新・私のエッセイ~ 第65弾 ~ 『アラル海』の悲劇 ~ 20世紀最悪の環境破壊の見本
・・・昔。
ぼくが小学生のころ、
旧・ソビエト連邦の中央アジアの、カザフスタンとウズベキスタンにはさまれる格好で、
世界で4番目に大きい湖がありました。
『アラル海』。
あの、世界一大きい湖、『カスピ海』に迫る勢いの、巨大な「塩湖」でした。
1981年・・・
小学5年の地理の授業で、担任の北野武先生が、でっかい世界地図を、黒板にマグネットで留めて、ぼくたちに見せたことがありました。
『ソビエト社会主義共和国連邦』の、長ーーい文言の、東西にまたがるでっかい国の中に、
これまたでっかい『カスピ海』とかいう湖につぐ、でかい湖がぼくらの目に飛び込んできました。
「ほぉ・・・『カスピ海』ねぇ。でけえ。日本がすっぽり入っちゃうんじゃねーの?? 『アラル海』も、でけえや・・・。」
ぼくらが感心してますとね、北野先生が、
「いいか、君たち。この『カスピ海』も『アラル海』も、サケやチョウザメがたくさん獲れて、漁業が盛んなんだ。中央アジアのオアシスになっててな、にぎわってる場所なんだよ。先生も、いつかは見に行きたいと思ってるくらいなんだ。」
と。
・・・カスピ海は、いまでも漁業が盛んです。
しかし、実はこのときアラル海では、すでに魚が獲れなくなっていたんですよ。
1940年代に始まった、ソ連の「自然改造計画」により、アラル海に注いでいた、『アムダリヤ川』の中流域に、「カラクーム運河」を造り、その水を、トルクメニスタンの方に流し始めました。
目的は、「綿花の栽培」の灌漑のため。
その後、北の『シルダリヤ川』も、綿花栽培の灌漑用水確保のためにせき止められ、アラル海に注ぐ水源が完全に絶たれて、
湖水はどんどん干上がり、失われてゆきました。
塩分濃度もそれに伴って上昇し続け・・・しまいには、、海水や、ヨルダンにある、あの有名な『死海』よりも、ずっと濃く、しょっぱい水に。
魚もいっさいすめなくなり、周辺の化学物質の流入等の影響もあり、完全に「死の湖」と化します。
おまけに、干上がってしまったせいで湖が南北に分断されてしまい、今現在・・・
北の『小アラル海(北アラル海)』と、南の『大アラル海(南アラル海)』に分かれ、その間の地域は、不毛な砂漠地帯となっています。
細かくいえば・・・
現在は小アラル海とバルサ・ケルメス湖、東アラル海、西アラル海の4湖に分かれてしまってますね。
かつて、その湖を航行していた大型漁船や船舶の残骸が、かつての湖底に、さびて無残な残骸となって、いまも横たわっているありさまです。
湖底にたまった化学物質は、埃となって周辺に舞い散り、肺がんや呼吸器障害などの、深刻な健康被害をもたらしています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
・・・かなり以前、日本の女性リポーターが、すっかり干上がってしまったアラル海の湖底を歩きながら、
泣いてましたね。
地元住民のおじさんが、「泣かないで。」となぐさめているのが、とても印象的でしたよ。
ぼくも悲しくなり、もらい泣きしました。
・・・いま、高校1年、1986年に地理の授業で使っていた、世界地図が手元にあります。
開いてみると、崩壊して各共和国に分離・独立する前の、かつての大きなソビエト連邦の中に、
アラル海が、誇らしげに、「世界4番目に大きい湖」の勇姿を見せてくれています。
・・・さいわいなことに、その後、
『小アラル海(北アラル海)』におきましては、復活プロジェクトが組まれ、現在では、ふたたび漁業が営めるほどに回復し、魚も獲れるようになっているとか♪
いつかは、『大アラル海(南アラル海)』も復活して、ひとつにつながって、元通りになったアラル海を、おがんでみたい。
そうなればぼくも、
ウズベキスタン旅行のついでにでも、『カムバック・アラル海』を祝福しに、花束でもたずさえて、笑顔で訪問しますよ。
遊覧船にでも揺られながらね♪
m(_ _)m
追伸: またまた参考動画を、以下に紹介しておきますね。
『地球異変 干上がる塩湖「アラル海」』
→ UP主様は、「朝日新聞デジタル」様。
『人間によって破壊された世界で4番目に巨大な湖』
→ UP主様は、「ブライトサイド | Bright Side Japan
」様。
『世界最大の湖「カスピ海」は海になった』
→ UP主様は、「DEF VIDEO」様。