【037.過去は過去】
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数日後、テオが寝込んだ。
念のため、医師を呼んで診てもらった。
「風邪ですね」
「風邪?」
「ええ。ウイルスは、この惑星のものです。それほど症状が悪化することはありません。以前は、頭を冷やして、栄養剤を飲ませるしかありませんでしたが、ようやく薬ができるようになり、患者の負担も軽減されるようになりました。ありがたいことです」
「そうですか」
創薬プロジェクトが必要な薬を供給しはじめたんだな。
室長に連絡を入れると「人をやるから、看病を任せて、仕事してもらえないかしら?」と言われた。
「わかりました」
しばらくすると玄関チャイムが鳴った。
「来たようだな」
玄関を開ける。
オレは、一瞬、心臓が止まった。
目の前に立っていたのは、マリーンだった。
「室長からテオさんの看病を、と言われてきたんですが」
その顔は、外気の寒さで淡いピンク色をしている。
オレは、我に返って、目をしばたたいた。
それから言った。
「よく来てくれた。助かるよ」
彼女をテオの部屋に連れていく。
「医者に見せて、薬をもらった。少ししたら症状が落ち着くそうだ」
「そうですか。なんの病気なんですか?」
「風邪だそうだよ、ここの」
「大丈夫なんですか? その」
「移るかどうかだね。大丈夫。医者に確認したよ。体力の低下した人でなければ、発症することはないそうだ。テオは、おととい深酒をして体力が落ちてたんだよ」
「そうだったんですか。そう言えば、昨日、二日酔いで気持ち悪そうにしていましたね」
「うん。どうやらそこにウイルスが入り込んだんだね」
彼女にテオの看病を頼んで、オレは仕事をしに、文化院の部屋へと向かった。
その夜は、彼女に夕食を振舞うことにした。
テオは、ベッドでおとなしく寝ている。
「お料理、なさるんですか?」と驚くマリーン。
「ああ。テディーの作る食事は、味が少し気に入らなくてね。それにメニューも限られているし」
「すごい」
「味が合えばいいんだが」
テーブルで一緒に食べる。
オレは、彼女の反応をチェックする。
彼女の表情に笑みが浮かんだ。
「おいしい」
ホッと安堵する。
「よかった」
「テオさんがうらやましい」
「彼も多少は作れるんだよ。私と一緒に作るから」
「そうなんですか」
「君は?」
「私? 簡単なものしか作れなくて」
オレにはもう、彼女がミリーには見えなくなっていた。
まったくの別人だ。
ミリーは、手料理をあれこれ作ってくれた。
どれもおいしく、一時は食べ過ぎて太ってしまったくらいだ。
マリーンの言葉遣いも、ミリーとは違っている。
それにマリーンがロボットだったら、監獄ステーションに送られるはずもない。
犯罪を犯すロボットは、異常だ。
そんな異常なロボットは、SXEに回収される。
そのはずだ。
目の前の女性にロボット感はない。
ふつうの女性だ。
食事をしているからロボットではない、というつもりはない。
高級セクサロイドともなれば、そのくらいできることは、SXEの営業から聞いている。
ミリーには、そこまでの機能はなかった。
だが、目の前のマリーンは、食事をおいしそうに食べている。
「君は、どこに住んでいたのかな?」
「〈第5リオン星系〉〈ペトロバ〉です」
「〈ペトロバ〉か。南北に氷の大陸があって、あとは大小さまざまな島が点在している惑星だったね」
「いらしたことがあるんですか?」
「いや。いろんな情報を頭に詰め込んでいるんでね。植民星地図からの情報だよ」
「そうですか」マリーンは、急に不安そうな悲しそうな表情になった。「私、育った記憶がないんです」
「えっ?」
「確かに住んでいました。でも最近までの記憶が全然なくて」
「まわりの人は?」
「親切なかたばかりで。でも一ヵ所に住んでいたわけではないので、私の小さなころのこともみなさん、知らなくて」
「そう。そんな君がなぜ、ここに? ああ、いや、“過去は過去”だった」
「なんですか?」と首を傾げる彼女。
「過去のことは言う必要がない、ということだよ。みんな、誰も言わないんだ」
「ああ、だから訊いても何も教えてもらえないんですね」
「そういうことだ。だから君の過去のことも訊かない。言いたくなければそれでいいんだよ」
「そうですか」
夕食後、彼女を寮まで送ることにした。
城内だから危険なことはないはずだが、念のため。
しばらく黙ったままで歩いていく。
城内は、静かで、誰とも出会わない。
ふたりともコートを着てはいるが、寒さが染み入ってくる。
暖房設備は、室内だけだからだ。
風が吹いていないだけマシだ、とも言えよう。
「先生」
「なんだね?」
「ご家族は?」
「独り者でね。上でも下でも」
「どうして結婚なさらないんですか?」
「良縁がなかったんだ。それだけだよ」
「本当に?」
「ああ」
「さみしくはないんですか?」
「正直にいうと、ときどきはね。だが、それほど強い欲求でもないし。独り者でいた方が楽な場合も多い。でも良縁があればいいなとは思っているよ」
彼女は、それで黙った。
「君もいずれは、結婚して子どもをもうけるんだろうね」
ふと、彼女が立ち止まる。
2歩、3歩先でオレは立ち止まり、振り返った。
「どうしたね?」
「子どもは」と小さな声で彼女。「できないんです、私」
オレは、言葉をなくし、頭が回転した。
子どもができない?
つまり、不妊症か?
彼女が歩き出す。
オレを追い越す前に、オレも歩き出した。
彼女を見続けながら。
「大人になって、事故にあって、記憶はそのときからないんです」
オレは、黙ったまま、彼女のとなりを歩く。
「身体のほとんどが、その事故で修復不可能な状態だったそうです。それを父が医者に頼んで、サイボーグにしてもらったんです」
「サイボーグ?」
知らない言葉だ。
記憶を探る。
あった。
“生物に、生物本来の器官同様、特に意識しないでも機能が調節・制御される機械装置を移植した結合体”とある。
どういう意味だ?
「身体に機械を埋め込んだ?」
「というよりも脳髄を機械の身体に埋め込んだ、と言った方が近いですね」
彼女の歩く姿をまじまじと見た。
それから軽く笑って、頭を振った。
「冗談はやめて欲しいな」
彼女は、小さなため息をつき、表情を曇らせた。
「本当、なのかね?」
うなずく彼女。
「とても見えんよ、機械の身体などと」
「SXEの技術を使っているそうです。ロボットの身体なんですよ」
「だが、食事を食べてたじゃないか」
「ええ。味覚もありますし、消化器官もあります。血液もリンパ液もあるんです。脳に栄養を送るために必要でしょう?」
「まぁ、確かに。……サイボーグか。初めて聞いたよ。……ああ、それで子どもが産めないと」
うなずくマリーン。
機械で身体の一部の機能を代用するというのは、義手や義足レベルなら知っていた。
中には、全身麻痺の人間を、神経信号で動かすような研究もある。
だが、まさか、人間の脳髄をロボットの身体に移植するとは……
なぜクローン技術を使わなかったのだろう?
もちろん、確立された技術ではないが。
サイボーグ技術なら確立されていたのだろうか?
残念ながらオレの記憶の中からは、それらしい情報は引き出せなかった。
「気持ち悪いですよね、こんな身体」
「ほかに誰が、そのことを知っているんだね?」
「軍医とアネットさん、それと室長です」
「ならほかの人には、言わない方がいいだろう」
「どうしてですか?」
「そういう目で見られるようになる。ほぼ確実にね」
「先生は?」
マリーンの瞳が、オレに向けられていた。
「どうかな。事実を知ってしまった今でさえ、信じられずにいる。それが正直なところだ。これからも君を人間として見続けるよ、と断言はできないな」
「そうですか……そうですよね。先生は、初めて会ったときに私を見つめていましたね。まるで信じられないものを見たような顔で」
「あはは。すまないね。知り合いによく似ていたものだから。その人はここに落とされるような人じゃないから、ありえないと思ってね」
「その人は、先生のいい人?」と下から覗き込む。
「だった人、だね。いろいろとあって、別れたんだ」
「そうだったんですか。つらかったですか? それともせいせいした?」
「つらかったし、今でも彼女のことを思い出すよ。そういうとき、孤独を感じてしまう」
「彼女の方から離れていったんですか?」
「いいや。私の方から別れを切り出したんだ。どうにもできなくなってね」
「そうですか」
マリーンは、前方の床を見つめながら歩き続けた。
そんな彼女を見ていて、オレは素直に言った。
「君は女の子だね」
「えっ?」と反射的にオレを見る。
「人の恋愛話を聞きたがるのは、女の子の証拠だよ」
「なんか、バカにされた気分」とホオをふくらませるマリーン。
「あはは。それだけ君がふつうの女の子だと思えるんだ。機械の身体というハンデを感じさせることもない」
「それはうれしいですけど。けど、まだまだ子どもだと思われてるみたい」
「私からしたら、君はまだまだ子どもだよ、マリーン」
「もう」
彼女は、プイッと前を向くと歩みを速めた。
オレは笑いながら、そのあとを追いかける。
寮についたのは、それからすぐだった。
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