1。旅行終了。
洗濯物を干し終わり、ビデオの再生ボタンを
缶チューハイを開け、クッションに座り、足を投げ出した。
推しバンドの関西ツアーに伴う遠征と、ついでに花見旅行、疲れたけど楽しかった。
旅行中のテレビ録画を見ながら、戦利品整理だ。
フライヤー(チラシ)やステッカー、半券をファイルに収め、レシートを日記に貼る。パンフレットにはビニールカバーをかけ、その他のアイテムは専用宝箱に並べて入れる。
ずっとしたかった「すきなこと」。時間は山程ある
1日20時間以上の労働で20代を潰し続けた結果、派手に心身を壊し、取り敢えず3ヶ月程度休むことにした。
アラサー無職である。
無職であることの不安はあれど、働けど働けどそれ以外のことはなにもできないアニメーターな日々と比べれば……
不安はどっちもどっち、かもしれない。
明日はカウンセリングの通院日、帰りに紅茶専門店に寄ろう。
携帯が鳴る。
テレビをつけっぱなしで寝ていたらしい。外がすっかり暗くなっている。
友人からの電話に「ふぁい?」予想外のふぬけた声が出た。
「サクライジュンさん、ですか?」
知らない男性の声がした。
中学時代からの友人・京子の携帯番号のはずだが?「どちら様ですか?」
「西野です。西野一郎、京子の夫です」
はじめまして、と男性が名乗る。落ち着いた?などと小さい声が聞こえ、
「話したいそうなので、京子に代わります」
「ひゅんひゃん?」
泣いていたのか掠れた声だった。
「キョウさん?どうした?」
「あ、あ、あの、あいたー」
「あい?」
「あいたーいー」
「会いたい?」
ガチャンと乾いた音。ぼくがはなすねと男性の声と嫌がるような鳴き声……
「すみません、一旦切ります、メールします」
「はい?」
京都の大学に進学し、就職と結婚も京都で「京都の京子になりました(笑)」が結婚報告だった京子。
関西方面に旅行するとメールをした時に、体調が悪くて会えないと返事がきていた。
落ち着かない時間が流れ、携帯が震えた。
息子くんが産まれ数年、京子は「いろんな所に連れて行ってあげたい!」と夫氏に相談、近所に住む義両親が快く息子くんを預かってくれることになり、自動車学校に通うことにしたそうだ。
だがいざハンドルを握ると、思い描いた未来予想図より、封印して忘れていたはずの記憶が甦った。
小さな京子は車に詰め込まれ、親は夜な夜な心中場所を探してドライブしていたそうだ。
一度開いてしまった心の扉はうまく閉められず、当時の京子と同じ年頃の息子を見ると心落ち着かず、深夜家から飛び出してしまうことが度々あり、
『僕がいる時はまだいいんですが……』
夫氏がいれば息子を連れて追いかけるか、心配しながら家で待つかできるが、
『仕事がド修羅場で……』
ふんわりコンピューター関係とは聞いていた夫氏、超絶繁忙期で数日家に帰れなくなるらしい。
しかも関係良好だった義両親にまで「親怖い!」となるらしい。
『サクライさんが旅行計画中と伺い、よかったらうちに泊まっていただけないかと御連絡差し上げた次第でして……』
『今日旅行から帰宅したんですよ……』
『あー…………』
「…………」
『サクライさん、バイトしません?』
『バイト!?』
バイトとは。
東京~京都往復新幹線代、カフェ代ごはん代+α
業務内容:京子の徘徊時、息子くんと留守番か京子の付き添い。
京子のオカルト話し相手。
『オカルト!?』
『なんだか嫌な感じがするって言われても僕全然わからないんです』
『いや待って?私も見えない感じない霊感ないですよ?』
『そうですか?でもおすきなんですよね?』
『ちょ、待って?アニメや漫画は好きだけど、現実の怖い話は嫌です!』
『そうなんですか?』
『そうなんです!』
『そうですか……』
『はい……えっと、明日私通院日なんで、主治医と話してからお返事でいいですかね?』
『いいんですか!?』
『いやまだいいとは。働きすぎて鬱っぽくなったんで、鬱っぽいもの同士鬱々したらいけないんで、主治医に相談してみます、それからお返事で、明日メールします』
『お待ちしております』
御辞儀の絵文字でメールは締め括られた。
案の定、主治医には渋い顔をされた。
まあ仕方がない。
働きすぎて鬱っぽくなったと思いカウンセリングなど受けてみたら、「アダルトチルドレンだね」と言われてしまい。
自分にとっては日常だったことが、世間様としては立派な虐待だったのだ。
親に殺されかけることが日常という点で、京子のトラウマに触れるということは、私自身の心の扉も開きかねないということになる。
薬を多めに貰い、けして無理はしないということで、なんとかOKをもらう。
バスを待ちながらメールをすると、即返事がきた。
『ジュンさん昨日はごめんなさい』
『キョウさん今日は調子いいの?』
『昼間は普通なんだけど夕方からが怖い』
暗くなるにつれ気分も暗くなることはまあある。
そして夕方と言えば、逢魔が刻。
『家の中を通る人達がいて落ち着かないの』
『お、おう……それは実在する?』
『半透明』
『私には見えない人達ね……』
『ジュンさん昔は視えてたのに』
『中学時代!子供の頃!』
中学の修学旅行中、同じ部屋で怪談がはじまったが、参加しなかった自分だけが光る妙なものが見えるようになったのだ。
自分では思春期の気の迷いだと思っている。
『フィクションとしては、漫画やアニメは好きだけど、リアル幽霊はちょっと……』
『夫より話できるから助かるよー』
『夫氏全然なの?』
『ゲームすきだからモンスターの知識はあるけど、霊感は全然。とにかく誰かに家を視てほしいの』
『見るだけしかできませんが。好奇心が全然ないと言えば嘘になるし』
『やったー!ありがとう!』
『で、いつから?』
『今日でも!』
『無茶言うなや!』
『Σ(ノд<)』