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一人芝居シリーズ

悪女と断罪された令嬢を嫁に迎えた辺境伯、夜会へ行く

作者: 公社
掲載日:2026/08/03

 これは義父殿、お久しぶりです。結婚式でお会いして以来ですから1年ほどになりますか。


 ええ、隣国とは相変わらずです。ちょっとでも隙を見せれば軍を動かしてきますからね。


 そこまでせずとも備えは万全であろうと? たしかに変事があってから動いても間に合うよう整えておりますので、都で社交をする時間くらいはありますが、元々華やかな場所が不得手なもので。義父殿はよくご存知でしょう。前線にいるほうが性に合っているんですよ。


 色恋沙汰に興味のない戦闘狂ですか。知ってますよ。酷い言われようですが、隣国の連中にもその名が鳴り響いているようでして、戦場においては却って有り難い二つ名でございます。


 それに……素晴らしい妻を迎えることが出来たのも、その別称のおかげでまともな縁談が一つも舞い込んで来なかったからですし。


 義父殿相手だから褒めているわけではございませんぞ。私にはもったいないくらいに良き妻だと真に思っております。


 たしかに、最初は驚きましたな。王子殿下から直々に縁談が持ち込まれたと思えば、相手はご自身が妃に相応しくないと断罪した元婚約者だと言うのですからね。


 なんでも……断罪の理由が、下の身分の者を虐げる悪女に王子妃たる資格は無いとかなんとかでしたか。


 私はその話を信じなかったのかと? 婚約破棄された事実はあるとして、それ以外の話は遠く離れた都から聞こえてきた噂話の域を出ません。しかも噂の出処が、私のことを何も知らないくせに、戦闘狂などと揶揄する連中なのですから尚更です。


 戦いにおいてその名が役に立っているとは申したが、本質で言えば、私を揶揄するということは、命を張って国を守る我が家臣たちに対しても敬意が無いと言っているも同然。そこに関しては恩知らずな連中だと思っております。そのような者たちが面白おかしく話していること、信ずるに値しません。


 ええ。先ほどから挨拶に来る者のほとんどが、妻の様子を探るようなことばかり申しますのでね、都では未だに話題なのだなと感じましたよ。


 さて、そろそろ王子ご夫妻の登場ですか。では義父殿、また後ほど。



 ◆



 お久しぶりでございます殿下。この度はご結婚おめでとうございます。


 妻でございますか? 連れてきてはおりませんが。何故と申されましても、欠席と伝えておりますよ。


 たしかに招待状には必ず連れてくるように書いてありましたな。ですが何のためにでございましょう。よもや私をこれ以上に侮辱するためでございますかな。


 意味が分からぬと? それはこちらのセリフですよ。


 あのですね、令嬢にとって婚約が無くなるというのは、本人に瑕疵のない場合ですら傷となって残るもの。しかも今回は悪女と断罪され、完全に非があるとされたのですから、普通なら嫁ぎ先など見つかるはずもありません。


 だが、殿下はその女性を我が妻にと勧めてきたのです。つまり、結婚相手も見つからぬ戦闘狂の辺境伯には、貰い手のおらぬ悪女あたりがお似合いだと。そう仰せになりたいのかと。


 そんなつもりはなかったですか。そうであれば、殿下はご自身の言葉と行動にもう少し責任をお持ちになられたほうがよろしい。殿下が意図せずとも、周囲が言葉の裏を勝手に読み、有りもしない想像を付加して流布することなどよくある話ですから。


 本日私がここに参加して、他の貴族たちからなんと声をかけられたか分かりますか。


 ある者はあんな悪女が妻では大変ですなと要らぬ同情をし、ある者は私が普段妻にどのように接しているかをニヤケ顔で知りたがり、またある者は妻が来ていないことを知り、訳知り顔でほくそ笑んでおります。


 そんなところへ妻を連れてくれば、見世物になるのは明らかなことでしょう。私は自身の妻が屈辱に耐える姿を見て悦に入るような趣味は持ち合わせておりませんし、何より彼女を妻として迎え入れた私に対する侮辱に他なりますまい。


 ならば縁談を断ればよかったではないかと? 断れば殿下の名に傷が付きますが、それでもよろしかったのですか?


 どうやらそれもご理解されておらぬようですな。先ほど申したとおり、元婚約者を私の妻にと勧めてきたこと自体が非常識なのです。私がそれを断ったとして、貴族たちも当然だと思うことでしょう。


 しかし……本当に私がお断りすれば、それは即ち殿下の失態となります。自ら悪女と断罪したような女を正妻として下げ渡そうとして、それを断られたとあれば、殿下の判断を疑われることとなります。


 さらに言えば、期せずして当家が王室に隔意を持っていると見なされるやもしれません。事情はどうあれ、殿下からのお申し出を断るのですからな。そして、それは我が妻の実家である侯爵家にも泥を塗る行為となりますので、あちらも面白くはありますまい。


 お分かりになられましたか。私は殿下の、ひいては王室の名誉を保つため、敢えて申し出をお受けしたのですよ。本来なら夫妻共々欠席でもよかったのですが、それでは余計な憶測を呼ぶことになりますので、私だけでもと参加させていただいたのですが、何がご不満なのでしょうか。


 ほう……我が妻にどうしても参加してほしかったと。そして自分の結婚を祝ってほしかったと。一体何故でしょう。事情は先程お聞きになられていたはずですが。


 ふむ、妃殿下が学ぶことが多すぎて大変だと。そこへきて公務も重なり、苦労しておられる。それが何か?


 はあ……我が妻にその仕事の一部を手伝ってほしいと。妃としての教育を受けた妻ならば、代わりが務まるであろうと。


 ……王子殿下、正気でございますか。御自ら妃には相応しくない悪女と断罪した者でありますのに、妃殿下の代務が出来るわけがないでしょう。


 それに、妃を選ばれたのは殿下自身なのですから、ご自分で手を貸して差し上げればよろしかろう。


 あやつは笑顔一つ見せぬつまらぬ女だったが、仕事だけは出来た? だから公務で手が離せぬご自身の代わりをさせようと、こうして頼んでおると?


 私も侮られたものですな。殿下より縁談を持ち込まれたことは、私がお受けしたゆえ今更何も言いますまいが、正式に私の妻となった者に対してのその言いようは、当家を愚弄するご意思ありと判断いたしますぞ。


 ああ構いませぬ。そのように慌てて言い繕わずとも、私の答えは「お断りいたす」で変わりませぬゆえ。


 何故だと? 私の力になれるのは名誉であると? ハッハッハ。殿下、残念ながら妻はしばらくお役に立ちもうさぬ。


 彼女の腹の中には、子が宿っておりますのでね。しばらくは安静にしてもらわねばなりませぬ。


 何をそんなに驚かれておられる。夫婦なのですから子供が出来てもおかしくはありますまい。


 あ? 私が婚礼の後に「お前のことを愛することはない」と言った?


 言いましたな。正確には「互いのことをよく知るまでは」という前置き付きですが。


 嫁入りした事情が事情ですからな。しかもその事情とやらも、遠く離れた王都での出来事。聞きかじった話だけで判断するのは軽率であるかと。


 それに、面識こそあれど会話をしたのは初めてで、いきなり好きとか愛するといった感情を持つほうがおかしいでしょう。


 もちろん正妻として遇しましたし、使用人たちにも我が家の女主人であると厳命しておりますれば、粗雑に扱ったつもりはありません。ただ、異性として好意の対象にするかどうかの判断に時間をかけただけです。


 まあ、その結果はご想像にお任せします。もっとも、先程からの殿下の申しように対し、私が妻を侮辱するなと憤慨しているところから、お分かりかとは思いますが。


 そういうわけで、殿下のご期待には添えませぬ。無いとは思いますが、これ以上妻に何かを強いるようであれば、辺境伯家として正式に王室に抗議させていただきますのでそのつもりで。


 ああそうだ、最後にお伝えせねばなりませぬ。


 殿下、良き縁に引き合わせていただき真に感謝申し上げる。殿下にとっては悪女だったのやもしれませぬが、私にとっては女神のごとき女性でありましたからな。


 殿下と妃殿下のこれからに幸多からんことをお祈り申し上げる。



 ◆



 おや義父殿。なんぞ面白いことでもありましたかな。ニヤニヤが止まらぬご様子ですが。随分とやり込めたと? いやいや、妻の顔に免じてかなり抑えたつもりですが。


 しかし、王子夫妻は評判がよろしくないようですな。


 ええ、全部分かっておりましたよ。男爵家の令嬢では元々のスタートラインが違いますからな、むしろ1年でよく結婚までこぎつけたものだと感心したものですが、我が妻の助力を当て込んでの見切り発車だったとは、呆れて物も言えませぬ。


 婚約者という立場なのに、殿下の仕事まで妻が担っていたと聞いておりましたからな、それは回らなくなるのも無理からぬこと。


 で、仕事を押し付けておいて殿下は男爵令嬢を寵愛と。そりゃ誰だって文句の一つも言いたくなりますし、婚約者以外の女に入れ込んでおれば、苦言も呈します。それで悪女と言われては立つ瀬がありませんな。


 しかし……どうして陛下はお咎めになられぬのでしょうな。いや、都の事情には疎いもので、義父殿は何かご存知ですか。


 ……なるほど。我が妻が王子妃として殿下を支えるのが立太子の条件だったと。それを自ら放棄した今、立太子の最有力は第二王子殿下に移ったわけですな。


 それで殿下は未だに立太子されぬことを焦り、妻を側近として呼び戻そうとした。浅はかですな。妃として遇するからこそ、義父殿が後ろ盾になってくれるというのに。


 ま、せいぜい頑張ってくださいとしか言えませんな。義父殿が離れた上に、今日のことで私も第一王子と距離を置いたことはすぐに広まるでしょうが、それもまた殿下の選ばれた道でございますからな。


 もう帰るのかと? ええ、一泊したら明日の朝には領地へ戻ります。


 妻の顔を早く見たいのでね。

お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
や、ヤりやがったなぁ!? ヤればデキるは魔法の合言葉! 辺境伯よ、お土産は買ったか? 赤子の……、性別はわからんだろうけど、なんかかんかのベビー用土産は王都で買ったよな? ああ、そうだな。義父殿に…
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