第3話 話はこじれるし、あいつは帰るし、話し合いは大変だ
「ここでの話は、この街にいる全ての人に関わる問題なのですわよっ! 指導層は民主主義に則り、国民総選挙で選出するべきですわっ!」
正義感に溢れるエリーゼが縦ロールの金髪を振り乱して騒ぐなり、アダーが面白いものを見つけたような顔をする。
「ほぅ。女の子だけでまとまる、という考えから随分と進歩したじゃあないか」
「それがベストなのは、今も変わりませんわ。ですが、こうなってしまった以上、ベターを選ばなければなりません。ですから今すぐに、この街の全プレイヤーを集めた総会議と、それに付随する選挙によって、今後の方針を決めるべきですわっ!」
エリーゼは金髪を振り乱してそう喚くと、ズビシッ! とアダーの顔を指さした。
「明日にも魔王が攻めて来て戦争になるかもしれないという状況下で、三万人で仲良く民主主義ごっこなどやっていられないよ。人は大きな船と勝ち馬に乗りたがるものだから、ここにいるボクらさえまとまればいいんだよ。人間ってやつは、一度、大きな流れや場の空気みたいなものを作ってしまえば、それに自動的に従うものだからね。だからボクらが、その流れを作って迷える人々を導くのさ」
銀髪をかき上げるアダーが、自信たっぷりに言う。
「馬鹿おっしゃいっ! 貴女の妄想通りにいく訳がないでしょうっ!」
「果たしてそうかな? ここに来る途中で街の人々を見ただろう? 彼らは一人残らず、『皆が絶望して何もしないから、ボクも私も、絶望して何もしないでいていいんだ』といった負の同調圧力という場の空気に従って、ただ闇雲に不安に駆られ、絶望と戯れ、自分からは何もせずに、ただただ助けを待っているだけじゃあないか」
ニヒリストなアダーがひねくれた事を言い出すなり、エリーゼがすぐさま食ってかかる。
「賢い自分は人とは出来が違うから愚かな大衆を導いてやる、とでも言うつもりなのかしら? 傲慢になるのも大概にしなさいっ!」
「ボクは、ボクが出来る事を出来る範囲でしようとしているだけだよ、傲慢になどなってはいないさ。それに、ボクは支配や搾取がしたい訳ではないよ。ボクが望むのは平和と共存なんだからね。偽りの民主主義よりも素晴らしい自由を約束するよ」
アダーはクールにそう言って銀髪をかき上げると、ヒステリックに喚きたてるエリーゼをどこまでも軽やかにいなした。
すると、退屈そうに話を聞いていた斬人が、おもむろに口を開いた。
「クッソ辛気臭せーが、少なくとも街は平和で、それなりに棲み分けが出来てるぜ? デカいギルドや名の通ったギルドに所属している連中は、ちゃちな小競り合いなんてせずに、空気を読んで大人しくしてるからな。暴れ回ってんのは、空気の読めねー少数の思い上がった馬鹿共だけだ」
「斬人君、それは平和とは言わず、拮抗状態というのだよ。キミの言う平和とは、有力ギルドがお互いに牽制し合って表面上の平穏を保っているだけの状況の事だ。ボクの言っている平和と共存とは、ちょっとした刺激ですぐに壊れる危うい均衡なんかじゃあなくって、恒久的な安定状態の事を言っているのだよ。分からないかな?」
クール過ぎるアダーの物言いに、馬鹿にされたような気分になった斬人が険しい目つきをする。
「恒久的な安定状態ねぇ~……。俺達は、高レベ揃いの戦闘系ギルドだ。喧嘩売ってくる奴も、歯向かって来る奴もいない今の状態は、十分に平和なんだよ」
斬人はどこかぶっきらぼうに吐き捨てると、おもむろに席を立った。
「シンタローの誘いだから、つまんねー事にはならねーと思ってわざわざ来てやったが、訳の分かんねーぐだぐだトークを一方的に聞かされるだけで、ちっとも面白くねー。まぁ、テメーが仕切ってんなら当然だがな、腹黒おしゃべり策士のアダーさんよ?」
何を思ったか、斬人は喧嘩腰で席を立つと、そのまま部屋を出て行こうとした。
「正直な所、この街で最強の俺達にとっちゃ、街が平和だろうが戦争状態だろうが、大して変わりはしねーんだよ。俺達に喧嘩売って来る馬鹿がいたら、そいつらを全力で叩きのめせば、それだけで平和になっちまうんだからなッ!」
斬人は威勢のいい捨て台詞を吐くと、手下を連れて部屋を出ていった。
「たのしーたのしー学級会がしたきゃ、俺達抜きでやりやがれ。悪りぃが、利口ぶったガキのお遊戯には付き合えねぇな。じゃあな、お茶ごっそさん」
会談を投げ出して勝手に帰り出す、という斬人の行動を見た参加者達が、俄かにざわめきだす。
「えっ? 斬人、どこ行くにゃ!?」
特に重兵衛は、誰よりも動揺しており、明らかに顔が恐怖と不安で青ざめていた。自分がギルドをまとめようとして失敗した光景と重なっているのだろう。
(やっぱ、大手ギルドの連中は、力に物言わせて我儘に振舞っちゃうよなぁ。規模もデカいし、何かと実力があるから、止められる奴がいない訳だしさ。ゲーム時代も、それなりに大きな顔をしてたし、この世界でもそれが当然だと思ってんだろうなぁ。あー、やだねぇ~。ヤンキーはすぐ力に物言わせんだもん)
会談を一方的に放棄した斬人の不遜な振舞いを見て、真太郎が呆れ顔を作る。
「おい! 斬人クン、待ちたまえっ!」
「知るか。アダー、勘違いすんなよ。俺はシンタローに呼ばれて来たんだ、テメーじゃねぇ! テメーの指図なんか受けねぇ、俺はギルドハウスに帰る。あばよ!」
制止するアダーの顔を見もせずに乱暴に一蹴した斬人が、扉に手をかける。
すると、それと同時に真太郎が口を開いた。
「ギルドハウス……つーか、帰るべき街が残ってればいーけどねぇ~」
「あん?」
真太郎が妙な事を言い出すなり、斬人が足を止める。
「あれ? 忘れちゃった? 昨日、話したでしょ? 街が壊されると俺達は死んでも復活できなくなっちゃう、って話」
「そりゃゲームでの話だ。この世界がそうだとは限らねーよ」
くだらん、と言った具合に斬人が鼻を鳴らして、真太郎を一蹴する。
「果たしてそーかな? 実は昨日、『ポム・アンプワゾネ』の召喚士の子に、ゲームで魔王軍にやられて廃墟になった南のプレイヤータウン『ダクシン』に召喚獣を飛ばして貰ったんだけど……どーなってたと思う?」
真太郎が、斬人の出方を窺う目つきで尋ねる。
「知るか、馬鹿」
斬人が一蹴するなり、真太郎がマジな目つきをする。
「ゲーム通り、廃墟があったよ」
「何?」
真太郎の思いがけない発言には、斬人のみならず他の参加者達も訝しげな顔をする。
「おやおや~? 『渾沌騎士団』は戦闘系ギルドなのに、戦場の情報を得ていないのかなぁ? この世界に来てから、もう一週間だよ? この世界の地図は作成していて当然だよねぇ? 紅さんにエッチな事をしてやろうって事ばっかり考えてて、やるべき事をしなかったんだねぇ~」
「このほら吹き野郎がッ! いい加減な事を言うんじゃねェーッ!」
真太郎がいじるなり、斬人が分かりやすく焦る。
「まぁ~、パニックと武器と逃げ場がない状況が組み合わさって、かつ目の前にセクシーな女の子がいれば、誰だって良くない事を考えるのは当然だけどさぁ。他にやる事ってもっとあるんじゃあないのかなぁ~?」
完全に嫌な奴の顔つきの真太郎が、ここぞとばかりに斬人をいじり倒す。
「うるせぇ、黙れッ!」
痛い所を突かれた上、皆の前で恥をさらされた斬人が、キレて剣を抜いた。
「別に黙ってもいいけどさぁ~。俺が黙った所で、斬人くんの破廉恥な悪行は消えないし、南のプレイヤータウンがゲーム同様に廃墟になっている事実も消えないよ~?」
真太郎はここで一旦、口を閉じると、斬人の目をじっと見つめた。
「この世界でも、『プレイヤータウンの消滅がある』っていう事実のヤバさが分かってるのかい? 一見、不死身と思われる俺達だが、結局の所は元いた世界と同じで、何かあれば死んじゃうって事だよ?」
「だから、どうした? 魔王共が攻めてきたらぶっ殺せばイイだけだ」
真太郎の問いかけに対して、斬人が強気な返答をする。
「たかだか千人程度で、レイドボス揃いの魔王軍と戦うつもりかい? 魔王軍だけじゃない、この世界のモンスターのほとんどは魔王の配下だ。街の外に一体何体のモンスターがいると思っているんだい? 他にも未知の敵がきっといるはずだ。何億匹もいるかも知れない敵相手に、どう戦うつもりなんだい?」
「何がどんだけいようが、かんけーねぇ! 俺達は最強だ! 敵は皆殺しにしてやるだけだッ!」
ヤンキー特有の喧嘩っ早さを発揮する斬人が、凶暴な光をその目に宿す。
「確かに斬人君は最強かもね。この世界は、勇ゲーでのステータスがそのまま反映されているから、今の斬人くんは、人間離れした力を持ったスーパーヒーローだもんねぇ~」
真太郎は斬人をおちょくると、不意に真顔になった。
「でも、『無敵』でもなければ、『不死身』でもない。攻撃されれば当然、怪我をするし、痛みに悲鳴を上げる。一度戦いに勝ったとしても戦いを続ければ、心と体の疲労で動けなくなる。おまけに当たり前のように腹が空くし、食えば今度は眠くなる。勇ゲー風異世界の俺達は、リアルでの俺達とまったく変わらない」
「さっきから、グダグダうっせーぞッ! テメーは何が言いたいんだッ!」
真太郎お得意の思わず聞く耳を立てたくなる話術に引っかかって足を止めた斬人が、じれるあまりその場で声を荒げた。
「俺達はゲームの登場人物じゃねー、ゲームのプレイヤーなんだよ。いくら最強の肉体を持っていても、根っこの部分は元いた世界の脆い人間のままなんだ。勿論、心もな。超こえー化け物相手に死ぬ気で戦って、自分が大怪我して痛い目に遭って、味方は次々死んでいく――そんな血と死が悲鳴と絶叫と共に飛び交う状況で平然と戦い続ける事なんて出来ねーんだよッ! 武闘派を気取るなら、戦闘の現実を知りやがれッ! 今はもうゲームじゃねぇんだよッ!」
まだどこかこの状況を甘く見ている節がある斬人に対して、絶対的脅威である魔王に殺された経験のある真太郎が、思わず声を荒げて一喝する。
「チッ。バカタローが、生意気言いやがって……」
真太郎の剣幕に気圧された斬人が、小さく毒づいて黙る。
そんな斬人に、真太郎は真顔で話を続けた。
「見たい物だけ見て、認めたくねぇ現実を無視する事は簡単だろうよ。だがな、現実を見なかった結果を無視する事は出来ねーんだよ。テメーはギルマスだろ! テメーのその場の思い付きの行動で、ギルメン全員が危険に晒される事もあるんだ! よく考えてから動きやがれッ!」
真太郎は厳しい口調でそう言うと、斬人から他の参加者に視線を移した。
「この街には、今の所、法もルールも存在しない。もし、俺達が束になっても勝てない格上のモンスターが大群で街に攻めてきた場合、目も覆いたくなるような惨状が繰り広げられるだろう。モンスターが来なくても、今の状態がこれ以上長く続いた場合、ここにいる人間同士での欲望剥き出しの喰い合いが始まるはずだ。実際にPKが増えてるのが良い証拠であると同時に、これからの未来を暗示してもいる。嫌な話だがな」
真太郎は言い終わると、不意に顔から険を取って皆に笑顔を向けた。
「ま、こんな事は、俺が言わなくても、ここにいるみんなは分かっていて当たり前ですよね?」
そして、軽やかに話を切り替える。
「さて、現状の問題は、俺達プレイヤーにとって今の所、『法とルール』が無いと言う事だ。この世界では、今の斬人君や街で暴れているPK達みたいに、力に物を言わせてやりたい放題が出来てしまう。それってどうなの? って思いません?」
いつもの調子を取り戻した真太郎が誰ともなく尋ねると、カイリが口を開いた。
「それはよくねーって思ってるからこそ、みんながこうして雁首揃えて話し合いしてんだろ? つか仮に、俺達が一つにまとまったとして、どんな手段で治安を取りしまるんだよ?」
向こう見ずな斬人と違って理知的なカイリの質問に、真太郎は気を引き締める。
だが、カイリの質問には真太郎ではなく、百合子が答えた。
「『秩序の守護者』がいるわよ。戦闘行為禁止区域で戦闘を行なえば、『秩序の守護者』が、悪いプレイヤーをお仕置きしてくれて牢屋に閉じ込めてくれるわ」
おっとりとしたウィスパーボイスで百合子がそう言うなり、先程からずっと黙っていたテンテンが話に加わった。
「残念だけど、アレに期待しても無駄よ。アレは、『戦闘行為禁止区域内で戦闘をする』っていうアクションに対して、自動的に反応するだけの単純なシステムだからね。それにココだけの話、うちのギルメンの女の子が変態共に攫われた時、『秩序の守護者』は反応すらしなかったわ。多分、勇ゲーのシステムに則て動いているから、致死性の攻撃やスキルを使わない暴力行為には反応しないんでしょうね」
サラリと発せられたテンテンのとんでもない話に、女性参加者達がギョッとした顔をする。
「それに、この街にはアレを軽々ぶっ壊しちゃうとんでもない化け物プレイヤーもいるから、『秩序の守護者』は、決定的な抑止力にはならないわよ。この街に本当の意味で秩序を作りたければ、自分達自身で自分達を律する『ルール』と『自衛手段』を作らない限りは、多分無理ね。ま、それ自体が無理ゲーでもあるんだけどさ」
さくにゃんに酷い目に遭わされていたテンテンの言葉には、確かな実感がこもっていた。
「仮に、わたし達が一つにまとまり、組織を作って『ルール』を作ったとして、一体どうやってそれを皆に守らせるのかしら? システム的に破壊不可能な『秩序の守護者』をぶっ壊す超凶暴なプレイヤーもいるのよ? おしゃべりヒーラーと、ひねくれ王子様は、この会談の主催者なんだから、とーぜん誰もが納得する名案を用意しているのよね?」
いじわるなテンテンの投げかけた嫌味交じりの問いかけに、アダーが答える。
「この場には、オリエンスの街の住民の八割近くに影響を及ぼせるメンバーが集まっている。なので、この会談の参加者達による自警団を結成する事を提案する。そして、ルールに対する違反者には、我々の手でペナルティを与えよう」
「ペナルティって?」
「ルールの違反者に対しては、体罰や禁固刑などではなく、街からの強制退去を想定している。この際、違反者がこの街で一切の物品の購入と資金の移動を出来ないようにする事で、この街での滞在を極めて困難し、この街から自発的に出て行くように仕向ける。これにより、物理的な衝突を最小限に抑え、違反者の追放を出来るだけ穏便に済ませるようにする。ま、戦闘を挑まれたら当然、実力行使に出るけどね」
かなり現実的な策を考えていたアダーが自信ありげに答える。
すると、板垣がふっと鼻で笑った。
「アダー君。君ってば綺麗な顔して、なかなかにえげつないファシストだねぇ」




