表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
only yggdrasil online  作者: X・オーバー
第1章【森の男女】
10/29

9話目 アルルカン

目の前に横たわるカーヴァンクル。一体何が起きたのかわからない、いや頭では理解していた。けれど感情がその事実を拒もうとし、僕は指一本動かすこともできずにカーヴァンクルを見つめていた。


「っしゃっ!どんなもんだよ俺の腕は。首もと一発クリティカルヒットだ!」


「はいはいすごいですね。だけど無事森に着けたのも、森に来て早々カーヴァンクルを見つけられたのは俺のアビリティのおかげだってことをお忘れ無く」


知らない声が聞こえ、目の前の光景から目を離せば全てが無かったことになる。そう思いたくてか、僕は無意識に声のした方へと顔を向けていた。


そこにいたのは三人の男性アバターだった。

一人は緑色のバンダナを巻いたくすんだブロンドの男。バンダナと同じ緑色の皮鎧に身を包み手には金属製の弓、腰に矢筒と短剣をぶら下げたレンジャー風の男。


一人は黒髪を後頭部で結って髷にして額に鉢金を巻いて和服に似た黒い服に身を纏った戦士風の男で、腰には細身の反りを持った剣を下げている。


最後の一人は赤毛に先の男と同じ鉢金を巻き、金属製の装甲をベルトで固定する軽鎧に身を包み、左手にバックラーと腰には片手剣を差した戦士風の男だ。


「はいはい、二人ともすごいな。俺は何もしてなくてごめんなさいね。

それよかカーヴァンクルからアイテムはぎ取って脱出しよう。結構奥まで入ってきたから急がないと他のモンスターに見つかりかねん」


「っと、そうだった。でもこれでやっと【宝石獣の玉石】が手にはいるな」


そんな彼らの喜びに溢れた声を聞かされて否応なしに目の前で起きたことを理解させられた。


あぁ、こいつらが、カーヴァンクルを……………………。


胸の奥から悔しさがこみ上げてくる。

他のプレイヤーが森に来るには時間がかかる?たしかにレベルを上げながら先へ進んでいるプレイヤーはその通りだろう。けどそれ以外は?現に自分が森に辿りついているというのに、他のプレイヤーが同じ方法で森に来ないとなんでわかる?


ちょっと考えればわかりそうなことだというのに、自分の脳天気さに反吐が出そうだった。


「っておい、誰かいるぞ」


髷の男が僕に気づく。

その声に反応して残る二人の視線が僕に注がれるが、僕の意識はすでに彼らから視線を外しカーヴァンクルへと向けられていた。


「おい、てめぇそいつは俺らがしとめたんだ、近づくんじゃねぇ!」


ごめんね、もう少し早く動いてたら、こうはならなかったかもしれないのに………………。


そのとき、カーヴァンクルの体が光の粒子へと分解され、その光の粒子はその光景に動けずにいた僕の元へと真っ直ぐに飛んできた。思わず伸ばした手の中に光の粒子が集まり、それはやがて手の平大の紅い宝石へと変化する。


『友好度がMAXのモンスターが他プレイヤーに討伐されました。

討伐されたモンスターとの絆によりモンスターからの贈り物が届きました』


【宝石獣の奇石】

カーヴァンクルとの友好度がMAXのプレイヤーに贈られるカーヴァンクルの遺品。宝石獣の奇石は個体ごとに効果が異なるが、その価値は最低でも王都の一等地に豪邸が建つほどだという。

*効果不明、要鑑定


もう周囲の雑音など何も聞こえなかった。視界の端に映るレンジャー風の男が弓に矢をつがえたのが見え、僕は踵を返して走り出していた。奇石を胸元にしっかりと握りしめて。


木の影に飛び込むのと同時に矢が刺さる軽い音をが聞こえてくる。それを無視して木の影から木の影へ木の合間を縫って森を走る。後ろから届く怒声と時折背後の木に矢の刺さる音。

止まればどうなるかわからない。ここはヴァーチャルワールドというゲームの中だけれどだからこそ、捕まれば何をされるか想像もつかない。

だから僕はひたすら森の奥へと走り続けた。




「キュィッ!」


そんな聞き慣れた鳴き声に思わず足が止まる。そして鳴き声のした方を見ればそこにはカーヴァンクルの姿があり、先ほどの出来事が夢だったのかと頭の中が混乱しかけるが、背後から聞こえてくる追っ手のたてる音、それに何より目の前に現れたカーヴァンクルの額に輝く宝石の色が真紅ではなく翠色であることに気づき手の中の奇石を強く握りしめた。


カーヴァンクルは一度顔を追っ手の方に向けると、まるでついて来いとばかりに鳴き声を上げて走り始める。僕は一瞬躊躇した物の意を決してその後を追った。とうに日は暮れて森の中を闇が支配する中、僕を先導する翠色の光がその闇の中にきらめき、光の帯を描いてゆく。

そして光の帯を追ったいく僕の視界に赤い影が現れる。


「グゥオ…………」


その影の正体はまるで立ちふさがるかのように前両足を上げてうなり声を上げるヴォーパルベアだった。


「なっ!」


こんな時に………………。背後から徐々に近寄ってくる怒声を背に僕は焦る。

前にはこの森の2大モンスターの片割れの姿に思わず脚を止めてしまった。


「キュゥ、キュッ!」


ヴォーパルベアの前足が振り下ろされた。


とっさに顔を庇って目をつぶるが衝撃はなかなかやってこず、恐る恐る目を開けると、本来プレイヤーを見つければ問答無用で攻撃してくるアクティブモンスターであるはずのヴォーパルベアが僕のすぐ横、をすり抜けてゆく。


「え、なんで………………」


一体何が起きているのかと思った矢先、木の上からガーディアンジャガーが僕の目の前に飛び降りてきた。


「キュイ、キューッ」


「ッ、グルルルルルルルゥゥゥッ!グォォォオオオオオオオオオオォン!!」


僕とガーディアンジャガーの間に立ったカーヴァンクルがヴォーパルベアの時と同じように何かを訴えるかのように鳴くと、ガーディアンジャガーは牙をむき出しにしはっきりと怒っているとわかる表情で遠吠えを発してヴォーパルベアの向かった方角、僕らが逃げてきた方へと走り去ってゆく。


そして遠くから悲鳴じみた怒声が聞こえ始めるのと同じくして森の奥からさらにヴォーパルベアやフォレストウルフや見たことのない狐型のモンスター、コウモリ型のモンスター達が現れ悲鳴と戦闘音の聞こえる方へと去ってゆく。


「キュッ、キュキュィ」


呆然とモンスター達が去って行くの見送っていた僕は背後から聞こえたカーヴァンクルの鳴き声に我に返った。

カーヴァンクルに振り返れば再度ついて来いとばかりにしっぽを振るっており、僕はもう一度逃げてきた方へと振り返るとカーヴァンクルの後を追って森の奥へと進んでいった。











僕は暗い洞窟の中で目を覚ました。


「あ、れ?ここは………………」


山のように盛られた葉のベッドから上半身を起こすと背後で何かが動く気配を感じ振り返ると、そこには僕の方にお腹を向けて寝そべるガーディアンジャガーが顔だけを持ち上げてこちらを見ていた。


「キュゥイ」


そして聞こえた鳴き声に振り返れば抗議するように膝に前足をかけて見上げてくるカーヴァンクルがいた。


「そうだ、僕は……………………」


思い出した。仲良くなったカーヴァンクルが殺されて、僕はその場から逃げ出した。その途中でこの子に会い、その手引きで森の奥へと入ったんだ。

そしてこの子の連れてこられたのがこの洞窟で、僕はそのままカーヴァンクルを抱きしめて泣いてたんだ。いつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていたようだ。


「キュイ」


いつも会っていた子よりも少しばかり高い声で額に翠色の宝石を持ったカーヴァンクルが鳴くと、そのまま僕の膝の上で丸くなってしまう。メニュー画面を呼び出して時間を確認するとリアル時間は夜の10時を回り、ゲーム内時間でも夜の時間で、僕はどうやら半日近く眠っていたらしい。


空腹を知らせるシステム音を聞いてとりあえずアイテムストレージを開く。適当な食べ物をと開いたのだけれど、そこに今日採取したヴァンクの実があるのを見て再び涙が浮かぶ。


ヴァーチャルワールドではそう簡単に涙は流れない。つまり僕はゲームでの出来事でありながら、パピーウルフ達の時と同じく今回のことを悲しく感じているということだ……………………。


僕はヴァンクの実を取り出して口を大きく開いてかぶりつく。しっかりと噛むことなく実を飲み干してもこのヴァーチャルワールドでは喉に詰まることはない。


一気に食べ終えて涙を拭う。

そろそろ一度ログアウトしなきゃ。いつの間にか寝息を立てるカーヴァンクルの頭を撫でてやり、起きてからヴァンクの実を食べている間もずっと握りしめていた手を開く。そこにあったのは紅い宝石【宝石獣の奇石】だ。


軽く頭をふって開きっぱなしになっていたアイテムストレージに宝石をしまった。


カーヴァンクルを起こさないように気をつけながら、その小さな体をガーディアンジャガーの懐に寝かせて立ち上がり、僕はログアウトをするための言葉を発する。


「ヴァーチャルアウト」






再び目を開けるとそこは……………………僕の寝室ではなく洞窟だった。


「え?」


驚き周囲を見回せば不思議そうに僕を見上げるガーディアンジャガーと、その懐で丸くなるカーヴァンクルの姿があった。


ログアウト、できない?


「そんな、冗談でしょ……?!ヴァーチャルアウト……!」


再度ログアウトをするためのコマンドを発するが景色が変わることは無く、僕は急いでシステムメニューを開く。


ヴァーチャルワールドから脱出する手段は二つ。一つは今僕がしていたようにログアウトコマンドを発声すること。もう一つはシステムメニューの下の方に設けられたログアウトボタンを押すと言うもの。

しかし僕が開いたシステムメニューの中にログアウト用のボタンが見あたらない。


(そんな馬鹿な………)


何度も何度もシステムメニューを見直すがそれは決して見間違い出はなかった。


「ログアウト、できない………………。

そうだ運営にほうk………………」


運営に報告してこのトラブルに対処してもらおうと思った矢先、システムメニューが消え去り代わりに動画用のウィンドウが開かれる。


『あ、あぁ、あーあーマイクテスマイクテスト、本日は曇天なりっと。

さぁて現在【only yggdrasil online】にログインしている6万と123名のプレイヤー様方、聞こえてるかな?』


再生された動画に映っているのは、サーカスのリングだろうか?その真ん中には派手な衣装に身を包んだ道化師が立っていた。


『ハロー、僕の名前はアルルカン、とあるハッカー【シルク・ド・ノワール】に創られたコンピューターウィルスだよ』











▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽


何か勘違いでもしているかのように大量の羽根飾りをまるで森の木々のごとく取り付け元の形が見えなくなった帽子を胸元に起いて、道化師ーアルルカンは大仰に頭を下げる。


顔を上げると同時に天辺が禿げ上がった頭にその帽子をのせると、側頭部を半円を描いて囲むようにセットされたアフロを軽く整え、赤や黄色と派手な色彩をした菱形をいくつもつなぎ合わせて造られた服の裾を翻してクルリと回ってポーズを取る。見る者全てに常に笑みを見せる白い三日月状の目と口が描かれた黒い仮面で表情を隠したアルルカンは、そんな必要はないというのに注目を集めるために指を弾いてパチンとよく通る音を響かせる。


「さて、全てのプレイヤーの皆様が僕を見てくれたようなので一つ、とってもとおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっても大切な話をしたいと思います。

もうお気づきの方もいらっしゃいますと思いまぁすが?

現在【only yggdrasil online】は通常の方法ではログアウト不可能となりました。もちろん、そうしてるのは僕なんだけどー」


大げさな身振り手振りを交えながら、人の神経を逆なでるような声色口調で語られるのは、全プレイヤーに衝撃を与えるには十分すぎる物だった。


「なんでこんなことをするのかって?さぁ、僕はそうするように創られただけだから理由なんてわからないし?まぁ、僕自身の理由としてはそうするように創られたからとしか言いようがないしね?

まぁそこんところの詳しい話は僕の創造主に聞いて欲しいかな?

で、君たちが今とっても知りたがっているだろうゲームからの脱出方法だけど、とってもシンプルに【only yggdrasil online】のグランドクエストである【世界樹を食らう龍】のクリアに決定しました。グランドクエストを誰かが一度でもクリアすればプレイヤー全員がログアウトできるようになりまーす」


やれやれとばかりに肩をすくめるアルルカンの背後には大きなスクリーンが表示され、そこにいくつもの脚と体中に巨大な口を持った白くぶよぶよとした体の化け物が表示されており、【ニーズヘッグ】という名前が表示されている。アルルカン曰く、このニーズヘッグを討伐することができればゲームを脱出できるらしいのだが……………。


「でもここで幾つか問題があって、現在このクエストはクリア不可能なんだよね。理由はクエストクリアをするためのアイテム、これを入手するためのクエストは今後何度目かのアップデート時に随時追加していく予定だったから。で、そのクエストのデータも現状仕上がってない状態。開発陣には君たちの脱出の為にも早くアップデートしてもらいたいものだね」


うんうん、と頷きながらスクリーンを消し去ると続いてその手元にプレイヤー達にも見覚えのあるヘルメットが現れる。


「さて、皆様は外部から助けが来るとお考えかもしれませんがー、すぐには無理です。

何でかって?

PV2を物理的に外せば強制ログアウトできるとでも思ってます?でも残念それ無理なの。で無理な理由は僕のせいじゃなくて発売元のアトモック社にあるんだよ。

皆様はおかしいと思いませんでした?技術の発展が目覚ましい昨今とはいえ、立った一年という短い時間でより鮮明な世界を作り出せるVP2を作り上げることができたのかって。

答は簡単でね、アトモック社はズルをしたのさ。

VPを含む現状のヴァーチャル関連機器は、脳の表層面と電磁波で接続することでプレイヤーにヴァーチャルワールドにダイブさせてるんだけど、このとき電磁波で接続する場所をもっと脳の深部にする事でより鮮明な世界を構築することが可能なことはもっと前から業界では知られていることだったんだ。けどそれはあまり知られていないけど法律で禁止されている。なぜかって?それはね、その方法では正しい手順で現実に戻ってこないと、強制的に機器との接続を外したり、電源が急に落ちたり、バッテリーの容量がなくなったりして無理矢理現実に戻されたりすると、電磁波によって脳にダメージが与えられてしまうことがわかっているからさ」


VP2を小脇に抱え、背後に再び現れたスクリーンに話した内容をマジックで書き連ねながら声を小さく、声色を重くして脅かすようにそう言った


「脳にダメージを受けると現状確実に障害が残ると言われているね。たとえば耳が聞こえなくなったり目が見えなくなったり。これはまだ軽い方でね、もっと重い症状となると半身不随、記憶の喪失、精神異常等が上げられる。しかもこれらのどれかというわけじゃなく、いくつもの障害が残る可能性だってあるわけだ。そして最悪なのが、筋組織等に何かしらの影響が出た場合には心臓が停止して死亡する場合があることさ。

だから外からの強制ログアウトは不可能、そんな危険を犯すわけにはいかないからね。一応ログアウト不可という現象を引き起こしている僕をどうにかするワクチンを開発しようとはするかもしれないけど希望的観測結果でも2、3年はかかるだろうし、もっとかかるかもしれない。外では大急ぎでクエストの準備とワクチンの開発に勤しむことになるだろうね。

あ、そうそう。アップデートは可能なようにしてあるけど、難易度が極端に低かったりすれば僕がそれを元に難易度を上げて作り直しちゃうし、そこにダミーデータを忍ばせたりしてゲームそのものに進入しようしても僕が防いじゃうから。

それだけのことができるくらい僕は高性能なのさ。

僕の話が嘘だと思う?でも全部本当の話。

アトモック社がなんでこんなズルをしたのかって言う話もしちゃおうか。彼らはね焦っていたのさ。地方の弱小企業だったアトモック社はVPのおかげで一躍世界でも有数の企業となったけど、家庭でも使える家庭用ヴァーチャル関連機器の開発はどこでもやっていること。他社から発売されれば当然アトモック社の利益は減ることになる。馬鹿な経営陣はそれを怖れてより他社との差を開くために禁断の技術に手を伸ばしちゃったのさ。VP2がフルフェイスヘルメット型になったのも、マスクやらバイザーでがっちり固定するのも、全部は不慮の事故で強制ログアウトされないようにするためだったのさ」


手にしていたVP2を弄びながら楽しそうな声色で説明を続けるアルルカン。まるでそこに人がいるかのように周囲を見回し、画面越しにそれを見たプレイヤー達はゴクリと喉を鳴らした。


「しっかもひどい話でね、VP2の内部に関してはリミッターを外しただけでVPそのまんま。VPの下取りだって、買い取った機器の基盤をVP2に移植するだけだし、本当に詐欺だよね」


VP2を消し、一度時計を確認ししたアルルカンは画面越しに全プレイヤーにその不気味な笑みを向ける。


「じゃ、最後に一つ。別にログアウト不可能になってもデスゲームになる訳じゃないから安心してね。

それじゃ皆様、クリア目指してがんばってね~」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ