【057.視察・2】
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指定された土地は、平原だった。
そこに野営のテントがあり、テントの前には10人ほどの男たちが並んで立っていた。
男たちは、筋肉ムキムキの身体に、汚れた腰布を巻いて、ベルトに剣をぶら下げ、腕を胸板の前で組んでいた。
表情は硬く、こちらをじっと見つめたままだ。
テントの背後では、大勢の男たちが座り込んでいる。
手にしているのは、諸刃の剣。
鈍い光を見せている。
「あの剣は、鉄ではありませんね」
「はい」と将官。「調べたところ、青銅でした」
「青銅か。銅とスズとの合金でしたね」
「中には、落とされるときに支給されたサバイバルナイフを持っていたりもします」
「そちらの方が怖いですね。切れ味は別物です」
「そんなに違うのか?」と陛下。
「はい。技術的にも別物といってもいいくらいの違いがあります」
「だが、剣は剣だ。違うか?」
その表情は、険しい。
「確かに。甘く見てはいけませんな」
我々が車を降りるのを、彼らは黙って見守っている。
兵士たちもトラックから降りて、整列する。
団長が彼らに向かって、大声で言った。
「こちらは武器を持っていない。そちらも武器を下ろしてくれ」
真ん中の男が、ニヤリと笑った。
この男が、〈エルゼンタール〉の新しい王だ。
「いいだろう」と低い大声で返してきて、腰のベルトから剣を引き抜き、一歩前に出て、左手で地面に剣を突き立てた。
テント前のほかの男たちも同じように行動し、最初の剣のまわりにおのおのの剣をつきたてた。
テント前に整列しなおす男たち。
テントの背後の男たちは、そのままだ。
こちらの兵たちも銃を持っているから、おたがい様だ。
「これでいいか?」と最初の男。
「OKだ」
「では、こちらに来い。メシと飲み物を用意した」
テントの下には、テーブルがあり、その上に何かの動物の丸焼きと素焼きのツボが載っている。
そのテーブルの向こう側に男たちが移動して並んだ。
こちら側に我々が立ち並ぶ。
「そちらが〈スベルト〉の女王ノーラだな。オレが〈エルゼンタール〉の新しい王、チャーチルだ」
「ノーラです。このたびは、御招きいただき、ありがとうございます」と陛下は笑みを見せた。だが、すぐに顔を曇らせた。「先王が亡くなられたことを悲しみ、あなたが王位に就かれたことを喜びといたしましょう」と頭を下げた。
「悲しむことはない。女王、おまえには先王のすぐ近くに行ってもらうのだからな」
「はい?」
頭を上げた陛下が首を傾げる。
彼が手を挙げた。
それを合図にまわりが暗くなった。
見回すと、テントのまわりを囲む塀が出来上がっていた。
その内側には、長い板を立てた男たちが、穴の中に立っていた。
「罠です、陛下」オレは陛下に身を寄せた。
「そう、罠だ」とチャーチル。「女王を殺し、〈スベルト〉をいただくことにしたのだ」
「私を殺しても」とオレの影から顔を出す陛下。嫌悪の表情だ。「王国は奪えませんよ」
「わかっているさ。これは手始めでしかない」
彼は、テーブルの下に手を伸ばした。
ほかの男たちもだ。
テーブルの下から出てきた手には、鈍く金属的な光を反射する剣が握られていた。
新たな王が、陛下に向かって、その剣を片手で振り下ろした。
ガキッという音がした。
剣が空中で止まっていた。
剣の下には、オレの左の前腕。
痛みはないが、さすがに響く。
「パオロ!」陛下が驚いている。
「御心配なく。念のための防具を身につけてまいりました」
王は驚きながらもニヤリとして、剣の柄に、もう一方の手を添えて、力を入れてきた。
「どこまで持つかな?」といやらしくほくそえむ。
グググッと押し込んでくる。
「力比べ、ですか」
オレにそのつもりはない。
いくら、日々、筋力維持の運動をしていても、こんな筋肉男にはかなわない。
右手を腰の後ろにまわし、一気に身体をまわして、王に背中を向けた。
歯止めだった前腕がなくなり、剣に注いでいた王の力が、一気に前に落ちてきた。
陛下に届く前に、その腕を左手でつかんだ。
背中に王の身体がくっつく。
それとともにズブッと鈍い音が聞こえ、振動が伝わる。
右手にもその感触がある。
オレはその右手を、そのまま上へと力を込めて移動させた。
王の表情が変わった。
「おまえ……何を」
筋肉は硬いが、切っ先はすでに体内だ。
オレが手にしているのは、サバイバルナイフ。
落とされたときに支給されたあのナイフだ。
手入れは済んでいる。
切れ味は、鈍ってはいない。
これまで仕留めた獣に、この刃を何度も突き立ててきた。
それと同じように、そのナイフが、王の身体に食い込み、今、心臓に達した。
王の身体から力がなくなっていく。
背中に熱いものが染み込んできた。
王の血だ。
王の手から剣が地面に落ちていく。
グッタリした王の身体が重い。
その身体を、勢いをつけて背中で押し倒した。
力のない王の身体は、テーブルの向こうへと崩れて落ちた。
ほかの男たちは、何が起こったのかわからずに、王の身体を見つめた。
オレは、血のついたサバイバルナイフを右手で高々とかかげ、叫んだ。
「王は死んだ! オレが殺した! オレがおまえたちの王だ!」
男たちがオレを見た。
唖然としている。
陛下や議員たちもだ。
「おまえたちのルールだ! 王を殺せば、王になれる! そうだな!」
男たちは唖然としながらもうなずいた。
「ならば、オレはおまえたちの王だ! 異存はないな!」
「おまえが王だ」と王のとなりにいた男。動揺はしているが、冷静だ。低い声がこちらの腹に響く。「だが、おまえもルールに従わねばならない」
オレは、同じように声を落とした。
「そうだな。だが、その前に話を聞け。オレは王を続けるつもりはない。王の座はくれてやる。だが、〈スベルト〉との戦争は小競り合いだろうがやめてもらう」
「なんだと」
野獣たちが牙をむき出した。
「おまえたちは〈スベルト〉の何が欲しい? 力で奪う必要があるのか? 〈スベルト〉が本気になれば、おまえたちと戦わずに〈エルゼンタール〉を焦土と化すことができる。本当のことだ。それでも戦いたいか? おまえたちに守るべき家族はいないのか?」
男が言った。「いる。守らねばならん。そのための戦いだ」
この男が、ナンバー2の男、サリオスだ。
顔や身体に大小さまざまな傷を持っている。
「わかる。だが、空から爆弾を落とせば、戦わずに終わるぞ。そうしたら守りたい者たちを守ることはできない」
彼らはそれを想像した。
そして、身震いした。
「王よ、だったらどうすればいい?」
「陛下に忠誠を誓え。必要な物は、何かと交換すればいい」
「交換できるような物などない。〈エルゼンタール〉は肥沃な土地ではない。弱肉強食の世界だ」
「ならなぜ、〈スベルト〉に移民しない?」
「〈エルゼンタール〉が我々に与えられた土地だからだ」
「なるほど、わかった。では、労働をして、賃金を得て、物を購入したらどうだ?」
「落とされる前のようにか?」
「そうだ。もちろん、最初は〈スベルト〉の支援が必要だろう。その上で、労働を対価にする。軍に入隊することもひとつの手だ」
「支援か。王よ、そのことを約束できるのか?」
「私が」と陛下。表情は硬いままだ。「約束しよう」
うなずく男。
「では、王よ。次の王は、どうするのだ?」
オレは、微笑みながら男を見つめた。
それから言った。
「サリオス、おまえではダメか? その前におまえたちのルールを変えるか。“王を殺した者が王になる”、のではなく、”みんなで選んだ者が、王になる”。その方がよかろう」
まわりの男たちが、サリオスを見た。
新しいルールに従えば、その男が王となる。
「決まったようだな」
「新しいルールか。それをみなが受け入れるかどうかだな」
「受け入れさせるんだな。オレはもう王の座を明け渡した」
「わかった」
男は、剣をテーブルに置き、その右腕をオレに伸ばしてきた。
大きな右手――剣でできたタコが硬くなっている――がオレの前に開かれる。
オレは、その右手を自分の右手で握った。
男が握り返してきた。
力強い。
こちらも精一杯の力で握り返すが、男に勝てるわけがない。
握手が解かれた。
オレは、右手の痛みをなくそうと振る。
男は、それを見て笑った。
それから叫んだ。
「盾を倒せ!」
テントのまわりで板を立てていた男たちが、一斉に板を前へと倒した。
そこには、両軍の兵士が、顔をつき合わせて、にらみ合っていた。
男たちは剣をもち、兵士たちは銃を持って。
「王は死んだ! オレが新たな王だ! みんな、下がれ!」とサリオスが叫んだ。
「兵士よ!」と陛下も叫ぶ。「下がりなさい!」
将官が兵士たちに指示を発する。
兵士たちは、ゆっくりと後ずさり、隊列を組んだ。
それを見て、〈エルゼンタール〉の男たちも渋々下がる。
新たな王の命令で、まわりの穴が埋められ、先王の遺骸が片付けられる。
テーブルがテントの下から出され、代わりに草で編んだ座布団が地面に置かれた。
そこに全員が座る。
素焼きのコップで、水が配られた。
「本当は、ワインでもあればよいのだが、ここには作る余裕もないし、作る技術もない」
「必要ありません。この水だけで」
王と陛下のコップが打ち鳴らされ、ふたりがそれを飲んだ。
毒が入っていたら、陛下は死ぬだろう。
だが、陛下は王を信じて、飲んだ。
陛下に変化は見られない。
それどころか、笑顔を見せた。
「おいしい水」
「近くに泉がある。遠い山からの水だ。ミネラルも豊富だろう」
~'15.08.21(金)~
動物の丸焼きが、素焼きの皿に載せられ、それぞれに配られた。
「本当は、女王を殺したあとに、祝宴を開いて食べる予定だった」
「その女王と一緒に食べることになって、残念ですか?」
王は、首を振った。
「先王は、血を見るのが好きだった。狩りをするだけではなく、気に障る者たちをなぶり殺しにしていた。笑いながらな。我々の本来の戦い方ではない。こうやって、敵国だった者たちと同じものを食すのは、いいことだ」
陛下もうなずいた。
「私もそう思います」
オレは自分のナイフについた先王の血を地面に払った。
草の上に血の雨が降り落ちた。
ハンカチを取り出し、ナイフに残った血を拭き取る。
「失礼しますよ」と断ってから上着を脱いだ。
おお、と男たちが唸る。
陛下たちも驚いている。
上着の下から出てきたのは、白く細い板を細いヒモでつなげたベスト。
それから前腕部にも同じ板をグルリと巻いている。
「パオロ、それは?」と陛下。
「防弾とはいきませんが、なまくらな刀なら防げるかと。セラミックです」
「セラミック?」
「陶磁器の一種です。職人に作ってもらいました」
「いつのまに」
「今回の視察のことを聞いて、すぐに〈エルゼンタール〉やチャーチルのことを調べました。彼らをよく知る人たちからもネットを介して話を訊きました。陛下の御命を奪うかもしれないと考え、すぐさま準備したのです」
「そのナイフは」と王。「上で支給されたサバイバルナイフだな」
「はい。今回のために研ぎ直しました。武器を持ち込んでしまいましたね。申し訳ありません」
「いや。こちらも持ち込んでいたのだから、おたがい様だ」
「陛下の御そばに、と言っていたのも」と口を開いたのは、団長だった。「このために?」
「そうです、団長。最初の配置では端の方でしたね。あれでは陛下を御守りできなかったでしょう」
「なかなかの知恵者だな、おまえは」と王。
陛下もうなずいた。「この者は、“〈スベルト〉の宝”といってもいい男です。本物の知識をその頭に持っているのです」
「本物の知識? 頭に持っている?」
「さまざまな文献を記憶しているのです。今、その知識を王国のために使っています」
「なるほど。確かに宝だ。しかし、先王の殺害は、見事だった。殺しをしたことがあるのか?」
この質問に全員の顔がオレを見た。
どう答えようか、と一瞬のあいだ、考えた。
だが、ここでウソをついても仕方あるまい。
「陛下、御許しを。私は何度もこの手で人を殺めてきました。自殺に追い込んだこともあります。生き延びるための手段でした」
みなが、驚いていた。
それもそうだろう。
今まで、そんなそぶりは一度も見せてはいなかったのだ。
粗野な言動もしていない。
大学教授のような態度をとってきたのだ。
誰もオレを殺人者とは思うまい。
ところが、目の前で人が殺されたところを見た。
本人の口から、自分は殺人者だ、と告げられた。
今後、オレを見る彼らの目が変わるだろう。
いや、すでに変わっている。
「パオロ」と陛下。声がうわずっている。一度、咳をした。「パオロ、よい。この惑星では、“過去は過去”だ。そして、みなが犯罪を起こして、落とされた者たちだ」
「この惑星で生まれた子どもたちは違います。陛下も含めて」
「だが、犯罪者の子どもではある」
「子どもに罪はありません」
「ありがとう、パオロ。だが、落とされた者にもう罪はない。あるとすれば、これから犯罪を犯した者だけだ」
「私は、陛下の命に従いましょう」
陛下は、笑みを浮かべて、うなずいた。
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