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落園の神々  作者: 木の実あかし
第一章 死宝の首飾り【ルミネス視点】
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第九話【回想】

※2023.5月更新①

 よく数年前の暮らしを思い出す。


 あたしは一人で窓から空を眺める事が多かった。青くて綺麗で、手を伸ばしても届かないほど遠い空。ここだと全然見えないけど、さらに南の地域だと空に島が浮いているんですって。銀竜の居住地で、そこからいつも空を監視しているらしい。そして、人間に雷を落とすって。


 そんな恐ろしい話を聞いてもあたしは空を見るたびに懐かしいって気持ちの方が強く沸く。

 きっと前世は鳥だったのよ。渡り鳥とか。故郷みたいなものだったんだわ。


 あの人に話してみたら、頭を撫でながら『そうかもな』と言ってくれた。優しい人。身寄りのない、得体のしれないあたしを受け入れてくれた人。


 名前しか覚えてないあたしだけれども、ある程度、道具の使い方は分かってた。でも、お金の数え方とか、南大陸の常識とか、そういうところは抜けてた。読み書きは共通語しか出来ない。あたしの顔は東大陸の民族っぽいから、きっと移民かその子孫なんじゃないかって。そういう浮浪児は多いらしいし、そうなんでしょう。


 当時のあたしは自分のルーツなんてどうでもよかった。だって、親があたしを捨てたか野垂れ死んだかってことでしょ。なら、どっちにしろ、もう仕方ないじゃない。


 あたしはあの人の恋人でいればそれでいいの。本当にそれだけでよかった。

 だから、あたしは馬鹿だったのよ。



 ***



 あの日。全部がひっくり返ったあの日。

 あたしは帰ってこない彼を心配した。連日忙しそうにしてたから、仕方ないと思いながらも不安だった。


 あたしはとにかくあの人が他の女に目移りしないか、それだけを心配した。だって、あたしみたいな小娘に大人の魅力なんてないし。そう溢したら、『もちろん愛してる』とキスしてくれた。


 そして愛の証にあたしを束縛してた。

 彼が居ない時は足枷と鎖で繋がれて部屋から出られなかった。ええ、今は異常だったんだと分かってるわ。けど、当時のあたしは盲目的に信じたのよ。それがきっと普通の事なんだって。

 それに、あたしにとって、束縛は苦じゃなかった。求められるって事実に舞い上がってたわ。


 でも、あの時は鎖が脆くなって外れてしまったのよ。そして、どうしてかたまらなくなってそっと部屋を抜け出した。胸騒ぎと言ってもいいわね。廊下に出るといつもは鍵がかかってる部屋が開いていた。

 あの人に入るなって言われていた部屋。仕事用の物があるから危ないって。言いつけを破ったらさすがに怒られる。捨てられちゃうかもしれない。だから、一瞬迷った。迷って、でもそのままあたしは中を確認した。


 そこで見つけたの。あの人の真実を。

 室内は綺麗に整頓されていたわ。本棚と机と、ティーテーブル。本棚の隣に埋め込み式の金庫があった。

 そしてそのテーブルには封の切られた封筒と手紙があったの。すぐに引き返そうと思ったんだけど、その封筒には『最愛のあなたへ』って書いてあって……最愛って、誰の事?

 嫌な予感がした。だってきっとあの人宛ての手紙でしょう。最愛なんて、友人や仕事仲間が使ったりはしない。だから、あたしはその手紙を読んでしまった……ねぇ、その時のあたしの気持ち、分かる?


 子どもが寂しがってるから帰ってきてって。もうすぐ結婚記念日だから、会いたいって。

 ねぇ、どういうこと?

 どうして他の人が結婚なんて言い出してるの?

 記念日? もう結婚してるの?


 混乱して立ちすくんだあたしは、階段の軋む音で振り返った。そして、彼はあたしの手元を見て笑顔を止める。


『なんだ、その目は』


 今まで聞いたことのないくらい、冷たい声。それで、あたしはあの人の言動が見せかけだったんだとようやく気付いた。何も言えないで震えるあたしから、手紙を取り上げて顔を殴った。


『お前は今まで通り馬鹿な振りをしてればいいんだ。薄汚いガキが』


 あたしはそう言われて、目の前が真っ暗になった。

 気が付いたら、あたしは包丁を持ってた。リビングには血が飛び散ってて、床に倒れているあの人のうめき声が聞こえて。あたしの手は赤い。床も赤い。包丁も赤い。

 いつ階段を降りたのかも分からないし、何であたしが刃物を持ち出しているのかも分からない。そんなことするつもりなんて全くなかった。ただ悲しいって思っただけなのに。

 この惨劇を頭が処理したがらない、拒否している。


 金属が落ちる音がして、あたしはとにかく外に出なきゃって走った。助けを呼ばないと、あの人が死んじゃう。そう思って、玄関から出たの。すぐ近くにいた人があたしに駆け寄ってきて……それで、あたしの視界が今度は真っ白に染まった。風の音と熱が身体を駆け抜けて、それで意識が途絶えたのよ。



 ***



 次の場面はロザリアンドの拘置所で目を覚ましたところ。

 あたしが爆発の犯人だって疑われた。爆心地があたしだったっぽいんだけど、傷を負ってなかったから自分だけは助かるように魔術を使ったんじゃないかって。


 あたし、その時まで自分の魔力が魔術師になれるほどあるなんて事も知らなかった。

 そしてどんなに質問しても、あの人が生きているか死んでいるか教えてはくれなかった。ずっと黙ってたら、魔術師協会から人が来て事情説明を求められた。それが支部長とミーアだったのよ。


 その時は爆発に関する調査の為って聞いた……でも、それだけじゃないんだって、あたしは支部長の様子で察した。

 だって、とても怒っていたの。顔こそは穏やかにしていたけど、雰囲気が真逆で。

支部長は落ち着いた声であたしに聞いた。琥珀色の目がまっすぐ向けられたら勝手に自分の肩が跳ね上がった。


『ねえこの爆破事件について何か知っていたら、事情を教えてくれないかしら』


 答えられないあたしに、支部長は視線を外してミーアに声を掛けたわ。


『爆発が魔術による可能性ってどれくらいあったのかしら』

『それ自体は限りなく低いという結果でした』

『……そう。なら、証言をしてもらえればあなたの容疑は少しだけ晴らせるわ。あなたが爆弾魔なら話は別だけれども』


 容疑って言われても、爆発の事は何も分からないし、答えようがなかった。

 さっきから暑い空気がまた暑くなった気がする。汗がだらだらと出てきて真っ直ぐ前を向けない。


『貴方の側に、協会魔術師が居たの。だから私がわざわざここに出向いたわ。あなたが思うよりも事態は悪いのよ』


 あの人の事じゃないのは分かる。だって彼は魔術を嫌ってるもの。

 側にいたって人はきっと駆け寄ってきた人じゃないかと思った。


『あの人は、金髪のあの人はどこ?』

『……悪いけれども、あなたに教える気は無いわ。あなたは協力的じゃないようだから』


 目をすがめた支部長にあたしは俯いた。そんなこと言われても、話しようがない。

 あの人にとってあたしはただの玩具だった。それしか分からない。そう思ったら悲しくなって涙が止まらなくなって。それで、途切れ途切れにあの人に拾われてそして捨てられた事を話したら、ミーアが背中をさすってくれたの。

 支部長は少しだけ怒気を弱めてた。


『あなたには、自分の記憶がないということかしら』

『たぶん、そう』

『そう。その恋……いえ、ろくでなしの男は、どうしたの?』

『わか、わからない、ここのひとなにも、おしえてくれなく、て。けが、させて、あたし、きがついたらほうちょうで。あたし、ころしちゃったの? そんなつもりなかったのに、いやだ、いやだ』


 そばにいるミーアが支部長に『少し落ち着かれては』と言った。今思えば、支部長も取り乱してたんだと思うわ。後で捜査局に被害状況を聞ける機会があって、確認したら金髪の人は亡くなってたんだから。

 憂い顔で軽く息をついた支部長が苦笑する。熱気が収まってあたしはほっとした。


『……ごめんなさい。私も少し疲れているみたい。あなたの戸籍がまだ見つからないそうなのだけど、彼と会う前はどうやって暮らしていたのかも、分からない?』


 それには頷いた。本当に分からないんだもの。考え込んだ支部長が顔に掛かってる栗色の髪を払って、そして立ち上がったの。


『そう。ありがとう、こちらの参考にさせてもらうわ。ミーア、行くわよ』

『かしこまりました……もし会えたら、またね』


 誰も信じられない状況で手を振られても、あたしはただ泣いているしかなかった。

 それから魔術師協会で学ばないかって後で面会に来たミーアに誘われたのよ。なんであたしにって、聞き返したら未成年更生プログラムっていう制度に魔術師協会が組み込まれているからですって。


 それであたしは魔術師協会に連れていかれたのよ。そこからは、学園生として勉強の日々。魔術師になれば犯罪者のあたしも協会都市の外に出る許可を貰える。それで、魔術師になればって思ったの。


 あたしは知りたいのよ。本当は自分が誰だったか。そう思ったのは、手がかりが皆無じゃなかったから。

 捜査局の人達や、支部長達には言ってないの。あの金髪の人の最期の言葉。


『ルミネス、遅くなってごめん』


 あたしを知ってただろう金髪の人の言葉を。

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