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大海溝神殿の最深部、凍てつく広間で、隻腕のアプサーは荒ぶっていた。
めちゃくちゃに槍のような針を魔王の眠る氷の淵以外の周囲に尽き刺してゆく。
「ヨーナっ! また私を裏切ったっ。何が気に入らないのっ?! 今回はお前の好きそうな姿に造ってあげたのにっ!! あんな、茄子になった勇者にたぶらかされてっ! 誰も私の元に残らないっ!!!」
勢い余り、針の1本が魔王の眠る氷の淵の表面に突き刺さった。その1点を中心に、氷の淵にヒビが大きく入りだす。
「ああっ?! 待って! 壊れてはダメっ!」
赤い衣のアプサーは膝をついた。魔法陣を組み、留めようとするが、淵の氷の崩壊が止まらない。
「どうして? 嘘・・やめて・・」
霧の身体から涙溢し、落ちた涙は砕けた淵の氷に触れて凍結していった。
氷の淵はついに全て砕け、陥没していった。
「うううっ、馬鹿! 私の馬鹿・・」
泣き崩れるアプサー。だが、
「っ!!」
陥没した淵の氷が消し飛び、闇の翼を拡げ、左の手足の先の無い、一柱の悪魔が姿を表した。
「女の哀しみを浴びて目覚めるのも悪くない。よく耐えた、アプサー」
魔王はアプサーの目の前に降り立ち。アプサーはすがり付くと声を上げてより強く泣いた。霧の頭部の向こうにヨーナと似た顔立ちの妙齢の女が見えていた。
「まだ俺の身体は万全ではない。直にヤツが来る。自我の無い兵達を全て集めろ。取り込む!」
「はい、魔王様・・」
最後の四天王、アプサーは恍惚と応えた。
海底王国の重鎮達は渋い顔をしてる。
「本当に、その者が襲撃を首謀したのだな?」
鯨人族の国王は渋柿でも齧ったような顔で聞いた。これで3度目。
「は~いっ、わたしでーす! 上司から指示で殺っちゃいました!! 反省はしてないけど、気が変わったからもうしませ~んっ!」
あっけらかんと言うヨーナ。最悪だ・・
俺達は船団で大海溝神殿へ突入する為、国王に謁見しに来ていたんだが、来なくていいと言ったのについてきて、速攻全部ぶっちゃけちまった!
「王様! 種族的に価値観が違ってますっ。それに戦後、穏健派の魔族と交渉に四天王の1人の分体のヨーナはきっと役立ちますっ」
「ぐぅ~~~っっ」
ヤバい! ヤバい! 重鎮全員渋柿齧った顔だっ!!
(提案、ダイスケ、ややこしいので全員スキルで洗脳しちゃおう)
「急に雑っ?! 却下っ」
「余はダイスケに賛成じゃ!」
トトシ王子が立ち上がった。おおっ、さすが王族っ! 高度な交渉も期待できるかっ?
「だってヨーナちゃん可愛いのじゃ~っ」
メロメロになるトトシ王子! ダメだっ。大人になったら内政任せちゃダメな人材だった!!
「王子?! 何、速攻たぶらかされてるんですかっ?」
「王子、王族足る者、『女難』を嗅ぎ分ける能力は必須ですぞ?」
ヨーナはトトシ王子に投げキッスをした!
「じゃ~っ???」
トトシ王子は混乱してしまったっ。
「ヨーナ! 遊んであげるなっ」
「ふふ~ん」
「あたし、知らね」
ミミルは投げ、
「あー、皆さん落ち着いて」
ユッカナはひたすらあたふたしていた。海底王国の重鎮達はひたすらザワザワしている!
そこに、
「わんっ!」
ネッカイが議場のテーブルの上に飛び乗った。
(まだるっこしいことを話しているが、魔王の復活は間近! 既に過ぎた状況を延々話している内に機会を逸する! 天宮の後援を受け、魔王軍四天王を打ち倒す程の猛者と組んで攻められる機会はこの後は無いと思え! この小娘の処分等、後に回せっ!! 時の無駄ぞ!)
この一喝が効き、話しの流れが変わり、ヨーナは左腕に居場所を知らせる腕輪を身に付けることを条件に一先ず放免となった。
2日後、俺達は当初予定の5分の1程度の13隻の潜水船団で大海溝へと出港した。
兵員不足は使役モンスターの大量召喚で補う手筈だ。
俺達は旗艦の船室にいた。丸い船窓から外が見える。結構ギリギリの深度まで外部隔壁下ろさなくてもいけるらしい。ちょいちょい地球文明超えてくるな。
深海の外は真っ暗だか、全員暗視できるのでよく見える。デカい水棲モンスターや、深海生物ベースのモンスターがゴロゴロいる。
「グロいなぁ」
「ねぇ」
「ほぉ~」
ミミルとヨーナとトトシ王子が並んで見惚れていた。精神年齢同じくらいトリオだ。
ノンノンが不貞腐れているからボボがチョコレートを渡してやったりしている。
「なんだかんだで出港できたな」
ゼノロオンは小瓶の蒸留酒を軽く飲んでいた。
「いきなりやらかすからビビったぜ」
「筋を通したかったのかもね」
ユッカナはハーブ入りの氷砂糖を口に入れていた。
ネッカイは毛布の上で寝ている。
「・・いよいよか」
(決戦です。全ての運命連鎖はここに結集します)
「ああ」
戦わない選択肢がないもんかな? とか、また負けたらいよいよこの世界詰んじまうのかな? と思ったりもするが俺の中のどこかで、またアイツと戦えることに高揚する気持ちがあった。
次は、勝つ!
武者震いする自分がいた。
大海溝神殿の一室に装束を改めた魔王がいた。鎧までは纏わないが、煌びやかであった。
確かにある、左手と左足の具合を確認する魔王。
「多くの兵を失ったが、悪くない」
「喜ばしいことです」
側に佇むアプサーも、左腕が機械の腕に変わっていた。
「アプサー、お前の腕も、いいな」
「はい、回収できたルググメヴィス残骸を使いました」
「マニは使ってやらないのか?」
「・・マニは嫌いでした」
魔王は笑った。
「仲良くできない物だ」
霧の向こうの頬に触れ、魔王は翼の変わりに背を覆うマントを翻し、部屋を出た。アプサーを従え、その先のバルコニーに出る。眼下には数千の魔王軍兵達が集まっていた。
「減ったな、お前達。無念に散っていったか。時を置かず、再び姿を変えた勇者と、その眷属どもがこの牙城に攻め入るだろう。お前達の多くは助かるまい。お前達に、俺は告げておく」
魔王はその魔眼で兵の1人1人、雑兵の類いに至るまで全員を視認した。術は何も掛けていないが、誰もが視認された事実を理解した。
魔王は告げた。
「喜び勇み死んでゆけ」
オオオォォォーーーーッッッ!!!!!
熱狂が魔の牙城を包んだ。
「お前達の死の果てに、創造する。俺達の、来るべき世界をっ!!!」
それは紛れもなく、勇者であった。暗黒の、世界を救わんとする者がそこにいた。