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第10話 誰だッ!? ひょっこり出て来た尾行野郎

「やっぱり、この異世界は夢だったんだっ! この夢、夢の風上にもおけない臭い臭い悪夢なんだ! 夢を返せ! 恋を返せ! フラグを返ぇせ~~~~!」

 女の子に振られたショックのあまり、故郷の山を奪われた狸みたいな事を叫び出すイナバだった。


「ちょっと、何人知れず『平成キモオタ合戦フォカヌポゥ』を始めようとしてるんスか、止めてくださいよ! 過ぎた事はもう忘れて次に行きましょうよ。イベントが失敗で終わるなんて、よくある事ですよ、元気出してください。それより……師匠、気が付いてますか?」

 キモオタフェイスを哀しみで曇らせるイナバを慰め続けていた真太郎が、不意に声を潜める。


「……それって、拙者が救いようのないカス野郎って事? それとも、ずっと拙者達の後をつけて来ている不審者の事?」

 涙に暮れるイナバが妙な勘の良さを発揮して、尾行されていたことを察知した。


「両方気付いているのならば、ありがたい。ですが、今は師匠の事より、不審者の話しをしましょう」

 イナバが尾行している事を認めた事で、気のせいかと思っていた感覚に裏付けが取れた。

 これにより、一気に警戒レベルを戦闘直前まで引き上げた真太郎が、さりげなく背後を見る。


「……誰だろう、さっきのPKの仲間かな?」

「……何者かは知らんでござるよ。だが、最初にPKを成敗した後ぐらいから、ずっと拙者達の後を尾行して来ているでござるよ」

(そんな前から尾行されていたのかッ!? つか、このキモオタ、見た目はキモいが出来るッ!)


「流石、師匠っ! やっぱアンタスゲーや!」

 さりげなく驚異の索敵能力を見せたイナバに、真太郎が素で驚愕する。

「ってか、尾行だって!? クソッ、やっぱまたPKか? 師匠、面倒事に巻き込まれる前に街に逃げましょう」

「う、うむ。今の傷心状態では、とても戦闘など出来ぬでござるよ……」

真太郎の提案に、満身創痍のイナバが二つ返事で応じる。


「みこちゃん。なんかまた面倒事に巻き込まれたみたいだから、よければ一緒に逃げないかい?」

 真太郎は逃げると決めるなり、ヒソヒソ話する二人をぼーっと見つめていたみこに声をかけた。

「えっ!? 逃げる? 急になんですか? なんかあったんですか?」

 要領を得ない言葉の真意をみこが尋ねて来るなり、真太郎は尾行者が近くにいる事を彼女に説明した。


「ええっー、尾行者っ!? それ本当ですかっ!? 戦闘はもう嫌ですよぉ、あたしもシンタローさんと一緒に逃げますよっ!」

 みこも一緒に逃げると決まるなり、真太郎は即座に行動に移った。


「よし、そうと決まれば早速逃げましょう。ですが、急に逃げると何か仕掛けて来るかもしれないので、楽しげにおしゃべりしながら歩いて敵の油断を誘いましょう」

 何気に策士な真太郎はイナバとみこに作戦を伝えると、おしゃべりを開始した。


「いや~、しかし街の真ん前でPKとか、ここは随分治安が悪いみたいっスねぇ」

「仕方ないでござるよ。元の世界に帰れなくなって、既に一週間でござる。パニックを起こす者や、絶望してヤケを起こす者が出て来ても致し方が無い事でござるよ」

 イナバが即座に真太郎の作戦を実行して話を合わせて来た。師匠と呼ばれ慕われるだけあって、真太郎とのコンビネーションは抜群だ。


「え、ええっー! そ、それ本当ですかぁ~!? こ、こわいなぁ~!」

 対して、知り合ったばかりのみこは、芝居が実にぎこちない。

 そんなみこに、真太郎がすかさずフォローを入れる。

「怖がらなくてもいいよ。こっちは最強クラスのプレイヤーが二人もいるんだ、そう簡単に変な奴にやられたりはしないよ」

 真太郎はそう言うと、イナバに再び話を振った。


「つか、元の世界に帰れないからって、なんでヤケを起こしてPKなんてするんですかね? ゲーム時代のステータスを受け継いでいるんだったら、皆アイテムも金も、それなりに持っているはずでしょ? さっき師匠、言ってましたよね――『この世界で食事や宿に困る事はなかった』って」

「左様。この世界は異世界とはいえ、基本的には『勇者ゲーム』の仕様で動いているので、街には宿もあるし食べ物もあるのでござる。そして、拙者が知る限り、この世界に転移して来たプレイヤーのほとんどは、高レベルでござる。当然、アイテムも資金も生き延びるに足るだけは、持っているはずでござるよ」


「だったら、尚更PKして人の持ってるアイテムとかを奪った所で、得る物なんてないでしょ? この世界での目的は、『ゲームの攻略』じゃなくて、『生き延びる事』が目的なんだからさ。無駄な戦いは出来るだけ、避けるべきでしょ」

 PK達の行動の目的がいまいち分からない。

 やはり、先程のPKアキトの言う通り、愉快犯的な行動をしているのだろうか?


「そーいえば、ネットで荒し行為をしている奴らはサイコパス傾向がある、ってなんかで見ましたよ。勇ゲーにおいてPKは一種の荒し行為だから、このゲームやってた奴らって、もしかしてサイコパスばっかりだったの?」

「そういう訳ではないでござろう。多分、単純に手持ちのアイテムや資金が尽きたから、あるいは今後の事を考えて戦闘訓練がてらアイテムを集めているだけでござろう。なんたって、PKは『モンスター』を狩るよりも楽でござるからな」

 イナバがごく自然に、『モンスター』という単語を話に織り交ぜて来た。

 ここへ来て再び、この世界を『ゲーム風異世界』と感じさせる情報を聞いた真太郎は、思わず天を仰ぎたくなった。


「……やっぱいるんスか、『モンスター』?」

「当然の様にいるでござるよ。ここは『勇者ゲームの世界』でござるもの」


(勇者ゲームの世界……ねぇ。本当に、ここは一体どーいう場所なんだろうな――っと、いけない。考えても答えが出ない問題は、『ゲームだから』って事で、流す事に決めたばかりじゃないか)

 真太郎は、この世界がどこで、どういったものなのかを、再び詮索しようとして慌てて止めた。


(今考えるべきは、この世界についてではなく、命の危険に直結しそうなモンスターについてだ)

「やっぱり、『モンスター』にも勇ゲーの設定が反映されているんですか?」


「拙者が知る限りでは。実はシンタロー殿に会う直前、拙者はゲームで一番弱いモンスターでござった『キラーハムスター』と戦っていたのでござるよ」

「あ、だからフィールドエリアにいたんですね」

 何故イナバが運よくあんな所にいたのかの謎が、ひょんな事で解けた。


「そのキラーハムスターでござるが、外見やステータス、使ってくる攻撃はゲームと寸分たがわず同じでござったよ」

 既にモンスターと一戦交えていたイナバが、かなり貴重な情報を教えてくれる。

「へぇ~、そうなんだ――ってか、もうモンスターと戦ってたのっ!? マジかよ、この状況でモンスターと戦うって正気じゃねーよ! やっぱ師匠はスゲーなっ!」


「スゴイい? 何がでござるか? ちょっと腕試しに戦っただけでござるよ。ま、雑魚モンスターなんて、戦った内に入らないでござるがね」

 見た目は女の子が本能的に攻撃する様なキモオタのイナバだったが、師匠としてはとてつもなく頼りになる男だった。

「ひゅー! 流石ですわ、お師匠様! もはや、俺TUEEEEものの主人公じゃないですかっ!」


 などとはしゃいでみせた真太郎だったが、現実世界には存在しえない危険な生き物である『モンスター』が存在すると知った途端、心に恐怖と不安が広がるのを抑える事は出来なかった。

(……しかし、参ったな。『モンスター』までゲーム通りに存在するのか。それって、かなりヤバいよな。アウトドアすらした事ない俺が、モンスターがウロウロしている様な過酷な世界で生き残る事は出来るのか……?)


 そんな真太郎の心中を察したのか、みこが優しい言葉をかけて来た。

「やっぱり、実際にモンスターが、うろちょろしてるなんて怖いよね……。シンタローさんと一緒で、あたしも怖いよ……で~もっ! 街の中にいれば安全だよっ!」

 何を思ったか、みこが暗い顔から一転、急に元気になる。


「ん? それはどういう事?」

「実はね、この『オリエンスの街』にも『勇者ゲーム』の設定が反映されているから、外のモンスターは街の中に入って来られないのだよっ!」

 自分の事の様に得意げに語るみこが、えっへんと胸を張る。

「それは良い事を聞きました! だったら、一安心だねっ!」

 みこの話は朗報だった。


 モンスターが街の中に入ってこないと聞いて、真太郎の不安が一気に軽くなる。

 すると、すぐさま不安と入れ替わりで疑問が湧いてきた。

「そーいえば、師匠はモンスターと既に戦ったんですよね? って事は――」

 真太郎が最後まで言うより先に、イナバが質問に答えた。


「シンタロー殿が訊きたい質問の答えは――ズバリ、『倒せる』でござるよ」

 真太郎の質問を先読みしたイナバが決め顔で答える。

 したかった質問を先読みしていたイナバの師匠力を目の当たりにした真太郎は、思わず嬉しくなってニンマリしてしまった。

「それは実に良い事を聞きました」


(倒せるって事は、モンスターの存在は絶対的な脅威ではないって事だな。そうだよな、モンスターがそんなにヤバい存在だったら、師匠もさっきのPK共もフィールドエリアで、ウロウロしてなんていないはずだもんな)

「となると、尚更PKの行動理由が分かりませんね。物資や資金がなくなっても、モンスターを倒せばいいだけじゃないですか。その方がPKするより、よっぽどいいですよ。PKで殺されたって『輪廻の神殿』で生き返るんだから、PKした奴は悪評が広がって街に居づらくなるだろうし、PKすればするほど獲物は警戒して狩りがしづらくなるはずだし――」

 真太郎がそう言うなり、イナバが話を遮る様にぽつりと呟いた。


「……モンスターと戦うのは怖いのでござるよ」


「怖い? 倒せるんですよね?」

 イナバが意外な事を言い出したので、真太郎が怪訝な顔で聞き返す。

「日本に住んでいて、野生動物に襲われた事ってあるでござるか? 無いでござろう、拙者もないでござる。多分、多くのプレイヤーもないはずでござる。生き物と戦うっていうのは、思っているよりもとても怖いのでござるよ。モンスターと戦うぐらいならば、自分と同じ人間を襲った方が、遥かにやりやすいのでござろう」

 実際にモンスターと戦った事があるイナバだからこそ言える含蓄という物が、短い言葉の中に確かに存在した。


「あー……そういう考え方もあるのか」

 折角、街にモンスターが入ってこない、との情報を仕入れて安心していた真太郎の心が再びざわめきだす。

(……安心していいのか、悪いのか分からないな。とりあえず、実際にモンスターを見てみない事には判断が下せないって感じか)

 モンスターの存在について落とし所が見つからない真太郎は、とりあえずこの件については一旦保留しておくことにした。


(……いずれにせよ、街で色々見聞きしないとダメだな。考える為の情報があまりにも少なすぎる)

「どーやら、俺は色々と知らなくっちゃいけない事が多いみたいですね」 

「それは拙者も同じでござるよ。拙者が知っている情報もそう多くは無いでござるからな。というのも、街で情報収集をしようとしても、何故か人がことごとく逃げていってしまうせいで、全然情報を仕入れる事が出来ないのでござるよ。何故、皆は拙者から逃げるのでござろう?」

『そりゃ、おめーがキモオタだからだよ』と真太郎がツッコもうとした瞬間、彼の足元に小石が投げられた。


「ねぇねぇ、なんか石が飛んで来たよ」

 飛んで来た石に気付いたみこが、真太郎の袖をくんくんと引っ張る。

「……尾行野郎が、ちょっかいを出してきたみたいだね。街に入る前に仕掛けてくるという事は、PKでもして来るつもりなのかねぇ?」

 真太郎が小声で言うと、イナバが背後をさりげなく覗き見た。


「……桟橋の支柱の陰に誰かいるでござる。数は……一人」

「俺達を尾行してるって事は、さっきの戦いも見てるはずだろ? 一人で俺と師匠を相手にしようって事は、かなりの手練れか――」

「かなりの馬鹿だねっ!」

 先程の話に入って来れなかったみこが、ここぞとばかりに話に混ざって来る。

「あるいは、その両方でござるな。まったく次から次へと、PKは厄介でござるな。やはり、まだこの世界を現実ではなく、ゲームだと思っているのでござろう」


 PvPが仕様として存在する勇者ゲームにおいて、『PK』とは多くの人にとって、ゲームを楽しんでいたら突然理不尽に襲い掛かって来る嫌な存在だった。

 逃げてもしつこく追いかけて来るし、撃退しようとしてもちょっとやそっとでは倒せないし、仮に撃退できても嫌がらせをして来て暴言まで吐いてくる――と、正に厄介者だ。当然、出来るならばそんな奴は避けたいということになる。


「ちょっと提案していいですか? PKと遊びません?」

 だが真太郎は、むしろPKされることを喜んでいる所があった。

 ゲーム時代、レベルをカンストし、イベントを全てクリアし、アイテムをほぼ全て揃え、向かう所敵無し状態の真太郎とイナバは、モンスターと戦うよりも数倍刺激的な対人戦闘を好んで行っていた時期があった。

 そのせいか、真太郎は対PK戦闘に妙な好奇心を抱いてしまう。


「シンタロー殿。先程の戦闘に勝って、いい気にでもなっているのでござるか? 何度も言っている通り、ここは勇者ゲームに酷似しているが、ゲームではなく現実なのでござるよ。PvPは仕様として存在しても、PKは殺人でなのござる」

「別に殺しはしませんよ、さっきみたいに眠らせるだけです」

 有名なPKギルドや札付きの迷惑プレイヤー相手に対人戦闘を繰り返し、気が付けば手練れのPKキラーとなり、いつしか『癒し系殺人鬼キラーヒーラー』の通り名で呼ばれる様になっていた真太郎に抜かりはなかった。


「眠らせればいい、ってものではござらんよ。もう少しで街に入れるのだから、PKなんて無視すればいいでござる。今はもうゲームじゃないんだから、気軽に戦闘していたら、命がいくつあっても足りないでござるよ」

 暴走する真太郎を、イナバが師匠らしく大人な態度で諌める。

「そうは言っても、出来るだけ早い時期に『戦闘』に慣れておきたいんですよ。きっとこれから先、この世界で生きる上で『何時でも、誰とでも、臆せずに戦える』っていうプレイヤースキルが、とても重要な要素になってくるはずですからね」

 既にこの世界で過ごす期間が長期間に及ぶと想定している真太郎は、街で情報収集が終わった『先』を見据えていた。


 真太郎が気まぐれで戦いたいと言った訳では無い事を知ったイナバが、思わず返答に困る。

「それは言う通りでござるが、尾行している輩がPKだとは限らんでござ――」

 言葉に詰まったイナバが再び話し始めたと同時に、真太郎が突然駆けだした。


「師匠、みこちゃん! 逃げますよっ!」

「えっ!? あんな事言っておいて逃げるでござるのッ!?」

 また真太郎の言動に翻弄されたイナバが激しく動揺する。

「ええっー!? いきなりダッシュっ!?」

 

 三人が揃って街に向かって駆け出すと、彼らを尾行していた人物も慌てて駆けだした。

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