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電灯  作者: 瑠璃丸
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其の壱「真壁禄郎」

 真壁禄朗まかべろくろうは、真壁家の六男としてこの世に生を受けた。真壁の男子には奇妙な命名規則があり、長男から「伊知郎いちろう」「慈郎じろう」「寒郎さぶろう」「史郎しろう」「護郎ごろう」と、名前の数字部分を別の漢字に置き換えるのが決まりだった。禄朗は、六郎である。余談ではあるが、真壁家の末子は女子であり、名は「かず」という。両親は早くに鬼籍に入ったため、この頓狂な名付けに込めた意図を知る術はないが、変わり者ではあったのだろうと禄朗は結論付けていた。

 真壁家は村一番の大家だったが、決して裕福という訳ではなかった。村は、山深いどころか山そのものの様な僻地にあり、公的に村落と認識されていたかすら定かではない。町で売られている地図に村の名前が載っていないことが幾度もあった。人間の数より猪の数の方が多いような村にあって、貧富を比較することに然程の意味は無く、大家とは「家が少々広い」を言い換えたに過ぎない。それでも、喰うに困ったという記憶は無く、概ね幸せな子供時代だったと禄朗は後に述懐している。

 

 禄朗を知るものは皆、彼を「理屈屋」と評した。禄郎は、何事にも明瞭な理由を求め、理由が定かでないことは頑として受け容れなかった。

 こんな話がある。禄朗が八つの時、隣家の爺が旅行の土産だと言って饅頭を持参した。饅頭は、長男、次男に二個、それより下の者には一個ずつ配られることとなったが、禄朗だけがそれに異を唱えた。「全員の体重を計測し、体重に応じて饅頭を按分すべきだ」と頑なに主張した。兄達がどれだけ説得しても「理屈に合わない」と繰り返し、癇癪を起こした挙げ句、最後には「そんな饅頭など要らん」とそっぽを向いた。

 時に、兄弟の中でも長男の伊知郎は特に禄朗を可愛がっていた。縁側で拗ねる弟の横に座り、頭を撫で、微笑みながら言った。

「お前は切り刻まれた饅頭が欲しかったのか」

 禄朗は兄をじっと見た後、一頻り考え込んだ末に、小さな声で「要らん」と言った。

「俺はお前のようにきちんとした質では無いが、お前の言う理屈が正しいことは分かる。だが、その果てに残るのは、無残に刻まれた饅頭だ。それは多分、正しくはない」

「伊知兄が言っていることは良く分からん」

 再びむくれる禄朗を見て、伊知郎はカラカラと笑い――世の中には理屈では割り切れぬものもあるということだ、と言った。

 それから数年も経たない内に、伊知郎は戦争に行って死んだ。禄朗は兄の事をよく覚えていないが、この時の会話はどうしてか記憶に残っている。


 理屈屋な禄朗の気質は、勉学と相性が良かった。何故を追求し、具体化し、一般化する「勉強」という作業を禄朗は愛した。果たして、禄朗が「秀才」の評価を得るのに、そう時間は掛からなかった。中学、高校を順調に卒業し、東京の著名な大学に入った。家の者たちは「折角だからしっかり勉強して来い」と言って、禄朗を送り出した。先んじて東京に出ていた三男と四男が始めた事業が軌道に乗り、多少の金銭的余裕が生じていたという事情もあった。

 充実した学生時代は瞬く間に過ぎた。大学に残るという選択肢もあったが、家の財産を食い潰して「学問に遊ぶ」ことを禄朗は良しとしなかった。自活を決意し、数ある就職先の中から、国家公務員という道を選んだ。家に恩を返すには、国家に奉職し、碌を得るというのが最も妥当であるという禄朗らしい選択であった。

 この頃、禄朗は嫁を貰っている。末妹・かずの同級生で、名を理子りこと言う。年若い二人であったが、双方の家が合意しているのであれば、六男である自分は従う外は無いとして、禄朗は婚姻をあっさりと承諾した。人生の重大事を数瞬の間に決めるものではないと数は憤ったが、理子の物静かで一歩引いた気質が、探求に耽ることを好む禄朗の性質と合致したらしく、周囲の心配を他所に、夫婦は仲睦まじく暮らした。


 国家公務員として、禄朗は「首都の電化」に取り組んだ。先の戦争の傷跡は各地に残っており、民衆は暗がりの中で不便を被っていた。暗闇は犯罪の温床であり、排斥すべきものとされていた。「国に灯りを」をスローガンに、不眠不休の作業が続いた。その一員として、禄朗は馬車馬の如く働いた。家に帰らない日が幾日も続き、理子を大層心配させた。来る日も来る日も図面を引き、業者と調整を行い、時にはヤクザ者との揉め事を収めながら、禄朗は着実に首都に灯を灯していった。

 そんな日々が何年も続き、ようやく首都の電化に一区切りが付いた頃、理子が肺を病んだ。電化により急速に工業化が進んだ首都の空気が、元々丈夫とは言えなかった理子の身体を蝕んだのだ。理子が自宅で倒れたとの報を受けた禄朗は、何年か振りに仕事を休み、病院に付き添った。

「空気の良いところで暮らそう」

 そう言うが早いか、禄朗は数日と経たぬ間に国家公務員の職を辞した。

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