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落園の神々  作者: 木の実あかし
第一章 死宝の首飾り【ルミネス視点】
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第三話

※2022.12月更新②

 あたしには家族が居ない。いいえ、ちょっと違うわね。家族の事なんて全く思い出せない。

 最初の記憶は薄汚れた地面と寒々しい空の青。

 視界に映った自分の手はガリガリで骨ばっていた。声を出すだけの体力も無くて、ああ、死ぬんだ、としか思わなかった。


 そのまま目を閉じて次に目を覚ましたら、今度は男性があたし見下ろしていたの。優しい顔であたしを撫でてくれて、それでほっとしてまた眠った。


 その人は貧民街で倒れてるあたしを拾って看病してくれた。ロザリアンドでも治安が最悪な場所で、女子供はあんなところにまず行かないからびっくりしたらしい。

 それから、家のことや暮らしを聞かれたけど、あたしは何一つ答えられなかった。


 だって、あたしには記憶が無かった。

 辛うじてルミネスって名前だけは覚えてたけども、自分の年齢さえも分かっていない。本当に、何一つ持っていない浮浪児だったのよ。


 そして、しばらくはその人の所でお世話になった。あの時間は本当に幸せだった、と思う。記憶が戻らなくてもいい、こんな日々が続けばいいって思うほど、あたしの世界は完結していた。


 でも……あたしは間違ってた。


 ため息をついて窓から視線を外した。

 今は依頼選びをしているんだから集中しないと駄目ね。自分の世界から戻ってきて、依頼票を見比べて唸ってるアディスを観察する。

 どこか怯えが混ざった目で首を振りながらまた別の依頼票を手に取ってるわ。実習が初めてだからって緊張しているのがよく伝わってくる。あたしも最初はそうだったかしら。思い出そうにも何度も依頼をこなしたからもう慣れちゃったのよね。


「簡単な物ってどれ?」

「好みでしょ、そういうのは」

「でも、どういう依頼が初心者向けか全然わかんない」


 途方に暮れているアディスにヘストがため息をついて「とっとと選べって」と催促している。


 この依頼は班ごとで行なう実習の一つよ。

 他の教育機関だと入学した時期で組を分けるって話だけど、魔術師協会は必要単位を揃えることが重要。だから他の班は年齢がバラバラ。下は十四歳って決まってるけど、おじさんも見かける。ミーア率いるあたし達の班は、事情があってミーアよりもみんな年下。


 それにしても選ぶ時間が長すぎるわ。せっかくアディスに決定権をあげたのに、この様子じゃいつまで経っても終わらない。正直、初めてなんてどうせうまく動けるわけないんだからどれでもいい。

 でも、ミーアは優しいからアディスの気持ちを考えながら進めようとしている。


「うーん、小さな魔物の討伐依頼とか」

「まだその時じゃない!」


 アディス、あんたなんで協会に来てるのよ。そう突っ込んだところで彼の及び腰が治るわけじゃないから放置した。その代わりにヘストが天井を仰いだ。いくら慣れてないからって言っても、限度がある。

 ミーアは表情も態度も変わらず淡々と穏やか。


「そうしたら、調査系のほうがいいかな」

「ま、まだ魔物の生態調査は」

「分かってるよ、わた……事件の調査ならいいかなって」


 途中でミーアが不自然に言葉を止めたのは、きっと口説き文句が炸裂しそうになったから。アディスにそれをやったら勘違いされる。女子相手ならまだしも、異性から本気に取られたらまずい。

 だいぶ渋い顔をしているけどアディスはようやく腹をくくったらしい。ミーアにはそこそこ心を開いているから。


「危険が少ないなら、なんとか」

「事件だから皆無とは言わないけど、そんなにすごく大変な物じゃないから」


 ぺらりと依頼票の束から一枚抜き取ってミーアが机に広げる。

 内容としては事件の調査。現在進行形の連続殺人事件で、魔術の関与が疑われるからって協会に依頼が回ってきたのね。ああ、そうするとロザリアンドの捜査局絡み……嫌だわ、あの局長苦手なのに。

 思い出した顔に気持ち悪さを覚えたところで「危険じゃないか!」という悲鳴が聞こえた。


「やることは魔術の特定だけだから。肩慣らしにはちょうどいいかなって」

「犯人と出会ったらどうするんだよ!」


 現在進行形、ってあるからばったり遭遇の可能性はゼロじゃない。実習だろうとなんだろうと、これは正式な依頼だから。顔を青ざめさせるアディスにミーアは微かに笑う。


「そうなってもいいように魔術師の私がいるんだけどな。信頼ない?」


 協会だって学生だけでそんな対処はもちろん無理って理解はしている。だから、危険を考慮して現役魔術師が補助としてついているのよ。

 首を傾けるミーアへの信頼と恐怖心を秤にかけたアディスは、「わ、分かった」と同意した。そして、「だけど!」と真剣な表情で続ける。


「魔剣を持っていっていい?」

「うーん、この内容的には許可しかねるんだけど」

「不安すぎるんだ」

「そこまで言うなら分かったよ、上に掛け合ってみるね」


 肩を落としたアディスは知らないでしょうけど、ミーアのこの言葉は高確率で許可を出すって意味よ、自己判断で。立場上は突っぱねないと駄目だから他の目もあるこの場じゃ答えられないだけ。

 断られたと勘違いしているアディスにこっそり説明しないとまたぐだぐだになるわ。ヘストと顔を見合わせて駄々をこねそうな彼の口を塞いだ。


「それじゃあ、その依頼に決めましょう。普通の武器は持って行っていいのよね」

「もちろん。防護ローブだけ忘れなければ問題ないよ」


 ミーアが受諾の手続きに向かった。送り出したあたし達はアディスから手をどけた。


「何するんだよ」

「あんた女々しいわよ」

「慎重なのは良いことだろ!」

「往生際が悪いだけよ、あんたの場合は」


 ヘストもあたしに同意してる。四の五の言ってられない、他の班が生暖かい目であたし達を見守っていたんだから。みんなの迷惑でしょ。

 ため息を付いたところで手を叩く音が響いた。


「ふふ、全班の依頼内容が決まったようね。それじゃあ、明日から一週間、焦らず頑張ってちょうだい」


 ふわりと笑う女性はこの実習の責任者である講師……というか、支部長。つまり、この魔術師協会南部支部のトップ。偽名を使ってまで学園の講師をしている。

 あたし達の班は入学前に支部長直々の面談を受けた。だから、みんな口止めされたわ。そして、同じく知っているはずの魔術師達は冷静に講師として扱っている。やっぱり協会魔術師の精神力ってすごい。

 支部長が出ていった後、テンションが高くなったアディスが屈託のない笑顔でヘスト話しかけてる。


「本当にすごい人だよね、めっちゃかっこいい!」

「あー、確かにな」

「俺、あんな風になりたい!」

「ソウダナ、ガンバレ」


 そう、一番問題はアディスの態度なのよ。尊敬の眼差しでやけに褒めちぎるせいで他の人から不思議がられているから。そこら辺のフォローはヘストに投げ捨てて、どうにか隠蔽している。

 ああもう、本当に面倒よ。ヘストとアディスの超くだらない話を聞き流しながら、あたしはこの後の実習が無事に終わるよう願った。

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