14話目 初めてのクエスト*受け付け編
どうしよう、道に迷った。ボラーの『虹色モヒカン』を出た僕はジュエラと町の中を散歩してたんだけど、大きな通りを歩いていると他の人たちの注目をこれでもかってほど集めてしまったため途中から路地に入った。けどそれが失敗だったようで、今自分がどこにいるのか全く分からなくなってしまった。森では頼もしかったジュエラの方向感覚も町では全然機能してはくれず、僕らはどこともしれぬ路地裏をひたすら歩き続けていた。
テスカとグリズ?あの子達なら店の前でお留守番をしている。ジュエラだけでも目立つのに彼らを連れてたらって思ったけど結局変わらなかったなぁ。
「あのぉ、すみません」
いっそのこと建物をよじ登って屋根の上から戻ろうかと本気で思い始めたところで横から声をかけられた。何かと思ってそちらを向くと、そこにはフードを被ったローブ姿の女性がいた。フードを被ってるのに何で分かったのかって?ローブに浮かぶボディラインが女性の物だからすぐに分かりました。
「えっと、僕、ですか?」
周りにはこの人と僕以外いないから間違いないんだけど、一応そう問い返すことにした。万が一にも違ってたら恥ずかしいから。
「はい、あなたです。不躾な質問を申し訳ありませんが、森の民の方ですか?」
何でそれを、と口に出しそうになったところで彼女の頭上にNPCであることを表すアイコンが浮かんでいることに気づき、何かシステム的な物が働いたのだろうと納得することにして、彼女の問いに頷いた。
「あぁ、よかった。やっと同族の方にお会いできました」
そう言ってフードの下から出てきたのは金をそのまま糸にしたかのようなブロンドの長髪と今の僕と同じ鋭くとがった耳。つまり彼女はエルフのNPCだ。
相手が顔を晒したのにこちらだけ隠しているのも失礼に感じ(相手はNPCだけど、このゲームのNPCを動かすAIはまるで本物の人間が中に入っているかのように自然で違和感の無い動きと思考をしてくれる)僕もフードをとった。
「私はディリード、木行神様の巫を勤める者です」
「僕はツバサ、獣使いです」
「キュキュイ!」
肩の上で器用にお座りしたジュエラが妙に胸を張って鳴き声を上げるのを見て、ディリードさんは目を丸くして驚いた。
「神獣カーヴァンクル………………、それも木行神様の加護を受けた………………」
木行神の加護?たしか木行神というのはoyoに設定されてる木火土金水の五行に光と闇を加えた七柱の神々の一柱だ。
何をもってそう思ったのかとジュエラに振り返るとちょうど彼女もこちらに振り返るところで、額の宝石が日の光を浴びて翠色にキラリと輝いた。
「ご存じありませんでしたか?カーヴァンクルの額の宝石の色は加護を与えられた神々の色。紅ならば火行神、青ならば水行神、黄ならば土行神、白ならば金行神。そしてそちらのカーヴァンクルの翠の宝石は木行神様の加護を受けし証なのです」
そんな設定があったんだ。そういえば森で会ったカーヴァンクル達の宝石って七種類しかなかったっけ?水晶みたいに透き通ったのとオニキスみたいな黒いのもいたからそれが光と闇の子なんだろう。
「知らなかった。宝石の色にそんな意味があったんだ」
すごいだろうと胸を張ってみせるけれど、今の話を聞く限りではカーヴァンクルが神の加護を受けているのは当然のこと何じゃないかな?威張るようなことかな?
「それで僕に声をかけたのは?」
「あ、話がそれてしまって申し訳ありません。実は私、いえ私達の住んでいたリベルタの森に邪竜の眷属が現れたのです。森に住まうものが一丸となって邪竜の眷属と戦ったのですが、抵抗むなしく私達は森をおわれることとなってしまいました。
一族の者は散り散りとなり私を含めた数名がようやく神樹人様の住まう森があるというこの地にたどり着くことができたのですがその森の詳しい場所も分からず、共にこの地にたどり着いたのは女子供、老いた者ばかりでこの先に進むのも難しい状態で途方に暮れていたのです」
そういえばキャラルの町って南を除く全方位に森があるんだっけ。でも邪竜の眷属って………………、もしかしてグランドクエストに何か関連があるのかな?後でボラーに相談してみよう。
「えぇと、神樹人ってもしかしてエンシェントトレントのこと?」
「はい、そのとおりです。木行神様の眷属樹であられるエンシェントトレント様です。ツバサ様は何かご存じで?」
驚きながら肯定された問いに、あのとき本当に挑戦しなくてよかったと思いながらディリードさんから返ってきた返事に頷いた。
「エノクさん、エンシェントトレントのエノクさんならロォークスにいますよ」
「本当ですか?!」
喜びと驚きの入り交じった声を上げる彼女に小さく頷いて森のどこら辺であったかも含めて説明すると、ディリードさんは小声で何かー感謝します?とか聞こえたけどー呟くと膝を折って僕と視線を合わせてきた(僕の身長が150ほどなのに対してディリードさんは180程と女性にしては長身なのだ)。
「ツバサ様、お願いしたいことがございます。私達を神樹人様の元へ連れて行っては貰えないでしょうか?」
『移民クエスト【ディリード一行をエンシェントトレントの元へ護衛せよ】
報酬60000G/各5000Ex/各5000TP/碧玉のペンダント
このクエストを受けますか?
▽ ▽ ▽
→YES
NO
△ △ △』
彼女のお願いと共にシステム音が響き目の前にウィンドウが開かれ、その内容に瞬きを繰り返した。クエストってこんな風に始まるんだ。
ん~、エンシェントトレントのところまでの護衛、か。たぶん森に入れば襲ってくるのは虫系モンスターだけだし、それならグリスとテスカがいれば大丈夫だよね。
「あたっ………………!」
ボラーの逞しい腕から繰り出される手刀が脳天に振り降ろされ、十分に手加減されているだろうに痛いその一撃に涙が滲むのを抑えられなかった。
「つっ……………ぅぅ。何するんだよ!」
「何が何するんだ、だ。お前こそ何やってんだよ」
カウンター越しに身を乗り出した僕を呆れ顔で見下ろす数少ない友人は、肩をすくめて長々と溜息を吐いた。
「お前、その移民クエストを受けたんだろ?」
「うん」
ディリードさんからの依頼を受けた僕は、彼女に大通りへの道を聞いて『虹色モヒカン』に戻ってきた。それでクエストの話をボラーに話したのだけれど、返ってきたのは涙が滲むほど痛い手刀だった。
「あのなぁ、聞いた限り移民クエストってのはつまり護衛クエストだ。護衛クエストってのは本来PTを組んでこなすのが普通なんだよ、それを一人で受けてどうする」
「一人じゃないよ。ジュエラ達がいるし、森に入れば襲ってくるのは虫系モンスターだけで、その行動範囲もほぼ分かってるもん」
溜息と共に吐き出された呆れた声に反論するが、ボラーは今度はさらに大きく長く溜息をはいてカウンターの上に肘を突いた。
「OK訂正しよう、普段からガーディアンジャガーとヴォーパルベアに護衛されてるような状態のお前等が、さらに護衛対象増やしてあの2匹の負担を増やしてどうするんだ?しかもこのクエストの護衛対象は一行なんて付くぐらいなんだから2人3人てもんじゃないはずだぞ。それをたった2匹で護衛するとかお前は正気か?」
「い、一応僕だって戦えるようになったんだよ」
「ほぅ、β時代からろくに武器も握ってこなかったお前がどうやって?」
「せ、精霊言語を持ってるから、精霊魔法が使えるように………………」
「はて、精霊言語を手に入れたのはいつだったか?」
「………………………………………………今朝」
「ほうほうほう、今朝、今朝ですか。今朝手に入れたのならさぞかしアビリティツリーも成長してることだろうな。
で、精霊言語の成長値は?」
言葉を交わす度にボラーの顔から表情が消えてゆき、慎重さも相まって彼の体が実際以上に大きくなってゆく錯覚を覚えながら、消え入りそうな声で答えてゆく。
「………………82」
「…………………………………………………」
店内を静寂が包み込んだ。
徐々に、そう徐々に徐々にボラーから感じられる圧力が増してゆく中、僕はついにその圧力に耐えられなくなって頭を落とした。
「僕が考えなしでした………………………………」
「……………………はぁ、まったく世話の焼ける。
受けちまったもんは仕方がねぇ、とりあえず期限は七日だったか?なら六日ぐらい放置しとけ。一日もあればエンシェントトレントのところには辿り着けるんだろ?」
「え、うん。エノクさんのところからキャラルの町まで半日かかってないし………………」
「わかった、クエストに関しては俺が何か考えておく。今はとりあえずこれの話に戻そう」
前進から発していた圧力を消し去ったボラーはカウンターの上に乗った素材を指さした。その言葉に頷いて椅子に座り直すと、彼はどこからともなく取り出した紙に視線を走らせて顔を上げた。
「とりあえず先にっておくが、お前が持ってきた素材を俺じゃ全部は買い取りきれん。量が量だから一個当たりの単価を少し安めに設定させて貰ったが、それでもお前が持ってきた森の素材はどれも現在の市場には出回ってない、フォレストワスプの素材なんかは名前すら知られてない素材だから仕方がないと言えば仕方がないんだけどな」
「あ、そんなに高額で買い取ろうとしなくてもいいんだけど」
「そうはいくか、商人として儲けることを考えるのは当然だがそれ以上に信頼だ。こいつは金じゃ買えないんだからな。たとえ知り合いだからってそれを理由に売買価格を変えられるか」
ボラーってこういうときって本当に頭が固いよなぁ。だけどそれが信頼できる理由であることは確かなんだけど。
「そんなわけで、今はひとまず素材の価格については置いておく。
ツバサは今回装備を調えに来たんでいいんだよな」
「へ、そうだけど………………、その話したっけ?」
たしかその話はしてなかったと思うんだけど………………、あれ、したんだっけ?
「お前の森での話を聞く限りじゃわざわざ素材まで持って町に出てくる理由が無さそうだったからな。攻略組でもないのにマイホームまで持ってよ。
それでほしい装備は?」
「えと、とりあえず防具を一式と弓と後鞭も」
「弓は分かるが鞭?」
「ビーストトレーナーから次の上位職にクラスチェンジするのに鞭術のアビリティツリーが必要なんだ」
獣使いとか確かに鞭が似合いそうだよね。僕は無理そうだけど。
「わかった、ただ弓と鞭は扱ってないから後で知り合いを紹介してやる。それと上下のアンダーと靴は服屋だな。となるとボディとアーム、ハンド、レッグか。頭装備はどうする?兜系なら俺で作れるがサークレットとか帽子だと他の奴に頼む必要が出てくるが。お前の樹上移動なんか考えるとあまり重くないサークレットとかのが良いとは思うけどな」
「あ、そこのところは良く分からないからボラーに任せるよ」
「お前な、まぁいいか」
何かを言い掛けながらもそれを飲み込み、彼はカウンターの上から素材をより分け始める。森蜂の毒針や甲殻など虫系の素材が中心のようだ。
「とりあえずこれは防具の素材として使用する。素材持ち込みでの制作依頼って形でだ。で、これだけじゃ防具はできないから、足りない分は俺のストックを使うが、それの代金はこの素材と交換てことでいいだろ。で残りの昆虫系素材を俺が引き取る、と。代金はこれくらいか」
えと1、10、100、1000、10000……………………、285600、G…………。
「まだこんな値段になるの?!」
「それだけ現段階でこれらの素材が貴重だってことだよ。プレゼントで貰ったって言ってた樹人の枝なんか弓矢や杖なんかを作ってる奴らなら俺が最初に出そうかと思った額の倍は出すぞ。森で枝集めするだけで億万長者も夢じゃないんじゃないか?」
開いた口が塞がらないって言うのはこういうことを言うんだろうか、とボラーの言葉は右から左へと通り抜けてゆくのだった。
呆然としていると背後で扉の開く音が聞こえて僕は我に返った。
「ん、客かい?」
振り返ったそこにいたのは赤い髪を後頭部で括ってポニーテールにしたローブ姿の女性だった。僕を見る切れ長の薄紅色の目は睨まれているのかと思いたくなるほどするどい。ローブの下から浮き出るボディラインは出るところはしっかりと出て引き締まるところはキュット引き締まっており、男性十人に聞けば特殊な性癖でもない限り美人と答えるだろう女性だった。あ、特殊な性癖を持っている人なら踏まれたいとか言い出しそう。
「あぁ普段話してるツバサだよ。ツバサ、そいつは俺のツレでミレディだ」
「え、ツレ?」
ツレって、彼女ってこと?
驚愕の言葉にボラーの七色に染められたモヒカンを凝視すると、それに気づいたミレディさんは大げさな動作で頷いた。
「言いたいことは分かる。まさか私もこいつがゲームの中でこんな奇抜な髪型をしてるとは夢にも思わなくてな。初めて見たときは付き合い方を考え直そうかと本気で思ったくらいだ」
あぁ、この人リアルでのボラーの彼女なんだ。そんな人でもやっぱりこの髪型には思うところがあるのだろう。とうかもしかして、リアルのボラーが今カツラだって知らないんじゃないかな?
βでアバターをエディットするとき、髪型をいじれないって知ったボラーはこの髪型でプレイするためにリアルの髪型をモヒカンにするという暴挙に出て、それでエディット後に頭を丸めてカツラを被ることで普段と変わらないかのように生活をしている。うん、きっと知らないんだろうな。
教えたらどうなるのだろうか、と思いながらもボラーの視線が妙に怖いので教えるのは止めておくことにした。でも、そのうちバレると思うけどなぁ。
「でだ、さっき言った服屋だけどな、こいつがそうだ」
顎で指されたミレディさんはただでさえ鋭い視線をさらに鋭くしてボラーを睨みつけると、手が霞むような速さで振られてボラーの額に小さな針が突き刺さった。
「ったぁっ………………!」
「その服屋って言うのは止めろっていつも言ってるはずだけど?
デザイナーかせめて服職人って呼べって」
こ、怖い………………。まさか立ったあれだけの理由で針をダーツの矢みたいに投げつけるなんて………………。
「それで、私に何かようなのかい?」
「え、あ、はい。実は装備を調えたいんで、ミレディさんにアンダーの上下と靴を作って貰いたくて」
今の光景に唖然としていた僕は、振り返りながら尋ねられた内容にすぐに反応することはできなかった。
「つぅ、ここにツバサが森から持ち帰った素材があるからそれで作ってやってくれ。足りない素材についてはストックを使ってその分の代金と作業費はこいつから買い取る素材の代金からさっ引いてくれ」
「森の素材かい、面白そうだね」
ボラーの説明に目を輝かせたミレディさんは早速物色を初め、残りの素材の中から真っ先に虹色の尾羽を手に取り、それを鑑定すると口元に笑みを浮かべる。そして赤毛熊の毛に守護者の毛に森狼の毛を取り分ける。最後に孤独狼の大毛皮を手にホクホク顔でそれをカウンターの奥へと運んでいく。
「制作意欲を刺激してくれる素材だね。ツバサくんって言ったね。最高の服に仕立てて上げるから楽しみにしてな。
さて、まずは虹色の尾羽をベースに糸を紡いで………………」
早くも自分の世界に没頭してゆく様を見送った僕は、ゆっくりとボラーに振り返った。
「もしかして一緒に住んでるの?」
「まぁ恋人だしな。一応言っておくがoyoじゃ変なことはできんぞ」
「知ってるよ!」




