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別の世界ではただの日常です

闇の世界

作者: 茅野榛人

「というわけで皆さん!今回は本当にありがとうございました!お疲れ様でした!楽しかった!さようなら!」

 今から十二時間前、俺は生配信サイトでとあるゲームのストーリーモードの実況生配信を始めた。俺の配信の数少ない視聴者の皆さんからの助言や、温かいお言葉を頂きながら、つい先ほど、何とかクリアした。

 時計を見ると、午後十一時五十五分を指していた。

 俺は半日もかかった生配信を終えて、部屋を出ると体中の関節を動かした。快感がほとばしる。

 少しすると急に水が飲みたくなった。しかし部屋の冷蔵庫にストックしてあった飲料は全て切らしていたため、俺は台所の冷蔵庫にある麦茶を飲もうとした。

 しかし疲労で体がふらつく。台所の電気をつけるのも面倒臭い。俺は電気をつけずに台所に入った。

 当然真っ暗なため、手探りで冷蔵庫を探すが、どんなに探しても冷蔵庫に手が触れない。それどころか、台所に置いてあるもの全てに手が触れない。

 それでも俺は無我夢中で探し続けた、でも触れない。

 ここで俺は、何かしらの違和感を覚えた。

 少しずつ冷静さを取り戻して行き、今感じている違和感が一体どこから来るものなのかを突き止めようとした。

 そして気がついた、俺の足音が響いているのだ。

 台所よりもずっと広い……まるで体育館のような広さの空間を、一人で歩いているような足音が聞こえてきているのだ。

 さらにもう一つ異変があった、目が慣れないのだ。

 暗闇に足を踏み入れてから、そこそこ時間が経つ。なのに一向に目が慣れる気配が無い。

 目の前が、何もない真っ暗闇なのだ。

 怖くなった、間違いなく何かしらの異常事態が起きている。

 俺は咄嗟に電気をつけようと、光のある方向、即ち台所の出入り口を目指して走り、台所の電気のスイッチを押した。

 すると台所の電気は普通につき、見慣れた台所が照らされた。

 俺は胸をなでおろし、冷蔵庫から麦茶の入った冷水筒を取り出し、棚からコップを取り出すと、料理をする際に利用するスペースにコップを置き、麦茶を注いで飲んだ。

 半日ぶっ続けで行った生配信による疲労と、暗闇で味わった謎のハラハラで、まるで炎天下の公園で飲む麦茶のような美味しさが感じられた。


 あれから暫くして、もうすっかりあの時のことなど気にしなくなった頃、再び異変は起きた。

 深夜に中途半端な時間で起きてしまい、尿意を催してトイレに行き、洗面所で手を洗い、寝室に戻ろうとした時、ふと台所の出入り口に目をやると、あの時のことを思い出し、電気をつけないまま暗闇の中に入って行ってしまった。

 ただ、あの時は疲労で頭が正式な判断を下していなかったのではないか、そう信じながら歩く。

 しかし信じるのも空しく、俺の耳にはあの時聞こえてきた足音が聞こえてきた。

 俄かには信じがたいが、この空間は明らかに台所ではなかった。暗くて広い、謎の空間だ。

 この状況で俺が見えるものはただ一つ、出入り口だけだ。

 果てしなく広がる暗闇にただ一つ……実に薄気味悪いものだ。

 俺は暫くその空間に居た、ただ暗闇をずっと見続けるのは怖いため、唯一視界に入れることのできるものである、出入り口を見つめていた。

 一体ここはどこなのだろうか……普通に考えれば台所ということになるだろうが……。

 ずっと棒立ちになっていると、段々と眠気がやって来た。

 俺は出入り口の方に向かい、念のためにと台所の電気のスイッチを押した。

 電気は普通につき、普通の台所が照らされた。


 深夜に俺の家の台所で起きることは、もはや忘れられなくなった。

 寝る前に必ず、深夜の暗い台所に現れる暗闇の空間に足を踏み入れ、出入り口を見つめながら、意味もなく棒立ちになる。

 時には、懐中電灯で暗闇を照らそうとしたこともあったが、暗闇が勝り、役に立たなかった。

 しかし不思議と飽きないのだ。俺は段々と暗闇空間の虜になって行った。

 そのような生活を続けて暫く経った頃、俺はあることをやってみたくなった、それは暗闇空間の探索だ。

 探索ともなると、出入り口を見失う可能性があるかもしれない。

 しかし暗闇空間に抱く俺の好奇心はもはや制御不能になっていた。

 俺は暗闇空間に足を踏み入れ、ただひたすらに前へと進んだ。

 いつもは足を止める場所よりも先へ、ひたすら先へ向かった。何を期待しているのかもわからないまま……。

 しばらく歩き、後ろを振り向くと、出入り口からかなり離れたことが確認できた。

 しかし俺はここで引き返しはせず、無我夢中で暗闇空間の中を突き進んで行った。

 すると初めて暗闇空間で出入り口以外のものが見えた。

「うわっ!」

 俺は暗闇空間に突然何かが現れたため驚き、声を上げてしまった。

 その声は、足音と同様に暗闇空間の中で響いた。

 突然現れたものとは何かを確かめようとしたが、俺はすぐにそれが何かが分かった。

 俺の愛車だ。いつも乗っている乗用車だ。

 実に不気味だ。暗闇空間に突然何かが現れたかと思えば……どうしてこんなところに……。

 俺は急に寒気がし始め、引き返そうとしたが、出入り口はもう無くなっていた。

 出入り口という心の余裕を奪われ、一気に孤独感に苛まれる。

 こうなったら……やることは一つしかない……。

 俺は車に乗ろうとドアを開けた。鍵はかかっていないようだった。

 運転席に座り、ドアを閉めると、突然全てのドアにロックがかかり、さらにエンジンがかかった。

「え? え!? 何!? 何!?」

 恐怖と後悔の気持ちが同時に襲ってきた。

 どうして暗闇空間を探索しようだなんて思ってしまったのだろうか……どうして暗闇空間の中にある車に乗ってしまったのか……。

 車は独りでに運転を開始した。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 誰に言っているのかも分からないが、ただひたすら誰かに謝っていた。

 車のハンドル等の操作は一切出来ず、見えない何かが、俺の愛車を運転している。

 俺はこの車がどこに向かっているかも分からず、うずくまっていた。


 気がついたら車は停車しており、車のロックも外れており、エンジンも切れていた。

 ようやく車が止まったという安心感があったが、それより俺はあることに驚いた。目の前の光景が一変していたのだ。

 さっきまでの暗闇空間ではなく、俺が普段利用しているマンションの駐車場の光景だった。日もすっかり昇っていた。

 あれは夢だったのだろうか、しかし今の格好はあの時と同じパジャマだ。


 あれから暗闇空間は現れなくなった。

 俺は今、人気ゲーム配信者として有名になり、順風満帆な生活を送っている。

 それにしてもあの暗闇空間は一体何だったのだろうか、どうしてあれほどまでに暗闇空間の虜になっていたのか、今の俺には一向に理解が出来ない。

 しかし今考えてみれば、あの暗闇空間の車に乗った後ぐらいから、俺の人気はうなぎのぼりになった。

 あの暗闇空間は、俺の人生にとっての、ターニングポイントに等しい存在だったのかもしれない。

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