ストーキングっ!
相談部に恋路さんが来た翌日。
部室で、黒井さんが、錦君について調べたことを発表していた。
「錦滓君。身長体重それぞれ176、56。交際経験豊富で、今はフリー」
その後もつらつらと、黒井さんは錦君について調べた事を言う。
怖いな、この人の情報網。
だが、
「黒井さん。錦君には彼女いますよ?」
「え?横島君、なんで?」
「いや、昨日偶然、帰り道で錦君を発見しまして。横に女の人がいたから、てっきり彼女かと」
「兄妹とかの可能性は?」
「いえ、河の橋の下で、大人の階段昇ってましたし」
どうにも噛み合わない。
昨日の女の人は、彼女じゃないなら、誰なんだ?
「…横島氏。話を続けろ」
部長の命令口調に、僕の脳髄は反応しちゃうんですううう!
じゃなくて、部長の命令に、ご主人様あああああ!
じゃなくて!部長の言葉に、僕は恐る恐る答える。
これは、錦君の秘密なんじゃないか?
まぁ、言うけどね。この一週間で学んだ事は、僕は部長の命令を基本的に、断れないということだ。
逆らったら、南先輩レベルまで調教されそうで恐いんだよね。
「いや、僕が言ったことが全てですけど。錦君も野外プレイとかするんだなぁ、と」
外でのプレイは、SMの基本だよね。
あと、南先輩。僕に期待を込めた目を向けないで。
僕もどちらかというとMだよ。
「…横島君はいつでもどこでも、常時変態だねぇ」
三富士が怠そうに僕に言う。
怠いんだったら、わざわざ変態言わないで欲しい。
これ昨日も言ったよね。
「ふむ。どうやら今回は、黒井の情報が役に立たないようだな」
「かなぁ。俺は基本人づてだからね。……そういえば、横島君。君ストーキング得意じゃなかった?」
黒井さんが僕の方を見る。
なんで知ってるんだ!?
「すごいよねぇ。地元の小学生を尾行するなんて。変態極まりないよね」
「ちょ…!なんで知ってるんですか!」
「…本当に、尾行してたんだ。冗談のつもりだったんだけど」
「横島君は、結局変態なんすね」
違う!
帰り道が同じだっただけだ!
「じゃあ、横島氏。君が錦滓について調べてくれ。見つかったら逃げろ。いざとなったら不二を呼べ」
部長の絶対命令により、僕の役職が決まった。
男をストーキングする男とか、もう洒落にならない。
放課後。
僕は2‐Dへ向かっていた。勿論、錦滓の尾行のためだ。
「畜生。こんな事するくらいなら、陸上部見学に行くよ…」
陸上部はいい。
僕を裏切らず、いつまでもスパッツで居てくれる。
僕が、遠いグラウンドの方を見ていたら、D組から、彼が出てきた。
錦君だ。
僕は、自分の携帯から、部長へと電話をかける。
今回の尾行は、あったこと全て報告するので、結局電話が一番なのだ。
「部長。錦君を見つけました。尾行します」
『あぁ、見つかるなよ』
僕の耳元から、くぐもった部長の声が聞こえる。
本来なら、それだけでもう興奮してしまうが、抑える。
「錦君一階におりました」
『そういうどうでもいいのはいい』
「錦君、家に帰るでしょう」
『お前にとっては、錦滓の行動はどうでもいいだろうけど、ちゃんとやれ』
分かっているなら、尾行なんてさせないで欲しい。
「依然、錦君には動きありません。…と、思ったら、グラウンドの方へ向かいました。どーぞ」
『そうか。錦滓はバスケ部じゃなかったか?どーぞ』
部長って、案外ノリいいんだな。
どーぞが返されたの初めてだよ。
というか、同じ学校の人に電話をかけるのなんて、小学校の連絡網以来だよ。
てへ。
とまぁ、僕のぼっち歴史は、置いといて。
錦君はどこに向かっているんだろう。
「部長、陸上部の誘惑に勝てません。どーぞ」
『死ぬか?』
「尾行します」
スパッツで死にたくない。
スパッツなら、ブルマで死にたい。
そんな僕らのやり取りに気づかず、錦君は突き進む。
――ん?あっちって、女子陸上部の部室じゃないか?
更衣室じゃなく?
部室になんの用だろう。
『横島氏。大抵の人間は、更衣室より部室の方が、要件はあると思うぞ』
耳元から聞こえる部長の声。
また僕は声に出していたのか。
もう、癖だな。
本当。
「錦君が、女陸部室にはいりました。どーぞ」
『窓から中覗け。どーぞ』
それやったら、僕完璧に不審者だよね。
僕は女陸部室の窓枠に手をかける。中々、カーテンの隙間がない。
と、やっと隙間を見つけたとき、部室から錦君が出てきた。
「中見えませ――錦君と、女の子が出てきました。どーぞ」
『昨日の女か?どーぞ』
「違います。今日の子は貧乳です。どーぞ」
『………』
部長からの返事はなかったが、とりあえず気にしないで二人を追う。
二人は、昨日の時のように、また暗がりへと入っていった。具体的には、体育館裏。
「二人が、体育館裏に入りました。どーぞ」
『体育館裏?それはずいぶんと変なところに』
「僕の予想じゃ、錦君は、今日も大人の階段を、エスカレーターする気です」
『まぁいい。これまで通り尾行しろ』
え…?ここまで来たら、もうどうしようもないでしょ…?
今日もあの謎の敗北感を、味わいそうだよ。
今日も悠を抱きしめられないよ。
……しかし命令に逆らうわけにもいかないので、物陰から様子を見る。
見なければ良かった、と公開したのは言うまでもないが。
「部長。僕、陸上部の見学行っていいですか」
『良くない。ちゃんと報告しろ』
「ねちょねちょしたキスしてます」
『女の方、誰かわかるか?』
「分かりませんけど……。あ、祐子さんですね。小泉祐子」
彼女が着ている、練習着に書いてあった。
僕、これでも目がいいんだ。
『ふむ。…黒井、小泉祐子を調べろ』
携帯から、微かに部長と、黒井さんの声が聞こえる。
くそぅ。こっちは言い表せないほどの敗北感を味わっているのに。
あの二人。そろそろ本気で、本番行きそうだし。
尾行とか、僕。そろそろ本気で、生徒指導室行きそうだし。
誰かに見られたら、僕完璧にアウトじゃん。
『横島氏。聞こえるか?』
「聞こえます。帰らせてください」
『帰るな。死ぬか?』
「ここに居ても死にます」
『いいから聞け。早くその二人をとめろ』
「え?なんでですか?僕恋人同士の逢瀬を邪魔するのは、もう嫌なんですけど」
まぁ、錦君には何かあるようだけど。
『違う。そいつらは恋人じゃない。現に』
『小泉祐子には、彼氏がいる』
カレシガイル。
カレシガエル。
グワ。
『変な現実逃避をするな!なぁ、小泉祐子と、錦滓は和姦か?』
「和姦なんて使ってはいけないざます!下品ですわ!」
『横島氏、落ち着け。ちゃんと見ろ。小泉祐子は嫌がってないか?』
「……ッ!?」
僕は、いまだ体育館裏で、ねちょねちょしている二人を見る。
確かに、もう何分間か二人はねちょっている。それっておかしくないか?
それに、僕には分かる。
小泉さんが、レイプ目だということを!
レイプ目とは、焦点が合わない、悲壮感に溢れた目です。
詳しくはGoogleしてください。
『分かったかい?分かったなら止めるんだ。急げ。横島氏』
そういう部長の声は焦っていなかった。
多分、小泉祐子のことなどどうでもよいのだろう。
さすが相談部部長である。
「くくく。ならば全国の貧乳ファンのために、僕が一肌脱ごうじゃないか!!」
僕は物陰から出て、二人の方向へ向かう。
そう、《あの言葉》を言うために。
これで、この言葉を使うことも無くなるだろう。
だから。
最後だけ、僕に力を貸してください。
それは「こんにちわ」のように。
それは「さようなら」のように。
フランクに
フレンドリーに
ジェントルマンを気取って
優しく
元気に
全てを包み込むように。
全てを超越して。
――ふっ、まさか、こんな使い方をするとは思っていなかった。
この僕が、人のために、この言葉を言うだなんて。
さぁ、覚悟を決めろ。
アイアンクローと、右ストレートに気を付けて。
いざ……ッ!!
「交ぜて!」
アイアンクローも右ストレートも来ませんでした。
ビンタが来ました。
さくしゃのあとがき
ネタバレあるんで、本文を読んでからお読みください。
ただ「交ぜて!」を使わせるがため、この話を書きました。
しかし、錦君、典型的な最低野郎になりそうですね。
私のリア充へのどす黒い感情からとかじゃないです。
本当です。
さて、本編の話ですが、
この依頼、前置きが妙に長いです。
ですが、依頼解決は、実際二話位で終わると思います。
思うなので、確定はできませんが。
では、ここまで読んでくれた人に最大限の感謝を。
また後日、お会いできたらお会いしましょう。