第18話 ザ・ハウス・オブ・ザ・さくにゃん
「いやー。ギルド会談もその後の参加者募集も、なんとか無事に終わって良かった良かった」
ギルド会談とバトルロイヤルの参加者集めの両方を、なんとか無事に終えた真太郎達は、アダーの隠れ家で今後の打ち合わせをしていた。
「それにしても、真太郎は随分と事を急いたね」
バトルロイヤルの開催に関する書類を作成しているアダーが、真太郎に話を振る。
「有力ギルドの連中の裏切りもあるだろうし、一般プレイヤーの気変わりも心配ですから、バトロワの開催は早ければ早い方がいい、と判断したんですよ」
事もなげに答える真太郎に、刀の手入れをしていたイナバが声をかける。
「無理してでも明日開催する、とか無茶を言い出すから、また暴走しだしたのかと思って心配していたのでござるが、そういう考えだったのでござるな」
「でもさぁ、そんなに急いで準備は出来てるの?」
参加申し込み者のリストアップをしているみこが、素朴な疑問を訪ねる。
「みこちゃん。ゲームでは、コロシアムを使用していつでも好きな時にバトルができたの覚えてるかい?」
「そーいえば、そんなのあったね」
ゲーム初心者のみこが、おぼろげな感じで答えを返す。
「俺もみこちゃんと同じぐらいふわっとした認識だったから、確認の為に今朝早くに師匠と一緒にコロシアムに行ってみたんだよ」
「ほうほう」
「んで、受付にNPCらしき人がいたから、バトルを申し込んでみたんだな。そしたら、ゲーム同様にコロシアムでバトルが出来たよ。ねぇ、師匠?」
真太郎が話を振るなり、イナバがコクリと頷いた。
「左様。この世界は勇ゲーそっくりなのだから、当然コロシアムの設定もゲームと同じという訳でござるな。だから参加者集めはともかく、コロシアムでバトルロイヤルをする事に関しては、何ら下準備はいらないみたいでござるよ」
イナバがそんな事を言うなり、ソファーでだらけていた刹那が口を開いた。
「それはいいけど、締切が早過ぎだろ? せめて、三日ぐらい余裕を持たせろよ」
「そんなに余裕持たせたら、人が集まらないだろ~? あの状況で、締め切りを短くして切羽詰まらせたから、あんだけ参加者が増えたんだよ」
真太郎がまた妙な事を言い出すなり、刹那がすぐに喰いついた。
「なんだそれ、どういう意味だ?」
「少ないものがベスト、失うことはワースト。心理学用語で『希少性の原理』というものがある。こいつは、ものが手に入りにくくなると、急にその機会が貴重なものに思えて来る心理作用だ。人間は、物やチャンスがいつでも手に入る時は興味を示さなくても、一転して物やチャンスを失う状況になると、途端にそれを欲しがるという傾向がある」
「ふむ」
「人間が原始人の頃から今日にいたるまで、『数が少ない=貴重=良い』、『時間制限がある=失う可能性が上がる=今取らなきゃ損』というような事が、多数経験されてきたからだろう。人間は数が少ないものや、期間限定の物に執着する傾向がある。数量限定の課金アイテムをつい買ってしまったり、タイムセールでつい必要のないものを買ってしまったりとかは、チュウでも思い当たるだろう」
「ふむふむ」
「今の急ぎの状況で、バトロワに多くの人を参加させなければいけない場合、この心理法則を使って、『今、バトロワに参加しなきゃ損』と思わせて煽る必要があったんだよ。ここで変に余裕を持たせたら、興味本位で集まって来ていた連中の興味がなくなっちまうし、俺達に対抗して妙な事をやる連中が出て来ないとも限らない。それを防ぐ為に、とにかく急いで人集めて、募集を締め切る必要があったんだよ」
「なるほどなぁ」
刹那は、また一つ賢くなった。
「俺のやり方に、賛否両論はあるだろう。だがね、どんな優れた製品や、どんなに優れたサービスでも、全ての人間を百%満足させる事は不可能なんだよ。どんなに頑張っても、一割どころか三割は文句を言い出すのが常だと思う。それに、基本的に人は文句がある時しか声を上げないから、そいつらクレーマーの声を聞いていると、不満が無くて黙っている多数の人達に対して改悪になる場合が多いんだ。多くの企業がクレーマーを無視するのは、上記の理由を経験的に知っているからだよ」
「言われてみればそうだな。クレーマーに限って声が大きいし、その上、ピント外れなクレームばっかりだもんな」
真太郎の言い分を聞いた刹那が、ふむふむと納得する。
「いずれにせよ、100%の満足は有り得ない。ならば、自分達が考えうる最善の策を最善を尽くしてやるだけだ。今の危機的状況も理解出来ずに、無駄に吠えて噛みついて来る馬鹿な外野の事など構っていても意味はない。それどころか、有害だ」
一見、その場のノリだけで動いている風に見える真太郎だったが、断固たる決意をもって事に挑んでいたようだ。
「そこまで意気込んでいたのなら、もう何も言うまい。だがな、こんな大事な事を身内である俺に隠していたのは良くないぞ」
仲間外れを嫌がった刹那はそんな事を言うと、少しむくれ顔で真太郎に迫った。
「それは悪かったね。次からは気を付けるよ」
「うむ。分かればいいのだ」
真太郎を改心させた刹那が、満足げな顔をする。
だが、次の瞬間、満足げな顔が一瞬にして恐怖に凍り付く。
「ヒィッ!」
突然、刹那が可愛げな悲鳴を上げて小動物の様に物陰に隠れた。
「どうした?」
刹那の視線を追ったみんなが、窓に目をやる。
すると、窓ガラスに何者かがバン! と張り付いた。
「み~つけたァ~❤」
ホラー映画のモンスターみたいな感じで突然現れたのは、さくにゃんだ。
「「「ヒィッ!」」」
「おいっす~☆ 突然窓から登場っ! 失礼しマンモス♪」
80年代ギャグみたいな事を言いながら、さくにゃんが窓から乗り込んできた。
「バ……ババア! 何しに来たんだっ!?」
さくにゃんのホラー過ぎる登場にビビるあまり、刹那は小動物の様に毛を逆立てて威嚇してしまっている。
「…………」
しかし、さくにゃんは刹那をガン無視した。
だって、ババアじゃないから。
「さ、さくにゃん……何をしに来たんだい?」
勇敢なアダーが怯えながらも、突然襲来したさくにゃんに質問をぶつける。
「バトルロイヤルに、あたしも参加するよっ! ほれっ☆」
さくにゃんはそう言うと、バトルロイヤルの申込用紙をアダーに突き付けた。
「そ、それはありがたい。ガッツリ盛り上げてくれたまえ」
時間切れだから受け取れない、などとは口が裂けても言えないアダーだった。
「おうよっ! ところでぇ~……優勝したら、男の子たちになんでも言う事きかせられるってホント?」
「関係者でありながら、不純な動機で参加してるのっ!?」
さくにゃんがゲスな下心をモロ見せするなり、みこが驚愕した。
「まぁ、一応。バトルロイヤルのルール上、敗者は勝者の言う事を何でも聞くっていう事になっているから、さくにゃんが望めばそれもありだよ」
アダーが引き気味に答えると、さくにゃんがその瞳を獰猛に輝かせた。
「よっしゃあッ! 選手宣誓ぇぇぇーっ! 四十田さくら子・十七歳独身! 青春の思い出に、逆ハーレムを作るぞ、オラァーッ!」
やる気になったさくにゃんが、野望をたぎらせながら拳を天に突き上げる。
「こんなに正々堂々とした下衆な選手宣誓は、初めて聞いたよ」
さくにゃんの吹っ切れ具合にうっかり感心してしまったアダーが、素直な感想を漏らす。
「何が十七歳だ! 貴様みてーな突き抜けたババアが、十七の訳ねーだろッ!」
しかし、反抗期盛りの刹那は一種独特のさくにゃんのノリに付いて行けず、思わずシャーっと荒ぶった。
「あたしみたいにピチピチで可愛い十七歳が、ババアの訳ねーだろっ! 死ねッ!」
躾けに厳しいさくにゃんが、無礼な刹那を叩きのめす。
「へぶぶぶぅーっ!」
「子供相手に本気でキレるなんて、さくにゃんさん頭おかしいよ……」
登場早々、暴虐の限りを尽くすさくにゃんを目の当たりにしたみこは、ガクブルが止まらない!
「おうふ……このリアルさくにゃんは、まるでババアになってしまったアイドル声優みたいな感じでござる。顔はババアなのに、声だけ可愛くてゾッとする異形の存在でござるよ……」
ろくでもない感想をイナバが漏らすなり、アダーがすかさず誤魔化しに入る。
「何を言う! さくにゃんは声が可愛いだけでなく、顔も美人だし、おまけにスタイルだっていい、『大人のお姉さん』ではないか! あの面食いの板垣さんが、臆面もなくはしゃぐぐらいなんだから『美魔女』と言っても過言じゃあないぞっ!」
アダーの言う通り、さくにゃんは黙っていれば、それなりに美人ではあった。
「このキモオタがッ! 誰がババアだ! 一回死んで来いやァァァーッ!」
「ござ無慈悲ーッッッ!」
だが、さくにゃんは決して黙る事は無いし、乱暴狼藉を働きまくるので、傍目には、ただのキチガイババアにしか見えなかった。
「さ、さくにゃん殿は……まごう事なき美魔女でござるよね……」
辛うじて死を免れたイナバが、命乞いのような言葉を漏らす。
「んなことぁ、テメーに言われるまでもなく知ってんだよッ、ビチグソがァッ!」
しかし、さくにゃんは決して許さずに、トドメの一撃を叩き込んだ。
「でも、ゲームの容姿が反映されるこの世界において、ロリっ娘だったさくにゃんが、あそこまで大人びた見た目になるとは、一体どういう事なんだろうね?」
そんな素朴な疑問をアダーが口にすると、真太郎がおもむろに口を開いた。
「なつき先生、紅の豚というアニメを知っていますか? あの主人公は、過去の業かなんかで、なんやかんやあって人間から豚になりました。それと同じで、さくにゃんは過去の業で、ゲーム時代の可愛いロリっ子の姿から、今のエグいババアの姿になったんですよ」
ろくでもない解説を真太郎がするなり、さくにゃんが修羅の顔つきをした。
「……誰がババアだって? あたしに今すぐ謝んなさい! ごめんなさいって!」
真太郎に詰め寄ったさくにゃんは、完全に殺し屋の目つきしていた。
ここで謝らなければ死ぬ……ッ!
そんな本能的恐怖を感じた真太郎が即座に謝る。
「ご、ごめん……なさい」
一瞬のミスが命取りになる為、真太郎はさくにゃんの一挙手一投足に注意を払いながらおどおどと謝った。
「キュン❤」
すると、そんな真太郎の怯える姿を見たさくにゃんの顔が、何故か恋する乙女の顔つきに変化する。
「やだ、この子! かわいいっ!」
下手に怯えながら謝った事が、さくにゃんの母性を刺激してしまったみたいだ。
母性に目覚めたさくにゃんが、真太郎に飢狼の眼つきで飛びかかる。
「ヒィィィーッ! どっちにしろロクな事にならなかったーっ!」
真太郎がこの世の終わりみたいな顔で逃げ出すなり、アダーがさくにゃんを止めるべく一計を案じた。
「さくにゃん! そろそろ食事にするのだけれど、一緒に食べていくかい?」
正攻法で止めたら自分も殺されると本能で察したアダーが、絡め手を取る。
「あら、素敵なお誘いねっ☆ 丁度、お腹が空いてたし、ごちそうになっちゃおうかなっ♪」
エサに喰いついたさくにゃんが、真太郎に定めていた狙いを外した。
それを見るなり、アダーがほっと溜息をつく。
「じゃあ、今から支度するから、さくにゃんは席に座って待っててくれ」
「は~い❤ どっこらセックス☆」
さくにゃんが、しょうもない下ネタを言いながら、真太郎の膝の上に腰を下ろす。
「真太郎の膝の上じゃあないっ!」
「またこれかよっ!」
前回の悪夢が再現されるなり、真太郎が荒ぶった。
「いやん❤ 心の底から嬉しい癖にぃ~☆」
だが、一応女であるさくにゃんに接近されたせいで、不覚にもドギマギしてしまう。
というのも、女の子特有の甘い香りが――
「しないっ! つか、くっさ! このババア、酒くっさッ!」
どうやら、さくにゃんは既に一杯やっていたようだ。
「ぷしゅー。男の子と一緒に飲む酒は旨いのぉ~☆」
「このババアよく見ると、小脇に酒瓶抱えてるじゃねーかっ!」
というか、現在進行形で酒を飲んでいた。
「あ、一服していいかにゃ?」
さくにゃんはそう言うと、みんなの了承も取らずに勝手に葉巻を吸い出した。
「どこから煙草をっ!? アンタ、そんなもんをどこで手に入れてんだよっ!」
「あたしをレイプして来ようとしたクソ野盗を皆殺しにしたら、手に入ったよ」
恐ろしい事を何気なく答えるさくにゃんだった。
「はぁ!? 何人知れず野盗を壊滅させてんだよっ!」
「ぶっはぁー! 煙草超うめぇぇぇ~っ!」
「くっせ! ババア、煙草なんか吸うんじゃねーよっ!」
復活した刹那が、盛大に煙を吐き出すさくにゃんに食ってかかる。
「このあたしが臭いだと……? 死ねや、クソガキッ!」
「ぎゃぼー!」
しかし、一瞬でぶっ飛ばされてしまった。
「あと、キモオタッ! テメー、さっきからあたしをちらちら視姦してんじゃないわよっ!」
「完全なる誤解でござるゥゥゥーッ!」
完全にとばっちりを喰らったイナバが、壁を突き破ってどっかに吹っ飛んでいく。
「素手で殴っただけなのに、二人のHPが一瞬で一ケタにっ!? さくにゃんさん、強すぎィーッ!」
鬼かと思わんばかりの剛腕さを発揮するさくにゃんに、みこは驚愕が止まらない。
「さくにゃんは、信じられないぐらいロリ可愛いのに、悪鬼羅刹のごとく凶暴。ゆえに、『残酷な天使のさくにゃん』、『死神ロリータ』、『いきなり殺してくる奴』などと恐れられた勇ゲー界の最凶アイドルや。ガキとキモオタなんぞ、瞬殺やで……!」
真太郎は恐怖体験の連続のせいで、すっかり頭が混乱していた。
「やめてくれぇー! あの時のロリ可愛いさくにゃんに戻ってくれぇぇぇーっ!」
ござる口調も吹っ飛んだイナバの迫真の叫び声は、まさに魂の咆哮だった。




