王妃様は無双する
私はユーフェミア。
ソレイユ王国のお飾りの王妃をしている。
外交はもちろん、国政にも携わらせてもらえない。
理由は私が弱いから、らしい。
ソレイユ王国は、何百年と魔物と戦ってきた歴史がある。
北部の最前線にして、大陸を守る守護者の一つでもある。
それは現在でも変わらない。
故に、国政に関わる者は皆、歴戦の実力者なのである。
それは王妃にも適応される。
王妃は国を守れるほどの力がないと、王妃として扱われない。
そして私は、ソレイユ国の遥か南にある小国の出身だ。
魔物なんて見たことがない、穏やかな国柄だ。
なぜ生国と、ソレイユ王国との縁談が纏まったのか。
それは私の母が、大陸で一番大きな大国である帝国の王女だったからだ。
帝国は外交も、政治も、戦力も桁違いに高い。
そして、この大陸の守護者の片翼でもある。
他国に魔物の被害が出ないのは、ソレイユ王国と帝国のおかげなのである。
その帝国から縁談が持ち上がれば、どの国も否やは言えない。
それはソレイユ王国でも同じだった。
だがソレイユ王国で予想外だったのは、実力者である帝国の王女ではなく、聞いたこともない小国の王女だった。
帝国の持ちかけた縁談であるため断れないが、王妃としては認めない、そう言うことである。
初夜の時に言われた。
「お前を愛することも、王妃として遇する気もない」と。
初夜だって結局何もなく、実質白い結婚となっている。
それは使用人から瞬く間に広がり、今では貴族の誰だって知っている。
貴族はお飾りの王妃である私を蔑み、使用人は仕事を全くしない。
貴族はとにかく、使用人は職務放棄の給料泥棒である。
そのうち対価は支払ってもらうつもり。
でもソレイユ王国が、それほど馬鹿だったとは思ってもいなかった。
なぜわざわざ帝国が出てきて縁談を纏めたのか、その理由を考えもしないし、聞きもしない。
だから私も、切羽詰まるまで、本当のことは言わないつもりだ。
使用人が職務放棄していても、何も困らない。
帝国から連れてきた専属の侍女シフォンもいるし、何より私は魔法が使える。
魔法使いは、世界で7人しかいない。
みんな素性を伏せ、顔を隠しているから、どこの誰かわからない。
魔法使い同士はお互いに認識できるが、自分より強い魔法使いのことは認識できない。
そして、魔法使いはその実力が高い順に、ナンバーが割り振られている。
第一席が最も強く、数字が大きくなるほど実力が落ちる。
私はわずか3歳で、魔法使いとして覚醒した。
だが生国では、魔法使いがいなかった。
そこで頼ったのが、母の生国である帝国だ。
帝国では二人の魔法使いがいる。
だから私はわずか3歳で、帝国に留学することになったのだ。
8歳になる頃には完璧に魔法をマスターし、以降は生国と帝国を行き来する生活をしていた。
だから帝国は私のもう一つの故郷だ。
皇帝一家は、もう一つの家族だ。
そう言う事情もあって、ソレイユ王国に嫁ぐのがいいのではないか、と話をもらった。
私はどこに嫁ごうと何でも良かったので、二つ返事で了承した。
だってどれだけ遠くとも、転移を使えばすぐに帰れるから。
お飾り王妃は、本当にやることがなくて暇なので、頻繁に帝国や生国に帰っている。
まあ、それを知るのは、シフォンただ一人だけなんだけど。
また、流れの魔法使いとして、最前線で魔物を狩っていたりする。
ソレイユ王国の人間は、流れの魔法使いが私だと知らないけど。
馬鹿にしている王妃が実は…と考えると、面白くて仕方がない。
専属侍女には、趣味が悪いと言われているけど。
「あら、お飾りの王妃様ではありませんか?」
王族専用の庭園を散歩していたら、後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこにいたのは夫である国王と愛妾のヴァネッサ。
ヴァネッサは、ほんの少しだけ魔法を使えると言うことで、国の中枢に尊敬の目で見られている。
魔法使いとも言えない、手品程度で。
私とは大違いだ。
魔力のあるヴァネッサとの子供であれば、魔法使いになるかもしれないと、国王との子を望まれている。
国王も毎夜ヴァネッサの元に通っている。
役立たずの使用人が、わざわざ言いにきてくれたから、よく知っている。
「あら、ご機嫌よう。陛下も3ヶ月ぶりでしょうか?お変わりなく?」
「ちっ。こんなところで役立たずに会うとは。気分が悪い、出ていけ。」
「うふふ、そう言うことですの。ご遠慮願えます?」
「……それは、それは。失礼いたしました。」
不機嫌な国王に、優越感たっぷりな愛妾。
本当、お似合いですこと。
まあ、私がここにいるのも残りわずか。
苛つくけど、見逃してあげよう。
白い結婚であれば3年経ったら離婚ができる。
あと半年で、その3年が来る。
私は今か今かと、その時を待っている。
皇帝陛下である、伯父の好意を無碍にしたのだもの。
それ相応の、覚悟はあるのでしょう?
そんな離婚まで、指折り数えていた時だった。
「何だが騒がしいわね。」
「確認してまいりましょうか?」
「ええ、お願い。」
部屋で本を読んでいると、外の騒ぎが気になり始めた。
あまりにも煩いので、シフォンに様子を見に行ってもらった。
シフォンは、思ったより早く帰ってきた。
「どうだった?」
「ドラゴンが出たみたいです。」
「まあ!ドラゴン!素敵…すぐに行きましょう!」
私はシフォンを連れ、人の流れに逆らうように城壁に向かった。
どうやらドラゴンは辺境を飛び越えて、首都まで飛んできたらしい。
王都中、大混乱に陥っている。
私が城壁に辿り着くと、国の上層部が戦闘準備を整えているところだった。
それを横目に見つつ、私はシフォンを連れて城壁の上に登った。
「何をしている!!」
国王と国の上層部が、揃って冷たい目で私を見ていた。
「何って、ドラゴンを見にきたんですよ。」
「何を呑気なっ!状況が理解できないほど、愚かなのか?」
「あははは。愚かなのは、そちらでしょうに。魔法使いもいないのに、ドラゴンを倒せるとでも?」
「それは…お前に関係ないだろう!帝国にはすでに応援を要請している!役立たずは、引っ込んでろ!」
国王が私に、掴み掛かろうとした時だった。
グオォォォ
ドラゴンの咆哮が、私たちを襲った。
国王たちは咆哮の威圧で、膝をついていた。
動けないようだ。
もちろん私とシフォンは、私が結界で守ったらから問題ない。
「まあ、素敵!ドラゴンさん、私と遊びましょう?」
〈氷槍〉〈雷槍〉〈追尾〉
詠唱と共に、無数の氷の槍と雷の槍が、ドラゴンを襲う。
ドラゴンは空中で避けるが、無数の槍は方向を変えて追尾する。
「まだまだ、追加よ。受け取ってちょうだいな。」
〈炎槍〉〈風槍〉〈隠蔽〉〈追尾〉
さらに追加で槍を出現させる。
ドラゴンは尻尾や爪で魔法を撃ち落としているが、今度の槍は隠蔽されたもの。
見えなければ、避けれないでしょう?
グオォォォ
槍が突き刺さったドラゴンは、痛みの方向を上げる。
〈穿て、黒雷〉
二言の詠唱は一言の詠唱よりも高威力。
空から、動きの鈍っているドラゴンへ黒い稲妻が落とされた。
グオォ………
ドラゴンは、ドスンと言う音と共に、城壁の外に墜落した。
私は城壁の上から飛び降り、ドラゴンの前に立った。
「ねえ、あなた。私のものにならない?あなたみたいな素敵なドラゴンを待っていたのよ。どうかしら?」
私を睨みつけていたドラゴンは、恭順するように身体を伏せて首を垂れた。
〈契約・従魔〉
「あなたの名前は、ヴァラルよ。これからよろしく。」
クーーン
〈完全回復〉
従魔になった以上、ドラゴンの身体を癒した。
全快になったドラゴンは、改めて私に頭を下げた。
「肩に乗れるくらい、小さくなれる?」
クルルッ
光を纏ったドラゴンは見る見るうちに、肩乗りサイズに縮んだ。
「可愛い!」
私は思わず抱きしめて、納得がいくまで撫で倒した。
「王妃様!」
シフォンの声が降ってきた。
ドラゴンが可愛すぎて、忘れていた。
転移を用いて、シフォンの元に跳んだ。
「待たせたわね、シフォン。」
「おかえりなさいませ。」
「ちょっ、ちょっと待て!」
「あら?どうかしまして?」
「まさか、魔法使いだったのか?なぜ教えてくれなかった!?」
「聞かれませんでしたので。それに、なんの力もない王女に、帝国が縁談を纏めるわけがないでしょう?」
言外に、馬鹿か?と聞いてみた。
国王は、国王のみならず上層部は、一様に真っ青な顔。
今更後悔しても、全て手遅れなのに。
「では私はこれで失礼しますね?」
国王に礼をして、シフォンを連れて王城の自室に転移した。
離婚まであと、三ヶ月。
その後私は、部屋にご機嫌取りしにくる上層部や国王を結界で締め出し、残りの三ヶ月を過ごすのだった。




