【043.黒い物体】
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いつものように出勤しようと、玄関ドアを開けた。
さわやかな春の空気が、まだ涼しさを残している。
テオがドアを閉める。
「行きましょう、先生」
「うん」
ふたりで歩き出す。
前の庭園のようすを見る。
低木や草花が、太陽を浴びて輝いている。
その庭園の奥の方に、何やら黒いものが見えた。
オレは、それを見るために庭園に足を踏み入れた。
「先生?」
テオの呼びかけに答えずにそれに近づく。
だんだんとその姿がわかってきた。
意外と大きい。
翼がある。
ちゃんと広げたら60cm以上はありそうだ。
最初は、鳥だと思った。
だが、この惑星に鳥はいない、と聞いた記憶がある。
それに鳥にしては、首が長いし、小さな頭には2本のツノがある。
前足はなく、後ろ足は飛行機の垂直尾翼のように羽が板状になっている。
尻尾は平たく長く、左右に6対の厚みのあるヒレのようなものが出ている。
グッタリはしているが、どうやら生きているらしいのがわかる。
いたのは、庭園の壁のそばだ。
その壁を見上げてみた。
小さなシミがあった。
どうやら目測を誤って、壁にぶつかったらしい。
その動物の状態を見る。
翼の左側がおかしな曲がり方をしていた。
「なんです?」とテオが覗き込む。
「鳥形の動物だ。誤って壁にぶつかって、落ちたんだろう。骨折しているらしい」
「生きてるんですか?」
「身体に起伏が見られる。息をしているよ」
「どうするんです?」
「まずは、保護する。骨折しているなら手当てが必要だな。君は、この動物がなんであるかを調べてくれるか?」
「わかりました」
テオは、フェイスを動物に向けて撮影すると、足早に去っていった。
オレは、玄関を開け、バスタオルを持ってくると、その動物をそっとくるんだ。
骨折場所に痛みが走ったのだろう、動物が大きくピーッと鳴いた。
バスタオルに噛み付く。
「すまない。痛むだろうが我慢してくれ」
テーブルの上にそっと載せる。
テディーに箸を用意させる。
オレは、サバイバルナイフを自分の部屋から持ち出した。
ナイフで箸を適切な長さで切る。
その箸で、骨接ぎするわけだが、さて、包帯がないぞ。
そこで自分のワイシャツをナイフで切り裂いて、包帯を作る。
その動物の無事な右翼に手を触れてみる。
動物が抗議の鳴き声を出すが、抵抗はしない。
翼の構造は、皮膜の上に羽毛が生えている感じで、中に骨がある。
動物の頭にタオルをかける。
きっと痛みで暴れるだろうから。
暴れてかまれる可能性もある。
念のために脚を縛っておく。
これも暴れるのを防ぐためだ。
左翼に手をかける。
痛みの鳴き声をあげる動物。
暴れようとするが、動くに動けない。
とにかく手早く済ませよう。
骨接ぎを終え、羽をたたんで、羽ばたけないようにしてから、戒めを解く。
脚で立ち上がる動物。
ピィーッと一声。
「しばらくは、安静にしていないとダメだぞ」
腹側は、明るい空色。
長い首をくねらせながらこちらを見る。
真っ黒い目が、まわりを映し出す。
まるで黒いガラス玉のようだ。
その顔は、鼻が細長く、その下に口。
口は、鳥のようなクチバシではなく、ヘビのようにも見える。
細かく鋭い歯が、口の中から見える。
おそらく虫を食べる生物なんだろう。
何を与えるべきか、わからないな。
だが、水は飲むはずだ。
小さな器に水を入れて、動物の前に置いた。
少し迷いはしたが、動物は水を飲んだ。
舌を筒状にして、ストローのようにすする。
「便利な舌だな」
ポケットの中のフェイスが震える。
取り出してみると、テオからの電話だった。
「もしもし?」
「その動物、“渡り竜”です」
「渡り竜?」
「ええ。この時期に産卵場所を求めて、暖かい場所に飛んでくるんだそうです。王都で見られるのは珍しいとか」
「生態はわかるかね? 何を食べるかとか」
「主に昆虫となっています」
「ふむ。どこかで見つけてこなくてはいけないな」
「ええ。で、どんな具合ですか?」
「骨接ぎを終えた。今、水を飲んでるよ」
「そうですか。今日の仕事はどうします?」
「この子の面倒を見なくてはいけないからね。動物園はあったかね?」
「残念ながらありませんね。獣医もいません」
「そう言えば、竜の卵が流通しているんではなかったかな? そんな話を聞いたことがあるが」
「ちょっと待ってください」
電話の向こうで、テオがまわりに話を聞いている。
「もしもし。業者がいるんだそうです」
「竜の?」
「ええ。種類は別ですが、同じ竜ですから参考になるかも」
「わかった。その業者にあたってみよう」
「出向くんですか? 国の外れにあるんで、泊りがけになりますが」
「ふむ、さすがに無理だな。電話は?」
「調べてメールします」
「頼む」
業者との連絡が取れ、竜がどんなものを食べているのかを訊いた。
そこでは、昆虫の幼虫を与えているという。
その昆虫も養殖しているのだ。
「でも竜だったら食べやすくしてやれば、なんでも食べますよ」と業者。
「なんでもと言っても、植物はダメでしょ?」
「そうでもありません。ヒナには幼虫のようなものでないといけませんが、大人だったら雑食なので食べますよ」
「そうなんですか」
「もちろん、食べられる大きさにしてやるべきですがね」
「なるほど。ほかに注意すべき点は?」
「静かなところにいさせてやるべきですね。騒がしいのは苦手なので」
「わかりました」
ベッドサイドテーブルの引き出しをカラにして取り出し、その中にタオルごと竜を入れる。
引き出しは、比較的浅いものなのでちょうどいいのだ。
自分の部屋に運び入れ、近くに水を入れた容器と適当にちぎった野菜、それに細切りにした肉を用意して、ドアを閉じた。
「テディー、この部屋の掃除はしなくてもいいからね」
「わかりました」
オレはその足で、文化院の部屋に行き、室長に報告し、休みの許可をもらって、外出した。
フェイスで検索して、その店に行く。
釣具屋だ。
王国には、川や池がところどころにある。
そこで釣りを楽しむ人の姿も見受けられていた。
落とされてから発見されるまでのあいだ、やっていた釣りで味をしめたのだろう。
そうした人のために道具を売っているのだ。
釣具屋ならば、釣りエサとして、昆虫を売っている。
いくつかいたが、ミミズのような幼虫をもらうことにした。
スタッフに保存方法や扱い方を訊いておく。
部屋に帰って、ようすを見ると、竜は、肉にも野菜にも口をつけていなかった。
その代わり、水が空っぽになっていた。
水を追加してから、釣りエサを容器に入れて、置いてみた。
竜の目の色が変わり、すぐさまパクついた。
おいしそうに次から次へとついばんでいく。
「食欲があるなら大丈夫だな」
野菜と肉は、必要ないだろう。
あとで、自分で食べるとするか。
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