第30話 副官リースの逃亡劇
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弓の勇者 副官リース視点
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何だ! 何がどうなった? 次々と兵が空を舞っている。
突然現れたピンクの化け物。初めに見たときは、魔物の幼体が戦場に紛れ込んでしまったのだと思った。
ピンク色をしているという点には驚かされたが、まだまだ、魔物の世界というのは、人間が知らないことも沢山あるのだろう。
角ウサギでさらに幼体とは言え、魔物は魔物だ。いつか成体となった時にどのような災いをもたらすかわからない。
我々人間が、そのようなリスクを背負う必要はない。災いをもたらす可能性があるならば、前もって排除すべきだ。
それは全人類の共通認識。だからこそ、角ウサギを見かけた兵士は迷うことなく、ウサギの小さな体を分断するように斬りつけようとした。その瞬間、何故か、その兵士は空を舞っていた。
……はぁ?
何をやっているのだ、あいつは? 何故空を飛んでいるのか、まったく理解が出来なかった。
しかし、俺の疑問もすぐに終わった。空を飛んでいた兵士が無様な格好で地面に叩きつけられたからだ。
これは、決して奴が望んで飛んだのでは無いということだけは理解出来た。
そ、そうだ。さっきの角ウサギは!?
空を飛んだ兵士が斬りつけようとしていた、あのピンクの角ウサギだ。奴の姿が見当たらない。
小さいので見失ったか? あたりを見渡すと……居た!
あ! や、奴だ!! 奴が兵士を空に放り投げている! いや、蹴り上げていると言った方が正しい。
まずい、あれは化け物だ!
俺は確信した。あの体の大きさで、防具を着こんだ大人を軽々と蹴り上げることが出来る。そんな魔物は聞いたことがない。
そして、とてつもない速度で移動している。移動の瞬間が目で追えない。ふっと消えて、ドンと何処かで人間が空を飛ぶ、それを繰り返している。この調子でやられたのでは、たまったものではない。
あの化け物の縄張りに踏み込んでしまったのだろうか? いや違うな。先ほどから蹴り上げられているのは、俺たちに仲間だけだ。
そうなると、あの化け物は魔人族の味方ということになる。
これは、全く想定外だ。
このまま、無駄に兵を失うより、一旦退いて勇者様の矢で、ここら辺一体を殲滅して貰う方が良い。
俺は、副官だ。こいつらの命は俺が預かっている。後退することで誹りを受けるかも知れないが、無駄死にさせるつもりはない。
「全員、一時撤退!! 先ほど通った丘まで戻れ!!」
丘の上まで逃げ帰った俺たちは、生き残た兵をかき集め、勇者様の許へ引き返すことにした。
「副官。すみません、俺たちが不甲斐ないばかりに……」
俺の横には下士官のソグルが居た。彼が今まで兵を鍛え上げてきた。そしてそれは決して不甲斐ないものなどでは無い。
勇者様の親衛隊となった我々は、弓国の中でも選りすぐりの精鋭部隊だ。それを分かっているだけに、彼の言葉が胸に刺さる。
勇者様は、片田舎の貧しい農家の娘であった。幼少期から弓の勇者として能力を開花させ、その辺の安い弓でさえも矢を放つ動作をしただけで、十数本の矢が生み出され放つことが出来たそうだ。そのことが村中で有名となり、さらにその噂は国全土へと広がっていった。そしていつしか、勇者として崇め奉られる存在へとなっていった。
その声は、ついに国王陛下の耳にまで届き、陛下から国宝のルクス・アーヴェンを与えられると、弓の勇者は完成された。
彼女は、魔物や魔人を極端に嫌悪し人間は至上の者と思い描くようになっていく。そして、周りの人々にも、そうあるべきと求めた。
彼女の機嫌を損ねないように、心の平穏を脅かさないように、周囲の人々は常に完璧であり、人徳者であるように振舞わざるを得ない状況になっていく。
果たして、極端すぎる彼女は、敵を前にして撤退した俺を許すだろうか?
一度撤退し、丘の上で再編成を終えた俺たちは、勇者様が居るはずの地域を目指した。
しかし、一つ気になることがある。勇者様が戦っている最中は、常に矢が飛び交う音がするのだ。
たしかに我々が戦いを始める直前まで矢の音が聞こえていた。
それがいつの間にか、聞こえなくなっていたのだ。いつから音が止まったのだろうか? そして、いつまで止まっているのだ?
当初の作戦では砦から魔人が出てこないように矢を降らし続ける手筈だった。それが所定の位置にたどり着く前に敵の部隊とぶつかってしまい、そのまま出合頭の戦いとなったのだ。
それでも、砦からの援軍を阻止するため、勇者様は矢を降らし始めたのだと思ったのだ。
それが止まっている? 止めた理由がわからん。
勇者様たちが居るはずの場所にたどり着いた。そこにあったのは、元は人間だったと思われる物体だけだった。
おそらく、勇者様の護衛に残していった兵士たちだ。
勇者様の姿は見当たらない。残骸となっている中にも勇者様らしきものは無い。捕獲されたか?
しかしあの勇者様では、近づくことすら不可能だ。彼女の弓で水平射撃すると、あたり一面が、矢の壁となって押し寄せてきたはずだ。
……まさか、あのピンクの化け物か?
勇者様も気が付く前に接近されて、倒されたか、捕獲されたのかも知れない。先ほど目のあたりにした、移動速度ならあり得る。
護衛の兵も、ピンクで小さな角ウサギを見かけたぐらいでは、それほど警戒しなかったのかも知れない。
我々は勇者様を失ったのだ……
今、この戦場で生き残っているのは、我々だけだ。まずい。この情報を直ちに国に戻って伝えないと。ピンクの角ウサギに最大限の警戒を敷くように伝えないと!
「総員撤退だ! 急げ!」
我々は重い荷物は捨て、最低限の飲み物と食料、身を守るための武具だけを携えて撤退を開始した。
無様な逃げっぷりだが、仕方がない。あのピンクの化け物に勝てる方法が思いつかない。
身軽になった我々は馬を飛ばし、侵攻時に留まった最後のキャンプ地まで戻ってきた。ここまで戻ってくれば大丈夫だろう。
馬に水と飼い葉を与え、我々も防具を脱いで休憩をとることにした。
「うがぁ!! ピンクの! ピンクの化け物だ!!」
誰の声かわからない。しかしその言葉の意味は理解できた。
「総員騎乗! ただちに撤退に移る!」
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