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小さな手

作者: 雪猫
掲載日:2026/10/07


若い時、憐れみと罪への忌避と少しの不安と共に、


眺め通り過ぎていた岬で


今、遙か下の波を見つめている


昨年もここから飛び降りた人がいた



次は






「人生において、神に最も近づく活動とは何か。人の身で、


神に人生を捧げるのに最も適した活動とは何か」。


つまり、「神のために、人間は何をしたら良いのか?何をすべきなのか?


私は何をしたら良いのか?何をすべきなのか?」ということである。



神父として、神を信じ、人と共に十分幸せに生きてきたが、心の何処かで思う。


「足りないのではないか?もっと何か出来たのではないか?


もっと何かすべきだったのではないか?


神はもっと別のことを命じていたのではないか?」


自分なりに色々やってみたつもりだが、結局そこまで過激なこともせず、


逆に過激なことをする人を止めるように生きて来た。


年を取り自分の死が見えて来る頃になって、


それが誤りだったのではないかという思いが生まれてきた。


何もかも誤りだったのではないかという思いが。



「若い時に、神への情熱を持って神父になったが、自分は


神の声を聞き逃していたのではないか?人生を間違えたのではないか?」




自分の汗に溺れながら、恐怖の叫びと共に目覚め


何と分からない悔恨が胸を締め付ける



絶望が確信となる



「間違った。間違ったのだ。人生を間違ったのだ。もう戻せない。


この皺だらけの手では何も出来ない。無駄にした。神から頂いた時間を。人生を。


何という塵に変えたことか。もっと注意深く生きていたら。


もっと謙虚に生きていたら。


見つけられた、神が示して下さったであろう道を。


この目の梁に気付かなかったのだ。


見捨てられた。聴こうともせず、傲慢に生きたから。


神からの自分の義務を果たさなかったのだ。


神に人生を捧げようと、この道を進んだのに、神の声を無視したのだ。


ああ… もう遅い。


私は、神から見捨てられた」



「いや。こんな私でも神は救ってくださるはずだ。


何も義務を果たさず、惰眠を貪り、堕落した者でも。


だが、本当に? 悪魔の親類だろうに。


神の声が聴こえなかった?本当に?無意識に無視していたのではないか?


ああ… 世界には人生の義務を果たしている方々もいるのに、私は…。


神にとって、私の人生など意味は無いのだ。


私は自分の人生を生きれなかった」




遙か下で、多くの岩に衝突し、幾つもの波が砕ける。


赤ん坊とその家族の笑い声がどこか遠くで聞こえる



天を仰ぐと


濁った雲が太陽を覆う


光は遮られ、小さくなっていく



岬に闇が近づいていく




神を呼ぶ声も喉から出せない


十字を切るはずの手も動けない


何度か試みるも出来ない



切なく諦め


ゆっくりと歩を進める


岬の向こうへ





動きが止まる


何かが動きを止めている


振り返ると


小さな手が上衣の裾を握っている


赤ん坊は母の腕の中で私の向こうを見つめている


手だけが上衣の裾を


強く握っている



自分のことに向かいすぎて、ここまで人が近づいていたことに気付かなかった


眼の前の赤ん坊は全くの意想外であり、私は驚愕し思考は一時、停止した



親は謝りながら手を解こうとするが解けない


私も赤ん坊の手を解こうと試みるが、その手は力強く、解けない


眠そうに欠伸をしているのに、その右手だけは外れない



私は突然俗世に引き戻された思いで何も考えられない


解く方法も分からない


岬の向こうに、このまま引きずって行く訳にもいかない


私は途方に暮れた



そんな自分に笑いさえこみ上げた


このおかしな状況と、赤ん坊に裾を握られたくらいで何も出来なくなる自分に



その時、初めて赤ん坊と目があった


私に初めて気付いたようだ



興味津々で私を見つめた後


口から赤ん坊特有の破裂音と共に、


手が離れた



謝りと笑いの中、その家族が離れていく間、赤ん坊は私を見つめていた


2,3回、笑みを見せた




彼らが去った後、岬の向こうへ歩を進めてみた


だが駄目だった


場所を変えても方法を変えても駄目だった



向こうへ行こうとすると


その都度、



服を引っ張るあの感触が蘇る




あの力強い



小さな手の感触が






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