6話目 森へ
草原に点在する小さな茂みの中からそっと顔を出して周囲を見回す。
視界に映るのは背の短い草が敷き詰められた草原、そして僕が隠れているのと同じ様な茂みがいくつか。モンスターの姿が見えないことに安堵のため息を吐き、草色の外套をしっかりと羽織って遠くに見える茂みに向かって走り出す。
頭上で輝く日の光を受けながら、躓くような石もない草原を突っ切り茂みの中に頭から飛び込む。そしてその茂みからそっと顔を出し周囲の様子を確認する。
僕が今行る場所はウルフ平野を北に抜け、【ウルティアの湖岸】とそこに流れ込む
【コートロジム河】を進んだ先にある【ウルヘジムの丘】というエリアだ。
湖岸、河、丘とどれも本来ならばアクティブモンスターが生息しない数少ない土地だ。そんなエリアでなぜこんなこそこそと周囲を警戒しているのかというと………………
来た………………。
茂みの中に顔を引っ込め息を潜める。外套を頭から被り僅かな視界を確保するために葉を少しだけかき分ける。
先ほどまで何もいなかった草原を歩く四つ足の魔獣。人の腕ほどの太さがある鋭く巨大な牙が上顎から延び、下顎からも対となるナイフのように鋭くとがった二回り小さな牙。
緑金色の眼で辺りを見回す牛ほどもある体格でありながら、重さではなくしなやかさを感じさせる猫科の動物特有の身体を持つこのモンスターの名前は【トゥースタイガー】。本来はウルヘジムの丘の隣のエリアであるシューラ丘陵に生息するモンスターで、このモンスター一体だけでも適正レベル20のモンスターだ。
なぜそんなモンスターがここにいるのか。正式版になる際に調整されたか、それかあのトゥースタイガーが【はぐれ】であるか………………。
はぐれというのはモンスターが本来の生息域から別のフィールドに移動してくることだ。oyoでごくまれに現れるはぐれモンスターによって、ノンアクティブモンスター狩りをしていたパーティーが不意打ちを受け全滅するということがβ時代には間々あったらしい。
それで目の前にいるトゥースタイガー、たぶんこれは後者のはぐれだと思う。そう思う理由はトゥースタイガーの数だ。
トゥースタイガーは本来2~3体で行動するモンスターで、1体で行動するのははぐれかプレイヤーと戦闘し一体だけ生き残った場合の2つ。β番よりも早くウルフ平原でのレベルが始まったとはいえトゥースタイガーまでというのはいくら何でも早すぎる。となればあれがはぐれであるという可能性がとても大きくなる。
トゥースタイガーが3本の尾で苛立たしげに地面を叩く。
「『気配殺し』………………」
小さく小さくスキル名を発して気配殺しを発動させる。そして息を殺しそれ以上音を立てないよう意識の大半をそちらに向ける。
ヴァーチャルワールドでは心音は聞こえてこないことを本気で感謝しながらトゥースタイガーの挙動を観察する。
トゥースタイガーの視線が右へ左へと動き、その内何度かが僕のいる茂みの上を通過してゆく。
やがて興味を失ったかのように別の場所へと移動してゆくトゥースタイガーを見送り、それから1分ほどは微動だにせずにトゥースタイガーの去っていった方向を凝視し続ける。
そしてトゥースタイガーが戻ってこないことを確認し、そこでようやくいつの間にか止めていた息を吐き出した。
「良かった…………、見つからなかった」
全身から力が抜け僕はその場にへたり込んだ。
けどほんとうに、こんなタイミングではぐれが出てこなくてもいいのに………………。
運営及びトゥースタイガーご本人に恨み言を呟き、再び警戒しながら茂みより顔をだし周囲を見回す。僕が目的とする方角に茂みがあるのを確認し、トゥースタイガーが去っていった方から再び戻ってこないかを確認。茂みを飛び出し次の茂みへと走った。
満点の星空の下、僕はふかふかの毛皮の上に寝っ転がりながら空を見上げていた。場所はウルヘジムの丘を越えた次のフィールド、【ライツジム草原】。このフィールドには四種類の羊型モンスターが生息している。
一つは燃えるような赤い毛で全身を覆う【ヒートアルガリ】。その外見に違わず全身を炎で包み体当たりしてくるモンスターで、これを倒しててに入る【熱羊の毛】で作られた防具は、始まりの町の南にある【カラオ山脈】の山頂部など極寒エリアに行くための必須装備らしい。
二つ目は【ライオシープ】。日が日がな群で眠っている羊型モンスターで攻撃してもなかなか目を覚まさないのが特徴のモンスターだ。眠っている間はほぼ無防備で攻撃を受け続けるモンスターだが、眠っている間はものすごい勢いでHPを回復させ、おまけに時折する欠伸の音を聞くとランダムで眠り状態にされるため、他のモンスターとの戦闘中にこれがいる場合非常にやっかいなのらしい。けれどライオシープ最大の特徴はそこではなく目を覚ましたとき。ライオシープは目を覚ますと眠っている間の鈍感さが嘘のように暴れ始める。おまけにライオシープの毛は非常に堅く剣筋をなかなか通さず、打撃も柔らかに吸収してのける。攻撃方法も頭部の角を利用した体当たりに突き上げ、羊なのに存在する鋭い牙での噛みつきと多彩でライオシープを起こすということは眠れる獅子を起こすも同義であるというのがβ番テストプレイヤー内での常識だったほど。
三つ目は【沈黙の羊】。特徴はこのモンスターの周囲では魔法が使えなくなるという単純にしてやっかいな効果を持っていること。沈黙の羊は常に他のモンスターの群と一緒に行動しているため、この草原で戦闘を行う場合は群の中に沈黙の羊がいないかを確認し、いる場合はいち早くしとめるのが常識らしい。
そして最後が僕がいま乗っている【トレインシープ】。常に群で移動するモンスターで、今の僕のように背中に何が乗ろうとも気にすることなく歩き続けているとおり、β時代でもライツジム草原を移動するのにバス感覚で利用するパーティーもいたらしい。
トレインシープの特徴は上の習性ほかにはその大きさとタフネスだろうか?なにせ小柄とはいえ僕が背に乗っても後二人は余裕で乗れるだけの背中の広さ。牛よりもなお大きな羊というのはどうなのだろうか?そしてその巨体に見合うタフさは3つのパーティーが連携して戦っても一匹の討伐に1時間はかかったらしいことからもよくわかる。
とこれがライツジム草原に生息する4種のモンスターだ。このフィールドは僕が目指す北の他にも西にもノンアクティブモンスターのみのフィールドが隣接していて、アクティブモンスターが出現するフィールドと接しているのは東のみであるため、β時代確認できたフィールドの中でもっともはぐれと遭遇する可能性の低い、というかβ時代に誰もはぐれと遭遇することの無かった唯一のフィールドである。とはいえ絶対にないとは言い切れないので、トレインシープの上に寝転がりながら外套を羽織って(トレインシープの毛は若草色)隠密ボーナスを得ているけど。
「ふぁ、ぁ~ぁあぁ~」
大きな欠伸をしながらステータス画面を開き時計を確認すると、時刻は夜10時を回っていた。ゲームにログインしたのが朝の8時頃だから14時間以上ゲームを続けていることになる。ヴァーチャルワールドでも欠伸をしてしまうというのは相当なものだ。
呼び出したマップで今いる場所を確認し、β時代の掲示板から見つけたトレインシープの放浪ルートと移動スピードを照らし合わせる。トレインシープはまっすぐにフィールドを縦断しているわけではないため、僕の目的地であるフィールドの北側に辿りつくまでにまだ時間がかかる。
目的地に到着するおおよその時間を割り出し、その少し前にタイマーをセットしてトレインシープの背で仮眠をとることにした。
天然の羊毛ベットが暖かい。
タイマーの音で目を覚ました僕は、再びマップで現在地を確認し延びをしながら日が昇った空を見上げた。
「だいたい中天ってところかな」
身体を起こしトレインシープの背中をなでながら北の方を見る。遠くに見える緑色の固まりが僕の目的地であるロォークスの森だろう。そしてその森とライツジム草原の間にある【コロント平野】。ライツジム草原と変わらぬ高低差のない平らな草原を見ていると、わざわざ名前を変えて分ける必要があったのだろうかと思ってしまう。
とそんなことを思っていると僕が乗っているトレインシープが急に北西へと向けていた進路を北へと変えた。
「え?なんで?」
こんなところではぐれ化に遭遇するのかと乗っているトレインシープへと視線を落とし、他にも3体ほどのトレインシープが同じように進路を変えていることに気がついた。進路を北へ向けているのは僕の乗ったトレインシープにそのすぐ傍を歩いていた個体達でそれよりも離れた場所にいたトレインシープは道を開けはすれどもそのままルートを変えることなく歩き続けている。
一応僅か4頭とはいえ集団で動いているためはぐれ化というわけではないとおもうけど、いったいどうしたのだろうか。森の方へ近づいてくれるというのは僕にとってはうれしい話しなのだが、原因が分からず首を傾げる。
「ヴェ~」
トレインシープが足下の草をむしり取り、それを租借しながら歩き続ける。それを見ながらなにがどうなっているのかと、前例が無いか掲示板で調べようとしてふと思い出したことを確認しようと称号を確認する。
「もし記憶の通りなのなら…………、あった」
《剛の者》
β版テストプレイ時、バッドステータス【眠り】以外の理由でモンスターの群の中で昼寝をし たプレイヤーに与えられる称号。モンスターと共に眠ったとき友好度上昇
うん、ウルフ平野でパピーウルフ達と昼寝したな。それも毎日のように。
つまり僕がトレインシープの上で眠ったことでこれの条件を満たしたことになり、近くにいたトレインシープも一緒に有効度が上がったってことだろうか?
「ねぇ、森まで乗せて行ってくれるの?」
『ヴェ~』
周りのトレインシープも一緒に返事を返すように鳴き声を上げる。顔を近づけてきたトレインシープの頭を撫でてやり、再び今度はうつ伏せでトレインシープの背に寝転がる。
「ありがとう、森までお願いね」
「ヴェ~」
トレインシープの背の上で揺られている内に眠ってしまっていたらしく、目を覚ますとそこはすでに森の端だった。トレインシープは森にと平野の境となる場所で寝そべりながら草を食べている。
「着いたんだ」
時計を見ればすでに時刻は朝7時、まるまる一晩眠っていたってことか…………。他のプレイヤーが一緒にいなくて良かった、ゲーム内で【眠り】じゃなくて本当に寝てたなんて恥ずかしすぎる。
トレインシープのおかげでしっかり睡眠をとることが出来たため、ヴァーチャルワールドだというのに心なしか身体が軽いような気がする。
トレインシープの背から飛び降りると彼らもまた立ち上がって僕の傍へと寄ってくる。
「みんなありがとうね」
他に何を言えばいいのか思いつかず、とにかく今の素直な気持ちを礼として口にして寄せてきた頭を順番に撫でる。全員の頭を撫で終えると彼らはここでお別れだということを言わずにも理解しているかのように一声無いてゆっくりと歩き始める。
「それじゃぁみんな………………、またね!」
どこか名残惜しげな鳴き声に思わずそう言っていた。するとその意味が分かったのか、トレインシープ達鳴き声を上げて去っていった。その姿が見えなくなるまで見送り、それから森へと振り返る。
始まりの町を出てから約1日。距離にしてみればそこまでのものではないけれど、本来ならばもっと時間をかけて踏破するべき道。
トッププレイヤーがどれくらいでここまで来るかはわからない。けれどそれまでが僕が得た時間だ。
僕は大きく息を吸い込み近くの木を見上げる。
時間がどれくらいあるかはわからないけど、いい加減一度ログアウトしなきゃな…………。
その後僕はその場でログアウトをして現実へと帰還し、毎日飲んでいる栄養ドリンクを飲み干して汗を拭って着替えをすませると急いでゲームの中へと戻ってくる。
薄暗くなる森の中では隠密へのボーナスが弱まる外套を装備からはずし、身軽な格好で森の中へと足を踏み入れた。




