリーゼにやられてすぐに真太郎が来たせいで、『自分で傷を回復する』という考えに至らず、代わりに『真太郎に回復して貰う』という考えに憑りつかれたアダーの完全な失策だった。
勿論、アダーがそう考えるように真太郎が仕向けた訳だが。
「なつき先生の死で、最後のピースが埋まりました。自分の手で愛しのなつき先生を殺すなんて事は絶対に出来なかったので、こんなまどろっこしい手を使わせてもらいました。長く苦しませて、本当に申し訳ない。全部、先生への親愛の情に勝てなかった意気地なしの俺の責任です、責めてくださって結構ですよ?」
「し、白々しい……!」
「しかし、俺のような小者に足をすくわれるなんて……堕ちたものですな、なつき先生。『信じるな、疑え。もし信じたいなら、まずは徹底的に疑え』――かつて教えてくれた貴女の言葉です」
「……ぐっ!」
「『自分で調べて検証すれば真実に近づける。逆に、何もせずに他者に依存すれば嘘が与えられる』――これもまた貴女が教えてくれた言葉です。自分の教えを守れずに、教え子にしてやられるなんて一体どういう了見なんですか?」
「……ぐぬっ!」
「自分は文武両道で、誰よりも優秀。一方、手駒の俺は、手の平で遊ばせられる格下の可愛い教え子……ゆえに油断し、俺が裏切っても問題無いと驕った。そして、その驕りは貴女の目を濁らせた。残念でなりませんよ、嫌いになりそうです」
「……さっきから、何が言いたいんだッ!」
「先生には、自分が強者だという驕りを捨ててもらう。死という究極の自己否定の末に、生き返りという究極の自己肯定が訪れ、自分の真実の姿が浮かび上がる体験をしてもらう。人生負け知らずで勝ち続けて来たなつき先生には、ここで敗北の味を知って、ぬるい勝利に浸かり続けて寝ぼけた目を覚ましてもらう」
真太郎は言いながら、アイテムバッグに手を伸ばすアダーの手を足で払いのけた。
「この世界で生きていく上で避けては通れない『死からの生き返り』を体験しない事には、この世界を真に理解する事が出来ない。なにせ、実感しない真理は存在しないと同義ですからね。そんな状態では、この世界を生き抜く事は出来ない。この死のプレゼントは、教え子としての俺からのせめてもの恩返しです」
「意趣返しの言い間違いだろう……!」
アダーが再びアイテムバッグに手を伸ばすが、それも真太郎に阻止されてしまう。
「いいや、これはまごう事なき恩返しさ。死を踏破する事は、この世界で生きていくにあたって必要不可欠なイニシエーションだ。それを自殺する形でも、不本意な形で誰かに殺される形でもなく、『親友に殺され、愛しい教え子に看取られる』形で体験できるんだ、これが恩返しじゃなくて何だって言うんですか?」
「な、何を言っているんだ……!? 狂っているぞ……ッ!」
完全に言葉が通じない真太郎に恐怖を感じるアダーが、わなわなと唇を震わせた。
「怯えなくてもいいんですよ。死んでも、しっかりと五体満足で生き返りますからね。ここでこれ言うのは嘘臭さが増すので、あまり言いたくはないのですが……先生の不安を少しで和らげられるならば、と言わせてもらいます」
「な……何をだ……!?」
真太郎の話に気を逸らされている間に、アダーの瀕死状態のカウントダウンが、刻一刻とゼロに近づく。
「俺を信じてください。スッキリするぜ、死からの復活は最高の気分だ」
そう言うと真太郎は、アダーに顔を近づけてそっと耳打ちした。
「生き返ったら素敵なプレゼントをあげます。だから、大人しく死んでください」
10……9……8……
「ふ、ふざけるなッ! 今すぐにッ! ボクを回復するんだッ!」
5……4……3……
「ここまで来てグダグダ言わないでください。いまさら命乞いなんてみっともない。乙女は気高く咲いて、美しく散るものですよ」
2……
「し、真太郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーッ!」
1……
「さようなら。良き死を」
0
『アダーは力尽きた』




