まずは、湯から上がろう
「――さて、と。さすがに長湯をしてしまいましたね」
そろそろ戻らないと、すこし離れたところで待機している女官たちが心配してこちらに向かってくるかもしれない。
本来であれば、族長の一切合財の世話をするためだけに存在する《地》族の雌たち――女官は、どのようなときでも族長である《地》神のそばに侍っているが、戦争で大敗北したときの族長の心境は充分に心得ているので、《地》神が女官たちを必要としないときはしばらく離れている。
その彼女たちに、
「ひょっとしたら、若さまは――《地》族の雄雌たちは、《地》神が乳幼児のころから大切に慈しんできたため、いまもその呼び名が日常になっている――湯あたりを起こしているのでは?」
と、いつまでも幼い子どもあつかいをされて、のぼせたと勘違いされてしまっては、さすがに恥ずかしい。
「《火》神、行きましょう」
すっと湯から立ち上がると、滑らかな肌筋を滑るように湯の雫や珠が落ちていく。
その肌は思っていたよりも湯に温まって、火照っていた。満足した吐息を漏らし、うっとりと目を閉じていると、やはり若き青年はどこか艶めかしい。
しなやかな体躯は根幹がしっかりとしているので、両の腕がなくとも歩くようすに危なげなものはなかった。
噴気や湯けむりが立ち込めるなか、ぽたぽた、と雫を垂らしながら地面に足跡を残し、《地》神は女官たちがいる方向に顔をやり、声をかける。
「――湯から上がりました。誰か、身体を拭いてください」
一糸纏わぬ若い肌の姿だが、裸体を見られることに一切の抵抗はない。
もとより、腕があろうとなかろうと、居宮で湯浴みをすれば女官たちが布を広げて待機している。日ごろからそれが当たり前だった。