野球
かきーん。
軽快な音が、夏真っ盛りの7月のグラウンドに響きわたる。
「うお。すげえな」
青空に線を弾くかのようにぐんぐんと飛距離を伸ばす白球。その様を見て不二先輩は驚いたように、声をもらす。
−−結局、白球は勢いを止めず、学校周りを囲んでいるネットにぶち当たり、地面に落下した。
なにそれ凄い。
僕は、驚きの感情を隠さずに、白球を飛ばした張本人に目を移す。
「んー、なんすかぁ、横島君?私の顔に何かついてますかぁ?」
そう、三富士文に。
なにこの子、運動出来ちゃうの?
欠点どこいった。
「あぁ。三富士の顔には、大きくて垂れ目がちな、二重で睫毛の長い少し潤んだ芸術ばりの瞳と、《中略》な、世界三大完成された口にノミネート出来るレベルの、綺麗で妖艶な口が付いているけど、すごいね、三富士、運動も出来るだなんて」
「ヒロインへの誉め言葉の途中で、中略が使われたのは、横島君が初めてじゃないすかね」
三富士はいつもの調子で、話す。いや、ちょっと顔が紅い辺り、案外照れてるのかもしれない。
そんな彼女は、手に持っていたバットを後ろでヤンキー座りのまま左手を構えている黒井さんに預けて、僕が座っているベンチの空いたスペースに腰を落とした。
「照れないでいいよ。そうかぁ……三富士、運動できるのかぁ」
そうなると僕が、三富士に勝てるところなんてあるのだろうか。
ちなみに、女の子との恋愛回数でも勝てないからね、僕。
そんな僕の言葉から、思考を感じ取ったのか、三富士は、
「だいじょうぶっすよ。横島君は、ほら、、、、、、なんなんでしょうね」
「句読点6個分ためといて、『なんなの』って酷くない!?」
「あ、ほら。同棲中の可愛い従姉妹がいるじゃないっすかぁ。身長154cm、体重45キロ、好きなものはワッフルで、嫌いなものは、トマトとピーマン。最近の悩みは、中々従姉妹離れしない変態の将来。でも、従姉妹離れされたらされたで寂しいと思うスーパーデリシャス可愛い横島悠ちゃんが。なんで横島君なんかと同棲してるんですかね」
「最早僕を、なんか呼ばわりなんだけど。というか、なんでそんなに会ったこともない、僕の悠を知ってるの!?」
なにこの子!?まるで黒井さんじゃないか!!
「今、とても失礼な呼び方をされた気がしたけど、横島君、どうかな?」
「失礼、噛みました」
「いーや、わざとだ」
「噛みマミった!」
「やめて!!首もとが不安になる言い方やめて!!」
いつも通り気持ちいいツッコミです黒井さん。あと、割と深夜アニメ見てますよね。
−−そんな感じで、普段と同じように、僕達が話していると、とうとう僕の打順が来た。
僕は、軽くストレッチをしてから、白線?で描かれたバッターボックスに立つ。
……そういえば、まだ、僕達がなにをしてるのか、言ってなかったね。
野球だよ、野球。
今は野球部が合宿でいないから、勝手にグラウンドを使わせてもらって、野球をしている。
いやぁ、堂々としていれば、グローブもバットもグラウンドも、なんでも使えちゃうこの学校は何なんだろうね。
「よし、ばっちこーい」
僕はバットを肩の高さで構えて、数メートル先の、綿貫君に向かって声を出す。
さて、三富士のホームランの後だ。ここで決めて、流れを作ろう。
僕は投球フォームに入る綿貫君から目を離さずに−−え?なんで野球をすることになったかを聞いてない?
あぁ−−。それはね。今から1時間位前に、部長がこんなことを言い出したのがきっかけなんだけど。
その前に、、、、コン。
僕は、綿貫君の放った白球をスーパーグレートアクロバティックバントで、打ち返した。
「バント!?……ってなんでコイツこんな足速いんだよ!?」
「僕が今まで、捕まらずにやってこれた秘訣を知ってるかい?足が速いからさ!!」
「なんなんだよ、お前!!捕まらずにって何に!?」
「社会的な格が違うんだよ!!格が!!」
「なんなんだよ、そのドヤ顔!?お前底辺だからな!?」
ふッ、精々吠えるんだな、綿貫君よ。
ほら、ソコ、この流れでバントとか、なんかセコいとか言うな!!バントだってな、がんばってんだよ!!
犠牲バントなんて糞喰らいやがれ!!って気持ちで、がんばってんだよ!!
僕だって、生きるのに必死なんだよ!!主にパトランプ的な意味で!!
−−で、そうだ。野球が始まった理由だよね?
そうそう。この野球は部長のとある一言で始まったんだよ。そう、こんな一言で。
「……ふむ。なら、野球をしよう」
部長は、唐突に、そう口にした。
理解できる?僕はできましぇん!!
「横島君キモいっす」
すいません。善処します。
「え?何言ってんの?この先輩」
僕の方を見ながら、綿貫君が問うて来る。
何言ってると言われれば、そりゃ野球しよう、だね。
僕がそう言うと、綿貫君はますます理解できない、という顔に変化した。大丈夫、君の反応は概ね正しい。
ただ間違えたのは、理解出来ないのを理解しようとしたことだ。理解できないならそこで考えることを止めるべきだ。
それが、の人たちに対する最良の処置である。
−−さて、そんな頭の上にハテナを浮かべている綿貫君を見て、部長は口を開いた。
「その様子だと理解してないみたいだね、綿貫君」
「理解出来るわけないじゃないですか!?成仏と野球のどこが、関係してんすか」
綿貫君の問いに、部長はフフンと笑って、
「そりゃ、青春だからさ」
「馬鹿だよ、この人!!」
うん、まぁ、綿貫君。君は概ね正しいね。
「馬鹿とは失礼な。いいかい綿貫君。琴吹くんが野球をやりたがってないとは、君にも言えないはずだろ?」
「小学生理論!!」
「ほら立ち上がれ。君と琴吹くんの青春は、まだ終わってない」
部長はそう言って、綿貫君の襟首を掴む。
そして、部員全員を見渡して、
「ほら、立て。野球だ」
「ジャイ〇ンか!?お前はいつからジャ〇アンになった!!」
どうやら一番手は不二先輩のようだ。何の順番かって?部長を説得する順だよ。
「おい不二、野球行こうぜ」
「中〇か!!というか〇島なら良い訳じゃないぞ!!」
……お、これは、良いんじゃないか。こうやって部長のボケを返せば−−
「……野球で負けるのが怖いのか?不二」
「……負ける?誰が!!ふぅわははは!!俺は、正義なのだぞ?格好良いのだから、負けるなどありえなぁぁぁぁああい!!」
駄目だね。完璧にアウトだね。
−−ということで、不二先輩、陥落。
「次は……俺かな」
と、意外に二番手は黒井さんだった。
一番それっぽいし、最後かと思ってたんだけど。
まぁ、でも、黒井さんなら、部長を説得できるだろう。力業で。
「黒井か。来ないと、お前が道端で電話のフリしてることを、バラす」
「君、それ事情知ってるよね!?その言い方はとても誤解を生むっていうか」
「まじですか黒井さん……。僕でも引きますよ」
「うっわー黒井さん。うっわー」
「もう、手遅れじゃない!?」
僕と三富士の反応を見て、黒井さんは部長に詰め寄った。
はぁ……、もう、無理かな。黒井さんは。
−−黒井さん陥落。
「……次は、私」
三番手は、南先輩。まぁ、流れ的に分かってたよ。
そんな南先輩に対して、部長が放った言葉は一言。
「来たら、ご褒美をやろう」
MはSに逆らえないね、うん。
−−南先輩、陥落。
「次は、私っすねぇ」
そう言って、立ち上がるのは三富士。だが、僕も一緒にだ。
−−まぁ、つまり、一人で駄目なら二人で、ということだ。
「後は横島氏と、三富士か」
部長は、僕達を見据えながら言葉を紡ぐ。
−−この時の、僕達は勘違いしていたのだ。
それはとても大事で。
絶対忘れちゃいけないことなのに。
僕達は勘違いしていた。
そう。つまり−−
「お前ら、こんな暑い日に可愛い美少女が運動するんだぞ?見たくないのか」
「「野球、そろそろしたくなってきた」」
駄目な奴が集まっても、駄目なんだということだ。
さくしゃのあとがき
PCがご臨終しました。
携帯投稿は久々なので、書けるか不安でしたが、いつも以上に書けた気がします