第21話 気合十分! いざ出陣!
「ほら、ちょっとした甘言で簡単に誘導できちまう。人間ってやつは感情に支配されているから、感情を揺さぶってやれば自由意思なんて有って無しがごとしさ」
イナバをまんまとその気にさせた真太郎は、刹那に向き直ると得意顔をした。
「偉そうに語るなよ、キモオタが馬鹿なだけだろ」
「師匠は、あれでも馬鹿ではない。感情を煽られたから馬鹿になったのだ。多分、この街の多く人間も落ち着いた状況なら、バトルロイヤルなんていかにも頭の悪い話に乗って来やしなかっただろうね。だが、俺が奴らに提示してみせた『干していた下着を盗まれたと思ったら、洗濯ばさみに一万円が挟まれていた的な状況』を前にしたら、誰もが落ち着いてなんていられない」
真太郎が真顔で妙な事を言い出すなり、刹那が素早くツッコむ。
「どういう状況だよっ!?」
「中学生のお前でも分かりやすいように言うと、『体育着が盗まれたと思ったら、ロッカーに謝礼のお金が入っていた』という事だよ」
「だから、そのクソみたいな例え自体が意味分かんねーんだよっ!」
「つまり、『何か損をしている気がするけど、実益あるし、まぁいいか』って感じだ」
「良くねーだろ! 下着も体育着も変態に盗まれてるじゃねーかっ!」
割と純情な刹那が、謎のゲスいたとえ話を繰り広げる真太郎に強めのツッコミを入れる。
「いずれにせよ。権威主義的で現状維持を望み、常識の範囲内にしか選択肢はないと考えている連中を変化させようとすると、必ず反抗され噛みつかれる。同調圧力と権威による威嚇のし合いを『話し合い』と、誤認しているのが日本人だからな。ならば、最初から噛みつかれる事を前提にして、そのアホさを利用して絡め取るのが賢いやり方よ」
「なんだ、その悪人顔は。お前のその無駄な小賢しさは、どこから来るんだよ。それが一番不思議だぞ!」
刹那は、なんだか良く分からない話術を駆使して次々と人々を操る真太郎の存在が、不可解でならなかった。
「しかし、お前はずっと自信満々に語っているが、お前の策略が上手くいく保証はあるのかよ?」
現実的というか、不安に駆られている刹那が、割と核心を突くような事を言う。
「異世界で生き残る為に建設的な話し合いをしよう、なんて言っても、今の精神状態が混乱した状況だと、誰も耳を貸してくれないだろう。だから、真太郎のやり方はあながち間違ってはいないと思うよ」
教え子としての贔屓目だからなのか、アダーが真太郎を買っている風な事を言った。
「アンタら、さっきから理屈っぽい小難しい話をしてるけど、どれもピント外れよ。この状況に至った経緯は簡単、単純に『みんな熱狂したかった』ってだけの事よ。夏の甲子園だとかワールドカップとか、箱根駅伝とかネットの炎上とか、いわゆる集団熱狂系を好む輩は多いからね。別にシンタローちゃんの罠にハマった訳じゃないわよ」
コロシアムでデモンストレーションのバトルをしている斬人達を退屈そうに眺めていたさくにゃんが、不意に冷めた事を言った。
「人間は精神的に参っちゃってる時、熱狂出来るものに現実逃避したくなるものよ。娯楽とか恋愛とかギャンブルとかにね。今の状況は、そう言う人間心理にシンタローちゃんの煽りがピッタリ合わさっただけで、それ以上でもそれ以下でもないわ。賢いシンタローちゃんは、策士気取りで調子に乗ってると墓穴を掘るわよん☆」
年の功というかなんというか、さくにゃんは何でもお見通しと言った感じだ。
「その可能性は無きにしも非ず。だが、『理を語るな、利を語れ』っていう、人心掌握術のセオリーは守ってるから、多少強引にやってもなんとかなると思うけどね」
「そういう聞きかじりの知識で、自分だけが高みにいると思ってるような所が、ダメなのよ。油断してると思わぬ伏兵にやられちゃうわよ? いくら口が上手くて賢くても、財力と権力と暴力を使わなくっちゃ人を動かす事なんて出来ないんだから」
さくにゃんが、年相応に世の中を知っている風な事を言い出した。
「だから、その財力と権力と暴力をこのバトロワで作り上げるんだよ。人は論理ではなく感情で動き、無力さゆえに権威にすがるって、それ一番言われてるから。熱狂と引き換えに、時間、労力、ポテンシャルを奪い取り、思考をジャックする。これ、大衆煽動のセオリーなりってね」
「ふ~ん。上手くいくといいけどねぇ~」
どこか真太郎をからかうような顔つきのさくにゃんが、呆れた風に言う。
「一旦、誰が一番強いかをハッキリさせ、序列をつくってしまえば、今の淀み切った状況に秩序を作れる。こんなもん上手くいかない訳がない」
「あら、力で支配するつもりかにゃ? いやんっ☆ シンタローちゃんってば、気弱そうな顔のくせに強引っ☆ 男の人って、やっぱりなんでも力づくなのね~」
何を思ったか、さくにゃんが無駄にぶりっこぶって怯えた振りをする。
「そんな風に思われるのは心外だが、法も無ければルールもない今の状況、それがベストだ。それにみんな、心のどこかではやはり、このままではいけないと思っているはずだよ。強力なリーダーが方向性を示してやれば、行き場を失くした人達は、否が応でもリーダーについて来るはずさ」
さくにゃんに茶々を入れられた真太郎が、強い言葉を投げて彼女を納得させようとした。
「ご高説、結構。でも、シンタローちゃんってば、肝心な所で詰めが甘いからなぁ~。おねーさんは心配だよ」
「下準備は全て整い、後はバトロワで勝つだけ。心配する事など何もないよ」
失敗を不安視するさくにゃんと違って、真太郎は自信に満ちていた。
「バカタローの自信の出所が分からないぞっ!」
刹那がツッコみを入れると、アダーが彼女の頭に手をポンと置いた。
「刹那。こういう局面では、慎重であるよりもむしろ逆に、迅速果断に進む方がいいんだよ。だって、運命は女神だからね。彼女を征服しようとすれば、打ちのめし、突飛ばす必要がある。運命って奴は常に、冷静で慎重な生き方をする人より、大胆不敵な人の言いなりになってくれるものなのさ」
「何それ、マキャベリ? アダっちゃんって、今どきの女子大生にしては物知りよねぇ~」
アダーの言葉を聞いたさくにゃんが、年の功的な物知りさを垣間見せる。
「みんなこの状況で、どうしてゲームやってる時みたいに落ち着いてんだよ。頭おかしいんじゃないのか……?」
みんなの小難しげな話について行くだけで精一杯なs刹那は、この非常識な状況でも何故か平常心を保ってトークを続ける真太郎達が信じられない様子だ。
そんな刹那に気付いたアダーが、彼女に優しく声をかける。
「刹那、ボクらは、ゲームをやってるつもりなんかじゃあないよ。この世界をリアルと認識して、バトルロイヤルの影に隠れて戦争を始めているんだ」
「戦争?」
思いがけない言葉を聞いた刹那が、子猫のように目を丸くする。
「そう、戦争。この世界での生存権をかけた戦争さ。まぁ、中学生の刹那には、ちょっと難しいだろうから、キミはゲームの時と同じようにボクらの後をくっ付いて来ているだけで、大丈夫だよ」
アダーは刹那を子ども扱いすると、優しく頭を撫でた。
「なんだか、俺はみんなの役に立たなそうだね……」
アダー達が単純にバトルロイヤルに挑んでいる訳ではなく、何か自分に知らされていない策略の元に動いている事を悟った刹那が、己の無力さを感じてしょぼんとする。
「そんな事は無いさ。ここから先は、実戦だ。そこで必要とされるのは、戦闘力だ。刹那の出来る事は多いはずだよ」
刹那が疎外感を感じているのを敏感に察知したアダーが、刹那をやる気にさせる。
「そうは言っても……俺、低レベだもん。しかも戦闘職なのに、魔法職のバカタローにすら勝てないんだ、トップレベルの連中には手も足も出ないよ……」
すっかりしょげてしまっている刹那が、自信なさげに俯く。
「何を落ち込んでいるのか分からないが、お前はこの世界のでの実力は多分トップレベルだぞ。システム的にはクッソ低レベだがな」
「は? 急になんだよ」
からかわれたと思った刹那が、真太郎を睨みつける。
「今の状況になって以降、戦闘は『痛みを伴わないお手軽バトル』から『痛みを伴う厳しい実戦』に大きく様変わりをした。そんな中、圧倒的多数のプレイヤーは、未だに『生身で戦う』事に慣れていない。襲いかかってくる剣と矢、魔法にスキル――レベルとステータスさえ十分に高ければ対応できると頭でわかってはいても、鬼気迫る戦場の空気と恐怖は尋常じゃあない。まさか、忘れた訳じゃないだろ?」
先日のモンスターおよび、魔王との戦いを思い出した刹那が、こくりと頷く。
「戦闘を――いや、喧嘩ですら生身での戦いを躊躇なくこなすには、経験と心理的な慣れが必要だ。だが、この『ゲームが現実になった世界』に来てから、まだ一週間しか経っていない。生身の戦闘を楽々こなせる連中は、数少ないと見積もっていいだろう。だが――」
「だが?」
「だが、チュウはみっちり対人・対モンスター戦闘を経験している。更に、瞬殺されたとはいえ、圧倒的に格上の存在である魔王と戦ってもいる。どう考えても、今更、たかが人間ごときにビビったりする事はないだろう。しかも、死からの復活も経験しているので、死ぬ事に臆する事など無い。それだけでも勝率は段違いだ」
真太郎の話が終わると、アダーが話を引き継いだ。
「このバトルロイヤルを利用した権力掌握の作戦は、うちのメンバーの戦闘力を期待して立案されたものだ。当然、それには刹那も入っている。刹那の戦いぶりに、期待しているよ」
アダーに期待されている事が分かった瞬間、刹那の目がきらりと輝く。
「そうだねっ! 俺とネトゲ廃人のカス共では、戦闘経験が段違いだったなっ! 圧倒的戦闘経験の前には、レベルの差など無意味だぜっ!」
さっきまでしょげていた癖に、おだてに乗って調子づく女子中学生がそこにいた。
「その意気だ、チュウ! お前が王者だっ! 勝利を掴み取れっ!」
「この俺がバトルロイヤルで優勝してやるぜぇーっ!」
威勢のいい刹那が、剣を天に突き上げてはしゃぐ。
「さっきまでしょげていたというのに……せっちゃん、ちょろすぎでござるよ」
「ちょろいんじゃなくて、馬鹿なのよ」
「あはは。女の子はちょっとお馬鹿ぐらいの方が、可愛くていいじゃないか」
ちょろいキッズを見た大人達がそれぞれ感想を漏らす。
「昨日の夜に、アダーのスキルの威力も確かめたし、俺の新しいスキル『勇者の一撃』の使い方も覚えた……こいつは優勝間違いなしってやつですよ!」
そんなこんなで、真太郎主宰のバトルロイヤル『さんざめけ☆めけ! 勇者だヨ全員集合! 天下一武闘会!』が、始まろうとしていた。




