第十一話
※2023.9月更新①
「それにしても、ロザリアンドってすごい色んなものが流通してるよね! びっりしちゃったよ」
ルディはにこにこと笑って次のミートパイに手を出した。
見た目はすごく綺麗な人で取っ付きづらさを感じてたけれども、口を開くとおしゃべり好きで印象がちょっと変わる。
あの後、あたし達は彼に連れられてレストランで夕飯になった。
ミーアとヘストの口数は少ない。原因はことあるごとにフィーがルディに手で食べさせたがってるから、でしょうね。イチャイチャに辟易しているんじゃないかしら。会話の合間、無言でヘストがパインジュースを飲み干して追加オーダーをしてて分かりやすいわ。
あたしはフィーの気持ちが分からなくもないから放置して相づちを打ったりしてる。もっぱらアディスが二人の話し相手。
「俺も田舎から出た時は驚きました」
「へぇー、そうなんだ」
「今でもまだよく分かってないこと多くて」
残ってるベーコンエッグに着手しながらあたしは時間を長引かせる為に会話の種を探す。どこを回ったとかはもう出てたから無しとして。
考えたあたしは、魔道具の話を思い出した。
「そういえば、フィーさんが言ってた首飾りの魔道具って」
「え!? 話したの?」
あたしが口に出した瞬間、ルディがすっとんきょうな声で彼女に語りかけたわ。大きいわけじゃないけど声の通りは良いから数人が振り返った。慌てて彼が周囲に謝ったところで、フィーはグラスを置いて静かに頷いたわ。
「魔術師さん達なら分かるかもしれないと思って」
「んー、あんまり巻き込むのもよくないよ」
「だけれど……」
小声で揉めてるっぽい二人を見るに、ただ事じゃないのは分かる。本当なら聞くべきじゃないのかもしれない。依頼を受けるつもりでもないし。
ミーアが淡々とした表情で首を傾けている。
「魔道具というと、協会の?」
「いいえ、先祖代々の家宝です」
「でも、出身がシュバルアドなら魔道具は流通してないはずでは。あの国は反魔術国家と聞いていますよ」
それは知らなかった。北大陸の事情なんて大して流れてこないもの。でも、二人はそんなに魔術に対して否定的じゃなかったわよね?
にこりとするフィーはグラスを回した。
「確かにシュバルアドは魔術に否定的な立場を取っています。国内での使用禁止はもちろん、魔道具ならば取り上げられることもあります。しかし、由緒ある品や研究目的であれば所持も許可されるんです。母方が旧家で、それで」
薄々感じてはいたけど、この二人っていい所の出よね。所作もすごい綺麗だし、旧家って事はだいぶ古い家系ってことでしょ。
あたしは最初に会った時の事を思い出す。旅行目的って話だったけど、本当はそっちが目的ってことなのかしら。
「そうしたら、警備の隙を突かれてしまって……」
「南大陸まで運ばれた可能性は低いんじゃないかと思いますが」
「追跡用の魔道具もセットだったので、この大陸のどこかしらにはあるようなんです。でも、すごく大雑把にしか分からなくて。時期的には、ロザンアンドを出ていない、としか」
憂い顔のフィーを心配そうに見ているルディが人数分シャーベットを追加オーダーした。結構値段が張るのに躊躇もなかった。
「ま、そういう話は楽しいご飯時にするものじゃないって。ホラ、フィーも元気出してよ」
「ふふ、そうね。ありがとう」
彼の頬にキスをする彼女はやっぱりあたしを気にしてる節がある。牽制をかけられてるようにしか思えないわ。視線を受け流してデザートをつついていたらご飯は終わり。
これでミーアがこっそりと二人の所持品にマーキングする時間は十分取れたわね。
しばらく時間が経ってミーアは一人離れていく。
「私は二人の滞在場所を確認してくるから、依頼の考察を進めておいて。三人とも、一緒にいてね」
「えっ、どうやって」
「おいアディス。お前、分ってなかったのかよ」
魔術を感じ取れるはずなのにミーアの思惑に気付けないって……仕方ないわね。初実習だからまた説明しないといけない。
そのままミーアが帰ってくるまで会議室に詰める。捜査資料は持ち出せないから今日はここで寝泊まりになる。
解析結果を北大陸の魔術群のサンプルと見比べてようやくどの魔術かは見当がついた。
「リスリヴォールの魔術みたいね」
「ああ、それっぽいパターンだよな」
へストが同意して他の魔術の波形との違いや特徴をアディスに教えてくれたわ。こういう説明なら成績優秀のこいつに任せたほうが誤解もない。それにあたしはちょっと疲れたのよ。
器具の片付けをしながら二人から聞いた現場の様子を想像した。
今回は相手に余裕がなかったみたいで被害者は首を切り裂かれていたらしいわ。でも、魔力回路の損傷は頸部じゃなくて胸部。先に衰弱死を狙ってたけど何らかの原因で諦めた、っていうのがあたし達の見解。
大方、近くに協会魔術師がいて焦ったんでしょ。実際は見習いだけども、あたしとアディスの存在が犯人を刺激した。そう取れるわね。
ただ、ヘストは確定じゃないからってそこはぼかして報告すべきだって言ってきたわ。
「見落としがあったら時に足元を掬われるからな。物的証拠以外は信じきらない方がいい」
「でも、他に原因あるの?」
あたしには思い付かないから聞いたけど、彼は肩をすくめた。ただの予防線ってことね。不安そうなアディスに目を向けてヘストは口を開いた。
「明日は大使館に申請して精度の高い解析を頼む、で、あのバカップルの護衛。そんなとこでどうだ?」
「ばかっぷる?」
「ああ。あの目の毒、見てらんねぇだろ。お前もイチャイチャぶりで顔真っ赤だったじゃん」
アディスは首を傾けて口ごもる。何か引っ掛かってるのかしら。
「ルディさん、だっけ。あの人そんなにフィーさんを好きって感じでもないような気がして」
「あ? あー、確かに戸惑ってはいたかもな」
「うん。親しいんだろうけど、恋人?」
あたしにはそう見えた。けど、男二人は疑問が湧いたらしい。男の気持ちなんて同性にしか分からないでしょうし、ただの世間話だからミーアが帰ってきた時に切り上げたわ。
「予想通り、お金持ちだね。一番高い宿を取ってるよ」
「雰囲気からしてそうだろうな」
「でも、あのクラスだと護衛がついててもおかしくないんだ。追跡している時に周りにそれっぽい人達はいなかったから、そこが引っかかるかな」
訝しがる彼女にヘストがゆっくりと話し出す。
「仮定だけどさ、ルディが護衛なんじゃないか? そばから離れるなって叱ってただろ」
言われてみればそういう態度も取っていたわね。あの人、フィーが勝手に行動してびっくりしていたもの。
でもルディってヘストやアディスと比べて明らかに細身で、あんまり戦うイメージは無い。
刃物を扱い慣れているなら手にタコや筋肉が出来るはずで。一応あたしだって戦闘の成績は悪くないから見間違えたりはしない。
「戦闘訓練受けているようには見えないけど」
あたしの突っ込みにへストは悩み顔。考察しようがないことだからそれで終わりよ。
魔術師協会からの応援は二日後ってミーアから聞いたわ。
学生のあたし達はもう完全にお役御免になる。ルディ達や殺人事件は気になるけども、当初の目的は魔術的な調査だけだもの。それさえこなせば問題ない。
気分転換に廊下を歩きながら外の風景をぼんやりと眺める。
あの人の家で見た夜空より、星が瞬いてる気がする。春待ち星は見当たらない。そうよね、もうとっくに春だから。
あたしが刺さなかったら今でもあの頃みたく暮らしてたのかしら。フィー達を思い出すと少しだけ羨ましくなる。結局、他の人と付き合っても穴埋めなんてできなかったし……寂しいわ。
感傷的になりすぎるのもいけないわね。
戻ろうと思って引き返したらコンコンと音が響いた。窓の外に目を向けると鳥が止まっている。ピンク色のオウム、かしら。こんな夜中に飛んでるなんて珍しいわね。そのオウムは激しくバタついている。
変な鳥。部屋に戻って首を傾げていると男どもは雑魚寝していてミーアだけ起きていた。
「明日に備えて寝たほうがいいよ」
「あたしはまだ眠くないから大丈夫よ。ミーアこそいいの?」
だらしない顔をしているアディスに毛布を掛けて、ミーアは心配そうな顔になる。
「今日の事考えるとね。捜査局も味方って訳では無いから……ごめんね、ルミネス。怖い思いをさせてしまって」
「魔術師になるならこれくらいは仕方ないんでしょ」
背伸びをしてあえて軽い口調で答える。
本当は怖かった。でも、自責の念が強めのこの人に負担を掛けたくない。だから話を逸らす為に世間話を始める。
「ああ、そういえばさっき変な鳥が居たわよ」
「鳥って、この時間だとふくろうとか、かな」
「違うわ。ピンクのオウム。あんま見かけないから不思議だと思って」
自己主張強めだったと思い返していたら、「少し外に出るね」とミーアが急ぎ足で出ていった。どうしたのかしら、顔が少し険しかったわ。
戻ってきたミーアはさっきのオウムを連れていた。そしてオウムがあたしに蹴りを入れてきたのよ。
「なんで無視したの! 最悪!」
間違いなくオウムから発せられている声。それにこの声、聞き覚えがあるわ。
口調は全然違うけど居なくなった鳥人のものだった。
「もー! 人が助けを求めてるのに!」
「あんた、もしかして獣人のケイト」
「は? アヴィと言いなさいよ。失礼な娘ね。それにケイトじゃないわよ。私はディーネー!」
ディーネーは人型になって寝ていた二人を叩き起こした。やっぱり人相や服装もこの前のケイトと同じよね。少しボロいけど。
アディスは鳥人の姿に感極まって泣き出したわ。そしてヘストは胡散臭い目で「面倒な奴が」と距離を取った。
対照的な二人の態度も気にしないで彼女は捲し立ててくる。
「本当超ヤバいの! さっさとこっち来て!」
説明なしにせっついてくるディーネーについていけない。でも、彼女の勢いに押されて訳の分からないままあたし達は真夜中の街に出ることになった。