第17話 舌戦終了、勧誘成功
「その自主性と自由を重んじる精神は、実に素晴らしい! それには私も、諸手をあげて賛同いたします」
反撃を始めた真太郎がにこやかな笑顔を浮かべて、心からの賞賛をアキトに送る。
「ですが――」
しかしすぐさま、真顔になってアキトの言葉を否定しにかかった。
「それは強者の言い分です。ここには、ゲームを始めたばかりで右も左も分からない初心者や、低~中レベルで装備も貧弱な人が少なくない数存在しています。彼らに、自力で身を守れと言うのは、あまりにも酷でしょう。彼らは、我々のような大ギルドが率先して保護しなければならない存在だ」
(アキト君が高レベを仲間にするならば、俺は低レベを仲間させてもらう!)
今の状況は、既に強者はバトロワに参加しており、残っているのは、少数のひねくれ高レベル層と大多数の低~中レベル層という事になるのだから、誰を味方にすればいいかは一目瞭然だった。
「オメーらの保護なんて必要ねーんだよっ! つか、なんだその上から目線は? 何様だよ! ルーキーも低レベも、自分で強くなるからいいんだよっ!」
「それは、彼らが決める事であって、アナタが決める事ではありません。アナタの言葉は、安全地帯から発せられる残酷で意地悪で無慈悲なポジショントークですよ。この状況で自己責任と自助努力を強いるのは、あまりにも優しさと配慮に欠ける。それを本心から言っているとすれば、アンタは最低の人でなしだ!」
真太郎はアキトにキツイ言葉を浴びせると、おもむろに聴衆に目をやった。
「ひょっとしてですが、彼に賛同する人とかいるんですか? 明らかに一致団結しなければいけないこの状況で、低レベルの人達を切り捨てるなんて事言っているんですよ? まともな考えを持っていたら、そんな事は冗談でも言えないですよね?」
真太郎は聴衆たちの良心と罪悪感を刺激する言葉を吐くと、先程アキトに賛同した連中に視線をやった。
痛い所を突かれたのか、多くの人が黙って下を向くか目を逸らすだけで、反論して来る奴はいなかった。
「ですよね。彼の言葉は、あまりにも独りよがりで残忍過ぎますよね。今の我々に最も必要なのは、レベルの高低やギルドの規模を度外視したこの街全員の助け合いだという事は、自明の理ですからね。この街で最大勢力の我々は、率先して弱い人達を保護しなければならない。それは考えるまでも無く、人間として当然の思いやりと優しさです」
真太郎がそう言うと、アキトに賛同していた連中が、心変わりを起こして納得した風な顔をする。
そして、アキトへの賛同を止めた。
「みんなで協力しなきゃなんない状況で、レベルとか関係ないしな」
「魔王討伐軍が低レベ救済に乗り出すのか……?」
「助かった! もう一人は限界だったのよ……!」
アキトをダシにする事によって、彼を聴衆にとっての仮想敵にし、自分を聴衆にとっての味方と思わせた真太郎だった。
(はい。これで、アキト君の仲間は一気にいなくなりました、っと。リアルの舌戦は、揚げ足取りに始終して口汚く罵ってればなんとかなるようなものじゃないのよ。ネットと違って顔が見えるんだ、安い悪意だけじゃ人心を動かす事は出来ないぜ)
アキトの取り巻きを排除して話をしやすい雰囲気を作った真太郎は、会話の主導権を自分に取り戻す事に成功した。
主導権を取り戻すなり、真太郎が早速攻撃を開始する。
「大体、この世界は元いた世界と違って、生存が極めて困難な場所なんだ。競争よりも協調が必要とされるってのは、誰にだって分かる事です。弱者の排斥という非人道的な考えは捨てて頂きたいッ! 自分さえ良ければ、他の人間が辛い思いをしてもかまわないなんて言うのは、本気で馬鹿……いや、卑劣で残虐な下衆野郎としか思えないッ!」
真太郎はアキトを一喝すると、その他のプレイヤー達に目を向けた。
「彼に賛同の意を示していたその他の皆さんも、先程からだんまりのようですが、皆さんも自分だけが安全ならそれでいい、とか高を括っていると、痛い目を見ますよ。いいですか? ここは日本でもなければ、地球ですらないんです。街を一歩外に出れば、敵意剥き出しで容赦なく襲いかかって来る化け物共が、うようよいる危険な場所なんですよ! それをお分かりかッ!?」
真太郎は集まった連中に、この世界の怖さを強く想起させて一気に話に引き込む。
「我々の今の状況は、よくある異世界トリップものみたいにお気楽な状況じゃあなんです。ハッキリ言って、いつ死んでもおかしくない危険な状況なんですよ。こんな事は既に一週間も家に帰れない状態で憔悴しきっている皆さんには、言わなくても良い事ですよね?」
真太郎がそこまで言うと、アキトが野次を飛ばして来た。
「だから、どうしたッ! 俺達は戦う術が無い状態で異世界に放り込まれた訳じゃねー。俺達はみんな、最強の力を持った勇者だぞっ! ゲーム風の異世界で、俺TUEEEE出来るんだ。オメーらみたいな連中に、つべこべ言われる筋合いはねーんだよっ!」
アキトがそんな身勝手で子供じみた事を言うなり、真太郎はしばし黙った。
(良い所で邪魔して来るなぁ~。もうこいつを排除しようとするよりも、利用する方向で話を持って行こう)
言葉の応酬が面倒になって来た真太郎は、対アキトの方策を転換する。
「アナタの言う通り、確かに我々はゲームの時と瓜二つの強さを持っています。ですから、我々は一致団結すれば、この絶体絶命とも言える状況を、きっと乗り越える事が出来るでしょう。その為に、我々『魔王討伐軍』は、ゲーム時代に既に構築されていた組織を利用して、この状況に立ち向かおうと思います」
アキトの言葉じりを叩き潰すのではなく、むしろ逆に利用して自分の話に持って行った真太郎は、そのまま話を一気にまとめにかかった。
「今回のバトルロイヤルは、強いリーダーを決める事と一緒に、在野の有力プレイヤーの団員スカウトも兼ねています。今の状況を変えたいと願う人は、是非参加してくださいっ!」
真太郎が誠実な言葉を並べて、バトルロイヤルの参加者を募る。
しかし、アキトの言葉が悪影響を及ぼしたのか、最初のように参加者があらわれる事は無かった。
(罵声と批判の区別もつかん良識の無い馬鹿は思ったより少なかったが、我関せずの日和見主義者は思ったより多い感じだなぁ~。これはマズいね)
予想外の状況が発生するなり、真太郎がアダーに目配せした。
「ちょっと、そこのお姉さん! 黙って見てないで、助け舟を出してくださいよ!」
「仕方ねーな。頼りねー、バカタローを助けてやるか……」
真太郎の救援要請に対して、何故かアダーではなく刹那が応じた。
きっと、このまま何もしないで役立たず扱いされるのが、嫌だったのだろう。
「やれやれ、詭弁ばっかりいっちょ前で、肝心な所で役に立たない世話の焼けるガキだぜ」
真太郎の助っ人に入った刹那が、ぴょんと机の上に飛びに乗る。
「おいこら、どうしたーっ!? テメーら全員、筋金入りのネトゲ廃人だろうがっ! こんな面白そーなイベントを前にして、何しけた顔してんだよっ!?」
何を思ったか、刹那は突然、聴衆を煽り出した。
「いいか!? ここでのお前らは、リアルでのしょっぱいお前らじゃねー! ゲームをしている間は、クソみたいなしがらみに満ちたリアルから解放され、男も女も、リア充もキモオタも、貧乏人も金持ちも、どいつもこいつも、ゲームを通して全ての人間が勇者に変わるんだっ! 違うかっ!? テメーら、もっと熱くなれよっ!」
「いきなり出て来て、なんだテメーはっ!?」
演説を始めた刹那に対して、アキトが野次を飛ばす。
「黙ってろ、クソPK野郎がっ! テメー、どの面下げて俺の前に出て来てやがんだ! お前に殺されかけた事は、まだ忘れてねーし、許してねーんだからなっ!」
可愛げな女の子である刹那が、『PK』と『殺されかけた』という物騒な言葉を発するなり、聴衆たちがぎょっとした顔で一斉にアキトを見た。
「あいつ、PKかよっ!」
「あんな小さな女の子を襲ったのっ!?」
「サイテー野郎じゃねーかっ!」
真太郎が言えば、苦し紛れの罵声に聞こえたかもしれないが、可愛いメイド服を着た美少女の刹那が言えば、同じ言葉でも聞き手に与える印象は全く違ってくる。
(俺を冷かしていれば良かっただけのPK野郎が、チュウの一言で一転して自分が冷やかされる立場に回ってしまったな。安全地帯から罵声を浴びせて喜んでいるような卑怯もんが、こんな事になったら大変だぞ~)
一転してピンチに陥ったアキトを見た真太郎が、人の悪い笑顔を浮かべる。
「は、はぁ~っ!? 俺がPKだと? いい加減な事言ってんじゃねーぞっ!」
アキトが慌てながら反論するなり、時計塔から重兵衛が出て来た。
「あーっ! クソPK野郎にゃ! お前、また重兵衛を襲いに来たのかにゃッ!?」
超絶可愛い猫人の重兵衛は、名うての商人プレイヤーとしてばかりでなく、超絶萌えなゲーム実況者としても、勇ゲープレイヤーから絶大な支持を得ていた。
そんな重兵衛が、アキトに襲われたと言った瞬間、彼の反論は一瞬にして掻き消えてしまった。
「テメー! みんなのアイドル重兵衛ちゃんに何してんだ、ゴラァ!」
「あんな可愛い猫人を襲うなんて、信じらんないわっ!」
「とんだクズ野郎じゃねーかッ! 俺がぶっ殺してやるッ!」
それどころか、みんなのアイドル重兵衛に手を出したという事で、超絶ヘイトを集めてしまう。
「は、はぁ!? オメーら何言ってんだよ! あいつらの話なんて信じんなよ、俺がPKの訳ねーだろっ!」
PKであることがバレて激しく動揺するアキトの後ろで、聴衆たちが騒ぎ始める。
「あの慌てよう……あいつ、マジでPKなのかよ!?」
「なんでPKが、わたし達の中に紛れ込んでんのよっ!」
「つか、高レベでも襲われんのかよ。この街の治安悪すぎだろっ!」
(うろたえてる、うろたえてる。どいつもこいつも、動揺してゆらゆらのグラグラだ。しかし、チュウの煽りに続いて、タイミングよく重兵衛ちゃんが出て来てくれたのが、ラッキー過ぎる。このPK騒ぎに乗じて、一気に話をまとめちまおう)
思いがけない助っ人に助けられた真太郎が、舌戦に決着をつけにいく。
「我々は、子供やか弱い女性にすら手を出す悪質なPKの増加を懸念しています。ゆえに、一刻も早くこの世界に平和と秩序をもたらす為、魔王討伐軍を再編したい! だから、魔王討伐軍のリーダーの選定に時間をかけてはいられないのです! バトルロイヤルへの参加申し込みは、『今日の日暮れまで』とさせてもらうっ!」
PK騒ぎに聴衆が動揺している所に、危機を煽るような言葉を投げかけ、同時にバトルロイヤルの参加申し込みに時間制限を突き付ける。
刹那のゲーマーの誇りを刺激するような煽り。
女の子を襲う凶悪なPKが一般プレイヤーに紛れている、という恐ろしい事実。
重兵衛のような高レベルプレイヤーでも襲われるという危険な状況の露見。
この三つの危機の提示により、聴衆は本気で現状を変えなければいけない、と思うようになり始めてきた。
そんな所に真太郎が、この街の最大勢力である魔王討伐軍のボスなれるチャンスと、負けてもスカウトで魔王討伐軍の構成員になれるチャンスを提示して、バトルロイヤルに参加するインセンティブを高める。
加えて、時間制限をかける事で、悩んでいる連中の尻を叩くのも忘れない。
「さぁ、日暮れが近づいてきましたよ! 申込みの締め切り時間は、もう間もなくですっ! 参加希望の方は急いでください! 『ここで参加を逃したら二度とバトルロイヤルには参加できません』からねっ!」
ここまですると、先程まで乗る気でなかった聴衆が、またちらほらとバトルロイヤルに参加を表明し始めた。
(世の中の大半の人間は、通常の状態でさえ、情動や環境に流されているだけで、強固な意志や明瞭な思考というものは持ち合わせていないんだ。今みたいな渾沌とした状態ならば感情をちょっと揺さぶってやれば、こんなもんよ)
アダーの英才教育のせいで無駄に心理学に詳しい真太郎は、心理操作に妙な才能を発揮しているようだ。
「こんなに小さな女の子と可愛い猫ちゃんも、今の状況を変えようと必死になっているのです。大人の皆さんは、当然、子供達だけに苦労を背負わせるなんて大人気ない事はしませんよね?」
真太郎がここまで言うと、アダーが続いて語り始めた。
魔王討伐軍の代表者が出て来た瞬間、聴衆たちが一斉にざわつく。
「我々は、今の困難な事態に立ち向かうために、ゲームとリアル双方の知見を備えた貴方の才能と能力を強く必要としています。我々と共に今の絶体絶命の状況に立ち向かってくれる心意気のある方は、是非バトルロイヤルに参加してくださいっ!」
アダーは威厳と誠意のある言葉遣いで、聴衆に対して訴えかけた。
「「「はいっ! なつきお姉様っ!」」」
彼女が呼びかけるなり、ポム・アンプワゾネの女の子達が、一斉に参加を表明する。
「ふぁっ! 美少女たちが大量参加だとっ!?」
「すわわ! 美少女だらけのバトルロイヤル開催ッ!?」
「あんなイケメン美女に頼まれたら、参加せずにはいられないわッ!」
大量の美少女達の参加表明を目の当たりにするなり、最後まで参加を見送っていた連中が、男女問わず滑り込みで参加を決めた。
「ナイス助っ人です、なつき先生!」
「どんなイベントも女性の参加者が増えれば、男はそれに釣られて勝手に増える。これぞ、集客の基本ってやつさ」
頼りになるアダーの助力により、真太郎はこの場にいるほぼ全ての聴衆をバトルロイヤルに引きづり込む事に成功した。
(とりあえず、こんなもんか。バトロワは全員に『参加』して欲しいけど、全員に『参戦』は求めてないから、ここら辺で煽るのは止めていいかな。あとは、締め切り時間まで好きにさせよう)
大方の参加者を集めて目的を達成した真太郎が、満足げに頷く。
そんな彼が、ふと視線を落とすと、アキトと目が合った。
「あれ、まだいたんだ。君はどうする? 参加するかい? PKだって、構わないぜ。君がしょうもない茶々を入れてくれたおかげで、上手い具合に演説が盛り上がったからね。そのお礼として、今までの無礼は不問にしてあげるよ」
「ざけんな! クソヒーラーが上から物申してんじゃねーぞっ!」
アキトが毒づくなり、刹那と重兵衛が彼に襲いかかった。
「ざけんな! は、こっちの台詞だ馬鹿野郎! 昨日の借りを返してやるぜっ!」
「このPK野郎! この柳生重兵衛が成敗してやるにゃんっ!」
先だってアキトを良い所で逃がしていた刹那と重兵衛が、リベンジを果たそうとして獣のように荒ぶりだした。
「クソ! テメーら覚えてろよ!」
衆人環視の中で戦うのはマズいと判断したアキトが、慌てて逃げ出す。
「あっ! また逃げたにゃ!」
「待ちやがれ、このクソ野郎っー!」
復讐に燃える重兵衛と刹那が、慌ててアキトの後を追う。
だが、群衆の中に上手く紛れたアキトを、またもや逃がしてしまったようだ。
「クソ! また逃がしちまったっ!」
「ムッカつくにゃん! あいつ、バトロワに引き込んでフルボッコにしたいにゃん!」
猫人の重兵衛が怒りのあまり、獣らしい側面をチラ見せする。
「あれ? 重兵衛ちゃん、戦いは嫌じゃなかったの?」
「仇討ちは話が別にゃんっ!」
猫らしく気紛れな重兵衛がそんな事を言う。
「気紛れだなぁ」
肩をすくめる真太郎が、参加申込者でごった返す受付窓口に目をやる。
そして、にんまりと笑った。
「バトロワ、勧誘ミッション。一丁上がりっ!」




