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only yggdrasil online  作者: X・オーバー
第1章【森の男女】
3/29

2話目 ログイン

歩いて走って、寝っ転がってと時間をつぶしていると、ようやくサービス開始1分前のアナウンスが聞こえてきた。草原に寝っ転がって空に流れる雲を眺めていた僕は、バネ仕掛けの玩具のように飛び起きた。

大きく深呼吸をして一秒ごとに数字が減少してゆくカウントを見つめ、今か今かと数字がゼロになるのを待つ。


ふと視線を下におろせば今僕のアバターが着ているのは白い布製のシャツとズボン、そして白い靴。装備名をそれぞれ【始まりの服】【始まりのズボン】【始まりの靴】という防御力も何もない見た目だけの装備。一月前まで見慣れていた、β版時代に一度も変えなかったその装備に一度苦笑しながら、視線をカウントへと戻す。


後10秒………5秒、4、3、2、………………。






『welcome to only yggdrasil online』






新しい世界が産声を上げた。











ゲームの始まりを宣言され、いつの間にかに瞑っていた目を開く。つい今までいた草原は影も形もなくなり、目の前に現れた大きな神殿を見上げ、そして周囲を見回す。そこは中世ヨーロッパを思わせる煉瓦造りの建物に囲まれた大きな広場で、そこには僕と同じ装備をしたたくさんのプレイヤー達。


「よっしゃー、ユグオンきたーっ!」「ラビット草原行く人PT組みませんかー」「魔法使いの人PT組んでくれー」「武器屋はどこだ?」


辺りから聞こえてくるパーティー勧誘の声などを聞きながら、浮かんでくる笑みをそのままに広場を抜けるために走り始める。恐らくこの場にいるプレイヤー達はレベル上げのためにこのゲームのスタート地点である【始まりの町】の東にあるラビット草原にレベルを上げに行く行くだろう。

始まりの町から行ける狩り場はラビット草原の他には西のウルフ平野がある。ラビット草原は額に角を生やした角ウサギという素手でも勝てるモンスターがポップするフィールドだ。対してウルフ平野はパピーウルフという狼型のモンスターがいるフィールドなのだが、パピーウルフはノンアクティブモンスターで確実に先手をとれるが一度戦闘を始めれば周囲のパピーウルフ達がリンクし、6人でパーティーを組んでいても(oyoは最大6人でパーティーを組める)レベルが低いと簡単に全滅させられてしまうため、始まってすぐに他のプレイヤーが来ることそう無いはずなのだ。ウサギがアクティブモンスターなのに狼がノンアクティブモンスターというのもなんか違うような気がするけど、気にしたら負けだ。僕は気にしない。


広場の混雑を抜けて僕が向かうのはNPCの経営するお店が並ぶ南の通り。HP回復用のポーションや毒消しポーションを扱う道具屋の前を通り過ぎ、プレイヤーのいない閑古鳥の鳴いているお店のカウンターの前に立った。


「干し肉をこれで買えるだけ売って!」


干し肉。名前の通り肉を乾燥させたものだ。oyoには空腹システムが実装されており、干し肉は空腹を回復させるのに使用される数あるアイテムの中でも最も安く人気のないアイテムだ。

VP2でダイブできるヴァーチャルワールドでは視覚や聴覚はもちろん、嗅覚も触覚も何より味覚もリアルに再現されている。そのため家にいながら遠く離れた場所の料理を『味わう』ことが出来るようになった。そしてそれはoyoでも同じことであり、ゲーム内でする食事はその味までしっかりと再現されている。

そしてそんな中でこの干し肉、文字通り肉を干しただけで調理と呼ばれることは一切行われていない。塩胡椒と行った味付けすらも何も。そして何の肉かも不明。それがどういうことか、一言でまずい。とてもまずい。

干し肉を買うくらいならもう少しお金をかけるだけでもっと美味しい物を購入できることを含めて買うプレイヤーが皆無なアイテムなのだ。


そんな干し肉をゲーム開始時の初期金額である1000G全額をつぎ込んで買えるだけ購入した僕は、町の外へ出る為に門へと急いだ。向かう先は西門の先ウルフ平野。






平野と草原はいったいどう違うのだろうか?

緑色の草に覆われたウルフ平野の大地を見る度にそんなことを思うが、ゲームに特に関係しないことでもあり、ほんとにいつも思うだけだ。


始まりの町の西門を抜けて数分、ウルフ平野を西へまっすぐに進んでゆくとようやく目当ての物が見えてくる。平野の中にポツンと浮かぶように存在する小さな泉、そしてその泉を囲むように小さな影がまばらに散らばっており、その影が僕の目当てであるパピーウルフだ。


ウルフ平野の適正レベルはパピーウルフのレベル以上にそのリンクの広さ、数が原因で振るメンバーでのパーティー平均レベル15~20とゲームスタート時から行ける場所としては少し高い。レベル1でパーティーも組んでいない僕では戦闘になれば10秒と持たないのは確実だと思う。

まぁ、それも戦闘が目的の場合なんだけど。


駆け寄りたくなる衝動を抑えながら、泉の周りで丸くなっている幼狼へと近づいてゆく。幼狼の容姿は子犬そのままで、短い四肢や両腕で3頭は同時に抱えられそうな小さな身体を空気を含んで柔らかに膨らむ空色の毛皮に包まれており、身体を包むものより長い毛に被われた尾はどこか狐の尾にも似ている。


丸まって眠っている幼狼を起こさぬように、息を潜めそっと近づけば【隠密】のアビリティの補助がかかり、体を動かして生じる服の擦れる音が多少軽減される。それでも取り立ての成長もしていないアビリティではすぐ傍に近づけば効果もなく、パピーウルフの傍にしゃがもうとした直前に顔を上げこちらを見上げてくる。幼狼の警戒心を込めたつぶらな瞳に頬を緩ませながら構わずその場にしゃがみ込み、アイテムストレージから先ほど買ったばかりの干し肉を取り出し、その一つをパピーウルフの鼻先に差し出した。


「くぅ?」


突如差し出されたものに困惑気味に声をもらし、肉と僕の顔との間に視線をさまよわせる姿に抱きつきたくなる衝動に駆られるが、β版時代にそれを攻撃と判定されて周囲のパピーウルフから一斉攻撃を食らったことがあるため、その衝動を必死に抑えてパピーウルフが動くのを待つ。


たぶんパピーウルフが逡巡していたのは10秒に満たない時間だったと思う。それでも僕にとってはもっと長く感じられた時間、その末に干し肉を差し出されたパピーウルフは意を決したように口を開き…………、横から飛び込んできた別のパピーウルフに干し肉を奪われていた。


「へ?」


思わぬ事態に干し肉を奪った下手人をパピーウルフと一緒に呆然と見つめるが、下手人はそんな視線を気にする様子もなく美味しそうに干し肉にかぶりついている。


「え、と…………」


視線を先のパピーウルフに戻すと、横取りされたパピーウルフは悲しそうな、羨ましそうな目で見上げてくる。思わず苦笑してしまいながら新しい干し肉を取り出してパピーウルフに差し出すと、今度は奪われてたまるかとばかりに急いで食いついてくる。

そんなに焦ることはないのにと思いながら周囲を見回し、そこで初めて自分がパピーウルフに囲まれていることに気付いた。しかも全員期待の眼差しで僕のことを見上げて来るのだ。


え、なにこれかわいい。


先ほど買った干し肉の残りの数と期待の眼差しを向けてくるパピーウルフの数は偶然にも同じ。アイテムストレージから干し肉を全て取りだした僕は一頭ずつ干し肉を与えてやることにした。


うん、みんな一生懸命食べ始めた。


十頭以上のパピーウルフが仲良く(?)干し肉を食べる光景に自然と笑みが浮かんでくる。その場に座り込んでその光景を眺めていると、最初に干し肉をかっさらわれたパピーウルフが、急いだ結果一番早く食べ終えてしまったらしくもっとくれとばかりに鼻面を僕の手に押しつけてくる。


「ごめんね、干し肉もう無いんだよ」


そのパピーウルフを抱き上げ膝の上に乗せて、アニマルブリーダーのジョブスキル【グルーミング】を発動し空色の毛皮を撫で始める。






いい加減そろそろ僕のジョブについて説明をした方がいいような気がするので、パピーウルフをもふもふしながら説明しようと思う。


僕のジョブ(oyoのシステム上の名義で言うとジョブツリーだけど、みんなジョブで通しているので)【アニマルブリーダー(動物使い)】は一言で言ってしまえばモンスターを仲間にすることができるジョブだ。仲間にするにはいろいろと条件はあるものの、強力なモンスターを仲間にすることができれば冒険が楽になることは間違いなく、β版時代にはそれなりの数のプレイヤーがこのジョブを選択していた。

しかし現在この職は数ある職の中でも地雷とまではいかないものの人気の無い職に成り下がってしまっている。原因はβ版時代に実際にモンスターを仲間にすることができたプレイヤーがいないことだ。

モンスターを仲間にする方法は大きく分けて二つ。一つは動物使いがモンスターを倒す方法で、もう一つが動物使い系統職専用スキルの【テイミング】を使用する方法。それぞれの方法は言葉では簡単だけど、実際に行うにはいくつもの問題が上ってくる。


まず一つ目の動物使いがモンスターを倒す方法。まず動物使いがソロでモンスターを倒すということ事態が非常に困難だ。理由はアニマルブリーダーのステータスの低さ。どれくらいステータスが低いかと言えば、魔法職の初期ステータスですら素手で倒せる角ウサギにも勝てないほど低いのだ。

このゲームの初期ステータスは最初に選んだジョブツリーによって決定されるのだが、アニマルブリーダーは全ジョブ中最も初期ステータスとステータス成長率が低い。ステータス成長率というのは、プレイヤーのレベルが上昇したときにステータスが成長する割合で、そのときのメインジョブに定められた成長率に沿ってステータスが成長するため新しいジョブシードが手には入らない序盤は、どうしてもアニマルブリーダーの低い成長率に従ってステータスが成長することになってしまう。そのためソロでモンスターと戦うのはどう考えても不可能とまではいかなくても困難なのは間違いない。

ではパーティーを組めばと思うかもしれないが、oyoではボス、モブに限らずラストアタックボーナスというモンスターにとどめを刺したプレイヤーに、経験値とドロップ率に色を付けてくれるボーナスが存在する。このためとどめを刺さなければ(それでも確実ではない)モンスターを仲間にできないアニマルブリーダーという職はどうしてもパーティーの不満を買いやすくなってしまうのだ。実際β版時代には、がむしゃらにラストアタックを狙い他のパーティーメンバーの不満を募らせる動物使いが相次ぎ、一時は動物使いをメイン、サブ関係なく所持しているというだけでパーティーから爪弾きにあうプレイヤーもたくさんいたそうだ。

僕はそもそも戦闘すらせずに一人で逃げてばかりだったからそのころの苦労はあまり感じなかったけど。


もう一つの方法の【テイミング】はモンスターと出会い頭に使用しても効果はない。まずはモンスターとの友好度を上げる必要がある。友好度を上げる方法はいくつか存在すると言われているけど、確定しているのは【テイミング】と同じジョブスキルである【グルーミング】使う方法のみ。ただしそのどちらもMPを使用するスキルでそれぞれMPを3ポイント消費するのだけれど、動物使いの初期MPはとても低い。たとえば僕の初期MPはたったの4だ。これでは【グルーミング】を使用した後などMPが回復するまでテイミングは使えず、その回復にもその手のアビリティを持っていない限り非常に時間がかかるし、だいたい【グルーミング】一回程度で友好度が劇的に上がるわけでもないためMPが回復しては【グルーミング】、回復しては【グルーミング】を何度も繰り返さなくてはならず時間がかかりすぎる。【テイミング】や【グルーミング】は攻撃扱いにはならないため相手がノンアクティブモンスターなら時間をかけてそれを行うこともできるだろうけれど、アクティブモンスターではそんな方法をとれるわけがないし、ノンアクティブモンスター相手でもそんなことをしていればある意味狩り場の占領に近いマナー違反ともとられるプレイングになってしまうため、動物使いが嫌われる理由の一つになっている。

そのほかの友好度を上げる方法は、β版時代に友好度を確認するスキルが発見されなかったため、プレイヤーの主観によるものではあるけれど、先ほど僕がしたように餌を与えるという方法もモンスターの友好度を上げることができるのではないかと言われている。実際どれだけ上昇しているのかは分からないけれど。

あとこれは僕がβ版時代に感じたことでしかないのだけれど、モンスターと一緒に昼寝をしたりじゃれたりするだけでも友好度が上がっているような気がするのだ。

僕がこのoyoで再びアニマルブリーダーのジョブを選択したのは、たとえ仲間にすることができなくてもこうやって一緒にごろごろできるだけでも十分に楽しいし、β版時代に感じたことを確認しようと思ったという理由もある。β版時代に苦労を感じなかったとはいえ、愛着のある自分のジョブが嫌われたままになっているということに思うところはあるのだ。


「わん」


ぼうっとしながらパピーウルフの背中を撫でていた僕は、別のパピーウルフが一声鳴きながら手とパピーウルフの間に自分も撫でろとばかりに頭を割り込ませてきたことで我に返り、同時に【グルーミング】の効果が切れていることにも気付く。


割り込んできたのは先ほど僕の手から干し肉をかっさらっていったパピーウルフで、撫でられていたパピーウルフは嫌そうにそのパピーウルフに顔を向ける。ちなみに、周りに大量のパピーウルフがいる状態でなんで個体の見分けができるのかというと、それはoyoの凝っているところで同じモンスターでも細部に違いが存在しそれがモンスター達の個性となっているのだ。たとえば今僕の膝の上に乗せているパピーウルフは空色の毛皮の中に一本の白いラインが走っており、割り込んでくる子は目元が隈取りのように白くなっているのが特徴である。他にも顔が少し細長かったり太り気味だったり全体的に少し小柄だったりと、一種類のモンスターだけでもかなりバリエーションが豊富だ。


「はいはい、お前もかわっ……………?!」


苦笑しながら割り込んできたパピーウルフの頭を撫でてやろうとすると、急に髪を引っ張られ顔が強制的に上に向けられる。何事かと首を後ろに回せば、背中に白いラインが入ったパピーウルフと顔がすこし丸っこいパピーウルフが髪にじゃれついていて、振り返った僕を見上げながらも髪をはみはみするのを止めようとしない。髪で戯れる姿は非常に可愛いがやられる側としては非常にいたい。攻撃扱いではないためダメージは受けないけれどできるならば止めてほしい。


「あぅっ、痛い痛いって…………髪引っ張るの止めて、お願いだから」


ヴァーチャルワールド内では相応の理由ー感情の高ぶりーが無いと涙が流れることはないが、これが現実なら目端に涙を浮かべるくらいはしていたと思う。

髪の毛にじゃれるパピーウルフ達を抱き抱えて髪から離すと、今度は膝の上に乗せた子と割り込んできた子が撫でるのを中断されたことが気にくわないのか飛びかかってくる。


「わ、ちょっと待って、待ってってば………!」


それにつられたのか周りで干し肉を食べ終えていた他のパピーウルフ達も同じように飛びついてくるようになり、僕は総勢十四頭のパピーウルフに埋もれることになった。







本日の投稿はここまで。それではみなさま良いお年を

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