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GOD GENE

作者: 星うさぎ

読み切りが好きです。こう、読み切りなのに伏線満載なのが。

俺は殺し屋をやっている。

自分の与り知らぬ所でも、俺が原因ならば殺し屋を名乗っても遜色はないだろう。




その胸に突き刺さったナイフを抜く。

ず、ぐちゃ。

硬く強張った肉を裂いて鋭い刃が姿を現す。


どこかの路地裏。

深い夜の帳の下、血に濡れたナイフを持って佇む。


夜風に煽られ、灰色の羽が舞う。


そうして、奇形の肉体に背を向けて路地裏を後にした。













「起きんか!緋月鳴(ひづき めい)!!」


六月の暖かな午後。    

退屈な授業に睡魔と共同戦線を張ってボイコットを仕掛けた途端、一閃した教科書が俺の脳天に炸裂した(命名、教本頭蓋割り)。


「ぐあぁぁぁあ!!!!」


「私の授業で居眠りは許さんぞ、緋月」 

担任+現代文担当の黒谷美織(くろたに みおり)教諭だった。      

「美織さん、オレを殺す気ですか」         


もう一発。        


「ぐおぉぉぉぉぉ!!!」           

「先生と呼ばんか、先生と」


そして、シャープな四角縁眼鏡の位置を直し、ため息を吐くと言った。


「お前も来年から受験生だろ。自覚したら授業に集中!」    


ノイズ。


そう、俺こと緋月鳴は、私立風原丘(かざはらおか)高校の生徒。

来年には受験を控えた二年生だった。


痛む頭を押さえて窓の外を見る。  


日常になった景色。

ようやく手に入れた景色。

そして、どこかで誰かが夢見ている景色がそこにあった。










放課後。

街の中心から十分足らずの場所にありながら、


「相変わらずだなぁ、ここは」


こうして日が沈めば人っ子一人、猫の子一匹いない、この廃ビルの林。

バブルが弾けた影響で、ここら一帯の開発が中止された結果らしい。

いかにも何か、よくないモノがいそうな気配。

こんな所にくる物好きなど、そうそういない。

まさに街の裏側と言える、末期の風景だった。


「・・・・・・・・」

ふと、足元に落ちていた羽を拾う。


烏のそれより幾分大きい、灰色の羽。

しかし、どんな専門書を紐解こうが、こんな羽を持つ鳥は存在しないだろう。

なぜなら―――――――――


「―――――よう。捜したぜ、小僧」



振り返ると、数十メートル程向こう、止まった信号機の下、そこに、黒い人影があった。



「なんだ、アンタもゲームの参加者か?」

全く臆した様子もなく、鳴は問い掛ける。


人影が進み出る。

黒いコートの男は、長い金髪を掻き揚げて答えた。

「そうだ。お前は披検体726号で間違いないな?」



ノイズ。



どこか。白い。部屋。

自分と。それ以外の大勢。



「・・・・・お前。その名で呼んだからには覚悟は出来てるんだろうな」

腰からナイフを引き抜き、構える。


「覚悟すんのはテメェの方だ。今まで殺された二人の弟妹の分、きっちり落とし前付けてもらおうか!!」

男の体が膨れ上がる。

髪は逆立ち、瞳孔は細く引き絞られる。

その姿はまるで、


「オレはコードネーム:ネメア!ライオンの複合遺伝子保持者(キメラ)だ!!」





第二次世界大戦中、あらゆる国が何でもいいから兵器を造り出そうとしていた時代。

どこぞの科学者たちが、とんでもない夢物語に手を出した。

それは神話のように、伝説のように、物語のように、


『人間と他の動物の融合』


人間の知恵と動物の身体能力を併せ持った、究極の生物を創り出す研究だった。


しかし、当時の科学力では、実戦登用できるほどのものは創れなかった。

そうして研究は凍結され、歴史の裏に消え去った。



そして現代。

今や不可能なことなどないと言われるこの世界に、悪魔の研究は甦った。

古い研究施設にあった記録に、この研究についての概要が残されていたのだ。


それを見た科学者たちは失笑を零した。

あまりにも拙い実験の数々。

なんだ、こんなことなら自分たちの方がうまくできるのに。


研究は再開された。


神の遺伝子(ゴッドジーンズ)計画プロジェクト』と名付けられたそれは、あっという間に完成した。


人間の遺伝子に組み替えられた別の遺伝子を合わせ、人にはない機能を発揮させる。

成功率は百人に十数人程。

身を裂き血を吐くような実験を乗り越えた彼らは、神話になぞられてこう呼ばれた。


複合遺伝子保持者(キメラ)』と。


実験台は誘拐されて来た人々。

鳴もその内の一人だった。





「そして、オレ達は逃げ出したお前を連れ戻すよう言われたわけだ。

  ゲーム?何のことはない、ただの奴らの実験だ。―――――どっちが強いかってなぁ!!」


男――ネメアの拳が視界に迫る。


「――――――ぅお!!」


間一髪で躱す。

そのまま後退しようとして、

「――――遅え!!」


蹴り飛ばされてビルに突っ込む。

筋力も増幅されているらしい。

コンクリの壁に激突する。


「・・・・ぐ・・・あ」

息が詰まる。やべ、何本イった―――?



これで三人目。

最初の奴は蛇だった。

研究所から逃げ出した自分が追われていること。

何人かのキメラ部隊が編成されたことを知った。


二人目。

やっと掴んだ自由を守るために鳥男を殺した。

その時初めて、これがゲームなどではなく、互いの命を賭けた戦いだと痛感した。


それでも、俺は俺のためにここで死ぬわけにはいかない。

だから、戦う。



「はっ―――!!」

ナイフを投擲する。

ちょうど崩れたビルに入って来たネメアに直撃する。が、

ぎぃん、とあらぬ方向に跳ね返るナイフ。

ナイフを弾いたネメアの腕には傷一つない。


「はっはっは。ネメアの獅子は特別製でな、そんなちゃちいナイフじゃ、傷一つ付けられねえよ」

その一言で思い出した。

神話中でネメアの谷に棲むと云われるライオン。

かの大英雄の棍棒の一撃にも耐える、強靭な毛皮。


「あきらめな。お前じゃオレには勝てない」


抜群の瞬発力で目前に現れるネメア。

再び壁をブチ抜いて吹き飛ばされる。


「オレは負けるわけにはいかない」

瓦礫を踏み砕きながら、ネメアは鳴に語り掛ける。

「オレが負けたら、代わりにあいつが行かなきゃならない。だから、ここでお前を殺す」


ネメアの屈強な腕が鳴の首を掴んで持ち上げる。

「これで・・・・終わりだ!!」

握り締められた拳が鳴の頭を砕こうとして、


ドン。



自らの胸に開いた黒い穴に愕然とした。


からん、と空薬莢が乾いたコンクリートの床に落ちる。

鳴の手には一丁の銃。世界最強と云われる拳銃、デザートイーグルが握られていた。


「そんなもの・・・どこから・・・・・」

口の端から赤い筋を零しながらネメアは呟く。


「気が付かなかったか?この前も、その前の奴も、ここで俺に倒されてるんだぜ」

「・・・・な・・・に・・・・」

「どうせすぐに追っ手が掛かると思ってたからな。この場所を俺の武器庫にさせてもらった。

  ・・・・・この銃もナイフも全て、研究所から持ってきたものだよ」


ぐらりとネメアの巨体が揺れる。


「すまねぇ・・・シ・・・・・」

彼は最期に、遠く彼方を見つめながら倒れた。










今でも夢に見る。

何もない白い部屋で、見知らぬ大人たちに取り囲まれる自分。

どんなにもがいても、きつく拘束された体は動かない。

何本目かの注射が打ち込まれる。

その激痛に咽び泣き、




「ホント、あんたよく寝てるわね〜」

目覚める。と。

「あ・・れ。ここは・・・・・?」

クラスメートの女子は呆れたようにいう。

「やぁねぇ。ここは学校よ。寝惚けてるの?」

もうすぐ帰りのホームルームよー、と言いながら、彼女は自分の席に戻っていった。






足は自然と廃墟へ向かう。

喧騒は嫌いだ。どうせなら静寂がいい。


誰もいない街。

こうしていると、まるで、この世界にただ一人生き残ったような錯覚に陥る。


しかし、そんな静かな一時は、他愛もなく侵された。



長い白銀の髪をなびかせて現れた少女は、色素の薄い瞳を俺に向けた。


「・・・・・・・・・・・・」

背筋が凍る。

既に気配が人間のそれではない。

目の前にいるのは、獣かそれとも――――?


「あなたが披検体726号?」


少女が口を開く。

「安心して。わたしが最後の追っ手。わたしを倒せれば、あなたはもう闘う必要はない」

要するに、最高傑作か。


「いいね。今までの雑魚よりかは楽しめそうだ」

口元を歪めながら軽口を叩く。次の瞬間。



ザン!!



わき腹に鋭い痛み。

少女が後ろに立っているのを認識してようやく、斬り付けられたと気付いた。


「連れて来られたのは五十人」


ザン!!


「内、実験第一段階を通過できたのは三十二人」


ザン!!


「さらに実験第二段階を通過できたのは十八人」


ザン!!


「実験第三段階の他生物の遺伝子の配合に成功したのは五人」


ザン!!


「最も適合率が高かった二人は、最終段階の実験台にされ、わたしの兄は命を落とした」


ザン!!


「そしてわたし達四人は、研究所は破壊して脱走したあなたを捕らえるためにこの国に来た」


少女の瞳は怒りに燃えていた。



(・・・・・・・・速い)

急所は逃れているが、身を躱す暇もない。


「あなたはわたしの、家族、友達、ううん、もっと大切な人たちを殺した。

 ―――――絶対に許さない」


許さないと言われても、こちらもやられてやるつもりはない。


腰のホルスターから愛銃を引き抜く。

照準。

引き金を引いて――――――


バキン!!


銃声ではなく、ゴトリと鈍い音がした。

手に持った拳銃は、その銃身を断たれ、薬莢やスプリングが露出している。


「まじか」


鳴の足元に蹲るようにして馳せた少女の眼が光る。

獣のそれのように長く、鋭く伸びた爪が、鳴の首筋に迫る。

鳴は咄嗟に抜いたナイフで弾き、後退した。


「あなたが何のキメラかは知らない。でもあの研究所を壊滅させる程だから油断はしない」

少女は瞳に怒りの炎を灯しながら、それでも冷静さをもって鳴を追い詰める。


鳴の装備はナイフが三本だけ。

とてもじゃないが、まともに相手なんかできない。


「く・・・・・・!!」

走って逃げ出す。



少女が飛ぶように追い駆けてくる。

そして、鳴は遂に高い壁に囲まれた袋小路に追い込まれた。


「――――なんて・・・・・なっ!!」


壁際に張ってあったロープを切断する。

ロープは勢い良く上空へ引っ張られていき、それと同時に、危ういバランスを保っていた鉄骨の一本が外れ――――――――――

「・・・・・・・・!!」


轟音を響かせながら、鉄骨の群れが少女に雪崩を打って降りかかった。



「やれやれ・・・・このトラップを使わせるとは・・・・・・」

砂煙を叩きながら呟く鳴の表情は暗い。

やはり、こうなってしまうのか。

崩れた鉄骨を跨ぎながら脱出する。



「何処へ行くの?」



今宵は煌々と輝く満月。

その黄金を背に、白い翼が舞い降りた。


「――――――な」

驚愕のあまり声が出ない。

そうか、やりやがったな(・・・・・・・)


「そういえば、まだ自己紹介していなかったわね」

少女は翼を折りたたんで着地した。



「わたしはシリウス。――――『天狼』の複合遺伝子保持者(キメラ)よ」



三種類の遺伝子情報を持つキメラ。

試された被検体の悉くが、その毒に侵され、死に逝くさまが思い返される。


禁断と謂われた実験を、この少女は克服したらしい。

狼の爪と鷲の翼を持った少女は、改めて鳴に向き直る。


「あなたが自由になったことは責めない。でもね、あなたを殺さないと、わたしは自由になれないの」

鋭い爪を突きつけられる。

制服の袖からナイフを取り出す。


シリウスが、奔る銀の軌跡を受け止める。

腕力でも敵わない。弾かれ、壁に激突する。

頭上から振り下ろされた一撃を、横に避ける。

シリウスの爪は、壁を深く抉った。


「!!」

背後に回ったしなやかな脚に蹴り飛ばされる。

「・・・・・・ぐぁ!!」


つまり、それが自由の代償。


ハンマーじみた破壊力の蹴りの応酬を見舞われる。

ゴキン。右腕がイヤな音を上げる。


「―――――――――ちっ・・・・・・」 



この世はとことん上手くいかない。

きっと、俺と彼女は、幸福の天秤の両端にいる。

俺が幸福を得れば、彼女は灼熱の炎に身を投じなければならない。

彼女が幸福を得るには、もう片方(おれ)を引き摺り下ろすしかない。



「《神々の座(オリンポス)》はあなたを殺せば、もうわたし達を解放すると言った・・・例え嘘でも、わたしはそれに縋るしかないの・・・・・・」



そう、これは神様が決めたこと。

俺達はそれに従うしかなく、拒否権はない。






「―――――――ふざけんなよ」



叩き落された腕を、左手で受け止める。


「――――え」

まさか壁をも砕く腕力を止められるとは思わなかったのか、シリウスは目を見開いている。

握り締められた腕が、みしみしと音を上げて軋む。


「・・・・・・・くっ!!」

掴まれた手を振り解いて、シリウスは後退する。


「神様がなんだってんだ・・・・・あいつ等が神様だって?笑わせる。それでもお前がそういうんだったら…・・・・・」



「この『偽神』が引き摺り降ろしてやるよ!!」



飛び出した鳴の姿をシリウスは追えない。

眼前に迫った鳴を払う一撃は、確かに折ったはずの右手(・・)で払われた。

「――――治癒能力の向上・・・!!」


素早く距離を取るシリウス。

回復力が高いのならば、一撃で仕留めればいいと踏んだのだ。


それも、甘い。


彼は追いすがった。シリウスの駿足に劣ることなく、彼女の動きについていった。

そこには、彼女に合わせている。そんな色さえあった。


「クッ・・・・!!」

此処に来て粘り出した鳴に、シリウスは苛立ちを覚える。

「アアァアア!!」

力任せの一撃。なんの捻りも無い代わりに、純粋な暴力として鳴を肉塊に変える筈。かわされる。渾身の突きは鳴の身体を滑るように受け流され、無防備な体が晒された。


鳴の脚が綺麗な軌跡を描く。

腹に回し蹴りを受け、シリウスが吹き飛ぶ。


「・・・・・これは」

身体能力がさっきまでとは大違いだ。これが、彼のキメラとしての力―――?



手足の震えを必死に抑える。

自由なんて無くした筈だった。あの実験場で、目の前で兄を失った日から。

それでも、同じ境遇で出来た友達と話している間は、そこに自由を見出すことができた。



―――君たちを自由にしてあげよう。

創造者(かみさま)を名乗る男はそう言った。

自分たちはその言葉を信じて、戦うと決めた。

けれど、誰も帰っては来なかった。


また、失ってしまった。

考えてみれば当然だった。

相手だって、そう易々と命を渡す筈がない。


虚ろな頭で考えた。

つまり、そういうことだ。

覚悟を決めて立ち上がった。



自由(しあわせ)は、誰かの不自由(ふこう)の上に成り立つものなのだから。



「あぁァァアアア!!!」

シリウスが吼える。

まだ闘う力が残っているらしい。

こちらはもう限界だ。

際限なく向上する身体能力。それが俺の能力だ。

スイッチを入れれば弾丸さえ避けることが出来るが、体に負担がかかるためそう長くは保たない。そこが人間の限界だった。既に焼き切れた神経の一部の再生が間に合っていない。 

 


――――――熱い、燃えるような怒りを感じる。



あまりにも純粋過ぎて、まるで火の玉のようだ。

そして、その中に、蒼い悲しみを見た。


シリウスが突進してくる。彼女の最高速を以て、差し違える覚悟の最終撃。



自分の存在が、確かに誰かを不幸にしている。


一瞬だけ躊躇う。

それも下らない感傷だと割り切り、こちらの奥の手を構えて、


やはり、その想いを受け入れた。























目を覚ますと、満点の星空の下にシリウスの顔があった。

どうやら膝枕をしてもらっているらしい。


「・・・・・・・・・どうして」

「うん?」


「どうして、わたしを殺さなかったの?あの時、貴方はわたしを殺すつもりだった。なのに、最後の一瞬で手を抜いたの!どうして!!」


ポタ、ポタ。

仰向けの俺の顔に、涙の雫が落ちる。

見れば、制服はズタズタで、傷は―――――――うわ、見なけりゃ良かった。


「どうしてよ!!」

「・・・・・・それは、やっぱり殺したくなかったからじゃないかな」

彼女の目を見据える。


「俺が原因で、誰かが死んでくなんて・・・・もうごめんなんだよ・・・・・」

ゆっくり身を起こした鳴は、シリウスの背に手を回す。



「だから・・・・俺が、お前を守ってやるから・・・・もう、こんなことはやめようぜ・・・・兄妹・・・・・・」



その両腕から力が抜ける。

顔色を青白くした鳴は、シリウスの胸に頭を預けるようにして倒れこんだ。


「ちょっと!?ねぇ、待ってよ!ねぇ!!」


鳴の頭を抱いて、シリウスが叫ぶ。


「待ってよ・・・・わたしをもう・・・・独りにしないでよ・・・・・・」









「――――――――――終わったようだな」




その時、ひょいと建物の陰から黒いスーツを着た女性が姿を現した。



「誰!?」

シリウスが鳴を守るように抱え込む。


「・・・・・あー。大丈夫大丈夫。美織さん、お疲れ様~」

「ああ、お前も相当お疲れ」


「傷は!?」

「ん?ほれ」


鳴が捲った制服の下には、傷一つ無かった。

状況が飲み込めないシリウスは戸惑うばかり。

「いや、昔から身体は丈夫なほうで」

「んん・・・・、まあいいわ。・・・・・この人は?」

「ああ、この人は黒谷美織さん。俺の担任+監察官の人」


「監察官?」


「当然だろう。戸籍も無かったこいつがまともに学校なぞ通える訳ないだろう」

「そ。で、俺の身体を診てもらったり生活費出してもらったりしてるんだ」


身体を診ると言っても切り刻んだりする訳ではない。

鳴の持つ特殊な遺伝子などを通して、真っ当な人体に使える物質の研究をする機関、《ロータス》。

本来は薬品などの研究機関だったのだが、突然転がり込んだ鳴を保護しているのだ。



「実を言うとな。お前の兄姉たちは生きてるんだ」 



「・・・・・・え?」


鳴は横になったまま美織の方を見た。


「ああ、今まで鳴と闘った五人は生きている。今頃はアメリカ支部辺りにいるんじゃないかな」 

「そんな、どうして?みんな、死んだって、殺されたって・・・・」


「いや、殺さずに麻酔で大人しくさせるのは大変だった。この前のライオンなんか、麻酔薬付きナイフが利かなかったときは、本当どうしようかと思った」

その言葉に美織が同意する。

「確かに。デザートイーグルの弾丸が心臓ぎりぎりまで突き刺さった彼を診たときは、本当どうしようかと思った」


あっはっは。と和やかに笑う鳴と美織。

その様子を見て、シリウスは何だか気が抜けてしまった。


「ま、そんな訳だから、ほとぼりが冷めたら会わせてやるよ。今はまだちょっと・・・・・て、ああ!?」




「・・・・く、うく・・・ぅぅ・・・うあぁ・・・・・」




「・・・・・・・」

鳴はそっと、泣きじゃくるシリウスの頭に手を置いてやった。



「・・・・じゃ、美織さん、後のことはお任せしますよ」

「ああ、お前ももう歩けないだろ。車を呼んであるから待っていろ」


その言葉と共に、暗い道の向こうから、一台のベンツが滑り込んできた。 

「助かるよ。で、今日のデータから俺の能力解った?」


美織はベンツにシリウスを乗り込ませて答えた。 


「さっぱりだ。身体能力の向上としか言いようがない。・・・アレを除いてな」


ふー、と残念そうに溜め息を吐く鳴。


そう、鳴は、自分が何の複合遺伝子保持者キメラなのかが分からない。

何か別の生物の遺伝子が混ざっているのは間違いないのだが、それが何なのかが分からないのだ。 


「まーいいさ。気長に探すよ」

そう言って、自分もベンツに乗り込む。


「お、そうだ」

「はい?」


「耳寄り情報だ。昨日、うちの情報部が研究所を見つけた。目ぼしい資料は回収したから、もういいってさ」



鳴の唇が吊り上がる。



「ありがと。すぐに行くよ」














やはり六月は良い。

暑くもなく、然りとて寒くもない。

ついつい瞼も垂れ下がろうというものだ。


そうして、麗らかな日差しの下で我が朋友・睡魔を招いていると。



「ねぇ、知ってる?一昨日、ドイツで大爆発があったんだって」

「何それ?こわーい」

「何でも地下の何かの研究所でね、爆発があって初めて存在が知れたんだって」

「そんなに凄い爆発だったの?」

「そーなの。何か爆発っぽい音はしなくて、地下から光がぱーってなって、建物が壊れるのが分かったんだって」

「で、その研究所で何をしてたの?爆発はそれが原因?」

「それが分からないのよ。爆発の原因も公開されてないの」

「・・・・・随分詳しいわね」

「いやー従兄弟がそれを観てたのよ。それでね―――」




再び意識を日溜まりに戻す。

研究所の爆発。そんなものは関係ない。


あるのは、そこでは非道な研究が行われていたという事実。


それら全てを葬り去る。

それが、生き残ってしまった俺の役目だったりなんたり。


ま、そんな事もどうでもいい。




「ねむ・・・・」


いつもならとっくに夢の中だ。

なのに何故、こうして起きているかと言うと・・・・・


「おらーホームルーム始めるぞー。席つけ、席ー」


いつも通り美織・・・・先生が、日誌を振り回しながら教室に入ってきた。

うん。いくら美人さんでも、あの言葉遣いは直した方が良いと思うんだ。・・・・ほら、そろそろいい歳だし。



「ああ、そうだ。ホームルームの前に、皆にニュースだ。――――――――入って来い」



がらり。





俺は殺し屋をやっている。

自分の与り知らぬ所でも、俺が原因ならば、殺し屋を名乗っても遜色はないだろう。


既にこの身は、幾百の犠牲を背負っている。



それでも。




教壇に上がった少女は、期待と緊張に顔を上気させている。

不慣れな制服姿が愛らしい。


少女はクラス全員の注目の中、自己紹介をする。





少女の名は――――――――――――






それでも。

彼女を救うことが出来た。


そう思うと、少しだけ世界が明るくなる。

どうやら眠たい日々は終わりのようだ。


それもいい。


手に入れた自由の中、ただ一つ欠けた欠片。


それを彼女が運んで来てくれた。


だから、守ろう。


この、ようやく手に入れた平和な日々を。



  

ああ、自分にもこんな締め方ができるのか。と思ったり。

どうもありがとうございました!

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