第33話 乙女の死闘とゾンビパニック!
死霊術師であるアダーのスキルで、死者がゾンビとして甦った!
今やコロシアムは、人間とゾンビが入り混じって戦う地獄のダンスフロアだ!
「最高最悪のネクロマンサー『美麗なる屍の王・アダー』が、コロシアムをゾンビ渦巻く地獄に変えてしまったァ! これはまさに、異世界オブ・ザ・デッド! 観客席にもゾンビがあああああああああああああああああああああああああっ!」
「誰か、丸太かクリケットのバットを持って来いにゃあああああああんーっ!」
闘技場を飛び出したゾンビたちが、実況のみこと重兵衛を巻き込んで大暴れ!
「あはは! せっかくここまで頑張って勝ち残った連中が、自分が負かした敗者に食い殺されてゾンビになってしまうなんて傑作だなぁ」
色んな意味で大盛り上がりのコロシアムを楽し気に眺めるアダーが、魔女じみた笑みを浮かべる。
「優美さには欠けるけれど、グランギニョル的な耽美さとB級映画っぽい豪快さが混ぜ合わされて、実に素敵だとは思わないかい?」
そして、地獄と化したコロシアムを見て恐れおののくエリーゼに微笑みかけた。
「なんてこと……! こんなの無茶苦茶じゃないっ!」
ゾンビを見て恐れおののくエリーゼが、死者を冒涜するアダーを断罪するような目つきで睨みつける。
「ゾンビの事かい? 実験では上手くいっていたのだけれど、実戦でこうも上手くいくとは思ってもみなかったよ」
エリーゼの非難をまったく意に介さないアダーが、涼し気に言ってのける。
「甘かった! こんなにも恐ろしい切り札を隠していたなんてっ! なつきさんは、わたくし達全員を皆殺しに出来るほどの力を持っていたというのっ!?」
アダーの切り札の恐ろしさを目の当たりにしたエリーゼが、体を震わせて戦慄する。
「いや、これはボクだけの力じゃあないよ。ここまでの力を手に入れられたのは、『みんなが殺し合ってくれたから』さ。みんなが殺し合って『屍の山』をこしらえてくれなければ、ボクはこんなにも強い力を手に入れる事は出来なかった。実際、バトルロイヤルの序盤は何も出来なかったしね」
勝利を確信した余裕からか、アダーが手の内をエリーゼに晒す。
「死体を利用してゾンビにするなんて卑怯ですわっ!」
まるで不正を正すかのような目つきのエリーゼが、アダーをズビシと指差す。
「確かに卑怯かもね。でも、無敵だろ?」
エリーゼの文句を軽く流したアダーが、爽やかな王子様スマイルを作る。
すると、ゾンビになった女の子達が一斉に腐った歓声を上げた。
「「「むできですわあああああ! おねえざまああああああああああああ~!」」」
「貴女たち、ゾンビになってまでっ!」
「みんな、恵璃華を始末してくれ」
アダーが命令を下すなり、ゾンビになった女の子達が一斉にエリーゼに襲いかかった。
「くっ! みんなを斬れないっ!」
ゾンビに囲まれて身動きの取れないエリーゼが活路を見出そうとするが、身内に手を上げる事が出来ず進退窮まる。
「おっと、キミがボクに勝てない理由その四。キミが仲間思いの優しい女の子だから、を追加しよう」
冷静さ、賢さ、そして危なさ――戦場を支配する勝者の要素を全て備えているアダーに、勝てるものなど誰もいないようだった。
対等に戦う事ができそうだったエリーゼがこの有様では、アダーの勝ちは決まったと言ってもいいだろう。
「理想的ないい子では、今の混沌とした状況を乗り越える事は出来ない。答えのない問いかけを無視して、盲目的に学校教育なんぞにうつつを抜かしていたキミじゃ、到底ボクには勝てない。キミと違って、このボクは子供の頃からずっとこういうカオスを想定して生きて来た。ボクは生まれる時代を間違えた孤独な革命家だ。平和な時代に生まれた人間がどうこう出来る存在じゃあないんだよ」
「おだまらっしゃい! 中学生みたいにひねくれた事を言うんじゃありませんっ!」
ニヒリスティックに笑うアダーを、エリーゼが一喝する。
「もう休みたまえ、キミの負けだ」
アダーが指を鳴らすと、ゾンビたちがエリーゼを羽交い絞めにした。
「おとなしく降参しなよ。ゾンビに喰い殺されたくはないだろう?」
「むざむざと貴女に負けを認めるよりは……死んだ方がマシですわ……っ!」
ゾンビに羽交い絞めにされてもなお、勝負を諦めていないエリーゼが、アダーをキッと睨みつける。
「素晴らしい心がけだ。では、ボクから一ついい事を教えてあげよう。この可愛いゾンビたちは、術者であるボクを倒す事で元の人間に戻るよ」
「え?」
思いがけない事を聞かされたエリーゼが、思わず聞き返す。
「みんなを救いたかったら、必死こいてボクを殺しに来たまえ」
アダーはニヤッと笑って、エリーゼを誘うように手招きした。
「やはり、貴女を止められるのは、このわたくししかいないようですわね……!」
「思い上がりも甚だしいが、勝ち気な子は嫌いじゃないよ」
闘志をたぎらせた瞳でキッと睨みつけて来るエリーゼに対して、アダーは怯える事もなくただ面白そうに微笑むだけだ。
「キミに一分やる。一分間だけ、ゾンビを動かさないであげるよ」
アダーが指を鳴らすと、ゾンビたちがエリーゼを解放した。
ゾンビたちがエリーゼから距離を取り、ここで戦えとばかりに円陣を作る。
「それは、『一分あれば、わたくしを倒せる』という意味かしら?」
ゾンビから解放されたエリーゼが、服の乱れを直しながらアダーに尋ねる。
しかし、アダーは含み笑いをするだけで何も答えない。
「……気に入らない目ですわ。わたくしを見下すように見据える女狐の目……なぜ貴女は、いつも私の前に立ち塞がりますの?」
「逆に問いたい。なぜキミは、いつもボクに突っかかって来るんだい?」
アダーが挑発するなり、エリーゼが無言で一歩前に出てビンタを放った。
「貴女のやる事為す事が、すべて腹立たしいからですわ」
「奇遇だね、ボクもだよ」
エリーゼのビンタに対してアダーもビンタをやり返す。
「生意気ですわっ!」
「キミもねっ!」
ビンタを皮切りに、エリーゼとアダーの女の戦いが始まった!
最初は、全力のビンタ。
次に、思いっきりグーパンチ。
最後は、殴る蹴るの取っ組み合いの大喧嘩だ!
「はぁ……はぁ……!」
ボコボコに殴られて自慢の縦ロールが無残に乱れているエリーゼが、荒々しく肩で息をする。
「疲れで顔を下げるな、顔を上げろ! 目を見開いて牙を剥け! 拳を固く握って振り上げろっ! 戦いはこれからだ、お楽しみはこれからだっ!」
戦いに酔うアダーが、興奮した様子でエリーゼを煽る。
「なんで……なんでこんな事に……! わたくしは、こんな事したくはなかったのに……!」
エリーゼが涙を滲ませた目でアダーを睨みつける。
まるで全て彼女が悪い、とでも言った目で。
「それはボクも同じだよ」
エリーゼと同じくボコボコにされて自慢の銀髪が乱れているアダーが、肩で息をしながら言葉を漏らす。
「キミが最初からボクの隣に立ってくれていれば、こんな事しないでも済んだんだよ……」
アダーとエリーゼは、本音の部分では考えが似ていたのだ。
彼女達はお互いがお互いを必要としていたし、お互いを求めていた。
だが、見ている未来が少し違っていたし、そこに辿り着く為の道も違っていた。
それゆえに、友達同士でやり合う羽目になってしまったのだ。
「だったら……!」
アダーと和解出来そうな事を察したエリーゼが、懇願するように言葉を漏らす。
「悪いが、ダメだ。この戦いは、ボク以外の全ての選手の敗北で締めくくられなければならない」
しかし、固い決意を持って戦いに臨んでいるアダーには、エリーゼの言葉は届かなかった。
「そう……やはり、わたくし達はそりが合わないようですわね」
アダーに気持ちが伝わらなかったと知ったエリーゼが、悲し気に目を伏せる。
「分かりました……もうわたくしの負けで、よろしいですわ」
それから一拍の間を置いて、降参を表明した。
「降参するにしても、喧嘩したままなんて嫌ですわ。せめて、仲直りしてから潔く散りたい……そう、乙女の真剣勝負らしくね」
エリーゼは、いつもの気品に溢れたお嬢様の顔に戻ると、柔らかい笑みを浮かべた。
「……そうだね。ボクも別にキミを叩き潰して負かしたいわけじゃない。降参してくれるのならば、それが一番だよ」
エリーゼが戦うのを諦めて降参したのを見たアダーが警戒心を解き、いつもの王子様じみた爽やかな表情に戻る。
「初めて意見が一緒になりましたわね。嬉しいわ。さ、仲直りのハグをしましょう」
何を思ったか、エリーゼが両手を開いてハグを求めた。
「まったく。ハグで仲直りなんて、ちっちゃい子じゃないんだから」
どこか照れたような顔をするアダーに対して、エリーゼが優しい笑みを返す。
「幼稚舎の頃は喧嘩した後、いつもシスターにハグして仲直りさせられていたでしょう?」
「こんな時に子供の時の話を持ちだすなよな」
すると、アダーはしかたないな、といった顔でエリーゼにハグをした。
「ほら、照れないの。もっとぎゅっとハグなさい」
軽くハグするアダーが、エリーゼに言われてぎゅっと抱きしめる。
「ほら、これでどうだい?」
「そう。それでいいですわ」
そんなアダーを、エリーゼがもう二度と離さないと言った感じで強く抱きしめる。
「貴女一人に勝ち逃げなんてさせませんわ……っ!」
次の瞬間、エリーゼが自分もろともアダーを短剣で突き刺した。
「「グハッ!」」
白百合を模した細剣に心臓を貫かれたアダーとエリーゼが、揃って真っ赤な血を吐く。
「大胆な嘘は……乙女のたしなみでしてよ……」
「そん……な……っ!」
エリーゼに一杯食わされた事に気付いたアダーが、膝から地面に崩れ落ちる。
「うふふ……ざまあみろですわ……!」
まんまとアダーを罠に嵌めたエリーゼが勝ち誇った顔で、力なく地面に崩れ落ちる。
二人の乙女が倒れると、地面に敷き詰められていたエリーゼの魔法の花びらが、ふわりと舞い上がった。
コロシアムにいた誰もが、予想だにしなかった勝負の結末に固唾を飲む。
二人の乙女が花のカーペットの上に倒れて沈黙すると、会場全体も静寂に包まれた――。




