【027.プロジェクト始動】
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室長から、出来上がった分だけでいいから、とリストの提出を求められた。
それを見た彼女が、オレの顔を見る。
「本当にこれらをすべて記憶しているの?」
「ええ。なんならひとつ選んでください。それを入力して見せますから。画像や図は、無理ですが」
「いえ、そのまま、続けてください。あと、どのくらいで出来上がるかしら?」
「ひと月ほどかと」
「わかりました。その日の入力分を毎日提出してください。各分野の人間にチェックしてもらって、必要なものをリストアップしますから」
「はい」
「テオは、どう? 使えますか?」
「ええ。とはいえ、入力ばかりの仕事で申し訳ないのですがね」
「それは仕方のないことですわね。本人もわかっているでしょう。何か不便なことは?」
「これといって。ですが、脳内の情報を取り出せるようになればいいのに、とよく思います」
「ああ、確かに。あとで脳科学の人間に訊いてみましょう。完全に取り出すことはできなくても、それなりの情報が得られるだけでも違いますから」
「そうですね」
3日後。
室長とともに別の部屋に行く。
脳科学の研究室だ。
男性に紹介された。
ジェイ・サーストン。
スキンヘッドの40代。
黒い肌。引き締まった身体。
握手を交わす。
口が開くと、白い歯が見える。
服装は、定番に見えるが、デザインが明らかに違うので、私服だとわかる。
簡単な説明を受けて、ベッドに横になった。
ここで脳の活動を調べるのだそうだ。
頭が固定され、電極が頭の皮膚に貼り付けられ、それからカバーが下ろされた。
真っ暗になった。
マブタを閉じて、指示を待つ。
まずは、そのまま何もしない状態。
次にリストを思い浮かべた状態。
それからテオにリストの打ち込みの指示を行なう。
「すごいですね」とジェイ。「こういうのを見るのは、初めてですよ」
「こういうのとは?」と室長。
サーストンは、少し考えてから、こう説明した。
「脳は、ご存知のとおり、そのエネルギーとして、糖を使っています。その糖は、血液によって運ばれます。ここでは、その血流を調べて、脳のどの部分が活発化しているかがわかります。どの部分が活発化しているかがわかれば、脳の働きがわかるわけです。
ふつうの人間だと活発化する部分がそれほど多くはないんですが、モーガンさんの場合、脳のあちこちを複雑に使っているんです。長年使ってきたのでしょう。本人が意識することがないくらいに」
「そう。それでどうかしら? 情報を取り出すことはできそう?」
「はっきりとした情報は申し訳ないが、無理です。ですが、脳内のイメージをある程度の解像度では出せるはずです」
「それだけでもありがたいわ。まさか、手術なんてしないわよね?」
その点は、オレも気になっていた。
「本当はそうしたいところですが、そんなことをしてもあまり意味はないでしょう。安心してください、モーガンさん」と彼は胸に置いていたオレの手を軽く叩いた。
「よかった。戦々恐々としていたところでした」
「でしょうね。手順としては、文字や図形を見た際の脳の反応を記録していきます。そのあと、実際に記憶したイメージと脳の反応をつなぎ合わせ、イメージの解像度を上げていきます。それが済み次第、本来の取り出したい記憶の出力に取り掛かることになるでしょう」
「どのくらいの時間がかかるかしら? 記憶の出力を開始できるまで」
「さぁ。今話したのは、本来、被験者が見ている夢をイメージ化するのが目的でしたからね。なんとも言えません。本当にイメージが出力できるかどうか、解像度がどこまで得られるか。やってみないと」
「そう。パオロ」
「はい?」
「やってみてもらえるかしら?」
「ええ。サーストンさんのおっしゃっていることは、間違いなく実現可能です。すでにそうした論文が発表されています。発表されたかたは、それで起業しましたが、営業力がなかったのでしょう。すぐに経営難で倒産しました。ですが、どうすればいいかはわかっています」
「知っていたの?」
「記憶にはありましたが、引き出すキーワードがなかったのです。それがこの記憶術の欠点ともいえます」
「ならすぐにでもはじめられるわけ?」
「サーストンさんが言った手順を踏みますが、紆余曲折することなく、すすめられますから、3日でイメージの取り出しが開始できるでしょう」
「そう。なら協力して、やってもらえるかしら?」
「わかりました」
さらに3日後。
「あぁあ」とテオがため息をつく。「これで私の仕事がひとつ、なくなりましたね」
それは、最初のリストが出力されたのを見ての感想だった。
そこには、今まで口頭で伝え、入力するしかなかった内容が出力されていた。
「その代わり、新たな仕事も増えたよ、テオ」
「新たな仕事、ですか?」
彼は、その出力されたイメージを見つめたが、何もわからないと首を振った。
「これはただのイメージだ。そのままでは、コンピューターで検索もかけられない。検索できるように入力の必要がある」
「これを私が入力するんですか? 今までどおりに」
「さすがにそれをやれとは言えないな。コンピューターにやらせる方がいいだろう」
「コンピューターに?」
室長の前に立つ。
そして、出力されたリストを提出した。
「素晴らしいわね。ここまでのものになるとは」
「ですが、イメージでしかありません。検索できるようにコンピューターに入力が必要です」
「このままではダメなの?」
「これは、画像なんです。文字データに変換してやらないといけません」
「そう。では、人を集めて、入力させるしかないわけね。すぐに手配するわ」
「いえ、その必要はありません」
「どうして?」
「必要なのは、OCRソフトです」
「OCR? 何かしら?」
「optical character reader。画像上の文字を読み取ることのできるハードウェア、あるいはソフトウェアのことです」
「初めて聞くわ」
「そうですか。そのソフトがあれば、コンピューターに通すだけで、イメージから文字データに変換することができます。変換したあとにチェックが必要ですが、かなりの労力と時間を節約できるでしょう」
「なるほど」
彼女は、電話をかけはじめた。
どうやら相手は、ソフトウェア技術者のようだ。
しばらく話をしたあと、受話器に手を当て、オレに話しはじめた。
「そうしたソフトはないそうよ。そうした要望もなかったから、開発するしかないって。理論も何もないところからのスタートになるから、長期のプロジェクトになるだろうって言ってるわ」
オレはうなずいた。
「一からスタートする必要はありません。必要な情報はここにありますから」と右手の人差し指で、自分の頭をトントンと叩いた。
「本当に?」
「もちろん、簡単ではありません。ですからイメージの取り出しを行なっているあいだに、開発を進めてもらいます。どうでしょう?」
「ちょっと待って」
彼女は、電話相手に話しはじめた。
開発に割ける人員がいるかを訊いている。
「ああ、そうだったわね」と彼女は考え込み、それからオレを見た。受話器を押さえる。「手が空いているのは、新人数人しかいないそうよ。プログラミングはできるけど、設計とかは無理だって。それでも大丈夫?」
「ふむ」
オレは、どうすべきかと考えた。
設計やプロジェクト管理ができる人間がいなければ、プログラマーは何もできない。
「リーダーは、あとから参加できますか?」
「もちろん」
「では、それでプロジェクトを組みましょう。基本設計を私がやります。プログラマーには、機能別プログラムを指示しましょう。リーダーが来た時点で、正式にプロジェクトを稼働させればいいのではないか、と」
「わかりました」
彼女は、また電話に向かって、指示を出し、電話を置いた。
「すぐにプログラマーが集まるわ」
会議室がひとつ割り当てられ、全員が集合した。
プログラマーは、全員で4人。
20代後半がひとり、あとは30代だ。
男女ふたりずつ。
彼らにプロジェクトの内容を説明する。
それから必要な機能を、どうすれば実現できるかの資料を差し出した。
それは、オレの記憶から取り出したイメージを出力しておいたものだ。
彼らに理解させた上で、機能ごとに作業を分担させる。
作業を開始。
しばらくようすを見てから、脳科学研究室に戻る。
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