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仏に潰された後転生する人

 日曜日。何をしなくても汗が出てくるし、セミが元気よく鳴いていることから夏が近づいていると嫌でもわかるお昼時。私は大勢の人だかりの中、緊張した面持ちで最前列へ向かう。目の前に見える釈迦如来像がいつもよりもとても眩しい。

……はぁ、本当に嫌になっちゃう。

 私、鳳凰蘭真夜はここ鳳凰院蓬草堂の住職の子どもである。いつもは、父親がお経を読んでいるのだが、今日は月に一回私がお経を読む日なのだ。

……マジで嫌なんだけど。

 正直言って、お寺の手伝いをすることは嫌だ。本当は、自分の高校生活を謳歌したい。そう思ってはいるものの、月に一回の日を楽しみに来てくれる人も多いので、中々やらないとは言えない。私は釈迦如来像の前に座る。だけど、正座は痛いし嫌。

「無辺虚空 百虎影舞 南無百虎宗幻舞如来 南無無影光白牙尊 南無超舞解幻自在王……」

 今読んでいるのは、「百虎宗幻舞経」というお経だ。小さい頃から聞いている言葉の列なので、すらすら出てくる。

……って違ーう!私はこんなことはしたくない!


 月曜日。慌ただしい朝に、徒歩なりバスなり大勢の高校生が登校している。

……まぁ、私も何だが。

 昨日のボロい法衣とは打って変わって、比較的新しい制服に身を包んだ私は、すこし速歩き気味で目の前にいる見慣れた後ろ姿をめがけて突進する。

「おはよー!」

「うわぁ!びっくりした!……もう、驚かさないでよ、真夜」

「ごめんごめん」

……はぁ。やっぱ麋彁は私の癒しだわー。

 私の親友、朱雀麋彁。もう、まじ可愛い。神。

「おやおや、その様子は昨日寺の手伝いだったんですな?」

「そうなんだよ〜」

 彼女は私の最大の理解者だ。決して他の人に理解されてないというわけではないが、麋彁は私と同じ境遇、つまり寺生まれなので特に私に共感してくれるのだ。愚痴ったり慰め合ったりできるから私は今まで生きてこられたと言っても過言ではない。

……本当に、親友は持つもんだよ。


「おっはよー!」

「あ、真夜。おはよー」

 そしてクラスには私が敬愛する可愛い可愛いクラスメイトがいる。

……はぅわー。もう最高!

 まだ朝の時間だが、私は呂律フル回転で喋りまくる。端から見たらただのうるさいやつだが、私が良ければいいのだ。うん。

……癒やされたけど、ストレス発散したいなー。

 そんなときは一択。これをするだけでストレス発散ができる。

「うぉりゃぁっ!」

「うわっ!」

 体育館内に爽快な羽の音が響き渡る。そう、私のストレス発散は部活のバドミントン。これしか勝たん。

「真夜ちゃん、派手にやってんねー。部長にもお構いなしだねー」

「きっとイライラ溜まってんだろ。きっと」

 別に悪口ではない。私は学校の近所にある有名な寺の住職の子供だから皆私の境遇を知っている上で言っているのだ。ちなみに、私は中学校から四年間バドミントンをやっていて、シングルスなら県でベスト4に入るほどの実力なのだ。だから高校一年生にも関わらず部長をボコボコにできるのだ。

「いいなぁー、真夜は。それができるくらいの実力があるんだもんね」

 横で不満をこぼしている麋彁には申し訳ないが、もともとの運動神経が違うと思う。体力テストでは常にA判定、握力は40kgの怪力、反復横跳びは65回の運動神経抜群な私と、ちょっと走っただけでバテてしまう麋彁とでは月とスッポンではないだろうか。

「くっそー!負けたー!」

「俺にもやらせろ!」

「私も私も!」

 部長を完膚なきまでに叩きのめしたところで、皆が勝負を挑んできた。

……やれやれ。皆様負けたいようですねー?

 ある人によると、その日複数の人が体育館で倒れていたのが確認されたという。まぁ、怖い。誰の仕業でしょうね。


 そんな感じで、私の学校生活は楽しい。授業を受けて、皆でワイワイお弁当を食べて、部活でストレス発散して……。お経を読んでいるときとは違い、とても時間が進むのが早い。

……やばい、めっちゃ楽しい。

 しかし、次の日。私の機嫌を損ねる出来事が起こった。

「あの……鳳凰蘭さん。好きです!付き合ってください!」

……えー。

 告白されてしまった。個人的には麋彁のほうが可愛いと思うのだが、私のほうがよく告白されるのだ。しかし、正直言って男の人は嫌いだ。いや、部活やクラスの人だったらある程度の接点があるけど、全く持って知らない人だったら絡みようがないし、下心で近づいてくると思うと、気味が悪い。だから嫌い。

「ごめん無理……」


 週末。

「無辺虚空 百虎影舞 南無百虎宗幻舞如来……」

 所変わってまた自分の家。寺。なんで?

……なんか父にまたやれって言われたんだよ!脅し文句が「文句を言っていると仏に潰されるぞ」なんだよ!

 父が言うことはだいたい当たるので、怖い。「仏に潰される」なんて考えなくても恐ろしい。どんな状況なんだろうね。

「はぁ……」

 今日も終わった。少しでも怒りを抑えるために、私は釈迦像の前でくつろいだ。

「もう……何で継ぐ気もない私に手伝わせるかなぁ」

 正直言って、父母、祖父母、その他副住職など人手は足りている。人気がある、という理由だけで熟練の人よりも、まだまだ未熟な私を優先するのはおかしいと思う。

……麋彁はやる気があるっていいけど、私にはやる気がないんだよ。

「どうにかなんないかなー。……ん?」

 急に地面が揺れた。それと同時に、緊急地震速報が流れる。

「地震です、地震です」

……結構揺れるな。

 こんな大きな揺れは、人生で初めてだと思う。震度を確認してみると、自分が住んでいるところは震度5強だった。

……うわわわわ。

 さっきよりも揺れた。おそらく、主要道が到達したのだろう。

……怖っ。そこら辺のものがグラグラしてる!

 後ろの方を見ていると、前の方でガタッという大きな音が鳴った。

「あ……」

 前を見ると、いつも見ている釈迦如来像が倒れてきたのが見えた。それも、真っ直ぐに。

……あ、やば。死んだわ。

 なんかいつもよりも、笑みが増している気がする。怖い。

……あー。私、仏像に潰されるわ。え?「仏に潰される」ってこういう事?え?物理なの?

 そんなつまんないことを考えていたら、目の前が暗くなった。


「転生者だーーーーーー!」

「うわあああああああああ!」

 私は耳元で聞こえた大きな声で目覚めた。

……あれ?死んだはずでは?

「こら、ミセーデ。叫ぶな」

「ごめんなさい。神様」

 なんか目の前にちょっと大きい猫―――バリバリ喋っている猫と、想像していたのとは違い、坊主に黒いヒゲを生やしたハンサムダンディーが居た。

「え?え?」

「やぁ。はじめまして、鳳凰蘭さん。私は神だ」

……そこは仏とか釈迦とかじゃないんだ。

「突然だが、君は死んでしまった。仏像に潰されてな」

……改めて稀な死因だな。

 死ぬ前にも思った。「え?私、仏像に、釈迦に潰されて死ぬの?しかも物理で?」と。

「君はかなり『仏』の怒りを買っていたんだ」

……ん?仏もいるのか?

「……私が文句を言ったからですか?」

 私はちょっと気まずい声で言った。すると、神様は「あぁ、そうだ」と言い、先を続ける。

「君は実際『仏』と『釈迦』に嫌われていたわけだが、君の酷い境遇は私はよく理解しているから、私は君のことを救いたいと思った」

「……だから転生?」

「そうだ」

 神様がニッと笑った。

……なんか想像していたのと違う。

「この世には、『世界』というものが複数存在している。君が居たその世界もその一つだ。今から君を元の世界とはかけ離れた世界に送る。魔法とかある世界ね」

……マジ!?それって異世界転生じゃない!?

 異世界転生は好きだ。だって、何も無いところから仲間を集めたり、強くなったりして最終的に大きなことを成す、ということが素敵だからだ。実際、バドミントンでは無双してたからなぁ……。

「ん?あぁ。君の望み通り、基礎ステータスのみつけた状態で送る予定だ」

……よっしゃぁぁああっ!

 私は心のなかでガッツポーズをした。前世は寺縛り、バド無双、というマイナスポイントがあったものの、今回はそれがない。つまり、私の理想の世界!

「ごろにゃー。……あ」

 さっきからずっと一人で遊んでいる猫、ミセーデが何かのボタンを押したようだ。

「何をやっておるのだ!?ミセーデ!?」

「す、すみません……」

……待って、嫌な予感がする。これまでの流れ的に。

「あの……何が起きたんですか?」

 神様がミセーデに向かってめっちゃ怒鳴っていて聞きにくい中、私は勇気を振り絞って聞いてみた。すると、一旦息を吐いて冷静になった神様が、こちらを向いて衝撃の発言をした。

「本当にすまない。ミセーデが誤って『女神ボタン』を押してしまったようだ」

……は?「女神ボタン」?

 なんじゃそりゃー!の前に、私は絶望に陥った。これが何なのか大体名前で予想がつく。

「それって……」

「あぁ。君の想像通り、君のステータスを大幅強化……いやほぼ『女神』と同等の力にしてしまうボタンだ。これによって、君の理想にはそぐわない形になったが……」

……なんでだよ!

 私は叫びたくなった。というか叫んでいる。静かに。

「まぁ、これで『仏』や『釈迦』に狙われても大丈夫でしょ。他の『霊』や『魔』に新しい仲間ができたって伝えてこよ」

……大丈夫なわけ……大丈夫か。

 女神の力を持っていたら、仏像に押しつぶされる心配はない。一安心だ。

……まぁ、私の理想はもみ消されたけどね。

 この時、まだ私は、私に降りかかる災難……いや、世界に降りかかる悲劇を知る由もなかった。

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