第1話 やっとこさ開催! ギルド会談!
「それじゃあ、今から始まるよっ。朝から生ギルド会談ーっ!」
今日も、オリエンスの街では、ゲーム風異世界への転移という非常事態に巻き込まれた人々が、先の見えない恐怖と不安、そして絶望に蝕まれていた。
真太郎が今いるのは、そんな彼らを見下ろす事が出来る場所だ。
そこは、オリエンスの街の中央に存在する時計塔の最上階にある広大な会議室。
この会議室は、ゲーム時代に作った『魔王討伐軍』の会議で使っていた場所だ。
三十三階もあるこの巨大な時計塔からは、オリエンスの街が一望できる。
天井のステンドグラスから差し込む色鮮やかな光が照らしだすのは、フロアの中央に置かれた巨大な円形のテーブル。
そこに着席しているのは、真太郎がオリエンスの街を駆けずり回って招集した有力ギルドの面々だ。
三大ギルド『力』の『渾沌騎士団』――『龍殺し』斬人と、『紅蓮の君』紅。
三大ギルド『知』の『魔術結社JMA』――『大魔導師』板垣と、その秘書さっちゃん。
三大ギルド『美』の『ポム・アンプワゾネ』からは、『乙女の園の姫君』エリーゼと、『微笑の聖乙女』白鳥百合子。
『蒼天海賊団』からは、『海賊王』かなこクライシスと、その兄『白修羅』カイリ。
『飛龍忍軍』からは、『忍者マスター』服部忍蔵と、『双子くノ一』猿飛うきょうと、霧隠さきょう。
『インヤン飯店』からは、『魅惑の霊幻道士』テンテンとオカマパンダのジャスミン。
そして最後に、『獣人同盟』から、猫人達の総領『猫姫』こと、柳生重兵衛。
円卓に座ったのは、各ギルドのトップとナンバー2だけだが、誰しもが背後に数名の側近を立たせている。
そのせいかこの場は、穏やかな『会談』というよりも『睨み合い』と表現するべき剣呑な雰囲気になっていた。
そんな状況にあって、真太郎とアダーが場違いなほどにこやかに笑う。
「やぁ、みんな! 司会のアダーだよっ!」
「アシスタントのシンタローですっ!」
『名無しのギルド』からは、ギルド会談の発案者『美麗なる貴公子』アダーと、これらの面子を招集した『狂気の扇動者』真太郎が参加。
彼らは、ギルド会談の発起人として、この会談の司会進行を務めている。
「それでは、本日のお集まりのパネリストの皆様のご紹介ですっ!」
真太郎によって集められた面子は、彼らのちょっとした動き次第で、街の状況が一変するほどに強い影響力を持つギルドばかりだ。
特に『渾沌騎士団』、『魔術結社JMA』、『ポム・アンプワゾネ』の『三大ギルド』は、これらのギルドの行動次第で、オリエンスのプレイヤーの動向がいかようにも変化するといえるほどの強大な存在である。
『獣人同盟』と『インヤン飯店』は、三大ギルドに拮抗する組織力と資金力を持つ生産系ギルドの二大勢力。
戦闘力では三大ギルドに敵わないが、その資金力と政治力は、彼らの鶴の一声で勢力図が一変するとも言われる街の影の実力者たちだ。
『蒼天海賊団』は、前述の面々に比べれば規模は小さいが、それに余りある功績を挙げてきた実力派の戦闘系ギルドであり、中小ギルドのロールモデルとなっている。
また彼らはゲーム時代、海運全般を取り仕切っていた為、上記の有力ギルドとかなり強い繋がりを持つ。
『飛龍忍軍』は、ゲーム時代から現在の状況においてまで、初心者達の救済に尽力してきたサポート系ギルドだ。
勇者ゲームのプレイヤーであれば、誰しもが一度は必ず世話になった経験があると言われる彼らの人脈の広さは、三大ギルドの幹部から新人プレイヤーにまで及ぶ。
「そ、粗茶ですぎゃっ!」
席に着いたメンバー同士が、互いを値踏みするように観察しあう中、『名無しのギルド』の刹那が現われて、お茶とお菓子を配膳して回る。
「おっ! なんか可愛いのがいるぞ」
接客の為にメイド服を着せられている刹那が、たどたどしくお茶を配るかわいい姿に、一部のメンバーが驚いてリアクションを取る。
だが、部屋に充満するひりついた緊張と重苦しい沈黙が、そんな浮ついた空気を一瞬でかき消した。
「参加者の紹介などいらん」
「一時間も遅刻ぶっこいたバカタローを待ってる間に、挨拶はもう終わったにゃ!」
そう不機嫌に吐き捨てるのは、紅と重兵衛だ。
主催者の真太郎が、一時間も遅刻してみんなを待たせていたせいで、開始早々からギルド会談の雰囲気は最悪だった。
「貴様。自分から招集をかけておいて、一時間も遅刻とはどういう了見だ?」
「女の子の身支度には時間がかかるんですよ。キミ達も女の子なら分かるでしょう?」
「お前は男にゃ! どんな遅刻の言い訳にゃ!」
紅と重兵衛が、真太郎に刺すような視線を浴びせて遅刻を非難する。
「じゃあ、主役は常に遅れて登場という事で、ご了承ください」
しかし、真太郎はそんな雰囲気をものともせず、キレる紅達を軽くあしらった。
「さて、パネリストの皆様方は、既に自己紹介がお済みという事なので、早速本題に移らせて頂きますね」
そんな軽々しい態度のせいで、更に会場の雰囲気が悪くなる。
「くっ! シンタローめ。相変わらず、ふざけた奴だ!」
「謝るどころか、申し訳なさそうな顔一つもしないとは、なんてふてぶてしい奴にゃん!」
重兵衛が怒りを抑えようとでもするかのように、出されたお茶を一気に飲み干す。
すると、彼女につられて、参加者達が各々お茶に口を付けた。
みんな、それなりに緊張しているのだろう。緊張をほぐす為に、無意識的にお茶を口にし始める。
「どうやら、緊張もほぐれて来たようだね。では、早速、本題に入る訳だが……」
そう言って会談の口火を切ったのは、会談の主催者であるアダーだ。
「その前に。ギルド会談なんていう、大仰な名目でみんなを集めたのだけれど、実の所、会談がしたいと言うよりも、みんなに相談事をしたいと言った感じなんだ」
アダーは、いきなり話し合いを始めるよりも、相談を持ち掛けるという体にする事で、機嫌を損ねている参加者達が自分の話に耳を傾けやすくした。
「相談ってなんだ?」
アダーの話術にまんまとハマったかなこが、小首を傾げて無邪気に尋ねる。
「相談というのは、今の危機的状況をどうやって改善させるかについてだよ」
素直なかなこが食いつくなり、アダーは柔らかく笑い、それからすぐに心配そうな顔を作った。
「皆さん知っての通り、ボク達は勇者ゲーム風の異世界に取り込まれてしまっています。しかも悪い事に、一週間が過ぎた今も、元いた世界に帰れる可能性は見つかりません。それどころか、元いた世界と通信する手段すら見当たらず、運営にすら連絡がつかないときています。そんな状況だからでしょう……ボク達が滞在を余儀なくされているこの『オリエンスの街』の治安は、日に日に悪くなっています」
アダーの言葉には、誰しもが身に覚えがあるのだろう。円卓に座る各人が深刻そうな顔をする。
「帰宅不能、通信途絶、生存困難――この最悪とも言える状況下で、多くのプレイヤーが、不安と絶望に囚われ、無力感に打ちひしがれている。そして、始末の悪い事に、最近ではヤケになった連中が、婦女暴行や強盗や殺人にまで手を出し始めている状態です。この状況を、ボクはどうにかしたいと考えています。皆さんにご足労願ってこの場に集まって頂いたのは、この状況を改善する為に、ボク達有力ギルドが一つにまとまる事が出来るかどうかを、皆さんと相談したいからなんです」
「なるほど! シンタローが皆を集めたのは、その話し合いをする為かっ!」
「そうだよ。流石、お利口なかなこちゃんは理解が早いね」
めっちゃ元気に納得した無邪気なかなこを見たアダーが、思わず口元を緩ませる。
「アダーさん。そいつは、シンタロー君が言ってた『魔王討伐軍』を作る、って話と思っていいんだよな?」
事前に真太郎が話を聞かせて回っていた為、かなこと違って説明の手間が省けているカイリが、早い段階で本題に切り込んできた。
「魔王討伐軍?」
「ここでも作るつもりなの?」
「だから、この面子なのか」
すると、話を知らされていなかった参加者各位の側近達が俄かにざわついた。
側近達からざわめきが湧き上がると、『魔術結社JMA』のギルドマスターの板垣が、おもむろにアダーに質問をぶつける。
「君達『名無しのギルド』が、画策している有力ギルドを集めた『魔王討伐軍』の再編成の件だがね。冷静になって考えてみると、いかんせん現実性に欠ける気がするのだよねぇ。私は、幾つもの中小ギルドが、君達と同じような事をして失敗して来たのを見てきているからさぁ。その計画を実現するのは、ちょっと難しいかもしれないよ」
板垣が、小役人らしいいやらしさを発揮してネガティブな事を言い出した。
「ボクもその話は耳にしています。ここにいる『獣人同盟』も、ゲーム時代に付き合いのあったギルドをまとめようとして、失敗したみたいですね」
アダーはそう言って、当事者である『獣人同盟』ギルドマスター・重兵衛に視線をやる。
「ふにゃん……」
すると重兵衛が、その時の酷い経験を思い出して、小さい体をプルプルと震わせた。
「しかし、彼女達とボク達では、状況が違います。あの時は、この世界に対する情報がほぼ無い状態でした。右も左も分からず、どこへ行けばいいのかも、また今自分が何処にいるのかも分からない状態で、多くの人が、しかも赤の他人が、目的も無く、恐怖に苛まれたまま自己保身の為に集まれば、瓦解するのは当然。失敗するのが当たり前。あの時の彼女達と今のボクらを比較する事は、ナンセンスです」
板垣の嫌味な質問を、冷静で理知的なアダーが涼やかにいなした。
「……確かに、アダーの言う通りだにゃ。ただ怖いからってだけで、闇雲にみんなで身を寄せ集めたって、話はまとまらにゃいし、喧嘩別れするのは当然だにゃ」
痛い所を突くような事をズバッと言われた重兵衛が、小さな丸い頭を項垂れさせてしゅんとする。
「勘違いしないでくれ。別に重兵衛を責めている訳じゃあないよ。とにかく、今回は前回と違って、ハッキリとした目的がある。かつて『魔王討伐軍』として、一度はまとまった面子の利害を調整すればいいだけだ。何の問題も無いよ」
優しい気遣いのできるアダーが、しゅんとしてしまった重兵衛を元気づける。
「なるほど。アダー君の話は分かった。だけどね、ここに集まったギルド間の利害調整は、どうやって行うのかな? 組織の規模も資金力も兵力も、差があまりにもあり過ぎる。必然的に私達、三大ギルドの負担が大きく――」
再びいやらしい詰問を板垣が始めるが、アダーはすかさずそれを遮った。
「板垣さん。申し訳ないが、質問はボクの話が終わってからにしてくれませんか?」
アダーはそのまま、板垣が二の句が継げない様に素早く話を始める。
「もう一度言いますが、今日、皆さんをこの場へとお招きしたのは、ゲーム時代に編成していた多ギルド連合『魔王討伐軍』をこの世界で再編し、この街の自治問題を筆頭に、異世界滞在期間中に発生しうる各種問題の問題解決機関の設立を呼びかける為です」
アダーは切れ長の目で全員の顔を見回すと、ピッと指を三本立てた。
「当面の目的は、大きく三つ。一つ目は、『魔王討伐軍』の再編。二つ目は、オリエンスの街の治安の回復。具体的には、強盗、PK等の犯罪プレイヤーの撲滅による安全の確保。加えて、この世界での安全な生活圏の確立も課題となります」
アダーは指を立てた指を折ると、参加者たちの顔を見回した。
「喫緊の課題として、まずこの三つの問題を解決したいと思います。これにより、この世界での生活基盤を構築する事が出来るからです。この三つの課題の解決後は、当然、元いた世界への帰還の術を探します。ボクからの話は以上です。ここからは、皆さんの忌憚なき意見をお聞かせ頂きたい」
話を終えたアダーはそう言って、参加者たちに話を振る。
だが、彼らからの返答は、沈黙だった。
参加者同士が、互いの腹の内を探り合っているせいで、誰も口を開かないのだ。
加えて、下手な事を言うとたちまちアダーの魔の手に絡めとられて不利な条件を飲まされるかもしれない、という警戒心もあるせいで、沈黙をもって発言を保留しているようだった。
「きたんって、なんだー?」
「難しい事言って、賢ぶってんじゃねーですよっ!」
「そうだそうだ! お前、どこ中ですよっ!」
ただし、アホの子であるかなこと双子忍者を除いてだが。
「忌憚なき意見って言うのは、思った事を素直に口に出してね、っていう意味だよ」
アダーのアシスタントを務める真太郎が、早速、彼女のアシストをする。
「なら、最初からそう言うのだっ! このくそ司会者がっ!」
「司会なら、みんなに分かる言葉でしゃべりやがれですよっ!」
「そうだそうだ! 若手芸人以下のしきりしやがって! お前、どこ中ですよっ!」
忌憚の意味も知らないアホの子達に罵声を浴びせられた真太郎は、彼女達を無視して腹の内でひとりごちた。
(さ~て、ギルド会談がおっ始まった訳だが……ここでしくじったら、一気にこの面子で戦争もありえるし、緊張するなぁ~)
難しい交渉になりそうな予感をビンビン感じる真太郎が、実に楽し気に笑う。
「誰かに笑われるんじゃないか? 他人と口論になるんじゃないか? 皆にバカにされるんじゃないか? なーんてしょうもない事を心配して、言いたい事も言わずに無難な事だけ話す、みたいな野暮な事はここでは無意味かつ有害です。と言う訳で、皆さん! 思った事をガンガン言って、会談を盛り上げてくださいねっ!」
会談が始まるなり、アシスタントとして会談を盛り立てる真太郎だった。




