第35話 恋と波乱の予感は突然に。
「……今、可愛いって言った?」
だが、意外にもさくにゃんが襲い掛かってくることは無かった。
「今の言葉、ババアの部分をさくにゃんに変えて、もう一回言って頂戴」
何を思ったか、さくにゃんが妙な事を言い出した。
何故か顔が真顔なのが、死ぬほど怖い。
「な……何を言っているんだ、このババ……」
さくにゃんの言動の異常さに恐怖を覚えた真太郎が「ババア」と言いかけるなり、アダーが素早く彼の口を押えた。
「殺されたいのか……! 死にたくなければ、ボクの言う通りにするんだ」
真太郎の口を押えたアダーが、そっと耳打ちする。
「正気か!? そんな事を言ったら、色々とヤバそうだぞ……!」
アダーによからぬことを吹き込まれた真太郎が、彼女の真意を窺う様に顔をじっと見つめる。
「ババアと言って殺されるよりマシだ。それに、ここで楔を打っておかないと、奴は野に放たれた死神になってしまうぞ」
いつも余裕たっぷりでクールなアダーが、今まで見せた事の無い真剣な顔を見せるなり、真太郎は事態の深刻さを理解した。
「……でも、こういうのは、なつき先生の得意分野でしょ? テンテンを落としたみたいに、さくにゃんもサクッと落してよ」
真太郎が助けを求める様に言うなり、アダーが少しムッとした顔をする。
「キミが何を勘違いしているかわからないが、ボクは女だ。自分以外の女を全てカスとしか思っていないさくにゃんには、何も出来ないぞ」
頼りにならないアダーにがっかりした真太郎が何か言おうとすると、こっちを凝視しているさくにゃんと目が合った。
「……めっちゃ見てますやん」
「先程の行動から、さくにゃんは、どこで爆発するかが全く予想がつかない。これ以上待たせると、また暴れ出すぞ。早く言ってやるんだ……!」
割とマジで焦っているアダーが、真太郎の背中を押して無理矢理さくにゃんの前に出した。
「や……やるしかないのか……?」
微動だにせず自分を凝視して来るせつにゃんに言い知れぬ恐怖を覚えた真太郎が、意を決する。
「さ……さくにゃんは声が可愛いなぁ~。さくにゃんは声優なのかい? こんな可愛い女の子、見た事ないよ。超可愛いぜさくにゃん」
アダーに吹き込まれた歯の浮くような台詞を言い切った真太郎が、さくにゃんの出方を窺う。
だが、真顔で凝視して来るだけで、微動だにしない。
「せ……先生。やっぱり悪手だったんじゃ……?」
ひりつくような沈黙に耐えかねた真太郎が、アダーに声をかけようとする。
するなり、さくにゃんが訳知り顔でコクリと頷いた。
「わったわ。そこまで言うなら、仕方ない。おねーさんが、彼女になってあげるよっ☆」
何を分かったのか、さくにゃんが突然、上から目線でトチ狂った事を言い出した。
「な、何も言ってないっ!」
予想外の展開に驚愕する真太郎を尻目に、アダーがしたり顔をする。
「思った通りだ。ゲームでのさくにゃんは、真太郎を気に入っていたからな」
その時の気分に応じて手当たり次第に虐殺を繰り返す超凶暴な危険人物のさくにゃんだったが、彼女が唯一、心を開いた人間がいた。
それが、何を隠そう真太郎である。
かつて真太郎は、さくにゃんの常人を凌駕した凶暴さに、何故か同居する激甘の萌えボイスと独自の観点から繰り出される破天荒な言動を面白がって、その部分をフィーチャーする事で、彼女を勇者ゲームのアイドル的存在に祭り上げた経験があるのだ。
「まったく、もうっ❤ シンタローちゃんってば、この世界でもさくにゃんの虜なんだねっ☆」
さくにゃんが、年甲斐も無くぶりっこしてはしゃぐ。
「違うっ! 俺の知ってるさくにゃんは、アンタみたいなイカレタババアじゃないっ!」
「さくにゃん、ババアじゃないよッ!」
真太郎にババア呼ばわりされるなり、さくにゃんが笑顔のまま地獄突きを放った。
「ごはっ!?」
さくにゃんの地獄突きを受けて真太郎が沈むなり、イナバがヒステリックに叫び出した。
「こんなの絶対違うでござるっ! さくにゃんは、みんなのロリっ子アイドルでござるぅーっ! それが今や……それが今や……!」
怒りを抑えているかの様な顔のイナバが、拳をプルプルと震わせる。
「それが今や?」
イナバの言葉の続きを、さくにゃんが促す。
「ただの痛いコスプレババアでござるっ!」
ババアと言われた瞬間、さくにゃんの顔が修羅の顔になる。
「ラブリー虐殺真拳奥義・ラブリー百裂拳ッ!」
次の瞬間、さくにゃんが目にも止まらぬ速さの連続パンチを、イナバに叩き込んだ。
「ござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござござッ!?」
「これでトドメだッ! 死んどけや、キモオタァァァーッ!」
「ござああああああああああああああああああああああああああああァァァーッ!」
さくにゃんの打撃ラッシュを喰らったイナバが、天井を突き破ってどっかに飛んで行った。
「あ……あれは、神殺しのラブリー残虐真拳ッ!? 受け損なうと、課金チート厨でさえ一撃で殺す爆発力を持つ死のラッシュだッ! ここでも健在なのかッ!?」
さくにゃんの圧倒的強さを前にして、真太郎はツッコミがおかしくなっている。
「さくにゃん! すぐに人を殺すなっ!」
真太郎と違って冷静なアダーが、イナバを撲殺したさくにゃんに注意する。
「なんで? 別に殺したっていいじゃん。死んでも簡単に生き返るこの世界では、命の価値なんてシャーペンについてる消しゴムと同じぐらい取るに足らない物になっているんだよ? だったら、そんなものはそれ相応に雑に扱うべきじゃない?」
しかし、独自の思考回路を持つさくにゃんは、決して悪びれる事は無かった。
「言う事こっわっ! ゲームだと暴言が面白かったけど、リアルだとただひたすらにこっわ!」
真顔で恐ろしい事を語るさんにゃんに、真太郎が素で戦慄する。
「殺人鬼みたいな事を言うなっ! 人の命を何だと思っているんだっ!」
倫理観を無視した言動を取るさくにゃんを、アダーが叱りつける。
「アーちゃん、アンタ、勘違いしているのね。いい? この勇者ゲーム風の世界では、死は異常なほど身近にあって、しかも、死んでも生き返る世界なのよ? ここはそういう『死』が『死』ではない世界なの……」
さくにゃんが不意に、世間の厳しさを知った大人の女の顔になる。
「だからって、人を殺して良い事にはならないぞっ!」
「また、勘違い。キモオタは、人じゃあないわ」
「む、むぅ……」
さくにゃんがそう言うなり、アダーは思わず言葉に詰まった。
「それに、この世界は、いつ死んでもおかしくない危険に満ち溢れているのだから、死ぬ事に慣れておいて損は無いわ。死を見つめ、死を我が物にする、そうして初めて生というものが見えて来る。違うかしら?」
「……確かに、そうかもしれないな」
「何良い様にババアに、丸め込まれてんだよ、ギルマス!」
アダーがさくにゃんの言葉に納得するなり、刹那が素早くツッコむ。
「とにかく、まずは落ち着こう。さくにゃん、座って話そうじゃないか。美味しい中華料理でおもてなしするよ」
何はともあれ落ち着いて話をしない事には何も始まらないと思ったアダーが、さくにゃんを食事に誘う。
「あら、素敵なおもてなしじゃない。んじゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな☆」
アダーの提案を喜んで受け入れたさくにゃんが、上機嫌でスキップしながらインヤン飯店の中に入る。
「さて、どっこらしょっと☆」
「おい、ババア。なぜ、俺の膝の上に座る?」
そして、テーブルにつくなり、何故か真太郎の膝の上に座った。
「シンタローちゃんったら、照れるなよ~☆ 十七歳のピチピチギャルに、オッパブみたいに抱き付かれて嬉しいくせに~?」
どう見ても三十歳は回っているさくにゃんが、満面の笑顔でトチ狂った事を言い出した。
「ぜんっぜん嬉しくないっ! つか、十七歳の女の子は、ピチピチギャルとかオッパブとか絶対言わないっ!」
得体の知れない狂気を放つ言動を取るさくにゃんに振り回される真太郎が、思わず荒ぶる。
「それより、酒と料理よっ! この店で一番高くて美味いのを持って来なさいっ!」
「「は、はいィィィ!」」
先程さくにゃんにコテンパンにやられたテンテンとジャスミンが、慌てて厨房に駆けて行った。
「ふぇぇ。さんざん暴れ回ってから、我が物顔で振舞うなんて、まるで居直り強盗だよぉ~」
さくにゃんの人道に外れた行いを見たみこは、恐怖のあまり泣きそうになっている。
「ギルマス! まさか、この凶悪ババアを仲間にするつもりなのかっ!?」
なんだかんだゴネた癖にちゃっかり自分達と同席して、ずうずうしく酒とまで頼んでいる傍若無人なさくにゃんに対して、刹那は良い感情を持っていない様だ。
「一応この人は、ゲームで仲間だった『さくにゃん』に違いないみたいだからね」
「そうかもしんないけど、こんな凶暴なババアと一緒になんていられないよっ!」
「でも、さくにゃんは、多分この中で一番強いし、一応話も通じるみたいだ。きっと、ゲーム時代同様に頼もしい仲間になってくれるんじゃないのかな?」
事を荒立てたくなかったアダーが、刹那をなだめて場をやんわりと収める。
そんなアダーの気苦労も知らず、さくにゃんが運ばれて来た料理を前にしてはしゃぎだした。
「や~ん、おいしそっー! 満漢全席じゃない~☆」
北京ダックやら豚の丸焼きやら、アワビの蒸し焼きやらフカヒレスープやら、ツバメの巣入りの杏仁豆腐やら、やたらと高級そうな料理を前にして、さくにゃんはご満悦だ。
「あたしぃ~、この世界に来てからぁ、恐怖体験の連続でぇ~、食事も喉を通らなくって~、この一週間ステーキしか食べてなかったのぉっ☆」
「「めっちゃガッツリしたもの食ってるじゃねーかっ!」」
さくにゃんのボケた台詞に、真太郎と刹那が同時にツッコミを入れる。
「で、あたし抜きで集まってる皆は、何をしているのかにゃ?」
そんな真太郎達のツッコミを無視したさくにゃんが、不意に真顔で訪ねて来た。
「狂気と冷静の間を瞬時に行き来するその性格……どうやら、本当にさくにゃんみたいだね」
目の前の女の良く見知った言動から彼女を本物の『さくにゃん』と認識したアダーは、これまでの事を彼女に話して聞かせた。
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「話は分かったっ! よっしゃー、テメーら、四十秒で支度しなっ! 生意気そうな奴を片っ端からぶっ殺しに行くよっ!」
アダーの話を聞き終わったさくにゃんが、威勢のいい掛け声を出す。
「全然分かってないっ!」
「ババア! テメー、何の話聞いてたんだよっ!」
「ふぇぇ。血の気が多すぎだよぉ~っ!」
またもや物騒な事を言い出したさくにゃんに、真太郎、刹那、みこが揃ってツッコミを入れる。
「やる気があるのは、結構。所で、さくにゃん。この街にいる奴ら全員と戦闘になった場合、勝てる自信ってやつはあるかい?」
何を思ったか、アダーが妙な事をさくにゃんに尋ねた。
「そうだねぇ~……あたしがその気になれば――」
さくにゃんは言うと、豚の丸焼きにナイフをズブッと突き刺し、それを乱暴に上に放り投げた。
「その気になれば?」
そして、目の前に落ちて来るなり、ナイフで素早く切り刻んだ。
「指先一つで皆殺しに出来るわ……っ!」
「しゅ……修羅だ……っ!」
「ひえっ! このババア、ただのババアじゃねー……鬼ババアだ……っ!」
「ふぇぇ。核爆弾を持った殺人鬼と一緒にいる気分だよぉ~……っ!」
さくにゃんの迸る殺気と狂気に死を予感した真太郎達が、泣きそうになる。
そんな彼らを尻目に、アダーは一人ほくそ笑んだ。
「実に素晴らしい。こいつは、約束された勝利ってやつじゃあないか……」
すると、先程さくにゃんに天高く蹴り飛ばされたイナバが落ちて来て、地面に衝突した。
「と……とんでもない波乱の予感がするでござ……る……」
そして、ガクッと気絶した。
第二章(中) 異世界生活 ギルド訪問編 ~終~




