7話目 森のモンスター達
森の中へと入り数歩進んでゆくと、突如システムメールの着信音が鳴った。周囲を見回し登りやすそうな木を見つけ【フリーラン】の補正を受けながらそれを登り、青々と茂った葉の中に実を隠し【気配殺し】を発動させてからシステムメールを開く。
『おめでとうございます。
ゲーム開始後全プレイヤー中初めて森へ足を踏み入れました。
これにより称号が発生します』
【最初の到達者・森】
全プレイヤー中一番最初に森へ到達したプレイヤーに与えられる称号。
森と名の付くフィールド、ダンジョンにいる限り全ステータスに+1される
あぁ、こういう限定称号もあるんだ。そうするとウサギ草原かウルフ平野でも同じ様な称号が手には入ってるんだろうな。
メールを閉じて下に降りようとしたところで、僕はすぐ傍の枝に何かがぶら下がっていることに気づいた。それは黄色いりんごに似た形の果物のようだ。
周囲をもう一度見回してみると、僕が登った木はこの果物の採取場所のようで他にもいくつか手の届く範囲に実が成っている。
『ぐぅ~~~』
とたん響く低い音。満腹度が15%を切ったことを知らせる音だ。そういえばトレインシープの背の上で昼夜通して寝てたんだ。その間何かを食べれるわけもないし
こうなるのも当然か。
干し肉はまだまだ残っているけど、せっかくだからと目の前の実をもいでそのままかぶりついた。
口の中に広がる甘み、そして酸味がその後を追って現れ、その二つが口の中で混ざり合う。果肉を噛む度にシャリシャリとした感触がし、飲み込んだ後の後味もさわやかで後に残らない。
いままでヴァーチャルワールド内で食べたことのない味だった。僕は夢中になって果実をたいらげると二つ目に手を伸ばす。
僕はそのまま満腹度が全快するまで果実を食べ続けた。
【ヴァンクの実】
それが僕の食べた果実の名前だった。お腹が一杯になった後、さらに木を上ってその木から採れるだけのヴァンクの実を採取して僕は木を降りた。
【気配殺し】を発動して周囲を警戒しながら慎重に森の奥へと歩を進めていく。β時代にこの森で確認されたモンスターは数が多く、その中でもっとも話題になったのが額に宝石を抱いた小型犬程度の大きさをした薄紫色の小さなモンスター【カーヴァンクル】。発見率が極端に少なく、こちらの姿を確認すると一目散に逃げ出してしまうためβテストプレイヤー全体でも討伐数が一桁半ばというモンスターで、しかもカーヴァンクルの討伐を成功させたパーティーは異常なほどのモンスターに襲われ続け、2パーティーを除いてそのままロォークスの森で全滅をしている。そのため討伐時に手には入る【宝石獣の玉石】は100万でRMTされそうになり一時大変なことになったほどだ。
他にもロォークスの森の2強と呼ばれる【ガーディアンジャガー】と【ヴォーパルベア】。ガーディアンジャガーは漆黒の毛皮に稲妻状の白い模様が入ったモンスターで、ヴォーパルベアは一言でいっってしまえば赤い月の輪熊で、深紅の毛皮に首もとには白い輪の模様が入っている。
どちらも単体で6人フルパーティーと互角の戦いが出来るモンスターでありながら複数で襲いかかってくることが多々あり、その際は犠牲なしで退けられた例がないというのだから恐ろしい。僕にとってこの森での一番の課題は彼らに見つからないよう最大限の注意を払うことだと思う。思ってたんだけど………………。
茂みの中から顔を出したガーディアンジャガーとばっちり目があってしまいました。
蛇に睨まれた蛙のように、僕は微動だに出来なかった。おそらく第三者がいれば僕の表情がかちこちに固まっているのが見れたかもしれない。
現実なら冷や汗がダラダラと流れてきそうな状況のまま緩やかに時間が過ぎていく。
どれくらいの時間が過ぎたのか、一時間以上過ぎたような気もすればまだ十秒と経っていないような、そんな時間感覚があやふやになっていく中で、先に動いたのはガーディアンジャガーの方だった。
ガーディアンジャガーはまるで興味を無くしたかのように視線を外し、我が家の庭を行くかのごとく堂々と森の奥へと去っていった。
「ぶ、ふぁ………………、助かった」
いつの間にか無意識の内に止めてしまっていた呼吸を再開し、その場にへたり込んでしまう。恐る恐るガーディアンジャガーの去っていった方に視線を向けるが戻ってくる様子もなく、周囲を見回し他に動く物が何もないことに安堵のため息をつく。
「それにしても、なんで見逃されたんだろう」
β時代では少なくともガーディアンジャガーと遭遇して見逃されたというは話無かったと思う。となればガーディアンジャガーはアクティブモンスターのはずで、しかしそうなると今し方起きたことの説明が付かない。
「運が良かった、そう思っておこう。まさかこんなことが何度も起こるとは思えないし」
そう結論付けて今にも震え出しそうな脚を叱咤して、先ほど忘れていた気配殺しを発動して場所を移動する。この森で確認されているノンアクティブモンスターは鹿型のモンスターである【ビッグタスク】に頭部に大きな花を咲かせた植物型モンスター【ウォーキングフラワー】。手のひらサイズなリス型モンスターの【ボムスター】。七色の尾羽を持つ【七色鳥】。移動こそ出来ないもののその巨体故に広い攻撃範囲と魔法を使う【トレント】の5種類。アニマルブリーダーでは鳥獣型、植物型のモンスターは仲間に出来ないため探すのはビッグタスクかボムスターだ。
移動しながら彼らの餌になりそうな木の実や葉などを採取しながら周囲を警戒して森の奥へと進んでいく。もちろんガーディアンジャガーが向かったのとは別の方向にである。わざわざ彼の後を追う勇気は持ち合わせてないから。
時に茂みの中、時に木の上に身を隠しながら森を進む内に日が沈み森は暗闇が支配する時間となった。ガーディアンジャガーとの遭遇を果たした後、遠目に動く物を見つけては隠れるのを繰り返して過ごしたけれど目当てのモンスターは結局見つからずじまいだった。見つけたモンスターといえば先にも述べた2強の片割れヴォーパルベアや、群で移動中の【フォレストウルフ】。通り道に巨大な蜘蛛の巣を張って獲物がくるのをじっと待ちかまえている【マンイートスパイダー】。近づくものはプレイヤーどろうとモンスターだろう動いていさえすれば殴りかかる【パンチツリー】が獲物を探して周囲をきょろきょろと見回していたり。森の木よりも高いところから正確無比の急降下攻撃を仕掛けてくる【ダイブファルケン】が番なのか枝の上に二羽並んで停まっていた。
「そう簡単にいくとは思ってなかったけど、やっぱり難しいな」
先の見通せない闇に包まれ、このまま森の中を歩くのは危険と判断した僕は木に近づき登れそうな物を探し出す。木の上に座りやすそうな場所を見つけてそこに腰をかける。朝からモンスターを探しておおよそ二時間強。三時間おきにやってくる朝起きてから最初の夜のためまだ眠気はないが夜闇を見通せず歩き回れない現状出来ることは何もない。常に周囲を警戒しているとはいえ暇な時間が出来てしまった。
「とりあえずゆっくりと腹拵えでもしてようかな」
先ほど食べて気に入り、見かける度に集めたヴァンクの実を取り出しそれにかぶりつく。しゃりしゃりと小さな音を立てながら租借しているとすぐそばでかさりと葉の擦れる音が聞こえ身を強ばらせる。
今の音はすごく近かったし葉が揺れるのを枝越しに感じた?!
木の上に上るモンスターで思いつくのはまずはボムスターだ。そしてこの森で一番最初に遭遇したガーディアンジャガー。七色鳥やダイブファルケンはもちろん夜の森にのみ出現する夜間限定モンスターの【ナイトバット】や【ダークラット】の可能性もある。
ボムスターや七色鳥ならいいけれど七色鳥は鳥、つまり世闇に包まれた現状、鳥目(oyoはそういったところが非常に現実的になっている)の彼らが動き回るとは思えない。そういう理由でダイブファルケンの可能性もほぼなくなるが、僕が思いついた中だけで言ってもボムスターである可能性は極僅かで、今の音の主が僕に危害を加えないと思うのは楽観視がすぎるだろう。憶測ならいくらでもできるが実際に見ないことには答えはわからない。
幾度か大きく深呼吸を繰り返し、意を決して振り返った。
「きゅ?」
振り返った先には小型犬ほどの見たことのない生き物が首を傾げ不思議そうに鳴き声を上げて僕を見上げていた。
顔の大きさの三分の一占める小型犬であるパピヨンを思わせる耳が周囲の音をより多く聞こうとしているかのようにピクリピクリと動き、顔を上向かせ僕を見上げる瞑らな瞳は黒曜石のよう。猫のような脚で木の枝をまるで地続きの地面であるかのようにしっかりと立ち、先端がふさふさの毛に覆われた細長い尻尾が心なしかハテナマークを形作っている。暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる薄紫色の毛皮に包まれた姿は確かに見たことの無いものだ、しかし額に輝く真紅の宝玉は彼が一体何者なのか悟らせる物としては十分すぎた。
「カーヴァンクル?」
「きゅきゅ?」
そんな呟きを聞き取ったのか彼は再び首を傾げると、とことこと木の上を近づいてくる。てカーヴァンクルってプレイヤーを見つけたら逃げ出すんじゃなかったっけ?ガーディアンジャガーは僕を無視してカーヴァンクルは逆に近寄ってくる、これ行動逆じゃないの?
突然の珍客に混乱する僕をよそに、混乱の元となった彼(彼女?)は気にすることなく近づいてくると僕の膝に前足をかけて上半身を乗り出して僕の手の中にあるヴァンクの実に鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
「え、えっと………………」
ど、どうしよう。
ヴァンクの実の匂いを嗅いでいたカーヴァンクルが膝に前足をかけたまま僕を見上げてくる。
「………………………………………………………………いる?」
いったい何がなんなんだか、混乱から抜け出しきれず気づけばなぜか口から出てきたのはそんな言葉で、手にしていた食べかけの果実を差し出していた。
そういえばヴァンクの実とカーヴァンクルって名前が似てるな、というかカーヴァンクルの頭とお尻の文字をとればヴァンクだな。
そんなどうでもいいことを考えながら膝の上で三つ目のヴァンクの実を食べるカーヴァンクルを眺めている。
視線は絶対に上げない。横は見ない。
見なくても現実が変わらないことはわかっているけれど、もう少しカーヴァンクルを眺めながら現実逃避をしてもかまわないと思う。
三つ目の果実がカーヴァンクルのお腹の中に消え、果汁のついた右手を舐めるカーヴァンクルの少しざらついた舌にくすぐったさを感じながら背を撫でる。ふわふわのもこもこというわけじゃないけれど、カーヴァンクルの毛は癖が無くさらりとした肌触りをしていて気持ちがいい。背を撫でる手をもう少し上へと延ばして頭を撫でる。頭部は頭部でふんわりと柔らかな毛が生えていてこちらも触り心地がいい。
正直βテストプレイヤーはどうしてカーヴァンクルを狩ろうとしていたのか理解に苦しみそうになる。
いや、理由はわかるんだけどね。
「ん、もう一ついる?」
四つ目のヴァンクの実を差し出せば目を細めて食べ始める。結構な時間こうやってカーヴァンクルと戯れていたらしく、空腹を知らせる虫の音が聞こえてきたのでアイテムストレージから【カカの実】という果実を取り出す。カカの実は見た目は洋梨、皮の下には柑橘系の果物のように小さな粒がびっしりと詰まった果物でその粒の一粒一粒に酸味、甘味、苦味、辛味の四味が詰まっていて詰まっていて、口の中でそれらが混ざり合い一噛みごとに味が変化するおもしろい果物だ。変化すると言っても好みは分かれるだろうがけして不味いと思われるような味にはならないのがすごいと思う。
「ってすっぱっ」
カカの実を一口食べた瞬間、口の中に酸味だけが広がり思わず顔を仰け反らせる。目をぱちくりさせながら視線をおろし……………………………、すぐ目の前にいるガーディアンジャガーと目があった。一生懸命現実逃避してたのに…………………。
現在僕のそばには膝の上に乗ったカーヴァンクルの他にガーディアンジャガーがいる。それも五頭も。
僕が座る枝のすぐ隣、つまり僕の目の前の枝の上に寝そべり顔だけをこちらに向けているガーディアンジャガーに、ちょうど僕の頭上で尻尾を揺らしているのや、すぐ隣で枝の上だというのに器用にお座りし時折カーヴァンクルのことを舐めて毛繕いするのもいれば、枝から枝に飛び移り僕の周りを監視するように移動する子。あと木の根本で丸くなっているのもいる。
正直生きた心地がしない。隣のガーディアンジャガーがカーヴァンクルの毛繕いするときなんかは特に。
たぶん今の僕の表情ってだいぶ強ばってるんだろうなぁ。
半ばやけになってカカの実を一口で頬張り、噛むごとに変わる味を堪能する間もなく飲み込む。
「きゅ?」
早くもヴァンクの実を食べ終えたカーヴァンクルが首を傾げて見上げてくる。
かわいいなぁ、こんな状況じゃなかったら抱きしめたいんだけど、下手に動いたら周りのガーディアンジャガーが襲いかかってきそうで怖くて出来ない。なので喉の下を撫でることで我慢する。
何でこんなことになったのだろうか。最初は偶然にも遭遇したカーヴァンクルにヴァンクの実をあげていただけだったはずだ。それが気づいたときにはすでにガーディアンジャガーに囲まれていた………………。本当にどうしてこうなった。
「きゅ~~」
喉を撫でられ目を細める姿もかわいらしい。
とにかくカーヴァンクルにかまって現実逃避をしていると、夜明けの時間がやってきた。木々の間から白い光が射し込む幻想的な光景に目を奪われカーヴァンクルを撫でる手が止まる。
今まで写真などでしか見たことの無いような光景に感嘆の吐息がこぼれる。
「きゅ」
なかば呆然としていた僕の頬に何かざらついた物が触れ、驚き顔を下に向けるとカーヴァンクルが肩に前足をかけて立ち上がっていた。
「きゅ」
再び一声鳴くと、カーヴァンクルは膝を飛び降り隣に座るガーディアンジャガーの頭に飛び乗り、飛び乗られたガーディアンジャガーはそれを意に返した様子もなく立ち上がり、枝から飛び降りていった。
「きゅ~」
バイバイとでも言うかのようにこちらに尻尾を振るカーヴァンクルに、突然のことで唖然としていた僕はつられるように手を振っていた。そして彼らの後を追って残りのガーディアンジャガーも枝を飛び降り森の中へ消えていく。
後には呆然とした僕がただ一人枝の上に残されていた。
いったい何だったのだろうか?




