第六話
※2023.2.15更新①
室内は木目の家具が多い。ベージュのクッションとか敷物でシンプルだけど洗練されている。
カモミールティーらしきお茶を淹れた鳥人が敷物の上に座る。確か、獣人の慣習だと客人は一緒にお茶を飲んで楽しく過ごすのがマナーだったはずよね。
しばらくは鳥人の身の上話とか、アディスの苦労話とかが話題になった。
さっきの拒絶具合からしてあっちのペースに合わせないと話し出してくれなさそう。
そう思って余計な事をせずに、あたしやミーアは時々話を振られて頷いたり反応したりで済ませる。
そんな中、ヘストはどことなくぎこちない。鳥人もヘストの存在を露骨に無視していた。お互いに相性が合わなかったのかしら。
出された蒸しパンをほおばって待ちの姿勢だったんだけど、気付いたらぺろりと数個食べ終えちゃったのよね。甘すぎなくて美味しかったのよ、気を付けないと太るから困るわ。
アディスがお茶を飲んでほのぼのとあいづちを打つ。
「大変ですよね、都会って」
「ええ……もっと羽を伸ばしたいのに、伸ばせませんし」
それって獣になった時の話なのか、比喩なのか。あたしは首を傾けて突っ込もうか迷ってやめておく。残りの蒸しパンをヘストに押し付けてお茶で流した。
また明日来た方がいいかとあたしが諦めて予定を立ててたら、蒸しパンを摘まんだ鳥人がぽつりと呟いた。
「あの日は、たまたま獣化して空から見てました」
空気が変わったわ。表情が抑え気味になってすごく嫌な話をする前触れよ。
本来の目的を忘れてるアディスの代わりにあたしがペンを取り出す。視界の端で食べかけの蒸しパンを戻すヘストを意識から締め出した。
静かにお茶を飲む鳥人が、淡々と語りだす。
「干からびた人が倒れていました。それだけじゃなくて、同じ場所に別の男も、居たんです。獰猛な目が飛んでいる私を捕らえて、そして私に向かって銃を発砲して……当たったら、私はここに居ませんでした」
鳥人は張りつめた表情でぶるっと震えた。
まさかの銃が出てきたあたしは頭がこんがらがったわ。
あの危険な武器も北大陸から流入してきたんだけど、銃を使う国々って魔術を嫌っていたはずなのよ。そもそも規制されているから持ってたら魔道具以上に目立つわ。
「その男の様子とかは……」
「必死だったからあまり覚えていません。手のひらサイズの小さな銃だったことくらいしか」
あたしの質問にはそう返ってきた。そんな大きさの銃は聞いたことない。ちらりとミーアに視線を送っても、ちょっと困惑した表情でいるだけ。ミーアも知らないのね。
心配そうにアディスが手を握って「無事でよかった」とほっとした笑みを見せる。しきりに頷く鳥人がとても印象的だったわ。
もう暗くなりかけていたから、あたし達はまた明日来るって鳥人に伝えてその場を後にした。
「収穫って言っていいのかしら、これは」
「いや、余計なことに首を突っ込みかけてる、だろ。深入りしたらヤバい」
ヘストはふざけた様子が一切ない顔で即答した。ええ、あたしも思ったより危険が高いんじゃないかって考えている。だって、未知の武器の密輸なんて一介の学生達でどうにかなる範囲を超えるわよ。
ミーアだって浮かない顔でいる。魔術師が指揮を執るべき案件か秤にかけているわ。
「……先に、報告すべきだね。捜査局に書類をあげて。このまま君達が続投するかは、私も考えるから、とりあえず今日はおしまいにしよう」
そして急いで捜査局まで戻って報告書を上げた。
宿に入った頃にはすっかり夜。もうあとは寝る時間。今回は二人部屋を二つ、男女で分かれて宿を取ってるわ。疲れは溜まったけど明日の為にも切り替えないと。
日課のストレッチで背中をミーアに押してもらう。
「このくらい?」
「んー、もう少し押して」
ペタンと胸が太ももにくっつく。微かな痛みと気持ちいいの間。深呼吸しながら上体を起こす。これだけで一仕事したって感じ。次は自分で腕を上げて横に伸ばす。体を動かしたお陰で少しポカポカする。
ワンセット終えたらミーアが水のはいったコップを手渡してきた。
「今日はリーダーお疲れ様」
「ありがと。うまくやれてたらいいんだけど」
「大丈夫。可憐で凛としてて、惚れ惚れしたよ」
むせそうになった。水を飲んでる途中でその言葉は反則よ。
大きな水の塊を喉の奥に押し込んで話を逸らすことにした。
「いつも悪いわね、宿代」
「私の時も先輩持ちだったから、気にしなくていいよ。そういう制度だから」
学生の面倒を見るって金銭面の支援も含まれているっぽいのよ。現役の魔術師達の負担が大きすぎる気もするけど、それが無かったらまず貧乏人は退学だわ。
ある意味支部長の恩情なのかしらね。あの人の人間性はよく掴めてないけど、貧富の差を気にしているような感じはするから。
そんな事を考えながらミーアが緩くツインテールに纏める様子をぼうっと眺めてた。
魔術師によっては本当に必要最低限しか学生にしないのに、ミーアは根気よく色々なことに付き合ってくれるからすごいわ、とっても。
あたしだったら後輩にそこまで手を掛けられない。
我ながら冷たいって思う。でも、親切にして裏切られたら辛いって気持ちが先立つからどうしても駄目なの。また裏切られたらあたしは今度こそ立ち直れないわよ。だったら先に予防線を張ったっていいじゃない。
夜だから浮かんでくる気持ちに憂鬱になっていたら、ミーアが抱きついてきた。
「ちょっと、何よ」
「寂しい時は気を紛らわそう」
「変な意味じゃないわよね」
きょとんとするミーアの顔にあたしが変な勘繰りをしているって分かった。発言で勘違いするけど、そもそもこの人にはパートナーがいる。左手薬指の指輪を見てため息を吐く。
誤魔化しのためにヘストの言葉の意味を試しに聞いてみる。
髪をいじるミーアは考え込んだ。やっぱりおかしいのかしら、あたしは。
「ヘストは刺される側に感情移入しているんじゃないかな、無意識に。だから否定したかっただけの気もするよ」
「あいつが浮気性ってこと?」
「うーん……彼は恋愛って縁遠いから。暴力に訴えるほどの激情に共感できないのかもしれないね」
つまるところ考え方の違いってことで纏められたわ。でも、さすがね。言われれば確かに、って納得できたわ。
ヘストって人をおちょくったりするのは好きでも、案外心の距離を取ってくる。そして恋愛に対してちょっと否定的な意見が目立つって言えば目立つ。
あたしは結構な頻度であいつと話すけど、ヘストはミーアに多少警戒心を持ったままだからコミュニケーションはそこまで取れてないはずなのよ。でも、あいつへの理解があるわ。
それはそれとして、ミーアだったらどうするのかしら。軽い気持ちで聞いたら微笑まれた。
「仮に、で考えてみたら、殴るんじゃないかな」
「刺すんじゃなくて?」
「私の場合は殴って分からせる、かな」
妙に実感がこもっている発言。普段はそんな暴力的なタイプじゃないのに、どうしてよ。でも、聞くに聞けない。ヘストの言葉通りに他の女性を参考にした方がいいかも。そう思わせる何かがあった。
結局そのまま話は流れて今日は終わったわ。