第八話
※2023.4月更新①
ショックを受けて塞ぎこんだアディスをミーアが慰める。
「まだ、何が起こったかはっきりしないから」
「でもっ! ケイトさん絶対怪我してる!」
「そうとも限らないよ」
あたしとヘストはそのやり取りを聞きながら捜査に混じって魔力採取を試みた。冷たいようだけど、ほんの数時間しか話してない人だもの。この血があの鳥人の物かだって怪しい。羽が散らばってればきっとそうだけど、一切無い。
それに、太い血管を傷つけたらもっと血液だって大量に出てくるわ。動脈だっけ、刺して抜くと、血が噴き出してカーテンとかについてたのよね、あの時。でも今は付いてない。
ヘストもあたしと似たり寄ったりな態度だから、アディスは睨んで叫んだ。
「なんでそんな冷静なんだよ! 人が死んでるかもしれないんだぞ!」
「ほら、アディス落ち着いて」
ミーアに宥められると口が滑った自覚があったみたいですぐに謝られた。
あたしもこいつも、大して気にしてない。だってアディスのは可愛いもんよ。混乱してるだけって分かる。
魔力計測の結果、大気魔力とは別の魔力が残ってると判明したわ。連続殺人と関係あるか分からないけど、こっちも解析を頼まれた。追加依頼の用紙に署名してもらってミーアに手渡した。
「魔術の痕跡か、もう少し解析をする必要があるわね」
「そうだね。でも、有用かといわれると厳しい。ケイトさんの魔力を計った訳じゃないから、彼女の物って結果になる可能性もあるよ」
「獣人って魔術使えるの?」
「本人達は神の奇跡と呼んでる。生まれつき使えるらしいよ」
その言葉にあたしは眉をひそめた。まるで魔女と同じよね。でも、女性の獣人は魔女って呼ばれてないし人間から差別されてないのが腑に落ちない。
深呼吸したアディスが目を拭きながら話に加わった。泣いても事態が良くなるわけじゃないって切り替えたんでしょう。
「コーラルコカトゥは、水を硬化させる奇跡だって、村の獣人が言ってた」
「凍結ってこと?」
「違う、水のまま固くするんだって。ほら、協会の『アクアシールド』っぽい感じ」
「ああ、確かにあれも水のままね」
防御に特化した攻撃魔術を引き合いに出された。あの魔術は近くにある水を操る魔術で、水を出す魔術と併用して使わないといけない。大陸間の貿易船とかに組み込むために協会が作ったもので人間が使う前提じゃないわ。
その魔術と同じような事を出来るとしたら十分すごいわね。
「『アクアシールド』と似てるなら、あの人の奇跡が水属性の魔力って判定がでるかしら。それなら、あの人が使った物かどうかは分かるんじゃない?」
「……そうだと、いいな」
後ろ向きになったアディスの事は置いといて、魔力の属性検査をする。
結果は水属性じゃないわね。完全に風属性単体の魔術。様子を見守ってたミーアが頷いた。
あたし達はその事を捜査局の人達に伝えて今後の捜査状況を教えてもらえないか交渉したわ。魔術師への偏見が比較的少ない人選だったから助かった。魔術関連の知識も齧ってたみたいで、あたしの説明でも理解してくれた。
この場は捜査局に任せてあたし達はいったん休憩を取ることにした。
事態が進展しない事にはため息しか出ないけど、あたし達の依頼が進むとしたら、次の犠牲者を待ってないとならない状態よ。縁起が悪すぎる。
今は昼食後の散歩で街中を眺めている。
何かあったらまずいからアディスも一緒だけど、本当は一人になりたい。人混みが多くて酔いそうなのよ。こういう時にあたしは自分の性格を自覚するわね。たぶん、あたしは人そのものがあまり好きじゃない。記憶が無いけど性格ってそうそう変わらないでしょうし。
表通りを離れて海岸沿いの道まで歩こうかしら。時間的には余裕があるからアディスに声を掛けた。
「少し気晴らしでもしない?」
「行きたいなら付き添うけど。危ないよ」
「あんたも気分転換は必要でしょ。最初の実習で面倒なのに当たっちゃったんだから」
アディスも無理をしている。ここは今回のリーダーとして気を配るべきだし、自分の気持ちの整理もつけて一石二鳥になるわ。話し方は渋っているけど表情としては肯定していたから、答えを聞かないでアディスの腕を引いて走った。
小さい抗議の声を無視して船着き場まで一直線よ。漁港だから卸市場ももう終わっていて人は少ないわ。
波打ち際に行くのは危ないから少し離れた場所で海を見渡す。
潮の独特な臭いが風に運ばれてこっちまで届く。水平線がまっすぐ伸びてて遠くに豆粒の船。
「いいわね、こういう場所」
「うん。久しぶりに泳ぎたくなる」
「あんた、泳げるの?」
「川で村の獣人と一緒にさ、遊んだんだ。海は入ったこと無いけど」
そう笑うアディスに普段の元気は無いけど、少しは気持ちが回復したっぽい。
あたしも笑いながらまた海に視線を戻した。実習の時しかあたしは協会の外に出られないから、今だけでも堪能しとかないと。空も海も青くて綺麗で、気持ちがいい。
風が少し出てきて乱れた髪を抑えていたら、アディスの視線を感じて隣を向く。すぐに逆方向に顔を背けられちゃったけど、顔が赤くて照れてるのが分かっちゃうわよ。
「なによ、あたしに見とれたとか?」
「そ、そんなんじゃない! ヘストみたいなこと言うなって!」
「別に見られて減るもんじゃないしいいわよ。でも、あたしのことは観賞用にしておきなさい」
「どういう意味だよそれ」
赤い顔のままアディスが首を傾げる。
まだまだ純朴で人を思いやれるいい子だから忠告したくなったのよ。
「付き合いたい人が出来たら、友達の恋人に一度その人を見てもらったほうがいいわよ。あんたって、異性に騙されやすそうだし」
「はあ? どういうアドバイスなんだよ、いきなり」
「世の中には、悪い奴がいるって話よ」
釈然としないアディスにそれ以上は言わない。
でも、本当にそうなのよ。あたしは間違った人を信じた。いくら記憶が無くったって、違和感を覚えた瞬間はあったのに、あたしは見なかったことにした。でも、それを理由にあの人を刺したことが正しいなんてことは無い。
本当はこんな風に自由で居るべきじゃない、牢獄に居るべき人間なのよ。
「ルミネス、そろそろ戻ろ」
視線を落としたあたしにアディスがちょこっと気を遣った。昔を覚えていないって事はみんな知っている。常識のないことをした時にいちいち説明してたらキリがないもの。かといって年下にも心配されるのは先輩としては不甲斐ないかもしれない。
すぐに表情を切り替えてあたし達は街中へまた戻った。