17話目 オーダーメイド
【螺旋の鞭】
ATK50
DEX+10
《鉄鼠の尾+鉄の荒縄+鉄狼の革》
僕の手の中にある初めての武器である鞭。虹色モヒカンのカウンターに突っ伏すように眺めていた鞭を腰に戻して盛大な溜息を吐いた。
「…………………………恥ずかしかった」
「ぐるぅ………………」
「ありがとう、テスカ」
普段はのど一つならさないテスカが慰めるように咽をならして鼻を押しつけてくる。そんな彼に礼を言って頭を撫でてやると、テスカは目を細めて膝の上に顎を乗せた。
「まぁ、なんだ。良い武器が手に入ったんだからいいじゃないか。ATK50なんて今は1戦級の武器だぞ」
カウンターの奥で作業をしているボラーの言葉を聞いて額に青筋が走る。
助けを出す素振りもしなかったくせに何を言ってるんだ………………。
意識してボラーを無視してテスカの首本に顔を埋め、僅かにする森の匂いを胸一杯に吸い込むと何となくではあるけれど気持ちが落ち着く。これが半月以上も森の中で暮らしていたが故なのか、それとも森の民たるエルフになったからなのかは分からないけれど、一日も離れていないのに感じる懐かしさに顔を埋めたまま苦笑する。
「元気だしなよツバサくん。ボラーは私が後でとっちめておくからそれで勘弁してくれないか」
「おいおいおいおいおい、Mに見つかったのは不可抗力d…………」
「でも彼を助けようとはしなかったんだろ?」
織機で布を織っているミレディさんからダートが放たれ、ボラーのモヒカンを貫通して壁に掛けられていた的のど真ん中を貫いた。
足下ではジュエラが彼の足を猫パンチよろしくポカポカとやっているが、ダメージは無いらしくPVPモードにはなっていない。
店内の隅で丸くなっていたグリスがのっそりと立ち上がって僕のそばに寄りながらボラーを威嚇するように睨みつけ、気付けば孤立無援の状態に陥っていた。いい気味だ。
「く、味方はいないのか………………」
いませんそんなもの。別に実害がないんだから良いでしょ(精神的な物以外)。
「そういえば、頭装備はどうするんだい?」
「あ、忘れてた」
そうだ、頭装備をどうするか考えてなかった。でも実際どうするべきなんだろうか。すでに頼んである防具はあまり重くならないようにして貰っているが、頭部はゲームシステム上そこにダメージを受けるとクリティカル判定が出やすくなっているため、それへの対策としてあまり素顔を晒さない方がいいとされているけど、それは前衛職の人たちや回避よりも防御をとる人たち向けの装備でもある。回避重視の人ならば帽子やサークレットなど防御力よりも他のステータスをあげる物を装備する傾向にあり、魔法使い職などはINTをあげる物を好んで装備しているという。
さてそうすると僕のプレイスタイルはどうなんだろうか。僕はつい最近までまともに戦闘をしてこなかったが、基本後衛職といっても過言ではないと思う。テスカとグリスが前衛を勤めてくれるし、今はメイン武装として弓を作って貰っている最中だ。しかし同時にビーストトレーナーから次の職にクラスチェンジするには鞭術を育てなくてはならずその鞭という武器は近~中距離用武器、つまり前衛に近い位置での戦闘をする必要が出てくる。しかし僕は防御力もなければ回避が高いわけでもない。職柄総ステータスも他の職とは比べものにならないくらい低いと来ている。
「どうしよう」
正直どうするべきか判断できない。防御を固めても中途半端、回避力もおそらく中途半端。本当にどうするべきなのだろうか…………………。
ステータス画面を開いて鞭術の成長値を確かめる。247。
どうしてすでにこんなに高いかは聞かないでください。あんな理由で上がるなんて………………、不本意です。
これから後どれくらい上げるべきなのか。
森で生活していくならば、今の状態でも別に気にする必要はない。けれどジュエラ達を仲間にできたことで、もっといろんな場所の子たちを見てみたい、仲間にしてみたいという欲がわいてきてしまった。そうするためには僕自身の強化も必要で、今回揃える装備というのは大げさに言ってしまえばこれからの僕の戦い方の方向性を決めてしまうものだ。
「弓矢と鞭はどちらもDEX装備だし、DEXを高める物にしてみたらどうだい?
防御力に関してはほぼステータス依存だけど、回避に関してはプレイヤースキルさえ上げることができればどうとでもなる。ステータスの低いブリーダー系ジョブということを考えてもこれからそちらの成長値もあまり見込めないんだろう?」
「そう、ですね。一度クラスチェンジしてもステータスはあまり伸びてないし………………」
そっか、よくよく考えてみればミレディさんの言うとおりなのか。元々ステータスが低く成長も見込めない以上その他のところに視点を当てるのは当然か………………。
「となれば私のおすすめはサークレット系だね。サークレット系はINT、DEXを上げるタイプが多い。精霊魔法がINTに依存するのかどうかは分からないけど、ポーション作製なんかはINT、DEXの両方に依存するらしいしちょうどいいんじゃないか?」
そっか、ドルイドのおかげでポーションとかも作れるようになったんだ。
そうすると、一度今僕にできることを再確認しておいた方がいいのかな。
少し考えた後ステータス画面を開いてジョブ、アビリティの確認をすることにした。
まず今の僕の種族であるエルフ。
エルフは固定アビリティに精霊言語があり、これにより精霊魔法が使えるようになったけど、その威力ととかは精霊言語の成長値以外に何に依存するのかは分かっていない。一番有力なのはやっぱりINTだけど。
次はメインジョブのビーストトレーナー。
総ステータスが低くて出来ることはモンスターの友好度を上げることとテイム。友好度はジョブの成長値に依存して、仲間にするにはその友好度と後は運。これがステータスとしてのLUCかリアルラックかは不明だしそもそもLUCを上げる装備は今のところ見つかってないそうです。
サブジョブのドルイド。
薬剤師、狩人、山師の三職の合成職。
薬剤師のポーション作製に必要なのはINTとDEXで、狩人は弓に補正がかかり依存するのはDEXで、他にも罠設置(要罠)、探知及び解除でこれらもDEX依存。山師は山や森での方角関知に地図作製スキルがあり、これがINT依存で地図の精度に差が出てくるらしい。
アビリティなんだけど隠密とフリーランは完全に成長値次第なのでおいておくとして、今日手に入れた鞭術。DEX依存か………………。
あれ?ステータスに依存する物ってINTとDEXしかない?
…………………………。うん、サークレットでいいや。
「ミレディさん、サークレットを売ってる人でお勧めの人はいますか?」
「そうだね、いまキャラルの町にいる連中でならミッチーがいいんじゃないかな」
その名前を聞いた瞬間、なぜか背筋がゾワリとした。
「…………………………えと、どんな人なんですか?」
「ん、ちょっと堅物な所があるけど気のいいやつだね。私のリアルでの友人で中学からの腐れ縁だよ。中学高校でのあだ名が一貫して委員長だったような奴さ」
話を聞く限りは普通の人っぽいけど………………、感じた寒気は気のせいだったのかな?
「私の方でさきに話をしておこうか?」
「おねがいします」
うん気のせいだってことにしておこう。それが一番だきっと。
「あ、ぴったしだ」
「多少の大きさのずれはシステムが自動調整してくれるからな」
ボラーに装備の依頼をした翌日。一足先に完成した革鎧を身につけた僕は感嘆の声を上げていた。
ボラーの作った緑色の革鎧【タイガードスペーヒ】はまるで何年も着続けてきたかのように違和感なく僕に馴染み、軽く体を動かしてみても何ら問題が見受けられなかった。
「でも、なんでタイガー?」
「知らん。完全にオリジナルのレシピでもない限り名前は自動的に付けられるからな。【鉄鼠の革】と【森蜂の甲羅】でなんでそんな名前になったのかはさっぱり分からん」
ん~なぞだ。
「それで、一応こいつの説明をさせて貰う。
キャラルの町の東にある森にいる【アイアンマウス】からとれる皮をなめした革を幾層にも重ねてその間に【森蜂の甲羅】を加工した板を差し込んで作ったんだが、効果はDEF25のVIT+5。最前線の素材をふんだんに使ってるだけあって現状の革鎧としては破格の性能だな」
破格の性能らしいです。
「しかし、虎縞模様が入っているわけでもなのに………………、なんでタイガーなんだ?」
「だから知らん。システムに聞け」
ぺたぺたと鎧に触れてみるが、革故の僅かな弾触とその内側から感じられる堅い感触。胸元と腹部を守る多重装甲の二つのパーツと、その二つの隙間を保護するために裏に備え付けられた革のパーツ。三つのパーツに分かれているため体を捻ってもその動きを阻害する感じもない。わき腹もしっかりと三つのパーツに分かれており、背中も同様で全部で12個のパーツからなるこの鎧は徹底して動きを阻害しないように設計されているらしい。
ボラー曰くこの鎧のレシピは防具作製・下位で覚えられる中でも現状もっとも新しいレシピらしく、トッププレイヤーにとっては一種のステータスともいえる造りの鎧だとか。
そんなこと言われてもピンとこないんだけどな。とりあえず今の僕には勿体ないぐらい良い装備ということで大事に使おうと思った。
とりあえず革鎧をアイテムストレージにしまい、カウンターでお茶を飲みながら2人の作業をぼんやりと眺めることにした。今日ミレディさんの友人であるミッチーさんがお店に来てくれるらしく、それまでは店で大人しく待っていることにしたのだ。
ちなみにディリードさんには出発をもう少し待って貰えるよう昨日の内にお願いし、快く承諾を貰っている。oyoのAIはまるで中に人が入っているのではないかと思えるほど自然な振る舞いをし、冒険者風のNPCなど普通にプレイヤーのお店から装備を買っていくことすらあるらしい。そしてNPC1人1人に性格や感情などが設定してあり、相手が不快に思うこと、たとえば依頼をすっぽかしたりNPCだからとモラルの低い行いをすればNPCのそのプレイヤーに対する友好度などが下がり、情報を貰えなくなったり、最悪通報され賞金が掛けられたりすることもあるらしい。ゲームの中と言うよりも一つの世界といっても差し支えのないoyoというこのゲームでは、そういう細かなことでも疎かに出来ないのだ。
待つこと10分ほど。
「ミレディ、来たわよ」
来客を知らせるドアに掛けられた小さな鐘の音と共に女性の声が聞こえ、僕はカウンターから顔を起こして振り返った。
そこにいたのは茶色い髪を三つ編みにして肩から前へと垂らした眼鏡姿の女性で、頭部には頭装備に分類されるのかカチャーシャを付けたアニメ等に出てきそうなTHE委員長といった雰囲気を纏っていた。
「いらっしゃいミッチー」
織機から立ち上がったミレディさんが店の奥から出て彼女ーミッチーさんを出迎える。
「ハイ、ミレディ。貴女から私へ依頼だなんて珍しいから驚いたわよ」
「互いに生産職かつ扱う物にも接点がないから仕方ないっちゃ仕方ないけどね。
ただ今回は私じゃなくて彼の依頼なんだけどね」
肩越しに親指で指された僕は、席から立つと同時に肩に飛び乗ってきたジュエラをそばで丸くなっていたグリズの上に乗せて会釈をする。体をずらして僕を確認したミッチーさんは、目を丸くして体を硬直させたあとひきつった笑みを浮かべた。
あれ?僕何か気に障るようなことした?
「はじめまして、ビーストトレーナーのツバサです」
「え、えぇ、初めまして………………。装飾職人をしてる、ミッチーよ。よろしく……………………」
とりあえず互いに自己紹介をするがミッチーさんは動揺した様子で言葉の切れが悪く、横に立つミレディさんが怪訝そうに首を傾げていた。
「それでこの子のサークレットを用意すればいいのよね。INTとDEX重視で」
ミレディさんに振り返ったミッチーさんはいささか早口で今回の依頼内容を尋ね、尋ねられたミレディさんは小さく頷いた。
「まぁそうなだけどね。なんだ、今日は品物持ってきてないのか?」
「持ってきてないわよ。せっかくの機会だから万人向けの量産品じゃなくてオーダーメイドの一品物の方が良いじゃない」
「え、オーダーメイドです、か?」
「せっかくの機会?」
オーダーメイドの一品物って、一応昨日頼んだ防具や弓はどれもオーダーメイドの一品物だけれど、それは材料の持ち込みをしたから出来たことで今回サークレットに使えるような素材は無い。昨日のボラーにも聞いたけれどやはりオーダーメイドすると素材持ち込みでもない限り相当お金がかかるし、素材持ち込みでもけして安いものではない。現在お金は全額ボラーに預けきっている状態で、正直僕のお金がどれくらい残っているのかはわからない。
「えと、オーダーメイドっていくらぐらいするんですか?今回一気に装備を調えようとしたから今の時点でだいぶ使っちゃってて………………」
そっと視線をボラーのいるカウンターへと向けると『20K』と書かれたボードがそこに置かれていた。
20Kって、2万だよね………………。オーダーメイド品が相手では心許ない数字ではないだろうか?
「あ、気にしないでこっちのことだから。
お金のことも気にしないでちょうだい。貴女のことは掲示板で読ませて貰ってから応援してるのよ。だからサークレットにのお代はファンからのプレゼントってことでサービスさせてちょうだい」
ズズイ、と顔を近づけてくるのを僅かに背をそらせながら、その勢いについつい頷いてしまう。
「それじゃ失礼して…………………」
その後ミッチーさんは僕の顔の画像を四方から撮って帰って行った。
なんだろうミレディさんから聞いていたのとなんか違うような………………。去っていったミッチーさんの出て行った扉を眺めながらぼんやりとそう思った………………。




