【025.部屋】
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その日の仕事を終えるころ、アネットが部屋に戻ってきた。
区切りのいいところで、仕事を終え、テオや室長と別れ、アネットとともに部屋を出る。
「これからあなたの住む場所に向かいます」
「城の中に?」
「はい。不便はないはずです」
「雨露しのげれば」
「必要と思われるものは、すべて揃っていますわ。足らないものもおっしゃっていただければ、できるだけご用意いたします」
連れていかれたのは、草花と池で彩られた広い庭園。
その周囲をめぐる通廊は、庭園側に柱を向けている。
庭園の正面にその部屋があった。
ドアの前に立つと自動的にスライドして開く。
「すでにパオロさんを登録してあります。あなたを認識して、カギを開けてくれます」
「では、カギは自分なのですか?」
「そういうことになります。どうぞ」
中に入って、驚いた。
広い空間があったからだ。
そこには、くつろげるソファーやテーブルがあり、リビングとわかる。
ソファーは、少なくても3人がけとひとりがけが、ふた組。
その中心に置かれたテーブルは、木目が美しい。
奥には、カウンターと三つのスツール。
カウンターの奥には、キッチンが見える。
そこにベッドやバスタブやトイレはない。
五つのドアが見えてはいるから、そこにあるのだろう。
「あの、広くありませんか? それともほかの人と一緒なのでしょうか?」
「あなたおひとりの部屋です。ご友人と住まわれてもかまいませんが」
「ご友人と言われても」
「食事は、ここで食べることも、外で食べることも自由です」
「ここで? 自分で作れと?」
「お好きなら。ですが、ロボットに作らせればいいでしょう」
「ロボット? SXEのロボットが?」
「いえ。ここの技術で作ったロボットです。SXEのロボットは、この惑星には、ひとりもいません」
「です、よね」
驚いた。
SXEのロボットが囚人に提供されてるのか、と思ってしまった。
SXEとは、ロボットの開発・製造・販売を行なっている会社で、そこのロボットは信頼度の高いものだった。
「以前にお使いだったのですか? SXEのロボットを」
「ええ、まぁ。仕事柄、何度か」
作業用から個人的に購入したセクサロイドまで。
総じて、オレをいらだたせることはなく、仕事にも支障は出なかった。
「でしたら期待はなさらないでください。SXEの作業用ロボットの足元にもおよびませんので」
「ふむ。しかし、調理できるのでしょう?」
「メニューは、限られていますが。“まずくはない”というレベルです。ご自分でお作りになられるのでしたら、ロボットに指示すれば、材料その他を食料庫から取り寄せてくれます」
「いちいちドアまで?」
「いいえ。隠れた通路からそれぞれの部屋へと搬送されます。ですからドアを開けて受け取る必要はありません」
「なるほど。まぁ、ロボットの腕前次第としておきましょう」
「そうですわね」
「しかし、こんな広い部屋ではなく、こじんまりとした部屋を考えていたのですが」
「部屋は、それぞれの能力を考慮して、割り当てられます。その割り当て条件をパオロさんが満たしたというだけですわ」と微笑む。
「過大評価されても……」
「思った以上の成果が出なかったときは、こちらの落ち度です。そのときになって、部屋を移れ、とは言いませんわ」
「なるほど。ほかのかたがたは? 近くにお住まいに?」
「さまざまですわ。城の中にいる者もいれば、城下に部屋を借りて住む者もおります」
「ああ、そうでした。確か、部屋を借りたら、手当てが出るんでしたね」
「はい。その際には、申請をしていただかねばなりませんが」
「わかりました」
「それからこちらを」
彼女が差し出したのは、シガレットケース。
少なくてもそう見える。
彼女から受け取った。
金属表面に幅広の木目模様。
それ以外に特徴はない。
「なんです?」
「個人用の通信機器です」
「通信機器?」
「電話でもメールでも。各種情報も扱えます。ロボットやコンピューターとのインターフェースにも使えます。デザインが気に入らなければ、交換いたしますわ」
「なるほど。あなたとの連絡にというわけですか」
「室長の連絡先も入れてございます。使い方は、それほど難しくはありません」
「わかりました」
「念のために言っておきますが、それで場所の特定もできてしまいます。調べれば、どこにいるのかがわかるようになっています。常に監視しているわけではありませんので、あまりお気になさいませんように」
そうは言っても、居場所を特定されてしまうのは、気分が悪いな。
「気にしないようにしましょう。常に持ち歩いた方がいいのでしょう? お話しからすると」
「そうしてください。それから王都を出ると、アラームが鳴るようになっています。警備にもそのことが伝わります。ご注意を」
「王都から出るなと?」
「許可申請をお願いします。知識の流出を避けたいのです。そのための処置とお考えください」
「“知識は宝”、ですか」
「はい」
彼女は、ほかにも必要なことを説明して、部屋から出ていった。
オレは、ようやく緊張を解いて、ソファーに腰を降ろした。
ソファーが柔らかく、オレを迎え入れ、身体が沈んだ。
疲れていたらそのまま寝てしまいそうな心地良さだ。
どこからかモーター音が聞こえはじめた。
耳をすませて、聞こえる方向を確かめる。
キッチンの方からだ。
そちらから人影。
いや、違う。
ロボットだ。
SXEのロボットを知っている身としては、それをロボットとは認めたくないくらい陳腐なデザインだ。
身長150cmほど。
頭は直径20cmほどの球体。
その頭が載っている胴は、円柱形。
その左右に人間と同じ自由度を持つ腕。
腕には、やはり5本指の手。
円柱の胴の下には、脚はなく、一対の車輪があるだけ。
うまくバランスを取りながら、動いてくる。
全体の色は、青白いが乳白色に近い。
そのロボットが、止まった。
距離は、オレの座っているソファーから50cmくらいだろうか。
「初めまして。私は、ロボットです。テディーと呼ばれています。名前の変更は可能です」
頭部の球体には、人間をデフォルメした顔が表示され、しゃべるたびにその唇が動いた。
「テディーか。よろしく。私の名前は」
「知っています。パオロ・モーガン様です」
「パオロと呼んでくれ。何をしていた? ドアが開いて、話し声が聞こえていたはずだが」
「それはすみませんでした。起動に時間がかかっていました」
「わかった。さっそくで悪いが、夕食を頼む」
「メニューを選んでください」
アネットから受け取った通信機器――“フェイス”と呼ばれているそうだ――がテーブルの上で踊りはじめた。
小さなモーターで震えているのだ。
フェイスを手に取る。
震えが止まって、その表面が木目から白地になり、黒の文字が浮き出した。
文字は、メニューを示していた。
ロボットから送られてきたのだろう。
右手の人差し指でタッチして、選んだ。
「さっそくお作りいたします。そのあいだに何かドリンクを飲みますか?」
「そうだな。食前酒はあるか?」
「あります。メニューから選んでください」
またフェイスが震える。
新しいメニューが表示された。
スパークリングワインを選んだ。
「すぐにお持ちします」
「いや、その前にシャワーを浴びてくる」
「では、出てからの方がいいですね」
「ああ」
オレは、ソファーから立ち上がり、バスルームに向かおうとして、どのドアがそれなのか知らないことを思い出した。
「バスルームは、どのドアだ?」
「そちらです」と右腕を伸ばして、指し示した。
「ありがとう」
シャワーを浴びて、バスタオルを腰に巻いて、出た。
テディーに着替えはどこにあるかを訊く。
SXEのロボットなら、何も言わずに用意してくれているところだ。
着替えは、クローゼットの中。
入っていたのは、定番の服と白い生活着。
下着も靴もそこにあった。
さっぱりして、着替え終わると、ソファーに座る。
テディーが、食前酒に頼んだスパークリングワインの入ったグラスをテーブルに置く。
彼はそのまま、キッチンに戻る。
出てきた食事は、それほど酷いものではなかった。
一般受けする味付けだ。
悪くはないが、少し濃く感じる。
調整をテディーに指示したいところだが、やめておくことにした。
下手に調整しようとすると、味付けがおかしくなるかもしれないからだ。
そうなったら食欲もわかなくなる。
SXEのロボットなら、ちょっとの文句で全体的に微調整してくれるのだが。
それにレパートリーも多い。
彼女たちには、ライブラリーがあるのだ。
テディーには、それがない。
仕方がないが。
時間があれば、自分で調理をしよう。
やはり、慣れないマクラは眠りに誘ってくれない。
どれだけ寝返りを打っても大丈夫なくらいのベッドの大きさも、ひとり寝には大きすぎる。
SXEのセクサロイドがいれば、下の世話とともに添い寝もしてくれるのに。
まさか、テディーをその相手にするわけにもいかない。
ちょっと想像してしまって、にやけてしまう。
今彼は、何をしているのだろうか?
きっと掃除か何かをしているのだろう。
それとも眠っているのだろうか?
SXEのロボットなら、必要な仕事が終わったら、人工脳髄の処理能力を落として、身体を休める。
ロボットだからといっても、身体や人工脳髄を休めなければ、金属疲労などを起こして、故障してしまう。
そうならないように休めるのだ、と以前聞いたことがある。
昔、購入したセクサロイド、ミリーのことを思い出した。
彼女は、オレの恋人だった。
それ以上に家族だった。
オレの心休まる家だった。
そのときの仕事から離れるのが、つらかった。
それは、同時に彼女との別れでもあったからだ。
できれば、彼女を取り戻したいが、それはできない。
SXEに回収してもらったのだが、特別な契約はしなかった。
保管の契約をしていればよかったのだが、仕事の関係上、それはできなかった。
次の仕事に就いたときに、SXEに確認を取った。
ミリーをふたたび買い取りたい、と。
だが、彼女は、すでに中古として、売られてしまっていた。
気落ちしたが、仕方のないことだ。
購入した人物がわかったとしても、すでにミリーの記憶にオレの姿はない。
新しいご主人様に幸福を与えてもらえるように、とオレは祈った。
それ以降、ほかのセクサロイドをミリーのように感じられたことはない。
ミリー、おまえに会いたい。
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