第二話
※2022.12月更新①
南大陸の北端に位置する国家ロザリアンド。この国は各大陸の船が寄港する貿易の要所になっていて、色々な物が行き来する。
そんな国の少しばかり田舎にあるのが魔術師協会南部支部。それなりに高い塀に囲まれたこの場所で、あたしは魔術師の卵として学園に通っている。
そこそこ広い教室で『ライトライティング』のペンを回してため息をついた。
今はちょうど魔術師協会の歴史について講義を受けているところ。退屈よ、ものすごーく退屈。真面目に聞いている学生は半分くらいじゃないかしら。本を読めば分かる内容しか話に出てこない。
長机に座りながら両隣の様子を盗み見た。
右隣に座ってるヘストはペンを使って他の講義のおさらいをしている。やる気が無さそうにしているけど、この授業では成績上位者。
そして、左隣のアディスはノートを取りながら混乱している。可哀想なことにこの授業が苦手なのよ。興味が湧かない暗記物じゃ、仕方ないわ。
そういうあたしは可もなく不可もなく。目的は単位を取ることだから基準をクリアすればいいでしょ。大筋だけ覚える必要はあるけど、卒業してもそれで困るって事はないだろうし。
講師から終了の合図がかかってペンと本を鞄にしまった。これで今日の講義は終わり。ようやく解放されて体を伸ばした。座学は疲れるわ。
帰り支度をしている両隣の二人に頬杖をついて話しかけた。
「ヘスト、アディス。あんたらこの後どうするのよ」
聞かずともアディスの予定は想像できる。切ない顔で乱雑な自分のノートを見ているから、きっと先輩や友人に泣きつく予定なんでしょ。一方のヘストは、涼しい顔で「訓練」って答えた。
「で、ルミネスはどうなんだ」
「あたしはミーアと魔術の練習よ」
「なら俺と行き先は一緒だな」
ヘストが鞄を背中に回し持ってすたすたと歩いていく。それにアディスも続いて走った。
すぐにあたしも駆け出す。追い着いたところで歩調を緩めると、ヘストはアディスの肩に腕を回した。
「お前、また落第なんじゃね?」
「う、うるさい!」
「他の講義で単位取りゃ、いいのにさ」
「俺だって頑張ってるんだよ!」
呆れ声のヘストが真っ赤になるアディスをからかってにやつく。先輩風を吹かして口笛を吹きながらそんなアディスの背中を叩いた。
「そうまでしてルミネスと講義出たいわけ?」
「ばっ!」
「あたしのタイプじゃないわよ、あんたは」
「そそそそ、そんなこと言ってないじゃん!」
必死に否定するアディスは別の意味で顔を真っ赤にさせた。まあまあ可愛げのある子だけど、異性って意味だとあんまり惹かれない。
「止めとけ、こいつヤバイから」
「違うからな! 違うから!」
涙目になりつつ別のグループの元に去っていったアディスに、ヘストが「虐めすぎたか」とちょっとだけ反省していた。その反省もこいつはすぐに忘れるんじゃないかと思うけど。
「あんた、あたしまで扱き下ろさないで」
「事実だろ。自分の言動思い返してみろ」
「それはあんたもでしょ」
ヘストからしたらあたしはヤバイらしいわよ。お互い様とばかりに、そっくりそのまま彼に言い返した。肩をすくめるヘストにはあんまり響いてない。
半眼で睨んでみたけど「はいはい」とばかりに頭を軽く叩かれた。
「ちょっと! あんたね」
「じゃ、次の実習までな。あばよ」
文句を言おうとしたあたしを無視してヘストは猛スピードで廊下を飛んでいった。ええ、風の魔術よ。どこかで怒鳴る声が聞こえた。教師達は止められないのよ、ヘストの魔術が。才能があるってすごいわよね。あんな芸当、あたしには到底無理。だからおとなしく歩いて演習場まで向かう。
入口付近で待っていたら、班長のミーアが出てくる。魔術師の防具にはところどころに全く機能しない模様がある。単にお洒落の為に改造してるのよ。それが許されるかというと本当は微妙なところなんだけど、ミーアは実力で黙らせているの。
あたしを見つけたミーアが少しだけ顔を綻ばせた。
太陽の光が差し込んで黒い目が神秘的に瞬いているよう。人によっては何考えてるんだか分からなくて怖いっていうけど、あたしはミーアの目って綺麗だと思うわ。
「遅くなってごめんね」
「忙しいんでしょ、気にしてないわよ」
今日は演習場に詰めていたせいか、編み込みからおくれ毛が出ている。有能で多忙なのにあたしに時間を割いてくれるからいい人よ。ただ……ただ、ね。
ミーアは流れるような動作であたしの手を取って身を引き寄せた。
「それじゃあ練習しようか。私の可愛いお姫様」
表情はそんなに動かないけど態度はとっても仰々しい。見た目も中身も女性なのにミーアはこういう言動を取るのよ。あたしも年頃の女だし、お姫様扱いは嫌いではないわ。嫌いではないんだけど、この人からって点で恥ずかしさの方が勝る。
「だから、そういうのは、ちょっと抑え気味にしてちょうだい」
「ん-、出来たらそうするね」
ミーアもミーアできっと反省なんてしないわよ。
半ば諦めて頷いたあたしは演習場に場所を移して魔術の練習に取り掛かる。
どうしても発動できない爆破の魔術を特訓中なの。
設置された案山子を標的にしてふっ飛ばす様子を脳内に思い描く。体内の魔力から小経路を作って魔術用に回路を組んだ。
このイメージと回路を維持したまま魔力を流せば発動できるはず。理論上はそうなのよ。
でも、いざ案山子を爆破しようと思ったら建物が倒壊するイメージが重なってごっちゃになった。それと同時に集中力が切れて小経路も解体されていく。
憎たらしいことに案山子は無事よ。
卒業要件には幾つかの魔術の習得が必須。この爆破系の魔術だってそう。あたしは炎と風系統の魔術がさほど得意じゃないからただでさえ発動しづらいって欠点があるのに。そこにイメージの混乱が災いして超苦手魔術と化しているのよ。
「やっぱり駄目ね」
「もっと小さい爆発から思い浮かべるとか。ほら、こんな感じで」
ミーアが案山子に目を向けて淡々と「『バースト』」と唱えた。
ぼん、と軽い音がして炎に包まれていく案山子。そしてその腕はもげているわ。綺麗に抉れている肩に、あたしは自分の肩を掴んで目を背けた。
見ようによっては残酷ってこともあるんだけど、それだけじゃない。
「ごめんね。ルミネスには辛い光景だよね」
「そんなこと言ってられないわよ。クリアできなきゃ、駄目なのに」
「焦らないで大丈夫だから。みんなそれぞれペースがあるんだし」
気を遣ってくれたのか、案山子を束ねている紐を切り落としてただの干し草の塊にしてくれた。これだとベッドみたいで怖くはないわ。
あたしが落ち着くまでミーアは頭を撫でてくれる。イメージがうまくいかない原因ならはっきりしている。あたし自身が過去に爆発に巻き込まれた経験があるから。恐怖が先立って無意識に拒否しているのよ。
「付き合わせて悪いわね」
「そんなこと無いよ。君には笑っていてほしいんだ」
「だから、あたしの話聞いてた?」
ミーアはあたしの髪を整えながらまた口説いているのかって言動を取った。そんな優しい先輩にぎこちなく笑う。こんなあたしにも居場所をくれる人達にちゃんと応えたいって思いながら。