雪解け夢うつつ
皆様ごきげんよう。ハツラツです。
伝えられない僕と終わりが近い少女のお話です。
想いは口にしないと伝わらない。
そう思っている方、少なくないのではないでしょうか。
本当に大事なものは何なのか、思い浮かべながら読んでいただけると幸いです。
それでは、どうぞ。
僕の住む山に、ポツンと屋敷が建っていました。
そして、その屋敷には一人の少女が住んでいました。
細身で、髪の長い、笑顔が可憐な美しい少女です。
「今日も来たの?」
屋敷に顔を出すと、少女はいつもおやつを分けてくれます。
今日は、干し肉を分けてくれました。歯ごたえがあって、噛めば噛むほどうまみがあふれ出ます。
「うふふ。美味しい?」
「コン!」
僕は答えるように、大きく吠えます。
本当はちゃんとお話がしたいけど、それは叶いません。
それでも、傍にいられたらそれでよかったのですが、
「けほっけほっ」
「コン?」
ただ、少し心配事がありました。
最近、彼女の様子が少しおかしいのです。
「ごめんね、今日はここまで」
「コン……」
今日はあんまり長く一緒にいられませんでした。
次の日、知らないおじさんが屋敷にやってきました。
何をしているんだろうと外から覗こうとしますが、襖が閉じられていてどこからも見えません。
どうしようと縁側をうろちょろしていると、中から声が聞こえてきます。
「体調はどう?」
「あまり……で……」
「他は……?」
「お腹が……それから……」
最近様子がおかしいことに関係があるのでしょうか。
僕には何にもわかりません。
しばらくして、おじさんが立ち去りました。
玄関の隙間から見えた少女の姿は、背中を丸めていて、少し縮んで見えます。
「コン!」
元気に呼んでみると、少し手を振ってくれました。
僕もうれしくなってしっぽを振り返してみましたが、少女はすぐに引き返していきました。
あれから日が出て沈んでを三回ぐらい繰り返しました。
でも、ずっと少女の顔を見ていません。
その間、僕は元気になってもらおうと、山で拾ったドングリやキノコを拾って縁側に並べてみました。
次の日も、また次の日も、縁側にやってきますが、少女の姿はなく、プレゼントの配置に変化はありません。
気が付けば、雪の降る季節になりました。
「コン!」
「わぁ、スゴイ!」
待ち望んだ少女の姿が、そこにありました。
「こんなにたくさん持ってきてくれたの?」
「コン!」
「うふふ。ありがとう」
少女が僕の頭を撫でてくれました。
細くて冷たい指が、僕の長い毛を柔らかくかきわけます。うれしいはずなのに、心地よいはずなのに、僕の心はちっとも落ち着いてやくれません。
だって、あれだけ美しかった少女の姿がやつれてしまって、雪のように白かった肌が、少し黄色くなっていたのです。
「けほっけほっ。ずっと会えなくてごめんね」
「コン……」
僕よりもはるかに大きい少女の体が、僕よりも軽いんじゃないかと思ってしまうほど弱弱しくて、脆くて。
「ちょっと体調がよくなくて、ね」
うん。知ってる。
「って、そんなこと言ったって、君にはわからないか」
「コン!」
ああ、僕が少女と話せれたらいいのに。
そうすれば、元気づけられるのに。
「じゃあ、またね」
「コン!」
また襖の奥に消えていく少女。
もう、会えないかもしれない。
「コン!」
行かないで。
「コン!」
でも、僕の思いは伝わらなくて、言葉は話せなくて。
襖が閉じる瞬間に見えたのは、少女の辛そうに笑う姿でした。
あれから、少女の姿を見ることはありませんでした。
僕にできることは何もなくて、毎日、星に願い続ける夜が続きます。
もう一度会いたい。会って、お話ししたい。僕の想いを伝えたい。夢の中だけでいいから。
その瞬間、きらりと星が流れるのが見えました。
それが特別な何かに見えて、僕は、何でもできるような気がして。想いを胸に、僕は眠りにつきました。
夢の中、あの縁側で僕は少女と再会しました。
「君……」
「お姉さん!」
僕の口から、少女と同じような言葉が出ました。
「えっ」
びっくりした顔の少女。僕も同じ気持ちです。
「お姉さん! やっと、やっと喋れた!」
「そっか。君は私とお話がしたかったんだね」
「うん! ずっと、ずっと話したかった!」
「私もお話しできたらいいなって思ってたの」
よかった。
僕と少女の想いは同じだったのです。
「あのね、あのね、お姉さん。ずっと言いたかったことがあったんだ!」
「うん。なあに?」
「えっとね、えっとね……」
僕が話そうとするのを、少女は小首をかしげてゆっくり待ちます。
「えっと……あれ?」
言葉にしようとすると、それがなかなか出てくれません。
言いたかったことがあったはずなのに。ちっとも言葉になってくれません。
お別れしたくない。ずっとお話ししていたい。元気になってほしい。どれも、正しいのに、間違っているのです。どうしようもなく、言葉が出てこないのです。
「いいよ」
「え」
「いつまでも、待つよ?」
嘘です。
少女に残された時間がもうないのは知っています。
「だい、じょう、ぶ。だよ。言える、から……」
嘘です。
言いたいのに、言いたくないのです。
伝えたら、消えてしまうんじゃないか。伝えても、僕と想いが違ったらどうしよう。
怖くて、口が震えるのです。
「お姉さん」
伝えなきゃ。
いなくなる前に。
「僕、お姉さんのこと、ずっと、大好きだったよ」
「うん」
「ずっと、ずっと、大好きだったよ」
「うん。うん。知ってるよ!」
「え」
「私も大好きだよ」
「うれしい!」
うれしいはずなのに。
「どうして泣いてるの?」
「うれしくてもね、涙は出るんだよ」
僕も、涙が止まりませんでした。
「ようやく、言えた」
「うん。聞けて良かった。でもね」
少女は僕を抱きしめて、こう言いました。
「私はずっと、君の想いは知ってたんだよ」
僕は勘違いしていたのです。
想いを伝えるのに、言葉なんて、必要なかったのです。
雪が解ける季節になりました。
「おや?」
町のお医者さんが屋敷に訪れると、永い眠りについた少女の胸元で、一匹の狐が丸くなっていました。
それはとても、幸せそうに眠っていたそうです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
二人はきっと、幸せだったと思います。
二人の願いは、きっと同じで、きっと伝わっていて、きっと、いつまでも。
いえ、野暮でしたね。
私が書かずとも、皆さんに伝わっていることを、いえ、それすらも余計ですね。
結末の捉え方は皆さんにお任せしましょう。
想えば叶うなんてこと、保証はありませんが、想い続けて行動に繋がれば、きっと届くはずです。
もちろん、そこに見返りなんて求めてはいけません。
私はそう信じて、物語を綴り続けます。
少しでもいいなと思っていただけたら、他の作品にも顔を出していただけると幸いです。
それでは、また。